六章 2
年末はあっという間に過ぎ去った。鍵の家で一緒に紅白を見た。
いつもと変わらない日常だったと思う。特にやることもなく、たまにゲームをするくらいだった。
ま、年末なんて、そんなものよね。
大晦日は昨日のことだ。今日は一月一日、元日である。
「改めて、あけましておめでとう鍵、これからもよろしくね」
「あ、あぁ、あけましておめでとう。こちらこそよろしく頼む」
明らかに鍵は挨拶しなれてない感じだった。多分こういう形式的な行事が苦手なのだろう。その気持ちも、なんとなくわかる。
「さ、じゃあおせち食べましょうか」
あたしは言うなり、冷蔵庫からお皿に盛り付けられた料理を取り出す。
おせち…とは言っても重箱に詰め込んでいるわけじゃない。そんな豪勢にするほど人数がいないからだ。2人ならお皿で十分である。
「すげぇ…! まいどまいど悪いな。お前の料理の腕前には、本当に頭が上がらない」
「へへん、まぁねー。とは言っても、あたしも作るの初めてだったから、レシピ見ながらやった」
おせちは昨日作った。じゃないと元日に間に合わないから。
色とりどりの料理が食卓に並ぶ。栗きんとんに田作り、黒豆、数の子、かまぼこ、後は酢の物にお刺身…。さすがに全部は自分では作れないから、スーパーで買ったものも含まれている。
「いただきます」
「うん、いただきます」
心が満たされるのを感じる。こうやって鍵と正月を過ごしているだけなのに、あたしは自分が幸せであることを実感する。
食べ終わった後、ソファでココアを飲みながらのんびりしていると、鍵が隣でうとうとし始めた。
っていうか、完全に寝てる。まったく正月からだらしないんだから…とも思わなくもないが、いやむしろ正月だからこそだらけてもいいのか、とすらも思ってしまう。
鍵の横顔をじっと眺める。前髪がやや長い。目元を少しだけ覆い隠している。
やっぱりこの人イケメンだと思う。学校ではあまり目立つタイプではないから、話題にも上がらないけど、この人顔立ちはかなり整っていると思う。
鍵が起きないように、あたしは彼の前髪を上げてみる。やっぱり前髪上げたほうがかっこいいんじゃないか。
ただこの人は、めんどくさいという理由でヘアセットなんかしないだろう。絶対やらない。
あたしはそっと、鍵の頬に触れた。
そして顔を近づけ――頬にそっとキスをする。
鍵は起きる気配を見せなかった。何回か鍵がソファで眠っている場面に遭遇したことがあるが、だいたい深い眠りについている。たまにいびきを盛大にかいているときもある。
だから、これくらいじゃ起きないだろう。
「……ん」
あたしの肩が跳ね上がった瞬間だった。鍵が起きるなんて思わなかった。
「……眠ってたのか」
「ちょっとだけね」
あたしは気が気じゃなかった。今の行動がバレてないといいけど。
「今、何時だ?」
「朝の十時半」
「まだそんな時間か」
ほっとする。どうやらバレてはいないらしい。
「……。俺の顔に何か付いてるか?」
「…え、いや、何にもついてないわよ」
「…? そうか。なんでお前はじっと俺の顔を見つめてるんだ?」
「べつに。あんたの顔を眺めるのに許可が必要なの? ただ寝てたから、あー寝てるなって思っただけ」
「そういうもんなのか」
あたしは思わず、吹き出してしまう。
…何この会話、ちょー無意味!
だけどこうやって鍵と他愛もない話をしているときが一番幸せだった。
「テレビつけてもいいか?」
「どうぞ」
鍵がテレビをつける。年始のお笑い特番がやっていた。
お笑い番組はあたしは嫌いじゃない。だけど毎日見たいかと言われれば話は別である。
「あんた芸人誰が好き?」
「…あー、そうだな、ゴンジャッシュとか好きだ」
「あー、わかる。確かにね。めっちゃ面白いよね。…けど最近テレビであんま見なくなったかも」
「いや、けっこう出てるぞ。大島の方は朝の方でレギュラーで出てるし、渡辺の方はやらかし芸人枠でけっこうバラエティに出てる」
へぇ、そうなんだ。あたしがたまた見てないだけで、彼らは業界で頑張っているということか。
テレビでは、中堅芸人が漫才を披露している。それを見て鍵はげらげら笑っている。
「なんか意外だった」
「…ん、なにがだ」
「鍵って、テレビとか見て笑うタイプの人間じゃないと思ってたから」
「そうなのか? 俺はけっこうゲラだぞ」
「えー、見えない。あんたってどっちかって言うと、世の中を冷笑してるタイプかと思ってた。テレビなんかで笑わない人間かと思ってた。笑うってことができないタイプの人間かと思ってた」
「…おい、最後のは失礼じゃないか? ただまぁ、そう見られてしまうっていう自覚はある」
「……んでも、そっちの鍵のほうが好き」
「…そっちってどっちだ?」
「だ、だから、そうやって笑ってる鍵のほうが好きってこと」
「……お前、よくもそんな照れくさいことを平気で言えるな」
「へ、平気じゃないし」
自分でも顔が真っ赤になっているのがわかる。なんでこんな恥ずかしいことを言ってしまったのだろうか。
だけど本心だ。あたしは笑ってる鍵のほうが好きだ。
あたしは気まずくなって、鍵の肩を押しやった。
「な、なんだよ」
「べつに、なんでもない。ちょっとお手洗い言ってくる」
日に日に実感する。あたしは鍵のことが大好きだ。好きで好きでしょうがないのだろう。
トイレから出て、洗面所の鏡で自分の顔を見た時――だらしなくニヤけた女の顔がそこにはあった。
こんな顔を鍵の前で見せられないと思った。
……いや、もしかしたら、もう鍵に見られているのかもしれない――
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