【閑話】うちの隊長は、ここが可愛い②
王都の新聞社【猫の耳】において、その記事は久々の大当たりだった。
──今話題の騎士は誰だ!? 銀の獅子、騎士団長となる!
三頭獣騎士団の昇格を報じた号は、刷った端から売れた。売れれば、続報が要る。読者が次に知りたがったのは、記事の隅に一行だけ載った、あの宣言の主だった。
曰く──紅剣は、三頭獣の隣に立つ。文句のある奴は、あたしが聞く。
「……で、なんでわたしたちが船に乗ってるんですか」
「決まってるだろう、ミリー君。文句を、聞きに行くのさ」
「うまいこと言った顔をしないでください。吐きそうです」
記者アッズファと助手のミリーは、揺れる船倉で三十日を耐え、海湾都市ガディフォールの土を踏んだ。新聞黎明期において、海を渡って戦地の騎士団を取材した記者は、恐らく彼らが最初である。
誰も褒めてくれないのが、玉に瑕であった。
◇◆◇
紅剣の宿営地は、港の東の丘にあった。
真紅の隊旗の下、まず二人の目を驚かせたのは、隊員の顔ぶれである。
「……女の人が、多い」
ミリーが思わず呟いた。槍の穂を検める者、馬の脚を診る者、荷駄の縄を締め直す者──その半分近くが、女だった。しかも誰も彼も、腕が太い。
「おや、お客さん。しかも紙の匂いのするお客さんだ」
出迎えたのは、目を眇めるようにして二人を検分する、姉御肌の美人だった。副官のミィーユと名乗った彼女は、取材と聞くと実に良い笑顔になった。
「話は聞くよ。聞くけどね──広報には、広報の掟がある」
「……と、言いますと」
「樽一つ」
「は?」
「港の酒場で、樽一つ。それが紅剣の口を開ける鍵さ」
アッズファの脳裏に、かつて取材費を毟り取った小柄な分隊長の顔がよぎった。どこの騎士団も、広報の掟は似るらしい。
泣く泣く樽一つ分の前金を払うと、ミィーユは上機嫌で宿営を案内し始めた。
「うちの始まりはね、ルフラージの開拓村さ」
歩きながら、副官は語る。
「魔獣の赤狼が村を襲った。そこに来てくれたのが、領主様の妹君──うちの姫さんだ。村を柵で囲って、狼を檻に追い込んで、最後は姫さん自らの細剣が魔獣の喉を貫いた。報酬の毛皮は、全部村に置いていった。……あの日から、あの村じゃ姫さんは我らが姫様。うちの古株には、あの村の出も多いよ」
「女性の隊員が多いのは、なぜです?」
「簡単さ。女が剣一本で食っていける旗が、この国にいくつあると思う?」
ミィーユは肩をすくめた。
「大抵の騎士隊じゃ、女は炊事か看病か、酌だ。うちは違う。姫さんは強さしか見ない。強けりゃ前衛、弱けりゃ鍛える。嫁に行きそびれた狩人の娘も、亭主を戦で亡くした後家も、剣を握れば同じ扱いさ。──おかげで集まる集まる。行き場のない腕自慢が、旗の赤を目印にね」
「規律は、どのように?」
「姫さんは油断と慢心が世界で一番嫌いでね。手を抜いた奴は、敵より先に姫さんに斬られる……のは冗談だが、まぁ、翌朝の稽古で死ぬ思いはする」
そこでミィーユは、少しだけ声の調子を落とした。
「けど、一番効くのは罰じゃないよ。姫さんは、自分の失敗に一番怒る人なんだ。バウムクロネの奇襲の後だって、御首三十挙げて全軍に名を轟かせたのに、当の本人は『合図が半呼吸遅れた』って一晩不機嫌だった。上がああだと、下は手なんか抜けやしない」
◇◆◇
肝心の隊長の取材は、難航した。
正確に言えば、逃げられた。
「やだ」
練兵場の端で捕まえたエリシュ・ウォル・ルフラージュは、開口一番そう言った。
「取材ってあれでしょ、お茶会の親戚でしょ。あたし、ああいうのは駄目なの。大叔母様で懲りてるの」
「い、いえ、剣のお話だけでも」
ミリーが食い下がると、赤毛の隊長はぴたりと足を止めた。
「剣? 剣の話なら、まぁ」
ちょろかった。
以下、記者アッズファの記録による。
──得物について。
「細剣。速さで殺すの。力比べは性に合わない……いや、合うけど、剣でやる必要ないでしょ、あれは腕相撲でいいでしょ」
──騎士校の剣術大会について。
「準優勝。……なによその顔。言っとくけどね、あたしを倒したのは一人だけよ。しかも剣で負けてない。あいつ、剣で分が悪いと見るや、いきなり組み打ちに来たのよ。ルールの外側から勝ちに来た。……最っ高に頭に来て、最っ高に納得した。ああ、こいつは勝つためなら形振り構わないんだって。だからあたしは、あいつの隣なら背中を預けられる」
──その「あいつ」とは、三頭獣騎士団のロズヴェータ団長のことでよろしいか。
「そうよ。あいつはね、いっつも先に策があるの。谷の時だってそう。空の荷車に石まで積んでね、音まで嘘をつくのよ? 性格悪いでしょ。でもその性格の悪さで、こっちの死人が出ないの。あたしが正面で好きに暴れられるのは、あいつが後ろで盤を全部見てるからで──」
