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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
聖都への道

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157/219

それぞれの拡張

 騎士団になって、宿営地の朝は忙しくなった。

 旗頭の頃は三百だった三頭獣《ドライアルドベスティエ》に、旗下から流れて残った者、売り込みで採った者、ガディフォールで新たに雇い入れた者が加わり、頭数はゆうに四百を超えている。

 その四百を、どう組むか。

 冬営の初め、ロズヴェータはガーデルとヴォルクを呼んで、一枚の編成表を囲んだ。ガーデルが数を積み、ヴォルクが穴を指摘し、ロズヴェータが裁可する。三人の前に、少しずつ騎士団の形が立ち上がっていった。

「まず、根が三百。旗頭の頃からの三頭獣です」

 几帳面な字で、ガーデルは表を埋めていく。

「これを、五つの分隊に割る。前衛にヴィヴィ隊とバリュード隊。後衛にルル隊。遊軍と諜報にトーロウ隊。そして筆頭の私の隊が、兵站と全体の調整を負う。──旗頭時代の骨組みを、そのまま太らせた形です」

「増えた百は」

 ロズヴェータが問うと、ヴォルクが横から口を出した。

「そいつを、どこに混ぜるかが肝でな。新入りを一つの分隊に固めりゃ、そこだけ練度が落ちて穴になる。ばらして古参に馴染ませりゃ、時間はかかるが穴は消える。──冬の間、寝かせる余裕があるなら、後者だ」

「斥候は、別立てだ」

 ロズヴェータが、表の端を指で叩いた。

「ホルベクの斥候隊。位階は剥がれたが、あれは団の目だ。先手として独立させる。近衛から来た若いのも、そこに入れた」

「治療と会計は、アウローラ殿の下にまとめて。従軍商人のラスタッツァ殿は、これまで通り専任で外付け。──こんなところですかな」

 ガーデルが筆を置くと、そこには一つの騎士団の姿があった。

 前衛二、後衛一、遊軍一、筆頭一の五分隊。独立した斥候隊。後方に兵站と治療と会計。中核三百に、新参百を溶かし込んで、四百と少し。

 と、それまで壁際で腕を組んでいたユーグが、口を開いた。

「──ロズヴェータ様。副官として、あえて申し上げます」

 美貌の副官の声は、いつもより硬い。

「四百は、少なすぎませんか」

 ガーデルの筆が止まり、ヴォルクが片眉を上げた。ユーグは構わず続ける。

「補給線の統括を、全軍から任されたのです。銭も、通行証も、王家の補給線すら手に入れた。売り込みに来た者を、もっと呑めばよかった。今なら、名声に釣られて人は幾らでも集まります。倍の八百、いえ、旗頭の頃のように旗下を束ねれば、一千も夢ではない。──なぜ、四百で止めるのです。数は、力です。冬の行軍でも、聖都の城下でも、頭数が多いに越したことはない」

 もっともな正論だった。

 いや、正論だからこそ、ユーグはこれを言っている。

 この男が、勢いに任せた拡張の危うさを分かっていないはずがない。分かった上で、副官の務めとして、あえて反対の側に立ち、団長にそれを言葉で潰させようとしているのだ。議論を経ていない決定は、脆い。

 ロズヴェータは、その意図を汲んで、真っ向から答えた。

「増やさない。──理由は三つだ」

 指を折る。

「一つ。うちは主力じゃない。数万の本隊が正面を担う。うちの役目は、その本隊を飢えさせないことだ。補給線を守るのに要るのは、頭数じゃない。速さと、目と、抜かれない堅さ。八百に膨らませて練度が落ちれば、守るべき線に穴が空く。──守りの部隊が穴を空けたら、本末転倒だ」

「二つ」

 二本目の指。

「冬の行軍だ。頭数を増やせば、その分だけ飯が要る。糧秣が要る。運ぶ荷が増える。補給線を守る部隊が、自分の腹のために補給線を食い潰しては、笑い話にもならん。──八百の胃袋は、四百の倍の速さで、うちの兵站を空にする」

「三つ」

 三本目。

 ロズヴェータは、少しだけ声を落とした。

「今、名声で集めた人間は、名声が陰れば散る。谷でホルベクの一件を見ただろう。人は、簡単に折れる。急いで倍にした八百のうち、いざ聖都の壁の前で、何人が踏み止まる? ──俺は、踏み止まる四百が欲しい。散る八百じゃない」

