六章 7
「あ、そうだ、卒業アルバム持ってきたわよ」
一段落したあと母さんがそんなことを言い出した。
「おいちょっと待て。俺は許可を出してないぞ」
「あらいいじゃない。若かりし頃の鍵ちゃんを美琴ちゃんに見せてあげたいと思って」
「見たい見たい! それっていつの卒アル?」
「小学校の卒アルよ。もう昔の鍵ちゃんったらかわいんだから。昨日久々に見返してみたらずいぶん鍵ちゃんも大人になったものだと実感したわ」
母さんはしみじみとした表情を浮かべる。
「ね、いいでしょ鍵ちゃん、美琴ちゃんに卒アル見せても」
「ダメだ」
「美琴ちゃん聞いた? 鍵ちゃん見てもいいって」
「おい。俺は今『ダメだ』と言ったんだぞ」
「えー聞こえなかった。美琴ちゃんも聞こえなかったわよね」
「うん、鍵はたしかに『いいよ』って言った」
ダメダコイツラ。人の言うことを聞いちゃいない。
小学校の卒アルなんぞ黒歴史しか載ってない。学校が楽しくなかったわけではないが、昔の俺は今の俺と違ってはっちゃけていた。やんちゃボーイだったのだ。
それを荻原に見せるわけにはいかない!
俺は母さんから卒アルをひったくると、大事に抱え込んだ。
「ちょっと鍵、見せなさいよ」
「ダメだ。ここには俺の黒歴史が載っている」
「じゃあなおさら見せてよ」
鬼かこいつ。
「見せるわけにはいかない。俺が悶絶する姿を見てお前らは楽しみたいだけだろう」
「お願い鍵、見せてよ。もうこのとおりだから。絶対笑ったりしないから」
……。ほんとうか? 荻原の言うことを信じていいのだろうか。
「本当に笑わないか?」
「あ、うん、ごめん場合による」
俺は卒業アルバムを抱える力をより一層強めた。
「ごめんごめん嘘! 絶対に笑わないから! お願い見せてよ!」
荻原がぎゃんぎゃん叫ぶ。俺としては見せたくない。何度も言うが黒歴史だからだ。
「わかった、じゃあこうしましょ。今度あたしの卒アル見せてあげるから、だから鍵のアルバムを今ここで見せてよ」
荻原の提案に、俺の心は揺らいだ。
たしかにそれならウィンウィンかもしれない。俺は多少の恥を犠牲に、荻原の恥ずかしい写真を見ることができる。
小学校の荻原はいったいどんな女の子だったのだろう。ものすごく気になる。
「悪くない提案だな。……本当に見せるんだな」
「ほ、ほんとよ。…たぶん、メイビー、……可能なら?」
こいつ、本当は見せる気なんてないんじゃないか? でまかせの交渉材料を突きつけただけじゃないか?
「鍵ちゃん、見せてあげなさい」
母さんが言う。っていうかなんであんたは荻原にアルバムを見せたがっているんだ。
「わかった。そこまで言うんなら見せてやる」
「ほんとに!?」
「ただし、だ。一度でも笑ったら、その時は美琴のアルバムも見せてもらう。それでどうだ」
「もちろん! 絶対に笑わない! あたし笑わなさすぎて地蔵ってあだ名ついてるくらいだから」
嘘をつけ。そんな話聞いたことがない。お前のあだ名は女王様だろうが。
「決まりね。じゃあ鍵ちゃん、その手を離してちょうだい」
俺は泣く泣くアルバムを母さんに渡した。そしてソファへと退散する。
もうどうにでもなれ。
荻原と母さんは嬉しそうにアルバムを開いた。
美琴視点
鍵の小学校時代ってどんなだったんだろうか。想像もつかない。
あたしは卒業アルバムを開く。最初のページには先生たちの写真が乗っていた。正直どうでもいい。
「ねぇ、あんたって何組だったのよ」
「…ニ組だ」
意外とすんなり答えてくれた。絶対に答えないと思っていたのに。
ニ組のページを開く。鍵の写真はすぐには分からなかったけど、十秒くらいして見つけた。
石上鍵と書かれているその真上には、あたしの知らない鍵が写っていた。
「え、これあんた?」
どう考えてもぽっちゃりしている少年がこちらに向かって笑顔を向けている。
「俺の名前が書いてあるんだったら、俺の写真だな」
「嘘、今と全然顔違うじゃん。めっちゃ可愛い」
「うるさいぞ」
鍵は照れくさそうに言う。そのままそっぽを向いてしまう。今の鍵も可愛い。
あたしは別のページを見てみる。六年ニ組の思い出と書かれたページだ。色々な写真が載っている。
あたしは鍵の姿を発見した。その写真は集合写真で、鍵はアホ面を浮かべて明後日の方向を向いている。
思わず吹き出しそうになった。笑いをこらえるのに必死で変な顔になってしまう。幸いにも鍵はこちらを見ていなかった。
「めっちゃアホ面浮かべてる…」
「……」
どうやら鍵は余計なことを言わない作戦にでたらしい。
そうか…小学校の時鍵はこんな感じだったのか。なんか今と全然違うからすごい新鮮だ。
