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新しい物語⑧

「いやあ本当に驚いたよ。助けた人の中に君達がいたとはね。余計なことをしたかな?」

 ハンドルを握りながら幹也が楽しそうに話を振ると、助手席に座る俺はそっと視線を逸らした。

「そ、そんな事無いって、すごく助かったよ………。幹也がいなかったら冗談抜きで死んでいたと思うし……」

 バツが悪い顔を見せないように、左の窓から流れる景色を眺めていた。後ろからまだ許していないと語る麗華の視線から逃れるように。 

「やっぱりその眼鏡を掛けてると別人にしか見えないや。さっきの続きだけど、どうして眼鏡なんて掛けてるんだい?視力が落ちたわけじゃないよね?」

 ガラス越しに俺の顔が見えているのか、左にハンドルを切りながら幹也はそんなことを言ってくる。危ないと思いつつも器用だなと感心してしまう。

「両目とも1.0の健康そのものだよ。これはその、変装みたいなものというか……」

「変装ね……。つまり、『ひと月前の事件』の対策というわけかな?」

「……まあ、その通りだよ」

 俺は隠すことなく肯定した。あまり広めてはいけないのだが、幹也なら悪戯に広めたりはしないだろう。

「変装して外出なんて、まるで有名人だね。出会ったばかりの頃からは考えられないよ」

「変なこと言わないでくれよ…………全く嬉しくないし………」

 俺は思いっきり顔を顰めてしまうと、幹也はアハハと楽しそうに笑った。

「実際、あの事件はそれくらい大きなものだったと思うよ。俺も最初聞いた時、度胆を抜かれたし」

 赤信号の前で車を止めるなり、幹也は当時を振り返った。

「上層部も大騒ぎでさ。陛下と父さん達があそこまで取り乱すところなんて初めて見たよ。今思うと貴重な経験だったかもしれないね」

「そのおかげで俺はめちゃくちゃ怒られたけどな。入院中なのに………」

 俺はブルリと震わせた。

 入院ベッドの上で何時間も正座させられたのは記憶に新しい。床じゃない分負担は小さかったとはいえ長時間も座らされれば痺れてしまう。それプラス延々と説教されれば精神的にもしんどかった。

「むしろそれで済んで良かったじゃないか。下手したら死罪になっててもおかしくなかったんだから」

「うっ!それは………そうだけど」

 思わず、その『もし』を想像してしまい血の気が引いてしまう。冗談ではなく、本当にありえたかもしれない未来だ。何か一つ歯車が狂えば、秘密裏に殺され、すでにこの世にいなかっただろう。後ろの麗華も同じ想像をしたのか、顔が真っ青になっていた。

「ま、もしそうなったら俺が陛下に直談判してあげるよ。………減刑してくれる保障は無いけどね」

「保障してくれないんだ………」

 俺はガックシと項垂れてしまった。自業自得とはいえ、そこは嘘でも保障すると言って欲しかった。

「あははっ!ゴメンゴメン。少し意地悪をしすぎちゃったね。俺達も苦労をさせられたから、からかいたくなっちゃったよ」

「………それはゴメン」

「申し訳ありませんでした」

 俺と麗華は深々と頭を下げた。知らなかったなんて口が裂けても言えない。あの事件は色々な人達を巻き込むこんでしまっている。王国軍最強の幹也が無関係でいられるわけがない。

 恨み言の一つも言われて当然だ。

「ああ違う違う。謝って欲しいわけじゃないんだ」

「えっ?」

 俺が顔を上げると、幹也はこちらへ向けて首を横に振っていた。

「迷惑をこうむったのは事実だけどね。でも、君たちが行動してくれたおかげでこの国が救われたのは紛れもない事実だよ。君たちの行動が無ければ、今頃この国は他国の戦争に巻き込まれたかもしれないんだから」

