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新しい物語⑥

長くなりました………。


読みにくいかもしれませんが、読みごたえはあると思います!

 1分程で抱擁から解放されると、病院に向かうべく歩き出した。

「〜〜〜♪」

 ご満悦な麗華に腕を絡まれながら俺達は最寄りの駅を目指した。入院していた病院は結構遠いから電車を利用するためだ。家から徒歩で10分あれば着くからとても助かる。そう考えると、結構良い立地に家を建てられたんだと思う。

「そういえば、明日の入学式は10時からですよね?」

 最寄りの駅が遠目に見えてくる時だった。

 突然麗華からそんなことを尋ねられた。

「そうだけど、なんで?」

 いきなりだな、と思いながらも俺は正直に答えると、麗華は真剣な顔でこんな事を言い出した。

「私もご一緒してもよろしいですか?」

「麗華も入学式に?」

「はい。駄目、でしょうか………?」

 不安そうに見上げてくる麗華に、俺は少し困ったように頭を搔いてしまう。

「行きたいなら止めはしないけど……」

 行くこと自体は不可能ではない。一般席もあるし、俺の母さんも行くと言っていたから関係者として同伴すれば問題は無い。

 無いんだけど……俺は正直言って歓迎することができなかった。理由は周囲を見ればよく分かる。

「ねえ、あの人すごく綺麗!」「だ。モデルかな」「どこの所属だ?表紙飾れるレベルだぞ」「一度いいからあんな美人と付き合いてえ!」

 と、こんな感じに麗華が外に出ると周囲が騒ぎ出してしまうのだ。高校生の時からこうだった。一緒に出掛ける度に道行く人々の注目の的になっていた。華盛りの若者が蔓延る大学の入学式で姿を晒せば、悪目立ちするに決まっている。

 そんな麗華の隣に俺のような男がいれば、後の大学生活で浮くこと請け合いである。

 その予感を裏付けるように………

「でも隣の彼氏は地味だね。ていうかオタク?」「いくら積んだんだ?」「美女と野獣以上の開きを感じる」

 針のむしろになっていた。

 無数の無遠慮な視線の針が四方八方から刺され、イガ栗になりそうだ。

「ていうか、なにあの眼鏡。自分で似合ってるとか思ってたらドン引きだよね」「ちっ。なんであんな眼鏡が彼氏になれんだよ。俺の方がまだお似合いだろ」「妬ましい……。法が無ければ秒で亡き者にしてやるのに眼鏡ごと!」

 しかもとんでもなく露骨で辛辣だった。

 ていうか、ああいうのって本人に聞こえない所で話すもじゃないの?あと、やたら眼鏡に厳しいのはなぜ?

 もしかして呪われているのかも?と眼鏡を摘まんでいると、麗華に腕を引っ張られ、俺の耳元でそっと囁かれた。

「大丈夫ですよ。私はあなたの魅力を知っていますから」

「「「「「っ!!」」」」」

 それだけで周囲からの憎悪は倍増した。やっぱり入学式には連れていくべきではないかなと、俺の中の天秤が傾いてしまう。

 それに、躊躇する理由はもう一つ。

 入学式の前に、どうしても話さないとならない事があった。

 今後の生活に関わることだ。返答次第では大学へ通うことも考え直さないといけないかもしれない大事な話が。

 ずっと話すタイミングもとい勇気がなかったが、麗華から入学式の話をしてくれた以上、今聞かない手は無かった。

「なあ、麗………」

 今もニコニコと幸せそうに俺に腕しがみつく麗華へ、思い切って尋ねようとした時だった。

『この国は元の姿に戻るべきである!』

 駅前のロータリーから響く大音声の主張に、俺の声がかき消されてしまった。



「あれは………」

 俺の声が届かず、腕を離した麗華はロータリーへ意識が向いてしまう。俺は絶好の機会を台無しにされ、落胆しながら同じ方を見た。

 ロータリーの真ん中には、俺と同い年くらいの青年が拡声器片手に演説していた。

『『国家転移』以前、この国に王などいなかった。いや、必要なかったというべきだろう。政治を行う者を民衆から選び、国を動かしていたのだから!』

 大きな木の前に設置された台の上で、青年は道行く人達に同調させるように右手を広げ、高らかに今の『王国』を否定した。

「な、なんか極端だな………」

 俺は引き攣る顔を止められなかった。演説という行為自体は禁止されているわけでない。国民の全員が王国である日本に満足しているとは限らないのだから、その不満を吐き出す機会は保障されている。

