六章 3
鍵視点
初詣にやってきた。俺と荻原は電車に乗り、鎌倉駅にやってきた。
「すごい人混みだな」
「ねー、やっぱ混んでるわね」
やはり初詣は三が日に済ませたいのか、駅前には大勢の人がいた。
時刻は14時。お昼ご飯はすでに済ませている。鎌倉で食べるのはどこも混んでいて難しいだろうという判断だ。
俺と荻原は小町通りを歩く。どこのお店も大にぎわいだった。食べ歩きしている人の姿もちらほらあった。本当は食べ歩き禁止なんだけどな…。
「これだけ人がいたら、もしかしたら知り合いにあっちゃうかもね」
「…そんなことあるか? 確かに人が多いから遭遇する確率は高そうだが、見逃す確率も高そうだぞ」
知り合いを見かけたとしても、この人混みではなかなか声がかけづらいだろう。
だから、知り合いに声をかけられる…なんてことはないだろう。
絶対にないはずだ。そもそも俺には知り合いそのものが少ないんだから、大丈夫なはずだ。
遭遇するとしたら荻原のほうだろう。彼女は友達が多いからな。俺なんかと違って。
そうこうしているうちに、八幡宮の正門にたどり着いた。写真を取っている人の姿もたくさんある。
「ね、ねぇ、鍵、あたしたちも写真撮りましょうよ」
「…まぁ、べつにかまわんが」
俺は八幡宮が収まるようにカメラを向けた。
「ち、違うわよ。あたしとあんたが写るように撮りましょうってこと! もうっ、なんでいちいち説明しないとわかんないのよあんたって!」
なぜか怒られてしまう。俺が悪いんだろうか。だが、俺はどうも世間知らずなところがあるらしい。だから、荻原の言っていることが一般的なのだろう。
「…俺と写真なんか撮ってどうするんだ?」
「あんたってば鈍感…。ここまで鈍感だとさすがに引く…」
荻原にドン引きされてしまった。
……なるほどな。荻原はどうやら、俺と記念写真的なものが撮りたいらしい。
「記念撮影ってことか?」
「そういうこと。べつにインスタあげるわけじゃないからいいでしょ」
それならまぁ、構わないだろう。
「じ、じゃあ、撮るね」
荻原がインカメに設定したスマホを構える。
「はい、チーズ」
ぱしゃり。
「う、うまく撮れたかな?」
荻原はフォトアプリを起動する。撮影した写真が画面に映る。
俺は真顔だった。…あれ、自分では笑ってたつもりなんだがな…
そして、荻原はものすごくぎこちない笑顔をこちらに向けていた。
「お前、すごい顔になってるぞ」
「あ、あんたこそなんでいつもの顔なのよ」
「…いや、自分では笑ってるつもりなんだが」
「…ぷっ、どこがよ…! あんた笑顔下手すぎ…」
「いや、美琴に言われたくはないな…」
荻原はくすくす笑う。俺の顔がそんなに変だっただろうか。だが、俺からしてみれば荻原の顔のほうが変だと思う。
まぁ、写真なんてこんなものだろうな。自分ではうまく表情を作れたと思っていても、意外と写りが悪かったりする。
俺がつらつらとそんなことを考えていると、「あれ、鍵ちゃん? それに美琴ちゃん?」と声をかけられた。
ずいぶんと知っている声だった。世界で一番聞き覚えのある声だった。そして今ここで一番遭遇したくない人物だった。
俺は振り返る。
そこには俺の母親と、父親がいた。
「父さん、母さん…」
なんでこんなところに、と一瞬思ったが、ここは鎌倉だ。今日この場所に来ていてもおかしくはないのか。
それに俺たちは今、かなり目立つ場所にいた。鶴岡八幡宮の正門前なんて人通りが一番多いからな。
「お、なんだ鍵、お前彼女いたのか。くぅ〜、なんだ血は争えないねぇ」
父さんがそんなことを言う。できれば荻原とは一番会ってほしくない人物だった。
荻原は緊張したように頭を下げる。母さんとは知り合いだが、父さんと会うのは初めてだ。だから緊張しているのだろう。