「「っ」」

 目を見開く俺達に幹也は微笑みかけた。

「俺も色々言っちゃったけど、本当はすごく感謝してるんだ。だから、反省するなとは言わないけど、罪悪感は感じなくていいよ」

「………幹也」

「つまり、終わりよければ全て良し!ってことだよっ」

 そんな雑な結論でいいのか突っ込みたくなったが、バチンと綺麗にウィンクされ、俺は思わず笑ってしまった 

「………そうか。そうだな」

 いつの間にか、胸が軽くなっていた。麗華にあんなことを言いながらも、罪悪感を抱えていたのは俺もだったみたいだ。

 もしかしたら。幹也はそれに気づき、俺の中にある罪悪感を消すために冗談混じりに言ってくれたのかもしれない。

 こういう気遣いが出来るのが、人気の秘訣なのだろうか。俺は励まそうとすると、よく失敗するからもっと見習おう。

「ありがとう幹也」

「ふふっ、なんのことかな?」

 俺は自然と笑みがこぼれると、幹也もとぼけながらも笑みを返してくれた。

「…………………っ」

 前を向いたまま俺達は笑い合う俺達を、麗華も後ろから目を細めてくれているのがバックミラーから見えた。

 

 幹也の車は信号に捕まりながらも順調に病院へ進んでいった。

 到着まで、まだ時間がある。その時間を利用して、俺も気になっていたことを聞くことにした。

「なあ幹也、聞きたいことがあるんだけど…………」

「『維新軍』のことかい?」

「えっ、うん……」

 あっさり言い当てられて、俺は面食らってしまう。

「君のことだから、遅かれ早かれ聞いてくると思ったよ」

「あれだけのことをしてくる組織なら誰でも気になるよ。しかもあの場に第一部隊の隊長までいたら余計に………」

 全てを見透かすように言う幹也に、俺は憮然と口を尖らせてしまう。

 第一部隊の主な任務は王族や要人の警護だ。その任務から離れてあんな所にいたら、ただの事件ではないと嫌でも勘ぐってしまう。

「そもそも、何で幹也までロータリーで『維新軍』を見張ってたの?第一部隊の隊長が出動しなきゃいけないほど深刻だったとは思えないけど」

「ええっと、そうなんだけどね。あそこを見張っていたのはついでだったというか………」

「ついで?他に任務が?」

「任務じゃなくてね………」

「?」

 なんで言い淀んでいるのか訝しく思っていると、幹也はハンドルから片手を離し、照れ臭そうに頬を掻いた。

「実は、君達に会いに行くつもりだったんだ」

「俺達に?」

「昨日、陛下から君が退院したって話を聞いてね。久しぶりに会って話をしたかったんだけど、仕事が立て込んでたせいで今日しか時間が作れなかったんだ。もう少し後なら時間も作れたんだろうけど、君は君で近々部隊に復帰するみたいだし?今日しかチャンスが無かったんだよ」

「な、なんでそれを?」

「陛下に教えていただいたよ」

「あの、おしゃべりめ………っ」

 俺はグッと怒りを握りしめるようにと拳を作った。幹也は信頼できるから話したんだろうが、口の軽さは相変わらずのようだ。

「だからね。少しでいいから和総君と麗華ちゃんと会わせてくださいって一か八か陛下に交渉したんだ。そうしたら二つ返事で外出を認めてくださったよ」

「そんな簡単に警護を外しちゃったの?第一部隊の隊長を?」

 呆れてものが言えなかった。

 あの王様は自分の立場を自覚していないのだろうか。平和な国でも、王の命を狙う輩がいないわけではない。王国を潰そうとする『維新軍』が良い例だ。

 幹也も同じ気持ちだったのか、苦笑を隠せていなかった。

「うん。でも流石に休みをにはできなかったから、見張りという名目であそこのロータリーの様子を見て来てくれって命じられたんだ。丁度、君たちが病院に行くのに電車を使うって聞いていたからね」

「そんな待ち伏せみたいなことをしなくても、連絡をくれればいくらでも時間を作ったのに」

「それはその、サプライズの方が面白いって陛下が………」

「何やらせてるんだよ。あのオッサン………」

 手で顔を覆い、つい悪態をついてしまう。あのマメな幹也が連絡一つしないなんておかしい薄々感じていたが、案の定あの髭面の仕業だった。

「おっ、おっさんて……。あの方にそんな失礼な事を言えるのは、君たちくらいだよ………」

 幹也はちょっと引いていた。王国に忠誠を誓う人間にからすれば、信じがたい言動なのだろう。俺は幹也ほど王様を敬っていないので何とも思わない。

 大体、あの王様は時々こうした悪戯を仕掛けてくるから厄介なのだ。幹也とはかれこれ一ヶ月以上会っていなかったから驚かせたかったのだろうが、はっきり言って迷惑だ。

 もしくは、ひと月前に迷惑かけた分の仕返しもかねているかもしれない。申し訳ない気持ちが無いわけではないが、あの髭面がドヤ顔で高笑いしているかと思うと、どうしても苛立ちが勝ってしまう。

