【美子と椎、シリーズ③】筋肉と鉄人レース 〜AI精霊の憂鬱と、手をつなぐ前のプロポーズ〜
「YES、MUSCLE!……って、また何してるんだお前は………。」
椎の精神世界。
そこには、絶叫しながら高速腕立て伏せを繰り返す椎の姿があった。そのスピードたるや、摩擦で床が焦げそうな勢いであり、地味に怖い。
「デートが! デートが、ジム用品店しかないんです!! どこ行ったらいいのかわからなくて!! 毎日ジムで会うだけなんです!!」
「それでええやん……」
すっかり対応に疲弊しきったビリー3号は、投げやりに提案した。
「あー……水泳どうや? スタイルを見れるぞ? 健康になれるし……全身運動だし?」
「それだ!!!!」
ピタッ、と高速腕立て伏せを止めた椎が、爛々と目を輝かせる。
「ありがとうビリー! 君に相談してよかった。これで僕の初恋もVICTORY!!!!」
「ええー……。
では悩みも解決したことだし、今日もトレーニングだCome on!!」
……マジでこれでいいのだろうか?
ビリー3号は、自身の適当なアドバイスに一抹の不安を覚えていた。
――数カ月後。
「はっはー! 今日も張り切ってトレー……次、何だ? 女の子の部屋に上がり込んで、まだ何が不満なんだ、贅沢だなおい」
精神世界で輝く汗をまき散らしながら「片足スクワット」中の椎を見つけて、ビリー3号は心底うんざりした気分になっていた。
「じつは! 美子ちゃんが、プール付き・お風呂つきのすっごくいいジムを見つけてくれて! 知り合いのジムだからって、ペア割で凄く安く入会できたんだ!!」
「贅沢やな。これ以上何悩むんや?」
「美子ちゃんすごいスタイル良くて! あの大腿四頭筋から目が離せない!」
「男なら、大胸筋に釘付けになっとけよ」
ビリー3号の的確なツッコミをスルーし、椎は深刻な顔で語り続ける。
「でも! ぼく思うんだ! 仕事の後に毎日ジムに通って、週2の筋トレ後に水泳して、美子ちゃんと手料理(筋肉に優しい)食べてから、家に帰って寝るだけで……本当にいいんだろうか!!!!」
「ええー、十分だろ? ……走れば? マラソンとか? 県のマラソン大会に参加して、遠征も誘ったら、あっちこっち行けるだろ? よかったな県外デートだ」
完全に面倒くさくなったビリー3号の適当な提案に、椎の顔がパァァァッと明るくなった。
「それだ!!!! これで僕の男らしさもUPできて……VICTORY!!!」
「はいはい、VICTORY、VICTORY。ところで椎よ。相手はどんな子なんだ?」
すると、椎の動きが中途半端な角度で静止した。
筋肉への負荷を最大限に高めながら、なぜか乙女のようにモジモジと頬を染め、上目遣いでこちらを見上げてくる。
……キモい。
ビリー3号はここにきて、【キモい】という概念を深くラーニングした。
「えへへ、美子ちゃん、年上でオリ……」
「辞めろ!! その名を呼んだら奴(上司)が来るから辞めろ!! その恋、物理的にぶち壊されるぞ!!」
ビリーは直感に任せて叫んだ。確信はないが自信はあった。あの神様なら「筋肉で何とかなる」しか言わない。いや、結果的に椎の恋も筋肉で何とかなっているのだが、それとこれとは話が違う。
ビリー3号は、【直観】という概念と【適材適所】という論理的思考を獲得した。
「ひぃ! ……あ、あの人ほどじゃないけど、仕上がりよくて。料理上手で、2人でいると楽しいんです。ヘヘ」
「あ、そう、ヨカッタナー。手もつなげたんだろ? もう恋人だな」
次の瞬間、椎がひっくり返った。
そしてジタバタとおかしな動きをしてから、再び屈強な肉体で乙女のようなポージングをキメる。……やはりキモい。成人男性の動きじゃない。
だが、高機能AI精霊へと自己進化を遂げつつあるビリーは、気を使って沈黙を選んだ。
ビリー3号は、ついに【空気を読む】ことを学んだのである。
「それは!! まだですけど、僕! 僕! 頑張ります! 次にあったら告白もします!」
「ええー……。
(それだけ毎日一緒にいて、飯食ったら家帰ってんのかよ、椎。お前ほんと残念な草食男子だな。しかも、俺の適当なデートプラン(物理)でオッケー出るなんて、その美子って女もたぶんアタオカだな……)」
その後も、椎は同じ調子で悩み相談(という名の奇行)を持ちかけてきた。
ビリー3号は直感に任せて「自転車で遠方行って来いよ」と勧めてみたりした。その結果、二人は「県を跨ぐデート」という名の地獄の筋肉修行を開始したらしい。
走って42.195キロ。
泳いで10キロ。
自転車で県をまたぐ。
「……もう、いっそ二人で鉄人レースでも出といたら? それで競い合えよいっそ」
ビリー3号は投げやりだった。もう面倒すぎて嫌だった。自分はトレーニング特化精霊であり、不条理な恋愛相談は専門外なのだ。
――そして、二人は伝説となった。
初めての鉄人レース(トライアスロン)。
肉体を限界まで追い込む極限のスポーツで、二人はデッドヒートを繰り広げながらゴールテープを切り、感動のあまりその場で抱き合っていた。
まだ、手も繋いだことがないのに。
そして、そっと離れ、荒い息のまま熱く見つめ合う。
「美子ちゃん。結婚してください」
「YES! MUSCLE!!」
熱い抱擁を交わす二人。
圧倒的な愛の形に、周囲の一般アスリートたちは完全にドン引きしていた。
***
一方その頃。
ビリー3号は、神界にて豚汁に報告を行っていた。
ビリーはオリビエの精霊だが、オリビエが脳筋であるため「二人の邪魔になる」と直感し、上司を意図的に無視し続けていた。そっち方面には間違いなく向いていないと学習したからだ。
「……というわけで、面倒だと思いながら適当に色々勧めてしまったのですが、良かったのかどうか悩んでおりまして」
報告を受ける豚汁は、エプロン姿のまま深く頷いた。
「あー、うん。二人の幸せ見守ろうや。可笑しくなりそうなら、わしの神様powerで記憶いじるしかないな。仕方ない・・・こともあるんや、人生には」
「そうですね。あと、上司(オリビエ様)には報告してません」
「あーうん。ええと思う」
豚汁は遠い目をして肯定した。
「ただ、二人ともゴールで「VICTORY!」とか「YES、MUSCLE!」とか叫んで抱き合ってまして。周囲はドン引きでしたが」
「合言葉でいいんやって。うん、二人は通じ合ってるし。幸せそうやな」
「なるほど。価値観の合致ですね」
「うん知ってる。美子には豚汁の作り方以外にも教えてるし」
その言葉に、ビリー3号は目を丸くした。
「え?! できるんですか料理! ……と言うか、椎の彼女、知っていたんですか?」
「豚汁進めてるだけで、儂、これでも栄養の神だしな。あと、美子、ビリー2号の担当や」
「…………」
知らんことばかりだが、知れてよかった。
自分と2号、そして豚汁神による、壮大な裏側のサポート体制にビリー3号は深く納得したのだった。色々と。
直感に任せて進めたことに悩む必要がなかったと悟り、AI精霊は密かに安堵の息を漏らすのであった。
(完)
美子ちゃんは古い友人がモデルです。