 それでも、青年のような『極端な主張』は珍しい。

「…………っ」

 麗華はムッと形の良い眉を寄せた。国の為に日夜働く人達を知る彼女にとって、彼らの努力を否定されるのは気分の良いものではなかった。しかもそれを周囲に伝播されてはたまったものではない。

『王家のおかげで日本は平和でいられると世間では評価されている。だが、惑わされてはいけない!一人の人間による統治はいずれ独裁という形に歪み、この国を破滅させるだろう』 

 通行人がちらほら立ち止まる中、青年は演説を続けた。自分が正しいと自信があるからなのか、彼の声は力強かった。

 あの青年の言っていることはあながち間違っていないのかもしれない。

 歴史を勉強すれば誰でも知っている。一人の人間が統治し続けた国の末路を。民衆から搾取し、私腹を肥やす輩はいつの時代にも現れることを。

 勿論、全ての国に当てはまるわけではない。良識があり、国民を真に想う『王』も当然いる。だが、時間が経てば人は変わる。それはこの国の『王』も例外ではないと、台の上に立つ青年はそう主張したいのだろう。

『手遅れになる前にこの国はあるべき姿に戻るべきなのだ。誰もが平等な時代に‼︎そのために、我々『維新軍』は戦っている!この国を『王』の私物にさせてはならない。我々が国を動かすべきなのだ‼︎』

 道行く人たちに青年は胸を張ってその名を告げた。

「『維新軍』?」

 俺は初めて聞く組織の名に首を捻ると麗華が教えてくれた。

「和総さんが入院している間に台頭してきた組織の名です」

 彼女は次のように説明してくれた。

『維新軍』とは王国である日本を打倒し、かつての民主主義を取り戻すのを目的とした組織だ。

 大昔にも似たような出来事があり、その名がついたらしい。

 ひと月前あたりか、王都を中心に『王政の廃止』を訴えを始め、それなりの規模だったからテレビに取り上げられたこともあるのだとか。入院中はほとんどテレビを見る機会がなかった俺は、『維新軍』の存在を知らなかった。

『さあ、どうか我々に続いてくれ国民たちよ‼︎力を合わせ、我等の国を取り戻そうではないか‼︎』

 一通り主張を終えた青年は酔いしれるように両手を広げ、聴衆へ同調を煽った。

 聞く者によっては魅力的に聞こえたかもしれない。自分の力で国を動かすことに憧れを抱く人間はいるはずだ。手の届かないものほど手を伸ばしたくなる人間の心理を上手く利用していた。

 だけど一つ、青年に落ち度があるとすれば、

 彼は少し、この国に関して勉強不足だ。

「必要ないんじゃない?」

 俺達の近くから少女の声が聞こえた。制服を着ているから女子高生だろうか。理知的な目をした少女は青年へというより一緒にいる友達に話し掛けていた。

「民主主義が間違っているとは思わないけど、絶対に正しいとも言い切れないと思うんだよね。だって選挙前は国民に寄り添った公約を掲げて良い人を取り繕って、当選した後は公約を無視して裏では自分に都合よく国を動かすとか、ありそうじゃない?」