「待ち伏せに関しては今度、直接文句を言うとして。実際、警備から外れて良かったの?『維新軍』の事を考えたら、あまり警備の隙を与えない方がいいと思うんだけど……」

 あの抜け目のない王様が『維新軍』を知らないはずがない。『維新軍』に強力な『亜人士』がいないとは考えられないし、隊長である幹也がいない隙に攻めて来たら戦況によっては苦戦を強いられるかもしれない。

 だが、幹也はそんな俺の不安とは裏腹にフッと自信満々に笑った。

 何か秘策でもあるのだろうか?

「そっちの心配も要らないよ。陛下の護衛は副隊長に任せてあるからね」

 なんて思ったら、とんでもない爆弾を投下されてしまった。 

「副隊長に⁈なんてことをしてくれたんだ!」

 つい声が裏返る程、俺は叫んでしまった。

「何かまずかったかい?」

 そんな反応をすると思わなかったのか、幹也はキョトンとしていた。確かに、隊長が不在の時は副隊長が現場の士気を取るのが自然だ。幹也は何も間違っていない。

 だけど、俺にとって、その判断は看過できるものではなかった。

「ち、ちなみに。副隊長には何て言って任せたの?」

「ん?『和総君たちに会いたいから少しの間指揮を変わって欲しい』ってお願いしたけど………」

「アカンッ、オワタ……………」

「口調おかしくなってるよ?」

 両手で頭を抱えてしまった俺を幹也は前を向いたまま胡乱な目になった。助けてもらっておいて言える立場ではないが、こんなことなら幹也には来て欲しくなかった………。そう思ってしまう程度には第一部隊の副隊長が苦手だったりする。

 そんなことを露とも思っていないのか、幹也はニッコリと続けた。

「何を心配しているのか分からないけど、大丈夫だよ!彼女は仕事を押し付けられた程度で怒るような狭量じゃないさ。君たちに会いに行く話をした時は終始笑顔だったし、今日だって元気よく送り出してくれたよ。良い部下を持って、俺は幸せ者だね」

 と、めちゃくちゃイケメンスマイルな幹也を俺は恨めしそうに睨み上げた。

 絶対勘違いしている……………。

 その笑顔は幹也が思うような笑顔じゃないし、口に出していないだけで自分より俺を優先したことへの文句がたらたらのはずだ。

 この男は、どうして空気は読めるのに、人の機微に気付かない時があるのだろうか。

「これだから鈍感は……」

「和総さんも人のことは言えませんよ」

「え?」

 嘆いたら後ろの麗華に前科者を見るような目で睨まれてしまった。なぜか、肩身が狭くなった。

 この話題をこれ以上続けるのは不味いと、本能がそう告げている!!

「そ、それよりさ。そろそろ『維新軍』について教えてくれない?時間も限られてるしさ」

 俺は強引に話題を変えた。不自然過ぎても構いやしなかった。

「確かに話が脱線し過ぎたね。久しぶりだったから楽しくなっちゃったよ」

 俺の様子には気づいていないのか、幹也はいつの間にか半分近くまで進んでいた道のりを呑気に見ながら言った。

 そしてすぐに幹也は笑みを消し、第一部隊隊長の顔になった。

「それじゃあ順を追って話すよ。少し長くなるけど、病院に着くまでには何とか終わらせるから」

 そう前置きをして、話を始めた。

「俺達が『維新軍』の存在を知ったのは君が入院してすぐの頃だったよ。あの時も、都内のいたるところで『王国の廃止』を訴える演説をしているだけだったから、そこまで警戒していなかったんだ。それどころでもなかったしね」