父さんは黒髪のショートヘアで、堀りが深い顔立ちをしている。俺とはあまり似ていない。俺は本当にこの人の子供なんだろうか…と思うことすらある。
「二人も初詣?」
「まぁ、そんなところだ。そして父さん、彼女は俺の彼女じゃない」
「んじゃ、なんなんだ?」
「なんなんだって、そりゃあ…」
友達だ、と言いかけた。だが思う。俺と荻原は友達なのか? 今の関係性には名前をつけられないような気がする。
友達以上、恋人未満、といったところか。
って待てよ、それって友達か。
「い、石上くんの友達の荻原美琴っていいます。石上くんには日ごろお世話になってます」
「なんだただの友達か。じゃ二人は付き合ってはねぇんだな」
父さんが腕組みしながら言う。そしてニンマリと口の端を持ち上げた。
「にしても可愛い子じゃねぇか」
父さんは荻原をじろじろと眺める。舐めるような視線…という表現がしっくりくる。
「おいやめろ変態オヤジ」
「お前やるなぁ。こんなかわいい子と友達になれるなんて、お前は幸せ者だぞ鍵」
「ちょっと貴教さん、失礼よ。美琴ちゃんがかわいそうじゃない」
「んお、悪い悪い。いやーしかし鍵、お前侮れないなぁ。うらやましいなぁ」
おい既婚者。あんたがうらやましがってどうする。
こころなしか、父さんの鼻の穴が広がっているような気がする。
そう、この人は大の女好きなのである。
母さんと付き合ってる時も、何度も浮気沙汰があったらしい。俺も詳しいことは聞いてないが、母さんも相当に苦労したんだろう。
「た、か、の、り、さ、ん? いい加減にしないと怒るわよ」
「わ、わかったって。何もそんなに怒ることはないだろう。ちょっと息子の友達に興味が湧いただけだって」
「あらあら、ホントかしら。じゃあこのニヤけづらはなんなのかしら」
母さんは父さんのほっぺたをつねり上げる。怖い。
当の荻原はと言うと、苦笑いを浮かべていた。そりゃそうなるよな。
「そういえば、お母さんとの一件はどうなったの?」
母さんが荻原に尋ねる。
「ちょっと待て。恵子知り合いなのか?」
「あなたは話がややこしくなるから黙っていてくれるかしら」
母さんに言われ、父さんは大人しくなる。
「あ、うん。お母さんとはちょっと喧嘩みたいになっちゃったけど、最終的にはあたしのオムライス食べてくれて、一応仲直りできたよ」
「そう、それはよかったわ! 私心配してたのよ」
「その節は、ありがとう恵子ちゃん。お母さん説得できたのは、ほとんど鍵のおかげ」
思い出す。確かに熱く語った記憶はある。だが俺が語ったことは全部真実だ。
だからこそ、荻原母を説得できたのだろう。
「そう、息子が役に立ったのね。私嬉しいわ、鍵ちゃんが立派なことをしてくれて。お母さん誇らしい」
そう言って、母さんは俺のことを抱きしめてくる。
おい。
俺は高校一年生だぞ。
これには俺も赤面するしかなかった。荻原もちょっと驚いた表情を浮かべている。
「おいやめろ、こんな人通りの多いところで、いったい何を考えてるんだ」
「あらいいじゃない。鍵ちゃんが美琴ちゃんのために何かをしたということが、お母さんとってもうれしい」
俺は思う。この母親ちょっと過保護なんじゃないのか…。
「今からお参り?」
「そうだな」
「せっかくだし、一緒にお参りしない? ここで会ったのも何かの縁だと思うし」
俺は荻原を伺う。俺としてはどっちでも構わない。ただ、荻原は気を使ってしまうんじゃないかと思ったのだ。
だが荻原はうれしそうな表情を浮かべていた。どうやら荻原は、俺の母親のことが好きらしい。
「うん行く!」
「そうこなくっちゃ。さ、行くわよ貴教さん」
父さんは母さんに呼ばれたことが嬉しかったのか、ぱぁっと顔を輝かせた。
…まったく子供かよこの人……。
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