 その言葉に活発そうな少女が頷いた。

「そうだね。そう言えば、地球にいた頃はそういう政治家は多かったって社会の先生も言ってた気がする。国民の意見もそれっぽいことを言って無視する人もいたんだっけ?」

 最後におっとりとした少女が頬に手を当てた。

「『民主主義は独裁される心配は無くても、良い方向へ導いてくれるとは限らない。重要なのは、真に国民を』って社会の先生は言っていたわねぇ」

 同じ制服着た三人の少女達はやたらと詳しく『民主主義』の闇を語っていた。

 不自然な話ではない。この国の歴史は義務教育で全員学べる。民主主義の時代から王国にならざるを得なかった経緯まで、先生によっては事細かに教えてくれるだろう。知らないのだとしたら、事情があるのか真面目に勉強してこなかったかのどちらかだ。

『なっ!それを言ったら現国王だって、裏で好き放題しているかもしれないではないか!』

 大きくなくとも聞こえてしまった少女たちの『反論』に、青年は咄嗟に言い返す。

 すると、今度は別の場所から反発が上がった。

「いや、少なくとも王様は俺達の事を考えてるよな」「ちゃんと俺達の意見も取り入れているもんな。そのために『国民院』があるんだし」「大体、王家や四御家が尽力してくれたからこそ、争いの絶えないこの世界でも平和な生活が送れるんじゃない。いきなりトップが変わったら混乱するわよ」

 ザワザワッ、と

 瞬く間に反論の声は輪となってロータリーを囲み、否定の大合唱が始まった。だが紛れもなく、日本国民の声だった。民主主義でなくとも、王様達なら独裁などという暴挙に出ないだろうという信頼の表れでもあった。

 地球時代の日本人が見たらさぞ理解に苦しんだことだろう。でもこれが、この世界で生きてきたからこそ導き出した現代人の答えだ。今もこうして穏やかに過ごせているのは誰のおかげなのか、ここにいる人達はちゃんと分かっている。

 逆に、あの青年は知らなかったのだろう。でなければ、この時世で安易に民主主義を押し付けたりしない。勉強不足を通り越して世間知らずと言わざるを得ない。上から指示された台詞をそのまま読んだのだろうか。

『このっ……何故分からない!それは今だけで、今後もそうだとは………』

 このまま引き下がれない青年はどうにか挽回しようと悪あがきをする。

「俺達には『罷免権』があるんだから、それ使って辞めさせればいいだろ」

『…………えっ』

 が、やはり知らなかったのか、青年は顔をポカンと民衆に晒してしまった。

 青年の主張以前の話として、この国は独裁ができないシステムが既に組まれている。『王』を名乗っているのはそうする必要があったからで、その本質は別のところにある。昔に例えると、『将軍』と『総理大臣』を足して2で割ったものが一番適当なのだそうだ。だから民主主義が完全に失くなった訳ではない。

「こんなの義務教育で習うことだぞぉ!勉強してから出直してこい!!」

 スーツを着た男性が手をメガホンのように口に添え、声を上げると、そうだそうだ!と周りからブーイングが起こる。

『……………っ』

 青年はついに何も言えなくなり、脱力するように拡声器を落とした。反対一色に染まるロータリーを前に、敗北を認めるしかなかった。

「良かった……。あの方達が悪者にならなくて」

 麗華は胸に手を当て安堵の息を漏らした。俺はそんな麗華に目を細めると、すぐに視線を前に戻した。

 そして屈辱で身を震わせる青年へ怪訝に眉を寄せた。

 俺はずっと、『維新軍』という名前を聞いた時から引っかかっていることがあった。

(何で、名前に『軍』が付いているんだ?)

