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六章 1

 十二月二十八日。

 俺はコンビニに向かって歩いていた。

 なんとなくポテトチップスが食べたくなったからだ。


 結局、クリスマスは普通に解散した。俺と荻原に肉体関係はない。俺がああいったことで、荻原はすんなりと身を引いてくれた。


 ただ、あの一件以来、荻原がどこかよそよそしくなった。


 なんというか、また距離が開いてしまったような感じだ。


 俺は思う。あれでよかったのか、と。


 あの時点では、後悔はなかった。


 だが、日に日に自分の選択が間違いだったのではないかと思うようになった。


 一体何が正解だったのか。今になってもわからない。


 俺は、荻原を余計に傷つけてしまったのではないか、そうとすら思えた。


 俺がコンビニから出ると、「あれ、鍵?」と呼びかけられた。


 たつきだった。

 ちかげの姿はない。


「お買い物かい?」

「見ればわかんだろ。そういうお前はなんでこんなとこにいるんだ?」

「ははっ、鍵ったら相変わらず冷たいねぇ。僕は塾の帰りだよ」


 そうかい。年末なのにご苦労なことだ。

 塾か…。


「まだ一年なのに、もう受験を意識してるのか?」

「まぁねー、いい大学に入って、将来的には大手企業に入りたいし」

「そうか、なんかお前らしいな」


 きっとたつきは、ちかげとの将来を真剣に考えているんだろう。


 こいつは偉いな。対して俺はどうだ。


「なぁ、ちょっと聞いていいか?」

「んー?」

「お前、ちかげとどんな風に付き合いはじめたんだ?」


 たつきは一瞬だけ、神妙な顔つきになる。


「どうしたんだよ鍵…。珍しいじゃないか。まさか鍵からそんな質問されると思ってなかったから」


「別に…興味本位で聞いただけだ」


「そっか、そっか。…んー、そうだな、たまたま帰る方向が一緒で自然に話すようになって、それから仲良くなっていった…って感じかな。ドラマティックな出会い方はしてないよ。純粋に友達から、恋人になったって感じかな」


