願いの女神の経済事情③ 〜衝動買いの誘惑と、神界の密猟者たち〜
翌朝。
ディーンは神聖力でマイルドに浄化した聖水をジョウロに満たし、玄関を出た。
そして、己の目を疑った。
そこには、いるはずのないオリビエがいた。
神域に防音結界を張り、ディーンに気づかれないよう細工をし、大音量のユーロビートを響き渡らせながら、軽快にステップを踏み(※花を物理的に踏み躙りながら)、超高濃度の神聖力がドロドロに溶け込んだ特製聖水をドバドバとぶち撒けているではないか。
幻ではない。現実だ。
女神オリビエとしては、完全に「良かれと思って」やっているのだろう。だが、精霊を生み出す花たちの悲鳴が彼女には聞こえていないのか。いや、ユーロビートのせいで絶対に聞こえていない。まず曲を止めろ。
ふと見れば、植物を育てるはずの野良精霊たちですら、恐怖のあまり木の陰にギュッと身を寄せ合って震えているではないか。
ディーンは無言でスタスタとオリビエに近づき、その後頭部をスパーン! とはたいた。
「な、何よ!?」
「花を踏むな。神聖力を過剰投与するな。 聖水まきすぎや。
だいたい、植物を育てるための精霊が、なんで木の陰に隠れてガタガタ震えとるんや?
ふざけとるんか?」
「え? え? ……だ、だって、新しい精霊ちゃんたちが可愛くて、嬉しくて……」
「……水やり禁止」
「そ、そんなぁ!」
絶望した顔でジョウロを落とすオリビエに、ディーンは深いため息をついた。
「基本はわしが育てる。蕾ができたら、それが開くまでの間だけはお前の神聖力で好きに育ててええ。だから、蕾がつくまで待てるよな? な?」
「………わかった。でも、毎日見にきちゃダメ……?」
上目遣い。
ディーンの目線から見ると、反則的に可愛いおねだりだった。このゴリマッチョな栄養の神は、基本的にこの脳筋女神に甘いのである。ディーンはガシガシと頭を掻いた。
「……分かった。見に来るのはええ。
ただし!! 直接の世話は精霊に任せて、お前は『適切な神聖力』の聖水を作るだけやぞ。濃度は毎回わしがチェックするからな」
「わかったわ! 私、頑張る!」
「いや、頑張らんでええ。お前が頑張ると精霊が不幸になりそうや……」
「ヒドイ!!」
――そして、数日後。
ディーンの血のにじむような土壌改良と、オリビエの致死量ギリギリ(※ディーンの厳しい検閲をすり抜けた限界濃度)の神聖力の投与。
その相反する二つの力が奇跡的な化学反応を起こし、ついに花畑から新しい精霊たちが誕生しつつあった。
「ディーン! 見て見て! すっごく元気に育ったわ!!」
「お、おう……育った、な……」
オリビエが歓喜の声を上げる中、ディーンは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
そこにできていた蕾は、可憐な花になりそうな雰囲気がない。
極太の茎を持ち、葉脈が血管のように浮き上がり、葉っぱの代わりに「仕上がった大胸筋」のような隆起を持つ、異形の植物たちだった。
彼らは、オリビエの過剰な栄養摂取を生き延びるため、自らの細胞を「精霊」ではなく「バルクアップ」へと全振りして進化したのだ。
『ムキムキ……(光合成)』
『キレてる……(水やり)』
「うん! 立派な筋肉育成の加護ね! これで私の使徒たちの生活ももっと豊かになるわ!」
「せやな(植物……? これ、植物なんか……?)」
ディーンはそっと目を逸らした。
一方その頃。 オリビエの“筋肉アルゴリズム”の具現化であり、精神世界のOSであるビリーたち は、次元の隙間でその光景を見て絶望していた。
ビリー1号『おい……見たか。新しく来る後輩(植物精霊)、完全にマッスル化してるぞ……』
ビリー2号『ただでさえ俺たちの処理能力が限界なのに、あんな物理特化の園芸部員が来たら、現世の使徒たちの部屋がジャングルジムになっちまう……!』
そして、最も達観しているビリー3号が、そっと目を閉じて呟く。
ビリー3号『……受け入れろ。これが俺たちの運命(筋肉)だ。お前ら、現世にオリビエ様の育てた精霊が納品される日も近いぞ』
神界の生態系を乱した代償は、間もなく現世の不器用な使徒たちのもとへ、恐るべき「加護」として降り注ごうとしていた。
(おわり)