 大した意味は無いのかもしれない。ただ、誇張したかっただけなのかもしれない。

 けど、もしその名の通り組織だったとしたら。

『維新軍』は皆が思っている以上に恐ろしい組織だという事になる。

「ていうか、『維新軍』の方がよほど胡散臭よね」

 そんな事を露ほども思っていない女子高生の一人が勢いづいた空気のまま発言をしてしまう。

 その一言が引き金となってしまった。

『ふざけるなぁああ!!!!!』

 青年の怒りが爆発した。

 それと同時に、右手で背後の木に殴りつけると、怒りに触れたかのように燃え上がった。

「「「「「……………………………………っっっ」」」」」

 一斉に静まりかえる人々は、赤々と燃え上がる火柱と、その前に立つ青年の顔の一部分見て、顔を青くさせた。

『誰だ‼︎今我らを侮辱したのは‼︎』

 鬼の形相で怒りを撒き散らす青年の耳は鋭く尖っていた。演説中は俺達と変わらない丸い耳だった。まるで漫画やアニメに出てくる『エルフ』のように変身したその姿こそが、木を火柱に変えた原因だった。

 その正体は、

「あ、『亜人士』だあああ!」

 一人の悲鳴を皮切りに、ロータリーは大混乱に陥った。

(あの姿は『天創士』!)

 俺は素早く、麗華を後ろに庇い、被害を及ばないようにした。『亜人士』の中でも遠距離攻撃に長けているのが『天創士』だ。あれだけ怒り狂っては手当たり次第に乱射してもおかしくない。そんなことをされたら大惨事だ。

「きゃああああああああああああああああああああああっ‼」

 今度は離れたところからも悲鳴が上がった。

 悲鳴の方を向くと、別の『亜人士』が姿を現していた。

「動くなぁ!」

 ロータリーの外側には狼や獅子など、獣の姿をした10人ほどの『亜人士』が民衆を取り囲んでいた。  

 まるで逃げ場を潰すように。

(『天創士』だけじゃなく『獣士』まで……じゃあやっぱり『維新軍』は!)

「和総さん………」

 麗華の不安げな声を聞きながら、俺は苦虫を嚙み潰す気分だった。

 恐れていたことが現実となってしまった。

 名前に軍が付いている通り、『維新軍』の正体は『亜人士』を擁する武力集団だったんだ!

 良く見たら、『獣士』達は灰色の軍服を着ていた。

 青年は着ていないが、あれが『維新軍』のせいふくなのだろうか。

「ふんっ!」

 青年は拡声器を捨て、手のひらに火の玉を生み出すと、力任せにぶん投げた。

 その速度は銃弾の速度と遜色なかった。『亜人士』が生み出す膂力は、拳大の火の玉を大砲へと変えてしまう。

「ひっ………」

 砲弾と化した火の玉は女子高生達の目の前のアスファルトを抉った。短く悲鳴を上げた女子高生達は、小さなクレーターの前で腰を抜かしてしまう。

「そこから聞こえたのは分かっているぞ‼︎」

 青年が血走らせた目で睨みつけると、女子高生たちは化物に見つかったかのように身を寄せ合って怯えた。

「大義を掲げた我らを侮辱した罪!その報いは身をもって贖ってもらう!」

 青年は問答無用とばかりに、今度は二回りほど大きい火の玉を生成した。

 次は当てる気だ。

 あれをただの人間が食らうのは不味い!

「だ、誰か助け……」

 女子高生の一人が一縷の望みに縋り助けを求めたが、誰も目を合わせようとはしなかった。 

『亜人士』相手に戦えるのはこの場にいなかった。彼がどれくらい強いかはわからないが、最弱の"1桁"だったとしても、本気で暴れれば3人どころかここにいる人達全員葬ることができる。『亜人士』はそれだけの力を秘めている。

「ッ‼︎」

 火の玉が投げられる前に俺は走り出そうとするが、その寸前で麗華に腕を掴まれてしまう。

「何をする気ですか?!まさか、助けに行くおつもりですか?!」

「でもこのままじゃ、あの子達が!」

「お忘れですか⁈今の貴方は力を失っているのですよ⁈ただの人間が『亜人士』の力に抗えるわけがありません!」

「そうだけど……!」

 俺はギリッ!と歯を食いしばった。

 麗華の言う通り、今の俺はただの人間だ。『亜人士』が持つ膂力や耐久力は失われている。

 そんな状態で女子高生達の前に躍り出ても焼死体が一つ増えるだけだ。俺では彼女達を守ることは出来ない。

 なら、彼女達が殺されるのを黙って見てろというのか。

 助けられないという言い訳だけして、見捨てろというのか。

(ダメだ……)

