そうだ、肉体言語で語ろう① 〜幸薄乙女の不本意なインファイト〜
「うぅ……痛い。でも、あの後すぐ優しく謝ってくれたし、きっといつかは私の気持ちを分かってくれる。神様、どうか彼と私が幸せになれる道を……」
あざだらけの体を抱きしめ、ベッドの中で健気に(というか完全にマインドコントロールされて)祈る・慈美。
だが、彼女の悲痛な祈りは、天界で最もデリカシーのない「あの二人」を呼び寄せる大惨事となった。
「ハッハー! 呼ばれて飛び出て……って、はぁあああ!?」
光の中から現れた女神・オリビエは、慈美の顔を見るなり、バンプアップ中だった大胸筋を弛緩させて素に戻った。
「ちょっと貴方、なんであざだらけなわけ? 何があったか説明させてもらっていい?」
「え、ええと……」
「はっ! もしかしてM系!? 限界まで殴られたい系女子ってコト!?」
「え? ち、ちがっ……!」
慌てる慈美の横に、カツオ出汁の湯煙と共にいつものおっさん(ディーン)が飛び出してきた。
「なるほど、分かったぞ!」
ディーンは深く頷き、己の拳を握りしめた。
「お前、あいつを殴りたいんやな。でもまだ、圧倒的にフィジカルが及ばずってことか」
「え?」
「あーなるほど!」
オリビエが手を打つ。
「つまり、まだ筋肉が足りてない、と!」
「そうそう。まず我が豚汁で強化してからやな」
ディーンが大釜からお玉で豚汁をかき混ぜている。
「じゃないと、今のひょろひょろの状態で殴り合いから始めるのはハードルが高すぎる。それは格闘技の域を超えて、ただのMへの道や」
「なるほどねー、知識が足りなくて間違った格闘技道を歩んでる系か」
「ち、違います!!」
「これは、彼は私を大事にしてくれてるんです! その、ちょっと今回は私が至らなくて、彼が怒っちゃっただけで――」
慈美は涙目で叫んだ。だがその言葉を聞いた瞬間ピキッとオリビエのこめかみに青筋が生まれた。
「あ、DVね」
秒で看破したオリビエは、ゆっくりと拳を握り締めてシャドーボクシングを始めた。その風圧が致死レベルだ。風ないのに、何故か慈美の前髪が揺れている。
「貴方! ああいう男はね、ただ弱いのよ。とりあえず『女は軽く殴れると思うなよ?』ってことを、その肉体に叩き込んで教えてあげれば一発で大人しくなるわ。
殴るなら、そこらへんにある適当な『物(鈍器)』で殴ればイチコロよ」
「え、え……!?」
「貴方には加護付きの天界の『鈍器』を授けましょう!」
「ええー、鈍器はあかん。死ぬだろ?
……あ、あー鍛えたらなんとかなるんやないのか?
ほら、加護で鍛えたら、女の子殴るようなクズぐらいすぐ倒せるやろ?」
「それ時間かかりすぎない?」
オリビエがシャドーボクシングしながら、ツッコむが、人殺しを何とか避けたい豚汁の神はあまりにもお粗末な言い訳を始める。
だが、今は間違いなくそうしないと、恐ろしいことが起こる予感がする。慈美は下手な言い訳をしているちょっと動揺している固太りのおっさんを応援している。なぜならそのシャドーの風圧がすごいばかりか拳が見えないからだ。
・・・絶対彼氏くんが死んじゃう!!
シャドーの威力から格闘技とは無縁の慈美さえそう感じさせていた。
「ふ、俺にはわかる。その子は、やればできる子や!!」
ディーンはドスンと大釜を慈美の前に置いた。
「ほら、これを食え。天界産の神の豚汁や。これ食えばすぐに、相手の理想とするハイレベルな『語り愛』ができるようになる!
現世で食べたら、殴ると死人でそうだが、精神世界なら魂とか精神とかそっち系が強化されるぐらいだから大丈夫だ!…、たぶん。
ちょっと色々人の道外れるけど、今なら問題ない。
いや、今しかないんや!
っていうかオリビエ、ステイ!彼氏殴りに行こうとしちゃアカンからな!あくまで願いを叶えるのがお前の仕事や!」
「むぅ、でもなんかそれが一番早くね?」
「オリビエは願いの女神で、格闘の女神とか、制裁の女神とか、裁きの女神じゃないやろ?!」
「で、でも……私、そんな……」
戸惑う慈美に、豚汁がその細い骨ばった両肩を掴み、冷徹な笑顔で、黄金の神光を浴びせた。
「――食べなさい」
「ひぃっ!!」
逃げ場を失った慈美は、恐怖のあまり震えながら大鎌の豚汁に手を伸ばした。
だが、そのスープが一口、唇に触れた瞬間、慈美の瞳から理性の光が消え去った。
「う、美味い……何これ、魂が……細胞が沸騰する……!!」
次の瞬間、慈美は野生の獣のように、大釜の豚汁を手づかみでガツガツと貪り食い始めた。だし用の昆布を引手でつかんで食いちぎり、豚肉を丸呑みにするその姿は、完全に飢えたプレデターのそれである。
ドンビキの光景だがお陰でオリビエは少し冷静になった。同じくドン引きの豚汁も、具に神聖野菜と聖水使ったから、効きすぎたかなと少しだけ後悔していた。
「うっわぁ……あ、筋肉の加護を!!邪悪な彼氏にリアルファイトできる筋肉と精神を!」
「うっわぁ……なんか染み渡りすぎてる気もしないことないけど、……ええい、魂の覚醒と豚汁による健康の加護を!」
二人が加護を叩き込む、その必死に豚汁を貪る様子にドンビキしながら。そして、毎度のごとくオリビエが指を鳴らす。
「ビリーカモーン!! リアルファイトで愛と平和を掴み取るのよ!」
「ハッハーVict……え? えぇ!! 何この子!!
野生児? 野生児ですかオリビエ様!! 説明して下さい!」
「そこは大人になってくれ、頼む。
教えるの、ブートキャンプやし元軍人やし、リアルファイト得意やろ? 察してくれ」
「はっはー、筋肉は裏切らない。女の敵は倒すのよ!」
「え?え?……、Victory???」
ビリーは空を読むのではなく空気に飲み込まれた。
豚汁は空気を読むことを強要した、すごい罪悪感に飲み込まれている。
オリビエは、彼氏をボコボコにしたいが願いの女神なので我慢をしている。
慈美は豚汁を大鍋に手を突っ込んでむさぼり食っていた。
カオスだ。
だが、ビリーの上司である願いの女神オリビエがやれと言うならやるしかないのだろうとビリーは腹をくくった。




