七章 1
いつも通りの授業が終わり、俺はたつきと帰路につく。こうやって友達と話しながら帰るのはなんだか青春って感じがしなくもなくもない。
「いやー、しっかし寒いね」
「だな」
一月も中旬だ。おそらくここから2月の中旬まで寒い日が続くのだろう。
「そういえばそのマフラーどうしたの?」
「ん、ああこれか。母さんから誕生日プレゼントにもらった」
「へー、鍵のお母さんって器用なんだね。編み物好きなの?」
「……いや、そうでもなかったような気がする」
少なくとも俺が実家にいたときは、母親が編み物をしている姿など見たことがない。
だから、俺が一人暮らしを始めてから母さんは編み物をしだしたのかもしれない。
それともぶっつけ本番で俺のためにマフラーを編んだか。
……いや、さすがにそれはないだろう。
この出来栄えを見るに、おそらくいくつもの習作があったはずだ。
「いいお母さんだね」
「……まぁ、そうかもな」
俺は少し照れくさくなって、マフラーに顔を埋める。
マフラー越しでも息は白い。
「なぁたつき、聞いてもいいか?」
「質問によるね」
「まどろっこしいやりとりはいい。お前ちかげと付き合ってどれくらいになる?」
「……鍵、やっぱりもしかして最近好きな人できた?」
「いいから答えろ」
「鍵が色気づくなんてねー。
付き合い始めたのは六月だよ。六月二十八日」
「日付まで覚えてるのか?」
「当たり前じゃん。だって記念日だもん。忘れるほうがどうかしてるよ」
そうか、そういうものなのか。付き合い始めた日などどうでもいいような気がしていたが、世の中の人々は大事に考えるものなのか。
「……なぁ、笑わないで聞いてくれるか?」
「?」
「付き合うってなんだ?」
「ほほう、そう来たか」
「どういう意味だ」
「ついに鍵もそこまで来たか、と思ってね」
「……そうだな。ここまで来てしまったのかもしれない」
俺は思う。つい数ヶ月前の自分ならここまで深くは考えなかっただろう。
「相手は誰?」
「答えるわけないだろう」
「ははーん、でも鍵の好きな人のだいたいの見当はつくよ。お隣さんでしょ」
なぜわかった、と一瞬言いかけたが、そういえばこいつには色々話してたんだったか。
隣の人にお世話になってるから、プレゼントをあげたいと相談したこともある。
「……まぁ、そんなところだ」
「そっかー。鍵の好きな人かー、どんな人なんだろう。見てみたいなー」
もう何度も見ているだろう、と突っ込みたくなる。お前の推しだ。
だが俺はここで口を滑らすマネはしない。利口だからだ。
「うーん、付き合うって何か、かぁ。まぁ付き合う以前と以降であんまり変わったことはないかなぁ。一緒にどこか遊びに行ったり」
やっぱりそういうものなのか。
するとたつきは声をひそめてこんなことを言った。
「けど、付き合ってから明確に変わるのは、彼女の態度だったりする」
「? なんで彼女の態度が変わるんだ?」
たつきはやれやれとばかりに首を振る。
「やだねー鍵、僕からはあんまり言わせないでほしいね。そこはどうか察してほしい」
「よく分からないな。だって付き合う以前と以降ですることはあまり変わらないんだろう」
「バカだね、鍵。まぁ、今は男同士だからこんな話するけどさ、――付き合うっていうのは肉体関係がうまれるってことなんだよ」
俺は顔が熱くなるのを感じる。
「ちょっと待て。じゃあお前とちかげの間には……」
「まぁ、想像のとおりさ。高校一年生じゃ早いって意見もあるかもしれないけど、僕からすれば双方の同意があれば別に構わないと思ってる。法律で決められてることでもないしね」
そうなのか……。なんだか生々しい話だな。
俺はたつきとちかげが性行為に及んでいるところを想像する。
なんとなく想像できてしまった。
それくらい、普段のコイツらはいちゃついているからな。それの延長線と考えれば想像に固くない。
俺は想像する。荻原と行為に及んでいるところを。
ダメだ。まったく想像がつかない。
怖い、という思いが先に来る。荻原に笑われてしまうのではないか、という思いもある。
「……その、行為に及ぶと、彼女の態度が変わるってことか?」
「……まぁね、目に見えて変わる。あと、ちかげには絶対こんな話するなよ」
「わかってる」
「付き合ってしばらくはお互いにソワソワした感じだったけど、1回してからは向こうからベタベタするようになったね」
「……」
そうだったのか。俺からすれば、たつきとちかげがソワソワした感じな所など想像がつかない。むしろ最初からベタベタしてたのではないか、とすら思っていた。
「悪いな。そんな深い話まで聞いてしまって」
「いいってことよ。まぁ、男同士だからできる話だね」
心臓が高鳴っている。人生でこんなに生々しい話をしたのは初めてだ。
俺にはそういう経験がない。恋愛をしたことがない。だからこの先、荻原とうまくやれるかどうかわからない。
だが、多分荻原は俺のことが好きなのだろう。その気持ちにできる限り応えてやりたかった。
「そういえば鍵さ、全然話変わるんだけどちゃんと勉強してる?」
「勉強? いや……だが宿題はやっているぞ」
「やっぱりそんなにやってないんだね。なんかいつもどおりの鍵だね。
でも大丈夫かい? もうそろそろテストだよ?」
そうか、そういえば教師がそんな話をしていたような気がする。すっかり油断していた。
俺は勉強が嫌いだ。
だが、世の中的にはそれは良くないことだろう。
俺はついこの間誕生日を迎えた。十六歳になった。
そろそろ真剣に、将来のことを考えたほうがいいかもしれない。
なんとなく、大学には進学したいとは思っている。
そのためには、やはり勉強は必要だろう。
「そうだな。たしかにちゃんとやったほうがいいかもしれない」
「うんうん、でさー、今度ちかげと勉強会やろうって話になってるんだけど、一緒にやらない? 2人だけだと結局勉強しないで遊び始めちゃうからさ」
勉強会か……。たしかに大勢で勉強したほうが、分からないところを教えあったりできるから効率がいいのか。
「わかった、いいぞ」
「本当に? いやー、うれしいよ鍵。やっぱり持つべきは親友だね」
「言っておくが、俺の前でいちゃつくなよ」
「それはわかってるって。いやー助かるよ。鍵がいてくれて、本当に心強い」
そりゃよかったな。
……ん、待てよ? 俺は首を傾げる。なんだか嫌な予感がする。
「その勉強会はどこでやるんだ?」
「どこでってそりゃ決まってるじゃないか」
たつきは一拍置いたあと、悪魔のような笑みを浮かべて言った。
「鍵の家だよ」
………………………………は?
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