あたしは他のページもめくってみる。いたるところに鍵がいて、そのたびに変顔をこちらに向けていた。
「めっちゃかわいいね、あんたって」
「うるさいぞ」
「いいな、こんな息子が欲しい」
「……」
明らかに鍵は赤面している。ちょっとからかいすぎたかな。
「へへん、美琴ちゃん、うらやましいでしょ。でも鍵ちゃんは私の息子なのよ」
「そっかー、あたしと恵子ちゃん入れ替われればなー」
「……」
鍵は黙り込んでいる。もはや何も言えなくなっている表情だ。
後方のページに卒業文集が載っている。あたしはちゃんと一言一句鍵の文章を読み込む。どうやら騎馬戦で友達の熊本くんが活躍したらしいエピソードが書かれている。っていうか、ほとんど熊本くんのことしか書かれてない。鍵自身のエピソードじゃないじゃんこれ…。
これでOK出した先生も先生だと思う。
っていうか鍵、熊本くんのこと好きすぎない? 写真でもほとんど熊本くんと一緒にいたし。
「見終わったか?」
「うん、めっちゃ面白かった。鍵の弱み握れた」
「はっ倒すぞ。終わったなら返してくれ」
「えー、どうしよっかな。これ持って帰っていい?」
「アホか、返せ」
「じゃあせめて、ここに置いといてよ。いつでも見られるように」
「あら、美琴ちゃん名案じゃない! そうしたら、鍵ちゃん?」
「ダメだ持って帰れ」
「えぇ~鍵ちゃんのいけずぅ!」
「ともかくだ、とにかく持って帰れ。見せ物じゃないんだ」
「しょうがないなぁ、じゃあここは折れてあげる。そのかわり今度は中学の卒業アルバム持ってくるからね」
「マジでやめてくれ…」
鍵は憔悴しきった顔で言う。本当に恥ずかしいのだろう。
まぁ、今日はよしとしてあげる。また今度、恵子ちゃんにこっそり頼んで中学の卒業アルバムを見せてもらうことにしよう。
「わかったわ、鍵。あんたがそこまで嫌がるなら、あたしも引くわ」
「…本当か?」
「えぇ、ほんともほんとよ。あたしは嘘つかない」
鍵は嬉しそうな表情を浮かべた。なんてこの人は人のことを信じやすいんだろう。彼の将来が心配になる。
「わかった、ありがとう。恩に着る」
「どういたしまして」
あたしはいいながら、心のなかであとで恵子ちゃんにお願いしよう、と算段をたてるのであった。
「じゃあね! 鍵ちゃん美琴ちゃん。また機会があったら来るわ」
「頼むから卒業アルバムは持ってこないでくれよ」
「あら、それはどうかしら。約束はできかねるわね」
「おい」
玄関前、そろそろ恵子ちゃんはおいとまするとのことで、見送りに来た。
あたしはすかさず、恵子ちゃんの裾を引く。
「あら、どうしたの?」
「け、恵子ちゃんにお話があって! できれば鍵には聞かれたくないっていうか。女だけで話をしたいっていうか」
鍵は訝しげな表情を浮かべる。なにかを疑ってるらしい。
「と、とりあえず外でよっか」
あたしは恵子ちゃんを押し出すようなカタチで外に出る。鍵はまだ扉を挟んで部屋の中にいる。
「け、恵子ちゃんにお願いがあるんだけど」
あたしは声を潜めて言う。大きな声を出すと中の鍵に聞こえてしまう。
「何かしら?」
「今度鍵に内緒で鍵の中学のアルバム持ってきてほしいなって」
恵子ちゃんはにまっと微笑んだ。
「なんだそんなこと、もちろんかまわないわよ」
「ほんとに!? …あ、あと、ラインも交換したいなって思うんだけど、いいかな」
恵子ちゃんとはだいぶ親しくなったから、連絡する手段を持っていて損はないだろうと思った。
恵子ちゃんは笑顔で、
「もちろんよ! 交換しましょうか」
あたしたちはラインをQRコードで交換した。
「あ、ありがと、話はそれだけ」
あたしは扉を空けて、「ありがと、もう終わった」と鍵に伝えた。
「何話してたんだ?」
「別に、女だけの秘密の話」
「……俺の悪口じゃないだろうな」
鍵は疑り深い性格らしい。
「そんなんじゃないって」
「そうよ。私が鍵ちゃんの悪口を言うわけないじゃない」
「そうか、ならいいんだが」
「じゃ、私は帰るわね。ふふ、あとはお二人水入らずの時間を楽しんでちょうだいね」
恵子ちゃんは不敵な笑みを浮かべた。み、水入らずの時間って…
「余計なことはいいから」
「ふふ、そうね。じゃあね、鍵ちゃん美琴ちゃん」
恵子ちゃんは手を振って、エレベーターに乗り込んでしまった。やがて姿が見えなくなると、鍵がぽつりつぶやいた。
「寒いな」
「うん、中入ろう」
こうして好きな人の誕生日の夜は過ぎていった。
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