 それを許容するわけにはいかない。 

 力が無いからと、無関係だからと、この場から逃げ出してしまったら、今日まで守ってきた誓いを否定することになってしまう。

 だから俺は、逃げるわけにはいかない。

「麗華、ゴメン!」

「あっ、和総さん!」

 麗華の手を振り解き、俺は走り出した。

 バカな事をしていると、自分でも思う。

 助ける方法なんて何一つ浮かばないのに、火の玉の前に、身を晒そうとしているのだから。

「食らえぇぇぇぇぇっ‼︎」

 俺が女子高生達の前に着くのと青年が火の玉を放つのは同時だった。

「っ!」

 考える時間も与えられなかった俺は、両腕を顔の前で交差させ、腰を落とした。

 せめて彼女たちが逃げるまでの時間稼ぎができればいいのだが、おそらくそれも叶わない。腰を抜かしていては、立つのも時間がかかりすぎる。

「和総さん‼︎」

 麗華の悲鳴が聞こえる。

 ゴメンと、心の中で謝りながら豪速で迫りくる衝撃に備え、目を閉じた。

 だが、火の玉は俺達に当たることはなく、目の前で破裂した。

「っ?」

 ボンッ!という音を聞いて、俺はゆっくりと目を開けた。背後で女子高生達の戸惑う声が聞こえる。

 俺達の前には一人の男が右腕を横に薙いだ姿勢で立っていた。

 顔は見なくても、俺は誰なのかはすぐ分かった。

 右の袖に『Ⅰ』付けた軍服。そして袖から覗く焦げ付いた『鱗の手』が彼の正体を教えてくれる。

「と、戸沢幹也だ!」

 顔を見た誰かはその名を叫んだ。



 突如、騒動のど真ん中に現れた幹也にロータリーは騒然となった。

「第一部隊の隊長?本物?」「どうしてこんなところに?」

 周囲が恐怖を忘れざわつく中、助けた本人は腕を下ろすと背後へ甘いマスクで笑みを浮かべた。

「怪我はないみたいだね。よかった」

「は、はい…………」

 呆けた顔をしたメガネ男の後ろで、女子高生が熱に浮かされたように返事すると、幹也は小さく頷き、前を向いた。

「殺人未遂で拘束する。一般人相手に『亜人士』の力を振るうなんて言語道断だよ」

 幹也が意識を入れたように鋭い視線を送ると、青年――健斗は顔を引き攣らせた。

「何で王国軍の最高戦力がこんな所に。王城の警備のはずじゃ………っ」

 話が違うとばかりに後ずさろうとするが、台が狭く失敗してしまう。逃げ場が無いことを暗示するように。

(くそっ!情報と違うじゃないか!あんな大物が来るなんて聞いてないぞ!)

 歯を食いしばり、両手を力一杯握りしめた。今すぐにでも暴れたい気分だったが、わずかに残る冷静な部分がその衝動を押しとどめた。

 自暴自棄になるのはまだ早い。

(そうだ。こちらには10人の同志がいる!)

 健斗はニヤリとほくそ笑むと台から降り、拡声器を拾い上げた。

『は、はは。随分とカッコイイ登場じゃないか戸沢幹也!私の火球を素手で弾くなんて素直に称賛するよ。流石は『王国軍』の最高戦力だ』

「……………………」

 余裕たっぷり敵を褒める健斗に幹也は眉をわずかに寄せる。

『だが、君一人というのはいただけないなぁ!』

 健斗は拡声器を上に向けた。離れている仲間に声を届けるために。

 敵の影があれば返答がある。無いということは、そういうことなのだろう。

『今、このロータリーには10人の同志が取り囲んでいる。このロータリーにいる全員は言わば『人質』なのだよ。我々に賛同しないどころか嘲笑を浴びせてきた愚か者だが、君にとっては大切な『王国民』なのだろう?』