「何があったの?」

「演説とほぼ同時期に『亜人士』の暴走事件が起きたんだ。一週間で50件くらいだったかな」

「50件も⁈」

 俺は目を見開いた。『亜人士』による事件は全くないというわけないが、多くてもせいぜい月に5件程度しかない。『王国軍』には幹也も含め、強い『亜人士』が沢山いるおかげで、治安が維持されているからだ。

 それが10倍の50件まで増えるだなんて、はっきり言って異常事態だ。

「それ、ニュースでも報じられた事件ですよね。確か、『100年ぶりの国難』だとか」

「100年前にも同じ事件があったの⁈」

「そうらしいね。俺も調べるまでは知らなかったよ」

 麗華の言葉で更に驚いていると、幹也は嘆息しながら続けた。

「だけど、こういった事件は稀に起こっているらしいよ。『亜人士』は後天性だからね。いきなり力に目覚めたせいで制御できず暴れてしまう話は知っているだろう?」

「それは、まあ………」

 もちろん知っている。たまに起こる『亜人士』絡みの事件も、殆どが力を制御できない人による暴走だ。原因は不明だが、『亜人士』の力を得る人間は完全にランダムで、全くと言っていいほど規則性が無い。だから、いきなり力を手にしたものは大体が持て余し、酷い時は人や建造物に被害を及ぼす程の暴走をしてしまう。

 それが短期間に同じ場所で発生したのなら、確かに国難と呼ぶべき大事件だ。

「でも、そんな事って本当に起こるものなの?何かしらの意図を感じるんだけど………」

「そこは何とも言えないかな。前例があるのなら矛盾はしていないとは思うけどね」

「確かに………」

 そう言われてしまえば納得するしかなかった。可能性は限りなく低くても、0でなければ現象は起こりうる。それが世のルールだ。

「それだけの事件が起これば『維新軍』のことなんて気にしてられないか。事件は無事に解決出来たんだよね?」

「なんとかね。暴走していたのは強くても"三桁"くらいだったから、取り押さえるのは難しくなかったんだけど、周囲の被害を最小限にしないといけないから多くの『王国軍』兵士を出動させる羽目になったんだ。指揮やら編成やらで、もうてんてこ舞いだったよ。数が数だったから事後処理も大変だったし………」

「そ、そうなんだ………」

 とても遠い目をする幹也を見て、俺はそれ以上何も言えなかった。俺が入院している間に随分と苦労していたみたいだ。協力してあげられなかったのが少し申しわけなかった。

「それもあって、あの時の俺達は『維新軍』を気に掛ける余裕が無かったんだ。正直、存在すら記憶から消えていたくらいだよ」

「まあ、それだけ大事なら演説しているだけの組織なんて気に留める余裕なんて無いよな………。でも、今は見張りを立てる程警戒してるって事は、何かきっかけがあったんだよね?」

「まあね。今から一週間前だったかな。暴走事件が収束してすぐだったよ」

 幹也は肩を竦めると、スッと目つきを変えた。その変化で確信した。

 どうやらここからが本題で、深刻な話をするつもりだと。

「きっかけは、第五部隊が持ち帰ったある報告だったんだ」

「第五部隊って、諜報部隊の?」

 幹也は無言で頷いた。

 俺はあまり関りはないが、聞いた話だと第五部隊は世界中のあらゆる場所に潜り込んで情報を集める『諜報のスペシャリスト』なのだそうだ。世界の情勢を知る上でとても重要な役割を担っていて、お昼のニュースで流れされた情報も、おそらく第五部隊が集めたはずだ。