 天幕が、静かになった。

 ユーグは、しばらくロズヴェータを見て──それから、憑き物が落ちたように、小さく頭を下げた。

「……失礼いたしました。愚問でした」

「愚問じゃない。誰かが聞かねばならん問いだ」

 ロズヴェータは、口の端で笑った。

「ヴォルクの他にも、否を言える骨があるようで、安心した」

「否ではありません。──確認です」

 ユーグは、澄まして壁際に戻った。だがその横顔には、団長の答えを引き出せた満足が、僅かに滲んでいた。

 副官の務めとは、主が誤らぬよう、あえて反対の岸に立って、渡る前に橋の強度を確かめることだ。ユーグは、それを果たしたのだった。

 小さくはない。だが、聖都まで補給線の背骨を負うには、決して大きくもない。その四百という数の意味を、この場の全員が、今、腹に落とした。

「──あとは、中身だ」

 ロズヴェータは編成表を畳み、直轄の分隊長たちを呼び集めると、冬営の分担を告げた。

「聖都まで、うちが補給線の背骨を負う。分隊ごとに受け持ちを決める。──あとは、好きにやれ。人も、必要なら集めていい。冬の間に、使える形にしておけ」

 その一言で、分隊長たちの目の色が変わった。

 好きにやれ。

 三頭獣で最も危険な号令だと、古参は知っている。


◇◆◇


 ヴィヴィは、単純だった。

 強い奴が欲しい。それだけだ。

「腕に覚えのある奴は、前へ出な!」

 練兵場に立ったヴィヴィは、棍棒を担いで吠えた。ガディフォールで食い詰めていた傭兵崩れ、除隊した兵、腕自慢の荷役──集まった有象無象を前に、彼女はにやりと笑う。

「うちの分隊に入りたきゃ、話は早い。あたしを一本取れたら、入れてやる。取れなきゃ、帰りな」

 条件は明快で、下心の入る余地がない。

 結果、その日一日で、ヴィヴィは十二人を叩き伏せた。残った三人は、彼女の棍棒を紙一重で捌いた者たちだ。ヴィヴィは名も聞かずにその三人の肩を抱いて、酒場へ連れて行った。