「……………………」

 何も言い返さない幹也に、健斗は笑みを深めた。

『ここまで言えば分かるだろう?大切な王国民を皆殺しにされたくなければ『獣士』の力を解除することを勧めるよ。ほんの少しでも動けば同志の爪がこの場を血の海に変えてしまうよ?』

 健斗は勝利を宣言すると人質を指し示すように左腕を広げた。

 いくら強くても、幹也の力は遠距離攻撃の手段を持たない『獣士』。その分、身体能力が他の『亜人士』を凌駕しているとはいえ、ロータリーの周囲を展開している『維新軍』を同時に全滅させるのはいくら『王国軍』の最高戦力と言えど不可能だ。どんなに素早く動いても、10人全員が一斉に爪を振り下ろしてしまえば、最低でも一人は被害を受ける。

 死ななければ良いという問題ではない。幹也の立場上、少しの妥協も許されない。

「……………はぁ」

 幹也はため息を一つ零すと、鱗を纏った右手を人間の姿に戻した。

『ふん。殊勝だな』

 健斗は勝利を確信した。これで『獣士』の持つ能力は封じることができる。無防備の状態なら、格上が相手でも火球一発だけで致命傷にできる。

(予想以上の大物だったが、これは幸運だと捉えるべきだな。この男を殺せば私も幹部の一人に―――) 

 いつかは夢見ていた『高み』に至れると、喜びを爆発させるように火球を作り上げた。

「砲撃型の『天創士』か。その大きさだと”一桁”といったところかな?」

『何?』

 場違いなくらいの呑気な声だった。自分が死ぬなんて毛ほども思っていないのか、無防備だというのに、その姿勢は自然体そのものだった。

 そんな幹也に、今度は健斗が眉を寄せた。

「周囲の『獣士』達は”三桁”が8人に”四桁”が2人といったところみたいだね。少し多いけど、予想の範疇、かな」

『予想の範疇だと⁈』

 健斗はいきり立つが、幹也は顔色一つ変わらない。

「大方、逃走を想定した人選だろう?”四桁”の『獣士』の機動力なら、副隊長クラス以上が来ない限りはまず逃げられるし、仮に隊長クラスが来たとしても今みたいに人質を取ってしまえばいいしね」

「なっ!なんでそこまで………」

 健斗は思わず拡声器を落としてしまった。この一瞬でこちら側の戦力を詳らかにされただけでなく目的まで看破されたことに衝撃を受けていた。

「図星みたいだね」

 あまりにも分かりやすすぎる反応に、幹也は敵へ苦笑を浮かべてしまう。

 少しもポーカーフェイスができなかった健斗は流石に恥ずかしいと思ったのか、顔が真っ赤になった。

「ふ、ふん!だから何だというんだ。それを知ったところで我々が優勢であることに変わりはしない!いくら君が強かろうと一人でできることなど、たかが知れている!こちらの作戦を知ろうとも、たった一人で人質を無傷で救い出すことなどできはしない‼」

 健斗は羞恥心をごまかすように大声を張り上げた。変わらない事実を声にすることで無意識に安心感を得ようとしたのだ。

「だから、どう頑張ってもここから挽回することはできない。この場は我々『維新軍』の勝利だ!」

 それが功を奏したのか、健斗は少しずつ余裕を取り戻しつつあった。

 ニヤリと勝利宣言する健斗だったが、幹也はそれをかき消すように、首を横に振った。

「君は勘違いをしている」

「…………勘違い?」

「確かに一人で出来る事には限度がある。この戦力を人質に危害を及ぼさずに無力化するのは俺でも無理だ。でもね、それが分かっておいて、たった一人でこのような場所に飛び込むほど馬鹿でもないよ」