「その部隊からどんな報告が?」

 尋ねると、幹也はハンドルを握る手に力を加えながら答えた。


「『維新軍』と名乗る組織が、他国と同盟を結んで日本へ戦争を仕掛けようとしているらしい」


「はぁっ⁈」

「………………っ」

 俺は思わず助手席から立ち上がりそうになった。後ろで麗華が口に手を当て絶句している。

「日本と戦争⁈本当に⁈」

「まず間違いないよ。あの第五部隊の隊長が直々に陛下へ報告に来たからね。俺もその場にいたから証人になるよ」

「そんな………」

 俺は力が抜けるように背もたれに寄りかかった。

 そこまで言われたら疑いようがない。最も優秀な隊の長が王様へ直接情報を持ってきたということは、それだけ重要で、誤りが許されなかったということだ。

『維新軍』は本気でこの国と戦争をするつもりだなんだ。

「どうして戦争なんて……。そんなことをしたら民主主義どころの話じゃ………」

「動機までは調べられなかったみたいだよ。色々と憶測は飛び交っているけどね」

「う~ん」

 俺は腕を組み、悩まし気に唸ってしまう。

 どんな動機であろうが、やってることが滅茶苦茶なのは変わらない。

 日本に仕掛ける以上、どうしたって戦場は日本になってしまう。そんなことになれば、多くの国民を巻き込んでしまうことになる。そしてそれは『維新軍』も望むところではないはずなのだ。国民がいなければ民主主義は成り立たないのだから。

(もしかして、『維新軍』は他に目的があって、最初から日本を民主主義にするつもりがなかったとか?)

 では、その目的は何なのか。

 支配か。それとも滅亡か。

 他にもありえそうな『もし』は思い付くが、どれも想像の範疇を超えない。第五部隊が分からないことを俺があれこれ考えても意味が無い。

 それよりもっと考えなければならないことがあった。『同盟』という単語を聞いた時から頭にこびりついて取れない懸念が。

「話の腰を折るようで悪いんだけどさ。こんなことをしていて大丈夫なの?」

「ん?何がだい?」

 首を捻る幹也に俺は尋ねた。

「『維新軍』が他国と同盟を結んだのならいつ攻めて来てもおかしくないだろ?送ってもらっておいてこんな事を言いたくないけど、呑気に車を運転していて良いのかなって」

「どういうことですか?」

「要は『挟み撃ち』されてるんだよ。麗華」

 戦争に詳しくない麗華へ、俺は自分が考えている懸念を語った。

「日本が平和でいられる要因は知ってる?」

「陛下の統治………いえ、島国だから…ですか?」

 自信が無さそうに答える麗華に、俺は正解だと首を縦に振った。

 この世界だけなのかは不明だが、島国というのは攻め込むのが難しいのだ

 国と隣接していないから陸路で攻める選択肢は無く、海路と空路を『天創士』が目を光らせていれば迂闊に近づくことはできない。入念に準備をしていたとしても、日本の地を踏むこと事態簡単ではないのだ。

 だけど、『維新軍』と同盟を結べば話は変わる。

「『挟み撃ち』………なるほど。日本の内部にいる『維新軍』なら侵入経路の確保も容易でしょうし、できなかったとしても『維新軍』自身が囮になればその隙に日本へ攻め込むことも可能、というわけですね。つまり、いつでも戦争を仕掛けることができると」

「相変わらず鋭いな。麗華は」

 少ないヒントでよく答えに辿り着けるものだと、俺は関心よりも苦笑して呆れてしまう。この頭の回転には一生敵う気がしない。

「だから、お昼のニュースで侵攻の話が出ても狼狽えていなかったのですね」

「うん。本当に攻めて来るとしても時間的な余裕があると思っていたんだけど、『維新軍』がいる限りそうも言ってられない………」

 そして、その『維新軍』と同盟を組んだ国も…………。

 俺はバックミラー越しに麗華と目を合わせると、俺の考えを察したのか彼女は無言で頷いた。麗華も同じ答えを得ていたようだ。奴らの同盟は俺達にとっても他人事ではなさそうだ。

(やっぱり、麗華には悪いけど部隊への復帰は中止できないな)

 と、密かに決意を固めている時だった。

「多分だけど、それは無いと思うよ」

「えっ」

 幹也からまさかの否定が割り込まれてしまい、俺は目が点になってしまった。

「どうして、そう言い切れるのですか?」

 麗華も点にならないまでも、瞠目して尋ねた。

「和総君の言う通り、『維新軍』はいつでも侵攻できるはずなんだ。それは陛下や父さん達も同意見だったよ。けどね、それにしては奴らの行動はちぐはぐなんだ」

「ちぐはぐ?」

 何がちぐはぐなのか、俺にはチンプンカンプンだった。そう言うってことは『維新軍』の行動に何かしらの矛盾があるはずなんだけど、幹也から話を聞いた限りではそのようなものがあっただろうか?