「……そうか」


「一体どういう風の吹き回しだい? 鍵が恋愛的なことに質問してくるなんて珍しいからさ」


「…まぁな、いろいろあった」


「…ふぅん、そうかい。まぁ、詳しいことは僕からはなるべく聞かないようにするよ」


「あぁ、そうしてくれると助かる」


 思う。これからどうすべきか。


 俺と荻原の関係性は、間違いなくクリスマス以降で悪化しているように思う。


 これからどう関係性を進めていくべきか。


 俺はクリスマスイブに荻原に触れられたとき、明確に思った。


 俺は荻原と付き合いたい。


 だが、告白するのはその日じゃない、思ったのだ。

 それは多分、自分の中で気持ちの整理がついていなかったからだと思う。


 俺は、クリスマスイブに起こったことを、今ここでたつきに話してしまおうか、と思った。


 そうすればきっと、楽になれるだろう。この親友は親身になって話を聞いてくれるだろう。そして的確なアドバイスをくれるだろう。


 だが、イブの話はデリケートな問題でもある。そのことを俺がたつきに話したことを荻原に知られたら、俺は荻原に永遠に嫌われてしまうような気がした。


 荻原は、俺のことを信頼してくれているのだ。


 ならば、俺もそれに応えるべきだ。


「悪かったな。俺のくだらない質問に答えてくれて」

「いいってことよ」


 それからは他愛もない話をした。何を話したのかはよく覚えていない。それくらいくだらない話をした。


 暗くなったくらいのタイミングで俺達は帰ることにした。荻原が待ってるからな。


もしかしたら、もう俺の部屋に上がり込んでるかもしれない。この間合鍵を渡したからな。


「んじゃね、鍵。また来年だね」

「あぁ、よいお年を」


 俺達は解散した。


 来年か……、そういえばもう二十八日だが、荻原は年末年始はどうやって過ごすんだろうか。


 ……改めて、聞いてみるか。




 美琴視点


 鍵に嫌われたのかな。


 クリスマスイブの日、いいムードだったと思う。 

 いや、いいムードだと思ってたのはあたしだけかもしれない。


 鍵は、あたしのこと好きじゃないのかもしれない。


『俺たちがちゃんとお互いのことを向き合って、お互いのことが分かりあった時、お前の気持ちに応えたい』


 鍵はどんなつもりでそんなことを言ったんだろうか。


 もしかしたら、それは体のいい言い訳で、抱く価値のない女…と思ったのかもしれない。


 そう思われていたのなら、ますますショックだ。


 あれから鍵とは、ちょっと距離がある。


 彼は元々口数が多いわけではないけど、最近はますます会話が減った。


 このまま距離が開き続けてしまったらどうしようか。


 ……。


 でも、と思う。鍵はあの日、ゴムを持ってきていた。ということは彼も乗り気だったんじゃないのか。


「ますますわかんないよ…」


 一人つぶやく。


 あたしは自分の家から出て、鍵を閉める。鍵の家に行って、今日も料理を作るためだ。


「……よう」


 振り返る。そこには、ちょうど帰ってきたらしい鍵が立っていた。手にコンビニ袋が提げられている。


「こ、こんばんは」


 あたしはどう会話すればいいのか分からなくて、よそよそしい挨拶をしてしまった。


「……どっか行ってたの?」

「んあぁ、ポテチが食べたくなったからな」


 ポテチ…? この時間に? 夕食前だと言うのに?


「この時間に食べたら、夜ご飯食べられなくなっちゃうわよ」 


 鍵はぽりぽりと頭を掻いた。


「コンビニ自体行ったのが数時間前で、そこから友達にあって立ち話してたからな」

「…そういうこと」


 あたしが知る限り、鍵に友達はそんなにいなかったような気がする。


 そういえば、学校での鍵のことはあんまり詳しく知らない。


 まぁ、別のクラスだしね。


「…お前、年末年始はどう過ごすんだ?」

「なに、いきなり急に」

「いや、特に深い意味はないんだが」

「別に、実家帰る予定とかないし。ずっとここにいるわよ。だってそうじゃないとあんたのご飯作る人いなくなっちゃうじゃん」


 この隣人はほっておくと食生活が乱れる。カップラーメンとか、カロリーメイトとかで食いつなげられたらこちらとしても心配になる。


「…なんか、悪いな。俺が引き留めてるみたいで。別に俺のことは気にせず、戻ってもいいんだぞ」


 あたしは言われて考える。


 正直、実家には帰りたくない。お母さんとの確執がほとんどなくなったとはいっても、彼女はどうせ家には帰らないだろう。忙しいから。


 そうなると、あたしはお手伝いの小林さんとかと一緒に年末年始を過ごすことになる。


 それはそれで嫌ではないけど、小林さんと鍵、どっちと年末年始を過ごしたいかと言われたら、鍵のほうがいいってのが正直なところだ。


「あんたが引き止めてるわけじゃないし。むしろ、あたしがそうしたいから」


 年末年始は鍵と過ごしたいから――


 なぜかその言葉は、恥ずかしくて出てこなかった。


「そうか」

「ねぇ、あんた初詣とか行く?」 

「…初詣? いや、行く予定はないが」

「…そ。じゃあ一緒に行きましょ」

「いいのか? お前、友達とかと行くんじゃないのか?」


 鍵の言うとおり、友達と初詣に行く予定もある。あやせと、近所の神社にお参りに行く予定はすでに立てている。


「うん。友達とも行くけど、別日にあんたとも行こうと思って」

「そうか。どこに行くんだ?」

「鎌倉」

「…わかった。いいぞ、特に予定もないしな」

「ほんとにっ!?」


 あたしは思わずその場に飛び跳ねてしまう。


「そんなにはしゃぐことか…? 初詣自体あまり行ったことがないから、たまに行くのもありかと思ってな」


 鍵がなにか言っている。だけどあたしはうれしすぎてその言葉を聞いていなかった。


 やった…、鍵と初詣!


「んじゃ、三日空けといて。一日全部ね。わかった? 約束破ったら承知しないんだからねっ!」

「お、おう…わかった」


 鍵はどう考えてもあたしの圧に引いていた。だけどあたしは気にしない。


 鍵と初詣かぁ…、


 クリスマスでは色々あったけど、また元の関係性に戻れそうな気がしていた――


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