「は?でも実際に君以外………………」

 もう一度辺りを見回してもそんな影は見当たらない。そもそも、『亜人士』が攻撃を仕掛けようとしているのなら気配で気づくはずだ。

「何を言っているんだい、君は?」

 幹也は呆れたようにため息を零した。

「近くにいないからどこにもいない。なんて決めつけるのは早計じゃないかい、『天創士』さん?」

「え?」

「俺の役割は君たちを倒すことじゃない。ただこうして時間を稼ぐだけで良かったんだ。狙いを定めるまでのね」

「ま、まさか…………」

 ここまで言われて、健斗はようやく幹也の言っていることを理解し、仲間の『獣士』へ声を張ろうとした。

「今すぐそこから………!」

 が、振り向いた時にはもう、遅かった。

「なっ………………あっ……………」

 仲間からの返答はなかった。

 それどころか、口が開ける状態ですらなかった。


 10人いた『獣士』達は漏れなく氷漬けにされていのだから。


「そ、んな……………」

 信じがたい光景を前に健斗は火球が消え、呆然と立ち尽くした。

「言っただろう?一人じゃないって」

「……………………」

 体温を失ったかのように顔を真っ青にさせた健斗は答えを求めるように、ゆっくりと視線を幹也へ視線を戻した。

「こういう事態を想定して、マンションの屋上で待機してもらっていたんだ。いつでも『敵』を撃てるようにね」

「マンションだって?一番近くても1㎞は離れているのに………」

「飛ばすんじゃなく、座標設定なら射程は問題無いみたいだよ。遠すぎると狙いを定めるのに時間がかかるらしいんだけど、いい仕事をしてくれたよ。あと全員『獣士』なのも助かったね。『武装士』が混ざっていたらもっと苦戦していたよ」

 陽に当たって輝く獣の氷像を見ながら満足げに頷くと、仕上げとばかりに健斗へ爽やかな笑みを浮かべた。

「さて、後は君だけになったけど、どうする?人質はもう機能しないわけだし、こちらとしては投降してくれるとありがたい。あまり国民の皆さんに血なまぐさい所を見せたくないからね」

 一目散にこの場から離れる民衆を見ながら幹也は言った。

「くっ!」

 健斗は奥歯を噛みしめた。幹也の言う通り、万策が尽きている。人質はすでに逃げだしているし、逃走する背中に炎をばらまこうとしても人質がいない幹也なら発動前に取り押さえてしまうだろう。一人の無力を今度は健斗自身が身に染みてしまう。

