3番目ー2
小脇に抱えられて空を飛んでいる。初めて会った時は転移してきたようだが、今は空を飛んでいる。ご丁寧に防御魔法でもかけてくれているおかげで風圧はあまり感じない。それでも腹部への圧迫感で吐きそうになる。
「もう少し丁寧に扱ってはくれないのですか?」
「どうやったらいいんだよ」
対人経験はなかったのだろうか。もしくは女性経験がないのか。私は圧迫感が無くなれば別にどの体勢でも構わない。
「おんぶにするとか姫抱きにするなどはいかがですか?」
「お前に恥ずかしいという感情は無いのか」
別に下にスパッツとひらひらしたズボンを履いているから見られる心配はしていない。恥ずかしい、と思ったことはあっただろうか。あるにはあるけれども乙女心のようなものはカケラも無かったはずだ。
「あるにはありますが、特に興味はございません」
「あれよ」
主も同じことを言われていたな。などとどうでもいいことを考えていると膜を潜り抜ける感覚がした。あたりの空を見渡しても何も変わったように見えない。真下あたりの森を見てみると木々の隙間から人工物が見え隠れしている。もしかして、と思い行き先の方向へ見てみると少しだけ開けた場所に他の木より大きい木を利用したような家が一軒だけ建っていた。しばらくしてその家の前あたりに魔族は降りた。
「着いた」
「ここですか?」
魔族は脇下あたりに手を入れて丁寧に降ろしてくれた。改めて木に取り込まれたような家を見る。魔女の家という雰囲気はある。近くに畑や果樹がある。生活感もある。けれども魔女は今家に居るのだろうか。
「ここだ。お前が望む魔女はここにいる」
なら安心して扉を叩ける。扉に近づいてコンコンと取手の少し上を叩く。少ししてはーいという声が中から聞こえてきた。パタパタという軽快な足音がしたのちガチャッと扉が開いた。
「どちら様かしら?」
少し低めの大きな帽子を持った女の子が出てきた。身長が大体、150も無いような気がする。なるべく警戒させないように少し口の端を上げる。
「こんにちは。ここは魔女さんの家ですか?」
「……私が何者か知った上でここにきたのかしら」
かえって警戒されたか。何も手を出さずに大人しくしておこう。
「そうですね」
顔を見るだけで魔族と同じような何考えてるんだこいつという文字が見えそうだ。この世界では魔女が危険分子扱いされているのだろうか。知っている限り、他では魔法使いという職についている女性のことだったり、国の最高戦力だったりした。
「ギル、貴方が案内したの?」
「悪かったか?」
魔族の名前はギルだったらしい。多分愛称だろう。昔馴染みなのか知らないけれども友人ではあるのだろう。
「こいつがお前に会いたいんだとさ」
奇怪な人間もいたものだという雰囲気が感じられる。
「一旦、中に入りなさいな。客人に出せるような物は無いけれどね」
「ありがとうございます」
家の中に入れてもらえた。思ったよりごちゃごちゃしている感は無いがそれでも物はたくさんある。そこに座って、と言われた席に座る。しばらく待っていると、ちょっとしたケーキの一種と美味しそうな紅茶を持ってきてくれた。美味しそうである。
「それで、何故ここまで?」
魔女は前にある席に座った。
「なんとなくです」
「はあ……?」
一口、出されたものを口に含む。しばらく待っても異変が無いのでおそらく飲めるものだろう。ケーキも果実がゴロゴロ入っていて美味しそうである。
「てことは、お前、大した理由もないのに来たのか?」
「そうですね」
「そうですね、じゃないだろ!」
お前は一体何を考えているんだ! と大声で言われる。鼓膜が破れるのでやめて欲しい。咄嗟に耳を塞いでおいてよかった。
「大した理由と言えるものなら、一緒にお茶でも飲みたかった、でいいじゃないですか」
そんな考えが二人にとっては全く考えもしなかったものだったらしい。しばらく固まってほんの少し頬が赤くなった。
「…………そうですか」
「そうですよ」
出された紅茶を飲む。意外と味はよく飲んでいる紅茶の味によく似ていた。
「それでは、今日はこのぐらいで失礼いたします」
日も傾いてきた頃でもあり、魔族が用意してくれた家で泊まらせてもらうことになったこともあり、帰らせてもらうことにした。
「あまり来るような場所じゃないんだけどね」
確かに、普通に歩いて来るには難しいかもしれない。結界もあるようだし、地形的にも入るには向いていない場所でもある。
「でも、まあ、今度来る時は連絡ぐらいしなさい。お茶ぐらいなら出してあげる」
