五章 4
俺達はショッピングモールにやってきた。横浜で一番有名なショッピングモールと言っても過言ではないだろう。
「ねぇ、これめっちゃ可愛くない?」
雑貨屋で荻原が手にしたのは某有名RPGに出てくる青い粘性のモンスターのぬいぐるみだった。
先っちょがとんがっていて確かに可愛い。
「スライ◯か…。たしかにこのぬいぐるみは可愛いかもな」
「スライ◯って言うの、これ」
おい、知らなかったのか…。
俺はこのモンスターのことは誰でも知っていると思っていた。
だが、荻原は知らなかった。
まあ、無理もない話だろう。なんせ彼女はこの間までゲームそのものをしたことがなかったのだから。
「ドラク◯っていうRPGに出てくる、まあ一番序盤に出てくるモンスターだ」
「へえ…! あんたって意外と物知り」
「……」
こんなことで物知り扱いされても嬉しくない。
だが、荻原は尊敬のまなざしを向けてきている。
成績は1位でも知らないことがあるのか…。
「もふもふしててめっちゃかわいいね。買おっかな〜」
値段を見ると、千九百円だった。ちょっとお高めである。
「いいんじゃねぇの。気に入ったんなら」
「へへっ、そうかな。じゃあこれイルちゃんの隣に置こーっと」
俺は首を傾げる。イルちゃんって誰だ、と思ったが、そういえば荻原は俺が誕生日にあげたぬいぐるみにそんな名前をつけていたような気がする。
「『やあ、僕はスライ◯。実は世界征服を企んでいるのさ!』」
荻原が変な声で言う。スライ◯はそんな野心家ではない。むしろ謙虚な生き物だ。
いや待てよ…。俺が知っているスライ◯はたしかに野心家ではないかもしれない。だが、ドラク◯の世界には、世界征服を企んでいるスライ◯がいてもおかしくはない。
などと、無駄なことを考えていると、ちょいちょいと裾を引っ張られた。今度はなんだ。
「ねぇ、見てあれ! 王冠かぶってる」
荻原が指さす先にはキングスライ◯がいた。
「めっちゃ王様っぽい! あれなら世界征服企んでてもおかしくないわよね」
「いや、キングスライ◯はどちらかというと雑魚敵…」
「はあ!? んなわけないでしょうが! だって王様でしょ!」
「まあ、王様っちゃ王様なんだが、そこまで偉くないっつうか」
「あたし、あれにする! めっちゃ気に入った!」
そうかい。まあ好きにしろ。
荻原はるんるん気分でキングスライ◯を購入すると、今度はアパレルショップへと駆けて行った。
よくもまあ、そんなにはしゃげるものだと感心する。
ふと、あたりを見渡してみた。やはりどこもかしこもカップルだらけだな。
俺はどこか居心地の悪さを感じていた。なんつうか、俺はここにいていい存在なのだろうか、と。
荻原は、見た目完璧美少女である。はっきりいってお世辞じゃない。
そんな華やかな彼女の隣を、俺は歩いていいのだろうかと心配になる。
「ねえ見て、これめっちゃ可愛くない?」
荻原はミニスカートを手にそんなことを聞いてくる。ピンク色で、いかにも若者が好きそうな感じだ。
「あぁ、たしかにお前にめっちゃ似合いそうだな」
「へへっ、でしょ! これ可愛いな〜」
今彼女はコートを着ているので中は見えないが、さっき喫茶店で確認した限り、荻原は今日黒のニットと、白のミニスカートを着ていたはずだ。
ということは、やはり普段の彼女はミニスカートが好きなんだろうか。
「お前、ミニスカート好きなのか?」
「うーん、まぁボトムスの中だったら一番好きかな。あとはデニム履いたり。逆にロングスカートとかあんま履かないかも」
「たしかにな。お前がロングスカート履いてるイメージはあんまないな」
「まぁね~、どちらかというと長い丈のスカートって、大人っぽい印象あるから、あたしが二十代中盤くらいになったら着よっかな〜って思ってる」
「なるほどな。年相応のスタイルがあるってことか」
「そういうこと。そういえばあんたって、意外とおしゃれよね」
「……。そうか?」
俺は今日、黒のコートを着ている。下にはブラウンのニットと黒のスラックスを着ている。
「別に普通だと思うが」
正直自分でおしゃれだとは思っていない。
「まぁ、人から変に思われないような服装は心がけてはいるが」
「それ、正しい」
荻原はびしゃっと人さし指を俺に向けてくる。な、なんだ? どうしたいきなり。
「人から変に思われないような格好ができる男子って、実はあんまいないからね。ちゃんと服装に気を配ってるってのは素晴らしいこと」
「そうなのか?」
素直に褒められた。まさか褒められるとは思っていなかった。
「うんうん、男子のなかでも、あんたはファッションセンスある方だと思うわ」
「あ、ありがたい言葉だな…」
正直、嬉しかった。普段服装には最低限気遣っているが、その最低限は荻原の基準を満たしていたらしい。
「男子って、けっこう奇抜な格好してる人多いじゃん。特に野球部とか」
「あー、まあ言わんとしてることはわからなくもない」
たしかに野球部は奇抜な格好をしていることが多い。派手な色の柄シャツにダメージジーンズとかな。
それにプラスしてドクロのネックレスとかつけたり。
「でしょ。ああいうのって、けっこう女子の間で話題になるからね」
「そ、そうなのか…。それは恐ろしいな」
『ねぇ、◯◯って服ださいよね。あいつ七分丈のジーンズ履いてた。うわ、思い出しただけでもマジダッサイ。顔はいいのにねー。なんか幻滅』
とか言われるんだろうか。さすがに恐ろしい。想像したくはないな。
同年代の女子からひそひそと悪評が立つのは、実は一番メンタルが削られることだからな。
「ま、あんたは全然そんなことないけどね。隣歩いてても恥ずかしくないし。む、むしろ誇らしいっていうか」
俺はそんなに褒められるとは思ってなかった。何か裏があるのでは…とも勘ぐってしまうが、荻原の表情を見るに、多分本心から言っているのであろう。
「あ、見てこの帽子! あんたにめっちゃ似合いそう」
荻原が差し出してきたのは普通の野球帽だ。ヤ◯キースの帽子である。
「ね、かぶってみてよ」
断る理由がないので俺は被ることにした。
「うわ、めっちゃ似合う! 鏡みてみなよ!」
そんなに似合うのか…? しぶしぶ俺は鏡を探し、自分の姿を見た。
なるほど…、たしかに意外と似合っている。
「野球部より似合ってるよ」
さっきから野球部が悪口を言われてばかりなような気がするが、まあ気にはすまい。
「いいな〜、めっちゃ似合う」
今日の荻原は再三にわたって褒めてくれる。
くそ。悪い気はしないのが癪だ。
「あんたこれ買いなよ」
「……悪くないな」
「…………うそ、あんたのことだからてっきり『こんなものに興味はないな』とか言うのかと思ったのに」
一体俺は荻原にどう思われてるんだろうか。
だが、本当に悪い気はしなかった俺は、帽子を買うことにするのだった。




