【美子と椎、シリーズ最終話】筋肉は裏切らないが、財力は全てを凌駕する
美子は久しぶりに、駅地下の倉庫(という名の仮眠室兼トレーニングルーム)から実家へと戻っていた。 食卓に並ぶのは、母の手作り料理。栄養素やPFCバランスの観点から見ればお世辞にも筋肉に良いとは言えないが、「たまにはこうした俗な料理も悪くないわね」などと、美子はすっかりマッスル基準になった思考で箸を進めていた。
「美子、最近どう? なんだかすっかり痩せて綺麗になったし、毎日楽しそうだけど……。職場でいじめられたりしてない?」
心配そうに顔を覗き込んでくる母親に続き、父親も深刻な顔で口を開く。
「ちゃんと食っているのか? 痩せたのがストレスのせいなら、仕事なんていつでも辞めていいんだぞ」
無理もない。両親の目に映るアラサーの娘は、急激に変貌を遂げていた。 四十路を過ぎ、3人目の子供を諦めかけていた頃に授かった大事な、大事な末っ子の美子。可愛がりすぎてかまいすぎた結果、不器用で生活力の乏しい、内気なぽっちゃり系女子に育ってしまった我が子が――今や、いつフィジークの大会に出てもおかしくないほどバキバキに仕上がっているのだ。
(何でLLサイズの脂肪でふわふわだった娘が、短期間でバキバキの鋼鉄肉体になってるんだよ……!!)
両親が内心で戦慄していると、美子はへへ、とはにかみながら、頬を染めて爆弾を発言を落とした。
「実はね……好きな人ができたの。付き合ってる……のかなぁ?」
「「ッ……!!!?」」
両親に凄まじい衝撃が走る。職場のいじめでも過労でもなく、まさかの恋! だが、喜んだのも束の間、美子はしょんぼりと肩を落として言葉を続けた。
「でもね、今のジムだと水泳ができないの。椎くんが『全身運動に水泳を足そう』って言うから移籍したいんだけど、良いジムは会費が高くて……。椎くん、市役所の非常勤だから、あまりお金がないのよね」
……金が無い!? 紐か!? 美子の財布を狙う不届き者か!?
「いいジムで一緒にトレーニングしたいけど、高いからって椎くんと離れるのは嫌だなぁ……」
娘の切実な吐露に、母親は父親と目配せしつつ、探るように尋ねる。
「そ、その椎くんという方は、どんな人なの? 結婚を考えるなら、やっぱり収入は大事でしょ……?」
「うーん、確か去年大学を出たばかりだから、23歳かな? 公務員試験を頑張るって家でも勉強してるみたい。……あ! もしかして私のせいかも!」
美子はハッとして両手を口元に当てた。
「私が毎日『明日もここで』ってジムに呼び出したり、お父さんの駅前の倉庫部屋に連れ込んで、毎日一緒にご飯作ったり片付けしたり、夜まで2人っきりで筋トレしたりしてるから……私、椎くんの勉強の邪魔をしてるんじゃ……!」
「「…………!!!」」
同棲!? しかも美子が、うら若い社会人1年目の男を自分の巣窟(倉庫)に連れ込んで夜な夜な連れ回している……!?
両親の誤解は深まるばかりだったが、彼らの娘への愛は、すでに常識のキャパシティを遙かに凌駕していた。 彼らが動かすのは「MUSCLE(筋肉)」ではない。神の奇跡すら買収しかねない、「Money(財力)」の力である。
そして美子と両親はお互いの受けた衝撃から、誤解を解けることなく、夜は更けるのだった。
数日後。
美子は再び父親に呼び出され、実家のリビングにいた。 なぜか両親は、見たこともないほど晴れやかな笑みを浮かべている。
「美子、誕生日プレゼントだよ」
「え? 私の誕生日、もう終わったけど?」
「……誕生日プレゼントだよ。受け取りなさい」
これまでに体感したことのない、凄まじい親の「圧」に押され、美子は恐る恐る差し出された封筒を受け取った。ソファーに座り、中身を確認した美子の目が点になる。
「……え? 権利書……?? まじ!!!? すっごい良い、市内で有数の設備が整った最新のジムじゃない!!
え、しかもオーナー価格のペア月会費枠があるの!? わぁ、安い! これなら椎くんと一緒に通えるわ! ありがとう、お父さん、お母さん!」
「良かったね。これで、椎くんを『手に入れなさい』」
両親は完全に悟りを開いていた。美子が良いならそれでいい。 四十路を過ぎて生まれた可愛い末っ子を、女子高、女子率70%の四大、女子ばかりの職場へと囲い込み、内気なアラサーに育ててしまったのは自分たちの負い目だ。 変な男に騙されないか心配だったが、どうやら相手は美子に振り回されている側の純朴な青年(非常勤)らしい。
男に金がないなら、美子に金があればいいだけのこと。もしその椎くんとやらが美子を裏切るような真似をすれば、一家の総力を挙げて身ぐるみ剥ぎ取ればいいだけの話だ。 何せ、美子の実家には、金があるのだから。
こうして美子の愛は、ブラックな職場環境をも完全に脱出し、圧倒的な財力によって成就へと向かうのであった。
美子は小躍りしており両親の黒さに気づいていない。
後日。
無事に(?)鉄人レースを「YES! MUSCLE!」の雄叫びと共にゴールし、美子の「自宅」へと挨拶に訪れた椎くんは、文字通りひっくり返っていた。
「実家、やばくね!!!?
え、美子ちゃんがいつも僕を連れ込んでたあの場所、倉庫……!?
倉庫やったん!!? 僕の家より広いのに倉庫やったん!!?」
「うん、お父さんが駅前に持ってる仮眠室付きのただの物置だよ?
便利だから私が占領してたんだけど。」
「物置の規模じゃないよぉお!! え、じゃあ僕たちが移籍したあのジムは……!?」
「あ、あれ? 私のために、お父さんとお母さんが誕生日プレゼントでくれたの。だから私、一応あそこのジムの経営者ってことになるのかな?」
「ジム経営者……!? え、えええええええ!!!」
椎は己の鍛え上げた大腿四頭筋がガクガクと震えるのを感じた。 ただのストイックでワイルドな年上お姉さんだと思っていた美子ちゃんは、まさかのガチ資産家の令嬢。対する自分は、市役所の非常勤。
(身分違いやないかーーーーーーい!!!)
あまりの格差に戦慄する椎だったが、精神世界のビリー3号は、セルフバージョンアップした高機能AIの冷徹さで(それでええやん、お前ほんと贅沢だな)と完全に呆れ果てていた。
神界では、豚汁が「あー、うん。二人は通じ合ってるし、幸せそうやな。合言葉(YES! MUSCLE!)があればええんやって」と、静かに二人の筋肉とマネーのハイブリッドな未来を見守っている。
手すら繋がないまま鉄人レースを制し、身分違いの格差をも筋肉と財力で強引にねじ伏せた二人。彼らの前途には、ただただ輝かしい「VICTORY」のロードが広がっているのであった。
(美子と椎くん編・完)