魔女は安心したような微笑みを浮かべた。正直、まだ会って初日なのにここまで心を開いてくれるとは思わなかった。私が変わった人間であることが気に入ったのだろうか。昔のことは知らないし、知ろうと思わないが安心して会話できる人がいてもいいだろう。
「それでは、また」
「ええ、また今度」
そう言って魔女と分かれた。来る時はほとんど飛んで胃に負担がかかっていたから、帰りは途中まで歩いている。道には花や木が丁寧に整備されて生えている。家に生えていたものに近い種類もあるようだ。見ていて楽しい。しばらく景色を見ながら歩いていると一緒にいたはずの魔族が後ろの方で足元のあたりを見て考え込んでいた。
「何を見ているのですか?」
「いや、なんでもない」
なんでもない訳が無いと思うが、ここは気にしないでおこう。
「お前の名前を決めた」
出会ってからおそらく七日、ほど経って唐突に魔族はこう言った。
「そうですか」
今いる場所は魔族が用意してくれた小さめの家の中に居る。リビングにあたる部屋の中で、いつの間にか読めるように翻訳された本を読みながら、地元の方にいる友達から送ってもらった宿題をしていた。折角、本を読みつつ宿題をしていたのに一部の内容が飛んでしまった。少し腹が立つがそれでもようやく帰れるようになるのは嬉しい。
「お前の名前は“ ”だ」
魔族の共通言語か知らないがあまり聞き取れなかった。けれども何を見て付けたかぐらいは分かる。
「……それは、いい名、ですね。拝名致しました」
と同時に自我とも欲とも言えるものが出てきた。表情筋が仕事してきたのかもしれない。
「それでは、契約を」
「はいはい」
魔族が左胸あたりに指を差し何か書き込む。心臓付近に何か模様が入ったらしい。ヒリヒリする。その後、自分の首元によく分からない模様を入れた。以上で終わりらしい。これでようやく宿題を提出しに動ける。学校があるのに送ってくる主には後で一発ヒビが入る程度に力を入れるのもいいだろう。
「ではよろしくお願いします」
「そうだな。よろしく」
差し出した手を魔族は掴んだ。
——————と、まあ、こんな感じ」
「どんな話だよ」
どこの空想だとでも思そうな話だった。けれども本当にあったことなんだろう。
「何年前の話?」
「いつだっけ?」
「知らね。確かしばらくして“もうすぐ中学初めての夏休みー!”とか言ってなかったか?」
なら三年前か。ものすごい後出しで言われた感がする。聞かれなかったから言わなかったという精神もあるからそういう事だろう。もう少し早く聞けばよかったか。
「そうだっけ?」
「俺は知らねぇよ」
人間のやることには興味ないのか。
「そういや、“仁”って女につけるには変な名前だよな」
漢字で書くと仁義の“仁”だ。それは女の子につける、というより男の子につけそうな名前だと言いたいのだろう。最近日本語が上達しているらしいからか。
「うちの国では真名という物があってね。知られると厄介だから隠すっていう文化が昔からあるのだよ」
「へー」
いまだに大事にしているところはある。おとぎ話は本来の姿や名前を知られるといけないという事からのことだった。あと、なんとなく教えるのは忌避感がある。
「けど、名前はあんまり気にしてないな。別に名前が分からなくても話ぐらいは通じるし、友達にもなれる」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
そういう珍しい考えの人間だ。深いところまで踏むこまず、自分から話してくるのをいつまでも待っている。賛同も否定もせずただただ、そうか、の一言で済ませるような距離感の人間だ。ひょっとしたらそういう人間だから魔女に気に入られたのかもしれない。
「ちなみにこいつの姉妹は「時雨」に合わせた偽名を使ってる」
「本名を教えるつもりが無いんだな」
そういうものだから、言わない。別に言わないでいいことなのに言うのか。
「といってもよく使いすぎて本名とも思ってしまってるけど、一応本名は別にあるよ」
だが、絶対に言わない。こいつに教えるのは癪に触る。
「待てよ、」
何か思いついたらしい。
「ということはお前の名前、偽名か?」
信じられない顔で指さしている。この言葉は祖国式の名前が本名じゃないのか、という意味だろう。
「さあ、どうでしょう」
仁はなんでも無かったように課題の続きを解き続けた。僕はそれがどうかを知っているけれど、それを言うような場所じゃないしこの場で言うのも野暮だろうと口を閉ざした。