「演説…ですね」

 ここでも活躍したのが麗華の『頭脳』だった。たった10秒で数十分の会話を遡り、答えを得たというのか。

「あのぉ、説明してもらっても?」

「難しい話ではありませんよ」

 まだ答えに至れない俺が右手を上げて恐る恐るお願いすると、麗華は次は自分の番とばかりに優しい笑顔で応えてくれた。

「ロータリーの演説で『維新軍』が何を主張されていたか覚えていますか?」

「えっと………。この国を民主主義に戻すって………あっ」

 難しくないという麗華の言葉の通り、それだけで十分だった。頭の中でバラバラだったピースがボードに次々と嵌る音がした。

「そうか………『維新軍』がいつでも戦争を仕掛けられるのなら演説をする意味が無い。ということは、他に優先すべき『目的』があるという事?」

「はい。私は戦争に明るくはありませんが、相手に時間を与える意味が無いことは知っています。多少のリスクがあろうと『王国軍』の軍備が整う前に攻めた方が良いはず、そうですよね幹也さん?」

「うん、『王国軍』も同じ意見だったよ。だから、その『目的』を成し遂げない限りは『維新軍』が攻めて来ることはないはずだよ」

『王国軍』も言っているなら、ほぼ間違いは無さそうだ。俺の心配が杞憂に終わり、胸を撫でおろした。

「となると、重要なのはその『目的』が何なのか……か。どうして『維新軍』は演説してるの?」

 それを知らなければどのくらいの時間が残されているか予想もできない。四御家が会見で言っていた軍備強化にも影響が出るだろうし、『王国軍』の方ですでに調べがついていると思っていたんだけど…………。

 俺が尋ねた途端、幹也の顔が苦痛に歪ませると運転に支障をきたさない範囲で首を横に振った。

「それが、まだ何も分からないんだ」

「何も?」

「第五部隊にも協力してもらっているけど、手掛かりの手の字も見つからなくてね。どうも『維新軍』は隠密性に優れているみたいで、追跡しようとしてもすぐに足取りがつかなくなるんだ」

「第五部隊でも追えないなんて………」

 それって、かなり凄いんじゃなかろうか。諜報のスペシャリストである第五部隊は当然、隠密行動も優れている。そんな彼らの追跡を振り切れるとなると、少なくとも素人ではない。訓練を受けた立派なプロということになる。

「まあ、手をこまねいていても仕方ないから、苦肉の策としてここ一週間は都内のあちこちで行われている演説に見張りを立てて監視させているんだけど、成果は芳しくないね…………」

「ロータリ―にいた『天創士』か……」

 俺は『獣士』を凍らせた者の存在を思い出した。『獣士』を無力化させたのは幹也の指示だろうけど、それよりもずっと前から『維新軍』を監視していたみたいだ。

「それと並行して侵入経路も探してもらっているけど、そっちも進展ありとは言えないかな……。海路も空路も『維新軍』らしき影はどこにもないんだ。まだ確保できていないのなら嬉しいけど、隠密に優れているのなら誰にも見つからない場所の一つや二つは知っていそうだから楽観はできなくてね。正直手詰まりなんだ………」

「そうなんだ……………」

 疲れ切った顔をする幹也に、俺はかける言葉が見つからなかった。

 思えば、俺達が仕出かした事件から、幹也はずっと休みなく働いていたはずだ。本人は決してそれを口にしないが、多忙の原因の一端を俺達が担ってしまったのは間違いない。

 何かしらの形で埋め合わせをしたいけど、戦う力が無い今の俺に出来ることは少ない。侵入経路の捜索くらいなら手伝えるかもしれないが、『維新軍』の見張りなんて猫の手よりも役に立たなそうだ。

「せめて、維新軍の目的が何か分かれば動きようもあるんだけど………」

「目的か」

 やっぱり、そこが一番のネックになってるみたいだ。出来ることなら解き明かしてあげたいけど、残念ながら俺には泣けるほどに探偵の才能が無い。それ以前に手掛かりが無ければ推理のしようがない。

「麗華は何か分かったりしない?」

 麗華ならワンチャンいけるのでは?と一縷の望みに賭けてみたが、彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。

「申し訳ありません。今の段階では確かなことは………」

「そうだよなぁ。ゴメン、無茶を言って」

 俺は後ろを向き、流石に頼り過ぎたと反省を込めて謝罪した。やはり、どんなに優れた頭脳があっても、手掛かりが無ければ真実を掴むのは難しいようだ。問題文も無しに答えを求めよと言ってるようなものだろうか………違うかな?

