表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/44

五章 7

美琴視点


 今日は楽しかった。友達と初めてクリスマスを過ごせてすごい新鮮だった。


 思い返してみれば、こんなに楽しかったクリスマスはないかもしれない。


 いつもはお手伝いさんの小林さんとかと一緒に過ごしていたから。


 あたしにとって、友達とクリスマスプレゼントを交換するという行為も初めてだった。


 シャーペン、というのが、いかにも鍵のチョイスらしい。


 あたしはこれから毎日このシャーペンを使うことにする。鍵は毎日使うものだから、これを選んでくれたのだ。


 あたしがあげたプレゼントに鍵も喜んでくれてよかった。


 きっと鍵に似合うと思って買ったのだ。そして、現にそれを着た鍵はとても似合っていた。


 あたしは自然、笑みがこぼれてしまう。


 こんなに楽しい時間を過ごせて、あたしはとても幸せものだ。


 あたしたちは今、ガトーショコラを食べ終えた。あたしが事前に焼いておいたものだ。


 美味しかった。あたしは自分で言うのもなんだけど、ケーキづくりの天才なんじゃないかと思う。


「あ、あたし片付けるからいいよ」


「いや、悪いだろう。ここまでいろいろ作ってもらっておいて、俺だけ何もしないというのは」 


 鍵がお皿を持って立ち上がる。


「んじゃ、洗い物手伝ってくれる?」

「よしきた」


 あたしはお皿を持って、キッチンへと向かう。鍵も自分の分のお皿を持って立ち上がり、キッチンへと歩き出す。


 その瞬間だった。


 鍵の足がもつれた。


「うわ!」

「んえっ!?」


 あまりの急展開に理解が追いつかなかった。肩に重い衝撃。視界がぐるぐる回る。あたしは思い切りどこかに頭をぶつけた。


 痛い…。


 あたしは頭をさすりながら起き上がろうとする。だが、意識が朦朧として、身体がうまく言うことを聞かない。


 一体何が起こったんだろう。状況の整理がつかない。


 それにしても痛い。どうやら後頭部を床に打ち付けたらしい。 


 しばらくすると意識が戻ってくる。


 こういうどこかに体をぶつけたときというのは、ぶつけた瞬間は痛いけど、すぐに痛みが引いてくれるから助かる。


「わ、悪い…」


 鍵の声が聞こえる。あたしのすぐそばだ。鍵の顔がすぐに近くにある。


 どうやら、彼の身体があたしの身体に覆いかぶさるようなカタチになっているらしい。


 お皿が辺りに散乱している。幸いにも、あたしの家は割れるタイプの食器を使っていない。大方プラスチックだ。 


「ね、ねぇ…ちょっと、重いんだけど…」


 あたしは言いながら、身体が熱くなっていくのを感じた。


 鍵の身体が、すぐそばにある。体温を、すぐ近くに感じられる。 


「……ぁ」


 鍵の顔がすぐ近くにあった。彼の目と、あたしの目があう。


 心臓が飛び跳ねるかと思った。あたしは今、どんな顔をしているのだろう。


 瞬間、あたしは錯綜する心のなかで、ふと思い出すものがあった。


 ――今日はクリスマスイブだ。


 恋人たちが聖夜を過ごす日だ。


 時刻は9時を回っているだろう。きっと夜のカップルたちは、それぞれ楽しい時間を過ごしているのかもしれない。


 鍵も、そのことを意識しているだろうか。


 沈黙が10秒ほど流れる。


 あたしは軽いデジャヴを感じていた。似たような展開がさっきにもあった。さっきのは未遂に終わったけど、今回は…どうなるんだろう。


 鍵の瞳が、じっとこちらを見つめている。



 ……ねぇ、今日するの? 



 どくどくと、全身の血流がおかしくなるのを感じる。



 ――ねぇ、本当に今日しちゃうの!?



 あたしは鍵のことは好意的に思っている。だけど、今日、ほんとに流れでしちゃうの!?


「……ぁ、ねぇ、ちょっと……」


 あたしは目を泳がせる。視線があらぬところに向けられ――そして、それを見つけてしまう。


 床に、お皿に混じって、見覚えのないものが落ちている。


 それは2つあった。薄っぺらい、正方形のそれの表面には、0.02と書いてあった。


 あたしはソレを知っている。


「……あ」


 鍵も、それに気がついてしまったらしい。慌てて鍵はソレをポケットにしまい込んだが、あたしはそれを見逃さなかった。


 マジで……マジで今日するの?


 あたしの顔は多分、リンゴみたいに真っ赤になってると思う。


 鍵が求めてきたら、あたしはどうしたらいいんだろう。


 わからなかったけど、多分、拒否はしないと思う。怖さもある。けど、鍵のことはそれほど嫌とは思っていない。


 だから、その時になったら、受け入れる。その覚悟はできている。


 ……と、一秒前まではそんなことを考えていた。


 あたしは知らず、腕で自分の顔を覆い隠していた。


「だ、ダメ……やっぱ、恥ずかしい」

「わ、悪い……そんなつもりじゃ…」


 声がお互いにかすれていた。鍵はいつも以上におどおどしている。そんな姿を見るのは初めてだった。


 あたしは緊張と羞恥が入り混じった感情をどうにかすべく、鍵の身体を腕で押しのけた。


 鍵が慌てたように身体をどける。彼はどうすべきかわからなくなったのか、その場に正座してしまう。


 あたしも上体を起こす。あたりにはお皿とか、ナイフとかフォークとかが散乱している。ソースとかがいたるところにぶちまけられてしまっていて、見るも無残な惨状が広がっていた。


「そ、その…どういいわけしたらいいか…」 


 鍵が言う。彼もこの状況は予想外だったのだろう。


「と、とりあえず片付けましょ」


 あたしは言った。鍵も従順にその言葉に従い、二人で後片付けをすることになった。


 もちろんその間、お互いに言葉を発さなかった。


 あたしはお皿を洗いながら、ずっと考えていた。  


 鍵が慌てて拾ったもの。それは間違いなく避妊具だった。なぜ彼が、今日それを持っていたのかは、なんとなく想像がつく。


 鍵も、今日がクリスマスイブであることを意識していたのだ。


 だとしたら、このあと……そういう展開になるのだろうか。鍵とあたしは、ただの友達なはずだった。


 その関係性が、今日壊れてしまうのだろうか―― 


 あたしはドキドキしっぱなしでお皿をひたすら洗い続けた。

少しでも面白いと思ってくれた方は、ブックマーク、★★★★★等で応援していただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