新しい物語⑦
「車を出す前に一応麻酔をかけておいてください。目を覚まして暴れられると厄介なので」
『維新軍』の兵士を運び込む王国軍の関係者に幹也は次々と指示を出していく。
そこに居合わせた人々は有名人に会ったような騒ぎになっていた。
「ねえ、本物の幹也様だよ」「やばーい!私超ファンなんだけど!」
と女性たちは黄色い声を上げ、うっとりとした目で幹也を見つめていた。
「流石は第一部隊の隊長を務めるだけあるよな。あの強さ、半端ないぜ」「しかも、四御家の一つである戸沢家の次期当主だもんな。非の打ち所がないってああいうのを言うんだな」
と男性たちは嫉妬すら起こらない純粋な羨望を幹也へ注いでいた。
仕事中を考慮して誰も近づこうとはしなかったが、誰もが彼を尊敬し、讃えていた。
「相変わらず、すごい人気だなぁ」
俺は少し離れた所からその人垣を眺めていた。
国王と並び立てるくらい、戸沢幹也を知らない者はこの王国にはいない。
王国の最高戦力である第一部隊の隊長だけでなく、四御家の一つである戸沢家の次期当主という華々しい肩書きまで持っている。さらに、それらの経歴に見劣りしない眩いルックスが人気に拍車をかけている。もはや国民的アイドルと言っても過言ではない。実際テレビ番組にもよく出演している。
「和総さん」
遠くからぼうっと感心していたら、背後から麗華が近づいてきた。
「あれ、麗華…………どうした?」
麗華の声が沈んでいた。何か嫌な事でもあったのだろうかと麗華の顔を覗き込もうとすると、バシィィーーンと思いきり平手打ちを頂戴してしまった。
「っっっ!」
頬を抑えびっくりした顔を上げると、麗華は目を潤ませていた。
「どうして危険な所へ飛び出したのですか!力が使えないのに‼」
「麗華…………」
「死んだらどうするんですか!」
「……………………ごめんなさい」
俺は素直に謝罪した。咄嗟に体が動いたとか、一般人を守りたかったとか、言い訳はいくらでも浮かんだが、それを口に出すべきではない。麗華は俺のために怒ってくれたのだから、そんなことを言うのは無粋でしかない。
麗華は懸命に涙を流さないように震える指で俺の袖を掴んで胸に頭をつけた。
「お願いですから無茶はしないでください。あなたにいなくなられたら私は………」
「……本当にごめん。考えが足りなかったよ」
涙を堪える麗華に俺は詫びるように髪を梳くように撫でた。これで許してもらえるとは思っていないが、今はこれ以外に償う方法が思いつかなかった。
「次無茶したら私の『お母様』に言いつけますから」
「それだけは勘弁してください‼ほんっとうにもうしないので‼」
俺は一歩下がって全力で頭を下げた。それだけは本当に勘弁願いたかった。もう二度とあの地獄の説教をくらいたくはない。
「あれ、そこにいるのは麗華ちゃん?」
誠心誠意謝っているタイミングで、麗華の背後から爽やかな声がかかった。赤い軍服のイケメンが手を上げながらこちらへ歩いてきていた。
「幹也さん。お久しぶりです」
麗華は気づかれないように涙を拭くと、親しい笑みで振り返った。幹也もまた笑顔を返した。
「久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」
その瞬間、周囲がまたざわつき始めた。注目を集める幹也と名も知らない絶世の美人が仲良く会話している光景に、スキャンダルの香りを嗅ぎ取っていた。
「こんなところにいるなんて珍しいね。何か用事かい?」
「ええ、行かなければならないところがあって」
「そうだったんだ。ところで、そこで腰を折っている人は知り合いかい?」
それに気づく様子のない幹也は俺を胡乱気な目で見下ろす。
「あの、この人は……」
「ナンパの類だったりするのかな?申し訳ないんだけど、この子は俺の友人の恋人なんだ。悪いことは言わないから諦めてくれないかな?」
麗華が何か言おうとしたが、幹也は俺の前で麗華を守るように立つと、『維新軍』以上の敵意を俺にぶつけてきた。大方、麗華に交際を迫るナンパに見えたから、助け舟を出したのだろう。
「もしかして修羅場?」「諦めろって聞こえたもんね。美女を巡って、メガネとイケメンが取り合ってる………」
そのせいで周囲からまた良からぬものが聞こえてきた。
「どっちが勝つと思う?」「イケメンに決まってるだろ。どう見たってあのメガネよりお似合いだし」「力づくで連れ去った欲しいな。イケメンならさぞ絵になるだろうよ」
もう言いたい放題だった。幹也の味方をしたくなるのは分かるけど、メガネに対する敵愾心が常軌を逸しているのは気のせいだろうか。
このままだと本気で麗華を引き剥がされそうだ。
それだけはごめんだったので、俺は大事になる前に幹也へ一歩近づいた。誰にも見られないようにするためだ。
「幹也」
「ん?」
声を聞いて眉を寄せる幹也に、俺は本人にだけ見えるように眼鏡をずらし、素顔を晒した。
効果はてき面だった。
「ううぇええええ!和総君⁈」
幹也から聞いたことも無い大声が飛び出した。眼鏡を掛け直す俺を、幻を見たかのように何度も目を擦る幹也に、周囲の人たちは一様に怪訝な顔をしていた。
「久しぶり、幹也」
「う、うん久しぶり。和総君……だよね?その眼鏡は……」
「それより、ここから離れない?注目され過ぎて落ち着かないし」
四方八方から刺さる好奇の視線に気づいた幹也はすぐに気を遣ってくれた。
「それじゃあ俺の車へ行こうか。出かけているのなら送っていくよ」
「なら王立病院まで頼むよ。麗華もそれでいい?」
「はい、構いませんよ」
というわけで、幹也の厚意に甘え俺達はその場を去った。