「ですが、一つ気になることはあります」

 なんて益体の無い事を考えていたのだが、麗華の話は終わっていなかった。

「気になることって?」

 俺が尋ねると、麗華は答える代わりに幹也へ視線を寄せ問いかけた。

「幹也さんは先ほど、第五部隊から『維新軍』の同盟の話を聞いたとおっしゃいましたよね?」

「うん………言ったけど……」

 それがどうかした?と言いたげな幹也に、麗華は続けて問うた。

「ですが、『維新軍』は隠密の優れた組織であるともおっしゃっていました。そんな組織が同盟の話をうっかり聞かれる愚を犯すでしょうか?それもこれから攻めようとしている国の人間にです」

「「!」」 

 俺と幹也は揃って目を見開いた。

 言われてみると確かにそうだ。第五部隊の追跡を何度も振り切る技術があるのなら、隠し通すのは容易いはずだ。誰かがしくじったとも考えにくい。

「それじゃあ『維新軍』はわざと同盟の話を俺達に漏らしたと言いたいのかい?」

「私はそう考えます。おそらく、ですが……」

 麗華は自信無さそうにに言うが、幹也は一笑に付すことはしなかった。

「君がそう言うなら、全くの的外れでは無いだろうね。だけど、その推理が合っているとして、『維新軍』はどうしてそんなことをする必要があるのかな?」

「そうですね………」

 麗華は少し引いた頤に人差し指を当てた。深く考える時によく見られる仕草だ。

「これも合っている自信はありませんが、演説の後に同盟の情報を漏らしたのが意図的だった仮定するなら、その演説に『王国軍』の注目を集めたかったのかもしれません」

「注目か………。民主主義の主張を聞かせたいからじゃないだろうし、何でそんなことをする必要があるの?」

 俺が質問を挟むと、麗華は丁寧に回答してくれる。

「和総さんの言う通り、彼らは自分の達の主張を聞かせるつもりはないと思います。なので、正確には『囮』と言うべきなのでしょう」

「と、言うと?」

「『維新軍』を追えるのが演説のみならば、『王国軍』は嫌でもそこに注目せざるを得ません。そうなると、必然的に他の場所への『監視』が少なくなります」

「それはそうだろうけど、それと『維新軍』の目的とどう関係が?」

「『王国軍』の監視が緩めばその分だけ動きやすくなりませんか?」

「あっ、そうか!」

 質問をくり返すうちに、麗華の言いたいことがだんだんと分かってきた。演説が『王国軍』の気を引き、その隙に『維新軍』の別動隊が本懐を遂げる。麗華はそう言いたいのだろう。

 つまり、『維新軍』の目的は演説と違う場所にあるという事だ。

「なるほど、演説は俺達の視線を誘導するためだったんだね。そういう発想は無かったよ……」

 幹也は呆れとも感心とも見える苦笑を浮かべた。

「あの、先ほども言いましたが、不確定な部分が多いのであまり過信はしないでください。正確な場所も分かりませんし………」

「それはこちらで調べるよ。演説の場所は毎回変わるから、一度も使われていない場所をピックアップしていけば特定は難しくないだろうからね。君のおかげで今後の方針が立てられそうだよ。本当にありがとう」

「いえ………本当に大したことはしていないので、お礼を言われる」

 バックミラー越しに礼を言われた麗華は恐縮そうに首を横に振った。本気で大したことをしていないと思っているんだろうが、やっぱり彼女の頭の回転の早さは尋常ではない。

 演説が囮であるという推理が出来る人は『王国軍』の中にもいるはずだ。しかし、それは時間があればの話だ。一週間、それも『維新軍』の足取りを追いながらでは考えをまとめるのは難しい。車内にいる麗華は考えることに集中できたが、それを差し引いてもたったの1分も満たずに答えを導ける頭脳は並ではない。

