そうだ、家庭的になろう 〜非モテ青年の不本意なヒグマ対策〜
「神様……俺、モテたいんです。贅沢は言いません。せめて、女の子と手を繋いで歩く世界線を俺、椎に……!」
世の不条理を嘆く青年・椎が、ベッドの中で涙ながらに祈りを捧げていた。生まれて一度も彼女などおらず、声もまともにかけられない。そんな彼は、同じく陰キャだった友に、リアル彼女ができたと聞き一人悲しみに暮れていた。
だが、彼が求めたピュアな恋愛願望は、神界が誇る「最強にして最恐の脳筋コンビ」によって、ディストピアな生存戦略へとねじ曲げられる。
「ぎゃああああああーーー!?」
突如、眼が潰れるほどの強烈な閃光が椎を包み込んだ。
光が収まると、そこには――圧倒的な殺傷能力を筋肉で保証された美女と、弾丸さえ弾き返しそうな固太りのおっさんが、並んでマッスルポーズを決めていた。
椎は恐怖にガタガタ震えながら確信した。
(ヒィ、AK-47の弾頭を大胸筋で弾きそうなテロリストが来た……!)
「はっはー! モテモテ、それは男らしさの証! 強さこそが生存本能を刺激し、女を呼び寄せるフェロモンよ!」
「自信、それが女性のハートを鷲掴みにするスパイス」
おっさんが無駄に渋い声で続けた。
「どうも、豚汁です。最初からついてきました。こちらはオリビエです」
オリビエは、芸術的なまでにキレ上がった背筋(鬼の顔つき)を椎に見せつけている。
その目が、無言で激しく訴えかけていた。――「褒めろ。さすれば救われん」
椎は生き残るために、必死で声を絞り出した。
「す、素敵な背筋ですね……!」
「わかる!?」オリビエの顔がパッと輝いた。「やっぱわかる子はわかるんだよねー! あなたの願いを叶えましょう。オリビエでーす!
ちなみに、彼はディーンよ」とオリビエがいうと、おっさんが大釜をドスンと置いた。
「まぁ、豚汁でええよ。俺は自分の名前より、豚汁をこの世界に流行らせたい」
「は、はぁ……」
「椎よ、今は家庭的な男子が流行りという。ならば、筋トレと豚汁だ」
「……は?」
モテたいという願いに対して、なぜ「家庭科」と「体育」の複合メニューが提示されるのか。
「食事を作れる。セルフプロデュース(肉体改造)が可能。つまりモテしかないな!」
オリビエの脳筋ロジックが冴え渡る。さらに豚汁おっさん(ディーン)が、とんでもない角度から追い打ちをかけた。
「そうそう、最近日本には熊が出るらしいしな。クマ倒せたら女子のハートはいちころやぞ」
「クマ!!!!?」
モテるための条件に、いつから野生猛獣の討伐が含まれるようになったのか。
「ツキノワグマくらいならワンパンやな」とディーンが淡々と言う。
「ヒグマは?」とオリビエ。
「うーん、ツーパンかな」
「ネックハンギングツリーとかで締めたら?」
「いや、ヒグマはでっかいから無理。腕回らん。思いっきりタメを作って鼻にワンパン入れて、ビビってる間に腹に強烈なのを一発でやれるな」
「うーん……」
オリビエは悔しそうに己の拳を見つめた。
「あたし、連打させてくれたら行けると思うけど、ワンパンとツーパンは無理だわ……」
「しゃあない。オリビエはか弱いからな」
「……ごめん」
「大丈夫、俺が守るよ!」
「ディーン……(頬を染める)」
椎は、枕を抱きしめたまま魂の底からツッコんだ。
(俺は夢の中で、神々の何を見せられているんだ!? あとヒグマを連打で倒せる『か弱い女神』ってなんだよ!!)
「――ってことで!」ディーンが咳払いで現実に引き戻す。「家庭的な男は愛される。だから筋肉だ。豚汁だ。ちなみに筋トレするには部屋を整理整頓してスペース作らんと危ないから、部屋も片付く。モテ要素しかないな!」
「なんでやねん!!」
「家庭的な男子が勝利する世界、それが日本! ということで進捗状況、毎日来て確認するからね!
ビリーカモーン!!」
「喝!!」
「いやぁああああああ!!!?」
次の瞬間、椎の脳内に膨大な豚汁レシピと過酷な筋トレメニュー、そしてあのタンクトップ姿の男が乱入してきた。
「誰だよビリーーー!!!」
「私が少し前に見つけた、人間用の筋トレバイブル。ビリーズブートキャンプよ!」
「知らんわ、いつの時代だよ!!」
オリビエが不思議そうに目を丸くする。
「え? ビリー知らないの? ……まぁいいじゃん! 知れたのはいい事よ!」
――そして。
椎の日常は劇的に変わった。
毎晩の悪夢(進捗確認)から逃れるため、彼はまず足の踏み場もなかった汚部屋を脱出し、完璧に整理整頓された空間を作り上げた。さらに、毎日脳内に流れてくるレシピ通りに、栄養満点の豚汁を自炊するようになり、気づけばジムの門を叩いていた。
そしてある日、ジムの給水所で、彼は一人のうら若き女性と出会う。
汗を拭い、プロテインをシェイクする彼女が、ふと呟いたのだ。
「あー、今日も追い込んだ。帰ったら、豚汁食べなくちゃ……」
その言葉に、椎の心臓がドクンと跳ねた。
「あの……もしよかったら、美味い豚汁の作り方、知ってますけど……」
「え?……、私も」
二人はただまっすぐに見つめ合っていた。
まだ、交際には至っていない。
だが、確実に、何かが始まっていた。筋肉と、味噌の香りの向こう側で。
「筋肉は裏切らない。いぇい」
オリビエがサムズアップを決める。
「豚汁も裏切らない」
ディーンが渋く頷いた。