 幹也の言う通り、残された選択肢は投降しかない。

「まだだ‼」

 なのに、健斗は戦意を失っていなかった。

 幹也は心底理解できないとばかりに首を傾げた。

「まだやるのかい?どう頑張っても勝てないと思うけど………」

「うるさい!やってみないと分からないだろっ!」

 健斗は聞き入れず、怯える子犬みたいに吠えた。

 と思ったら、脂汗にまみれた顔で無理やり笑みを作って見せた。

「それに…………、全く勝機が無いわけではないはずだ」

「なにを…………」

「君が知らないはずないだろう?『亜人士』には相性があることを」

 幹也の言葉を遮るように、健斗は希望の根拠を述べた。

「私の味方が氷漬けになったように、『獣士』は『天創士』と相性が悪い。私の火球を受け止めた時、君の右手は焦げ付いていたのが証拠にね」

「………確かに、俺は『天創士』と相性が悪いけど………」

 それは『亜人士』なら誰でも知っている知識だ。

『獣士』の特徴は自身の体を強化することだ。力や速さは勿論、幹也が右手を鱗に変質させたように皮膚を鎧のように変化させることができる。

 だからこそ、炎や氷などの自然を使った攻撃に弱い。

 単なる物理攻撃なら鎧として機能するが、熱による耐性まで獲得したわけではない。『天創士』による攻撃とはとことん相性が悪いのだ。

 だが、それだけで勝敗が決してしまう程、『亜人士』の戦いは甘くない。

『亜人士』には覆ることの無い格が存在する。

 ”桁”という厳然たる格付けだ。

「それで勝敗が変わるのはある程度同格と戦う場合だよ。はっきり言って、”一桁”の君ではどう頑張っても埋まらない差があるよ」

「そんなの、やってみないと分からないだろうが‼」

 これ以上無駄に時間を浪費しないように説得してみたが、無駄だった。

 健斗はやけくそ気味に両手からバレーボール大の火球を生み出した。

「はあ………。諦めないか」

 幹也は疲れたように吐息を零すと、右手を鱗で覆った。

「右腕だけか。その油断が命取りだってことを教えてやる!」

 健斗は右腕からを振り上げると、二発とも幹也へ投げた。 

「……………………」

 銃弾を超える速度で迫る火球の前で幹也は肩を竦めた。

 一般人では目で追えない速度でも、幹也には止まって見えてしまう。二発に増えても変わらない。

 幹也は右腕をブレさせると、一振りだけで二発の火球を薙ぎ払った。

 ほぼ同時に破裂する火球を民衆が息を飲んで眺める中、幹也は次撃が来る前に接近しようと、足に力込めた。今のが目くらましで、本命は民衆への無差別攻撃の可能性がある。そうだとしても、幹也なら四方八方に飛んだ火球を全て消し去った上で健斗を拘束することもできる。過信ではなく、今まで『天創士』と戦ってきた多くの経験が、出来ると太鼓判を押してくれている。

 しかし、その予想は半分正解で、半分不正解だった。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 爆ぜた火球の中から獣のような雄叫びが聞こえて来た。

「……っ!」

 幹也の眼がここに来て初めて見開いた。

 目くらましという点は正解。だが本命は民衆ではなかった。

 当の健斗が爆ぜた火球に突っ込んで来る形で幹也へ接近して来たからだ。

 しかも。手には刃渡り10センチ程度のナイフを握りしめている。 

「危ないっっっ‼」

 誰かが咄嗟に叫んだが、遅かった。

 青年のナイフは一瞬の隙をつくように、幹也の腹へ突き刺さった。

「っ……………」

 根元まで刃が見えなくなったナイフに、観ていた民衆は言葉を失った。いくら物理攻撃に強い『獣士』でも生身の部分は無防備に等しい。それは『王国軍』最強の幹也とて例外ではない。

 自分の勝ちを確信して右腕しか変化させなかった幹也の油断をついた、健斗の作戦勝ち―――――

 のはずだった。

 ぽた、ぽた、とアスファルトに染み込むのは幹也の血ではなく、健斗の汗だった。

「……………な、に?」 

 異変に気付いた民衆に注目されながら、健斗はナイフを突き出したまま固まっていた。何が起きたかその目で確かめたかったが、出来なかった。いや、必要なかったと言った方が正しいかもしれない。

 幹也の腹に刺さったはずのナイフの刃が、自分の首筋に触れていたからだ。

「『天創士』がナイフか。悪くない作戦だけど『武装士』じゃなければ脅威にはなりえないかな」

 二本の指で刃を挟む幹也は『獣の瞳』で最後の警告を行った。

「ひっ!」

 健斗は小さく悲鳴を上げた。右腕だけでは感じれなかった力の丈を瞳越しに感じ取ってしまった。一般人には感じ取れない力の波動を。

 十万台、”六桁”である『亜人士』としての圧倒的な力の差を。

「投降するなら命は保障しよう。だが、まだ悪あがきをするというのなら、容赦はしない。どうする?」

「と、投降します…………」

 柄だけのナイフを落とし、健斗はその場にへたり込んだ。ズボンから湧き出る『汚水』は見て見ぬふりして、幹也はナイフの刃を捨てた。

「最後のは…………。いや、考え過ぎかな」

 最後に幹也は意味深に呟きを落としたが、近づいて来るサイレンにかき消され、誰にも聞かれなかった。

 こうして事件は収束した。

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