「強い奴は、裏切らないのさ。裏切る前に、正面から来るからね」

 単純だが、彼女の集めた分隊は、めっぽう強い。人柄を見抜く目はない。だが、腕を見抜く目だけは、恐ろしく確かだった。


◇◆◇


 バリュードは、ヴィヴィの騒ぎを横目に、何もしていないように見えた。

 実際には、逆だ。

 彼は募集をかけない。列も作らない。ただ、宿営地の隅の焚き火に、ふらりと現れる。新参の兵が飯を食っている輪に、いつの間にか座っている。

「その傷、南部の戦かい。ああ、あそこは酷かったねぇ。──で、お前、なんで生き残ったんだい?」

 童顔に人懐こい笑みを貼りつけて、彼は聞く。手柄話でも、恐怖でも、なんでもいい。しゃべらせて、聞いて、覚える。

 三日もすれば、バリュードは新参百人の顔と名前と、癖を覚えていた。

 そして、静かに選ぶ。

「あいつと、あいつ。あと、隅で黙ってた痩せたの。──もらうよ」

 選んだ基準を、バリュード自身は言葉にしない。だが古参は知っている。彼が選ぶのは、いつも「人を斬るときに、声を出さない奴」だ。

「戦場で吠える奴は、ヴィヴィの分隊がいい。俺んとこは、静かなのがいい。──喉が鳴ると、獲物が逃げるからね」

 戦場の静かな死神は同類を、匂いで嗅ぎ分けていた。


◇◆◇


 ルルのやり方は、金だった。

 正確には、金と、報奨の設計だ。

「聞け。うちの分隊は、後衛だ。地味だ。手柄は立たん。だが──」

 小柄なエルフは、机の上に、几帳面に仕分けた銭袋を並べた。

「守り切った日数ぶんだけ、銭が出る。敵を通さなかった夜ごとに、加算だ。派手に斬るより、退屈に守る方が儲かるように組んである。文句のある奴は、来るな」

 華々しさを求める兵は、去った。

 残ったのは、堅実に、確実に、日銭を積みたい者たち。除隊後に故郷で店を持ちたい者、仕送りを絶やせない者、博打で作った借金を返したい者。

 欲の形がはっきりした者ほど、持ち場を離れない。

「情で守る奴は、情が切れたら逃げる。銭で守る奴は、銭が出る限り逃げん。──どちらが堅いかは、算数だ」

 ルルの後衛は、三頭獣で最も抜かれにくい。その堅さは、忠義ではなく、精緻に組まれた損得の上に建っていた。


◇◆◇


 トーロウは、人を集めなかった。

 彼が集めたのは、耳だった。

「隊長、儲け話……じゃなくて、いい話がありましてね」

 猿顔の分隊長は、ガディフォールの港に入り浸り、荷役や船乗り、女衒や香具師と杯を交わした。元四腕の毒蜘蛛《セルコエシュー》で培った、独自の諜報網。それを、この港町に張り直しているのだ。

「うちの分隊はね、数はいらないんですよ。港に十人、街道の宿場に五人、船着き場に三人。目と耳だけ、そこかしこに置いとく。いざって時、金より情報が兵を生かすんで」

 彼が採るのは、腕でも忠義でもない。顔の広さと、口の軽さと、その裏で口の堅い者を見分ける勘だ。

 ある日、トーロウは一人の男を連れてきた。片目の潰れた、元香具師だという。

「こいつ、港中の噂を集めて売って生きてきた男でしてね。──帝国の銀貨がどの筋から流れてるか、こいつなら三日で図が描けます」

 人懐こい笑みの奥で、猿顔の男の目だけは、獲物を値踏みする毒蜘蛛のものだった。


◇◆◇


 ガッチェは、拡張しなかった。

 筆頭分隊長は、増えた四百の全部を回すための、土台を組んでいた。

「他の連中が好きに集めるなら、誰かが後ろで数を合わせねばなりません」

 彼は、増えた兵の名簿を作り、飯の量を計り、天幕の割り振りを決め、誰と誰が仲が悪いかまで書き出した。派手さはない。だが、ヴィヴィが十五人集め、バリュードが静かに三人抜き、ルルが銭で堅め、トーロウが耳を張る──その全部が回るのは、ガッチェが後ろで帳尻を合わせているからだった。

「筆頭分隊長ってのは、貧乏くじですな」

 ある夜、ガッチェは、同じく数字で戦うガーデルと二人、帳簿を突き合わせながらぼやいた。

「拡張の華々しさは、他の連中に持っていかれる。私に回ってくるのは、増えた口の飯の計算だけだ」

「奇遇ですな」

 ガーデルは、几帳面な字を止めずに応じる。

「私も、同じことを思っていました。──ですが、私とあなたが手を抜けば、四百が飢える。華のない仕事ほど、抜けません」

 二人の実務家は、顔を見合わせて、僅かに笑った。

 その夜、宿営地の四百の腹が満ちたのが、この二人の帳簿のおかげであることに、気づく者は少ない。


◇◆◇


 新参のドラッドは、その全部に、目を回していた。

 三尾の黒狐《サンフォルク》から流れて来た大男は、元は上の命に黙って従うだけの環境で育った。分隊長が自分の裁量で人を集め、隊長がそれを「好きにやれ」と許す──その光景が、信じられなかった。

「あの……よろしいので。皆、勝手に人を増やして」

 おずおずと問うドラッドに、答えたのはロズヴェータだった。

「勝手じゃない。あいつらは、自分の分隊に責任を持ってる。ヴィヴィの集めた奴が問題を起こせば、ヴィヴィが責めを負う。──裁量と責任は、対だ」

「……我が古巣では、裁量は上の物で、責任は下の物でした」

「だろうな。だから、お前はここに来た」

 ロズヴェータは、大男の肩を叩いた。

「戸惑うのは、今のうちだけだ。そのうち、お前も自分の色を出せば良い。どう集めるかは、お前の性分で決めろ。ヴィヴィの真似も、バリュードの真似もいらん。──ドラッドのやり方で、集めろ」