 彼女のような者を『天才』と呼ぶのだろう。

「すごいなぁ………………」

 俺はぽつりとつぶやくと、そっと体を前に戻した。

「っ?今何かおっしゃいましたか?」

「ううん。何でもない」

 麗華は聞き取れなかったみたいだが、俺はもう一度言うつもりはなかった。

 言ったら、心の内を推理されてしまいそうだから。

「あっ、病院が見えて来たよ。話も終わったことだし、丁度良かったみたいだね」

 幹也はそんな俺に気付いて空気を読んだのか、タイミングよく左斜め前に見える建物を指し示した。

 まだ百メートルくらいも離れているが、それでもすぐに見つかってしまうくらい大きな建物だった。

『王立要塞病院』

 有事の際、非難場所も兼ねている王国内で最も大きい国立病院だ。そして、俺が昨日まで入院していた場所であり、目的地だ。


 その後、幹也の車は信号に捕まることなくスムーズに病院の敷地内に入った。

 駐車場はまだ空きがあったが、幹也はそのまま王城に戻るからと入り口の前で下ろしてくれた。

「送ってくれてありがとう。お礼は気が向いた時でいい?」

「いいよ。飛び切り良いのをくれるならね」

 俺が冗談交じりに拳を突き出すと、幹也も冗談を返しながら拳を突き合わせた。

「ありがとうございました幹也さん。私の方からもお礼をさせて頂きますので」

 後ろから麗華が頭を下げると、幹也は悪戯っぽく目を細めた。

「麗華ちゃんは幼馴染だから気にしなくいいよ。その分、和総君からたんまり貰うから」

「おいおい……………」

 冗談だと分かっていてもジト目を向けてしまうと、幹也と麗華に声を揃えて笑われてしまった。俺はわらうなよと言おうとしたが耐えきれず、つられて苦笑してしまう。

 和やかな空気のまま、俺達三人は車を出た。

「じゃあ、俺達は行くよ。次はちゃんと家に招待するから」

「本当かい⁉楽しみにしているよ!」

「御馳走もご用意しておきますね」

「それは万難を排して行かないとだね。お土産は期待しておいて!」

「うんっ、わかったよ」

 最後に笑顔と約束を交わし、俺と麗華は幹也に見送られながら病院へと入っていった。

「…………おかえりなさい。二人とも」

 入口の自動ドアが閉まる間際、そんな呟きが春の風に乗って聞こえて来た気がした。


「…………………っ」

 二人が病院に入るのを確認した幹也は、車に戻ろうと踵を返したその時、

「っ?」

 ドアを開ける寸前にポケットがブルルルルルルッと振動し、幹也はスマホを取り出した。

「副隊長?」

 画面に表示されている名前に首を傾げながら通話ボタンを押した。

「もしもし、どうしたんだい…………え?俺は和総君達を病院へ送り届けたから、これから王城に戻るけど……………」

 幹也は応対しながら怪訝に眉を寄せた。

 電話越しに聞こえる彼女の声は焦っていた。用件を聞かずとも、緊急を要するのが伝わってくるくらいだ。

 だが、伝えられた報告を聞いて嫌でも納得してしまった。

「えっ!?『維新軍』が⁈」

 人目を憚らず大声をあげてしまった。行き交う人々の注目を集めてしまった幹也は、小声でも聞こえるように口元に手を当てた。

「分かった。すぐに戻るよ。出動の許可はすぐに下りるはずだから隊員たちを招集しておいて。それじゃあ…………」

 幹也は手短に指示を出すと、通話を切った。

「…………………っ」

 車に乗る前に一瞬だけ、病院の方へ目を向けた。このことを二人に伝えるか迷ったのだ。

(いや、この件は和総君に伝えるべきじゃない。ここにいれば安全だし、伝えるのは全てが終わったからしよう)

 幹也はすぐに首を横に振り、車に乗り込んだ。戦えない和総に伝えても余計な心労を与えるだけだと幹也は考えた。それにここは要塞病院。この中にいれば『維新軍』が攻められる心配はしなくていい。

(行ってくるよ。和総君、麗華ちゃん)

 覚悟を決めた幹也はアクセルを踏み、王城へ向かった。二人に何も告げることもなく。


 だが、この後幹也は後悔することになる。

 どうして『維新軍』の真の目的にもっと早く気づけなかったのだろうと。

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