六章 4
「ところで美琴ちゃんは何をお願いするの?」
「うーん、無病息災?」
「美琴ちゃんはシッカリしてるな。うちの息子とは大違いだな」
「うるせぇよ」
あと少しで賽銭箱というところだ。ここまで長かった。四十分くらいかかった。人多すぎだろ…
「まぁ、美琴ちゃん偉いわね」
「そういう恵子ちゃんは何をお願いするの?」
「息子が一年中健康でいられますように、って」
「あは、なんか恵子ちゃんらしいね」
「ちなみに俺は宝くじが当たりますようにってお願いするぞ」
「うるせぇよ」
もうなんか疲れた…。なんで父さんがいるだけでこんなに疲れるんだろうか。
「そういえば、お賽銭に入れるお金って五円玉が一番ご利益あるそうよ。御縁があるって意味で」
「へぇ、恵子ちゃん物知り」
「へへん、そうでしょ。逆に一番よくないのが五百円玉らしいわ。これ以上縁(円)がないって意味合いがあるそうよ」
その理屈で言ったら一番良くないのは一万円札なんじゃないだろうか。
だが、そうか、さすがに一万円札も入れれば神様も喜ぶということか。
神様の世界はよくわからんな。
順番が回ってきた。お賽銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼。
列をそれると、母さんが「あ、そうだ、せっかくだしおみくじやってきましょうよ」と言った。
「まぁ、いいんじゃないか」
俺たちはおみくじを購入することにした。もちろん自分の分のお金は自分で出そうとしたのだが、「いいわよ、お金くらい」と母さんがいうので払ってもらった。荻原の分のお金も払ってくれた。
「恵子、俺のは?」
「あなたは自分で払ってください」
母さんは父さんに厳しい。だがこれくらい厳しくしないと父さんの世話は務まらない。
「あ、大吉!」荻原が喜びの声を上げる。
俺は小吉だった。なんと微妙な…
母さんは凶が出たらしく、激しく落ち込んでいる。
「俺も大吉だった。美琴ちゃんと同じだな!」
父さんが嬉しそうに言う。荻原はものすごい愛想笑いを浮かべている。
「はは…」
「美琴、合わせなくてもいいんだぞ」
「え!? べ、べつにそんなことないわよ」
「そうか? …まぁ、父さんああ言う性格だから、なんとかあわせてくれ」
「…はは、頑張ってみる」
いくらコミュニケーション能力が高い荻原とはいえ、キャラ立ちの強い父さんに合わせるのは大変だろう。
俺はおみくじの詳細を見た。仕事とか、学業とか、いろんなことについて当たり障りのないことが書かれている。
俺は知らず、恋愛のところに目を向けていた。
『今は待つべし。ゆっくりと関係性を築き上げるが良し』と書かれていた。
なぜだろう。ものすごく胸に染みる言葉だった。
今は待つべしか…。たしかに焦っていてもいいことはないかもしれない。
おみくじなんか今まで信じなかったのに、なぜか今日は信じてしまう。
おみくじのルールはよくわからないが、とりあえず結んでいくことにした。あれだったっけか、良くないときは結んだほうが良くて、良かったときは持って帰ったほうがいいんだっけか。
「お前は結ばないのか?」
「ううん、あたしこれ持って帰る」
そうか、たしかに大吉だもんな。
荻原はものすごくうれしそうな表情を浮かべていた。それくらい大吉だったことが嬉しかったんだろう。
単純なやつだな、と俺は苦笑いした。
「……じゃあ、今度は鍵ちゃんの誕生日ね」
鎌倉駅前に戻ってきた。やはり駅前は人通りが多い。
「あぁ、そうだな」
俺は答える。俺の誕生日は一月六日だ。だからもうそろそろで誕生日が来る。
「ちょっ、ちょっと待って。鍵の誕生日っていつなの?」
「そういえば言ってなかったか? 今月の六日だ」
「六日って…。三日後じゃん。何でもっと早く教えてくれなかったのよ」
「悪い。言う必要がないかと思っていた」
「言う必要がないってそんな…」
荻原は悲しそうな表情を浮かべる。まずい。誕生日を教えてなかったのはマズかったかもしれない。
「あるわよ…。あたしだけ誕生日プレゼントもらうなんて、そんなことできない」
「コラ鍵、女の子にこんな悲しい表情させたらダメだろうが」
クソ…、正論だ。今は父さんに反論できなかった。
「わ、悪かったな」
「……。ま、まぁ、それもあんたらしいっちゃあんたらしいけどね」
荻原は開き直ったように言う。まるで俺に対してなにかを諦めているような表情だった。
「とにかく、悪かった。今度からちゃんと重要なことは伝えるようにする」
「…ん、わかったならよろしい」
荻原はどうやら機嫌を直してくれたらしい。良かった。これで一安心だな。
「じゃあ、俺たちはJRで帰るぞ。ここでお別れだな」
父さんが言う。俺と荻原は江ノ電で藤沢まで帰るのだ。
「…あぁ、なんだかんだで楽しい初詣だった」
「鍵ちゃんがそう言ってくれてお母さんうれしいわ。素直に楽しかったって口にできるの鍵ちゃんの美徳よ」
やっぱりこの母親ちょっと過保護だよな…。荻原の手前、少し恥ずかしくなる。
「わ、わかったからさっさと言ってくれ」
「はいはい。美琴ちゃんもまたね」
「うん、ばいばい、恵子ちゃん。それと貴教さんも」
荻原は社交辞令のあいさつをし、二人は改札の中へと消えていった。
「…ふぅ、怒涛の一日だったな」
「…そ、そうね……なんか色々気を使ったっていうか」
「…あぁ、なんか色々悪かったな」
「べつに、楽しかったし。鍵のお父さんってあんな人なんだね。なんかチャラそうっていうか」
「まぁ、チャラかったんだろうな。俺も詳しいことは知らんが」
「そうなんだ。…あたしたちも帰りましょうか」
「だな」
恵子視点
可愛い。素直にそう思ってしまった。
鍵ちゃんも美琴ちゃんも、両方とも可愛い。
美琴ちゃんも私の子どもみたいだ。
「あの二人、ただの友達なのかしらね」
私はポツリ呟く。それを貴教さんは聞き逃さなかった。
「まー、二人には色々あるんだろ」
「美琴ちゃん、鍵ちゃんの隣の部屋に住んでるのよね」
貴教さんはふーんと言った。
正直、あの二人のくっつき方は友達同士のそれではなかった。かといって、付き合ってる者同士の距離感かと言われるとそうでもない気がする。
子どもというのは、親の知らないところで育っていくのだなとつくづく思う。
それは嬉しいことでもあり、同時に悲しいことでもある。
「まぁ、今はとにかく見守りましょう。私たちにできることはないわ」
貴教さんは何も言わなかった。多分彼も肯定してくれているのだと思う。
こういうところは鍵ちゃんに似ているな、と、私はそんなことを思うのだった。
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