 大男は、その言葉を、しばらく噛みしめていた。


◇◆◇


 新参の幹部たちも、それぞれに居場所を探していた。

 王家から来た近衛崩れの若い騎士は、ホルベクの斥候隊に放り込まれ、初日から泥まみれになった。

「近衛では、こんな……」

「近衛では、な」

 ホルベクは、若い騎士に、斥候の何たるかを、一から叩き込んだ。剣の冴えは本物だが、夜の谷を音もなく下る技も、足跡から敵の数を読む目も、この若者は何一つ持っていない。

「……お前さんの剣は、見事だ。だが、斥候に要るのは、斬る前に気づく目だ。斬り合いになった時点で、斥候は半分負けている」

 その言葉に、若い騎士の目の色が、少しずつ変わっていった。近衛の稽古場では教わらなかったものが、この泥の中にはあった。

 文官から来た計数官は、ガーデルの下で、うちの補給の「一部分」だけを任された。全体像は、相変わらず見せてもらえない。それでも、彼は腐らなかった。

「……妙な話です。全体を見せない上司が、これほど信用できるとは」

 自分を送り込んだ側の思惑を、この男もとうに察している。腕だけを求められ、目を塞がれた。だが、塞がれ方があまりに理路整然としていて、いっそ清々しかった。

「見せない、と最初に言い切る上司は、裏切りません。裏切る上司は、全部見せる顔をして、肝心なところを隠すものです」

 計数官は、与えられた「一部分」を、誰より正確に回した。


◇◆◇


 そして、諫言役のヴォルクは、雇われて三日で、早くも仕事をした。

 ロズヴェータが冬営の進発日程を早めようとしたときのことだ。

「馬鹿を言うな、団長さんよ」

 幹部の揃った席で、潰れた片耳の老下士は、遠慮なく吠えた。

「新参が四百の半分だぞ。まだ隊として練れてねえ。今動けば、雪の中で烏合が凍え死ぬだけだ。──ヴィヴィの新入りが、バリュードの合図を知ってるか? ルルの後衛が、トーロウの耳と繋がってるか? 繋がってねえだろ。あと十日、寝かせろ」

 天幕が、しんと静まった。

 新参の幹部が団長に真っ向から「馬鹿を言うな」と言い放つ。以前の三頭獣なら、ありえない光景だった。

 ロズヴェータは、しばらく黙って──それから、笑った。

「……十日、だな。分かった」

 ヴォルクが、拍子抜けした顔をする。

「呑むのかい」

「否と言える骨が欲しくて雇ったんだ。否を言われて聞かなきゃ、雇った意味がない」

 その様子を、ドラッドが目を丸くして見ていた。

 上に否と言う者がいて、上がそれを聞く。古巣では、決して見られなかった光景。

 三頭獣という獣は、頭が一つではないのだと──大男は、この時、ようやく腑に落ちた気がした。


◇◆◇


 夜、ロズヴェータは一人、宿営地を歩いた。

 ヴィヴィの天幕からは、新入りを交えた酒盛りの咆哮が響く。

 バリュードの焚き火は、静かに、しかし確実に人の輪を広げている。

 ルルの区画では、報奨の額を確かめる兵が、真剣な顔をしていた。

 トーロウの姿は、今夜も港の闇の中だ。

 ガッチェとガーデルの天幕には、まだ帳簿を検める灯がある。

 ホルベクの斥候隊の一角では、近衛崩れが足跡の読み方を教わっていた。

 四つの分隊が、四つのやり方で、大きくなっていく。

 同じ旗の下で、同じ方向を向きながら、育ち方だけが、まるで違う。

 ロズヴェータは、ふと足を止めた。

 これが、騎士団か。

 旗頭の頃は、自分がすべての糸を握っていた。だが今は、分隊長たちが、それぞれの糸を握っている。自分の仕事は、糸を握ることではなく、四つの糸が絡まぬように、全体を見ていることだ。

 寂しさは、なかった。

 むしろ、頼もしかった。

 頭上には、半分より少し膨らんだ月。

 この月が満ちる頃には、この寄せ集めの四百は、一つの獣として、雪の中を歩き出す。

「……悪くない」

 誰にともなく呟いて、ロズヴェータは天幕へ戻った。

 冬は、まだ半ばだった。


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― 新着の感想 ―
今回の話は、本話の中だけでなく今までの話とも整合性が取れないところが多い様に思います。ドラッドは、旧サンフォルクを率いる分隊長的な紹介だったのが分隊を持っていないような書き方だったり、6分隊紹介してい…
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