──随分と、信頼しておられる。
「……は?」
──いえ、その、率直なご様子でしたので。
「べ、別に? 同期だから知ってるだけだし? 旗としても対等だし? と言うか今の全部なし! 書いたら斬るから! 淑女が話してるんだから、ちゃんと選んで書きなさいよね!」
なお、記録の抹消は取材倫理に反するため、割愛の上ほぼ全文を掲載した。斬られたら、それはそれで記事になる。
記者とは、そういう生き物である。
◇◆◇
裏付けのため、二人は隣接する三頭獣騎士団の宿営にも足を運んだ。
紅剣の評判を尋ねると、返ってきた声は以下の通りである。
前衛分隊長ヴィヴィ。
「強いよー、あそこの連中は。あと酒が強い。この前の宴で、うちの自慢の飲兵衛が五人並べて全滅した。姫さんに至っては底なし。あれは人間の胃袋じゃないね」
分隊長バリュード。
「あの姫さんの剣だけは、正面から受けたくないねぇ。俺、斬り合いは大好物なんだけどさ、あれは駄目。速いとかじゃなくて、こっちの呼吸の隙間に刃が生えてくるんだよ。……ね、いい表現でしょ。書く? 書くよね?」
分隊長ルル。
「強い。以上」
(※取材費は、今回は要求されなかった。学習の成果である)
治癒術師アウローラ。
「紅剣の皆さんは、傷の治りが早くて助かりますわ。体が丈夫と言うより、気合いですわね、あれは。……隊長さん同士の仲? あら」
(※このとき治癒術師殿は扇を広げ、その陰でしばらく笑っておられた。記事にできる回答は得られなかった)
副官ユーグ。
「……実力は、認めています。当家の旗と対等を名乗るに足る、数少ない旗です。ええ、実力は」
(※「実力は」が二度繰り返された点に、記者は深い含みを感じたが、追及する勇気は出なかった)
そして、団長ロズヴェータ。
「紅剣は、俺たちが背中を預けて、一度も後悔したことのない旗だ。谷でも、バルマーの館でも、連中は約束より早く、約束より多く働いた。──隣に立つ、と言ってくれたのは向こうだ。ありがたい話だと思っている」
型どおりの、実に模範的な回答であった。
ただ、記者アッズファは見逃さなかった。「隣に立つ」の一言を口にする時、この若き騎士団長の口元が、ほんの僅かに緩んだことを。
書くかどうかは、命と相談して決めることにする。
◇◆◇
取材の最終日、事件は起きた。
樽の約束を果たすべく港の酒場に赴いた記者一行を、紅剣の女傑たちが待ち構えていたのである。曰く、広報の掟その二──払った樽は、皆で空ける。
宴もたけなわ、酔いの回った助手のミリーが、隣に座った赤毛の隊長に、あの質問をしてしまった。
「あのぅ、エリシュ様は、ロズヴェータ団長のことが、お好きなんですかぁ?」
酒場が、静まり返った。
エリシュ・ウォル・ルフラージュは、杯を置いた。ゆっくりと立ち上がった。腰の細剣に、手が掛かった。
「──取材は終わりよ」
紅剣の面々が、いいぞ姫さんもっと言え、と囃し立てる中、記者と助手は樽の残りを置いて全力で逃走した。
背後の酒場から、姫様の絶叫と、姦しい笑い声が、夜の港にいつまでも響いていた。
なお翌朝、宿の前に紅剣の使いが立っており、二人は震え上がったが、届けられたのは抜き身の剣ではなく、布に包まれた干し魚の土産と、ミィーユ副官の伝言であった。
「姫さんから。『昨日のは、書いたら斬る。それはそれとして、道中気を付けて帰りな』──だ、そうだよ。ついでにあたしから一つ、記事に足しときな」
目を眇めた美人の副官は、にやりと笑って言った。
「うちの姫さんはね、口より先に剣が出て、剣より先に情が出る人なのさ。……いい記事にしとくれよ、紙屋さん」
◇◆◇
紅剣は、騎士エリシュ・ウォル・ルフラージュ率いる騎士隊である。ルフラージ伯爵家の血筋にして、宰相府のブリュエド女子爵を大叔母に持つ。
隊長エリシュは、騎士校剣術大会準優勝。細剣による速攻を得意とし、その武名は「狂犬」の異名とともに全軍に轟く。ルフラージの魔獣討伐、対ロスデリア西方戦線、当遠征では先遣隊任務、バウムクロネ家奇襲(御首三十、捕虜百余)、バルマー隊殲滅戦、人質救出と武勲は枚挙に暇がない。
隊の特徴は、その機動力(早馬に丸一日半しか遅れず戦場に到着した記録あり)と、隊員に占める女性の多さ。女性が剣で身を立てられる稀有な旗として、行き場のない腕自慢が今日も旗の赤を目指して集まる。
副官は、ミィーユ。開拓村以来の古参にして、広報と外交を一手に担う。
規律は苛烈だが、罰よりも隊長自身の背中で保たれている。
派閥は武官寄り。総指揮官ディルアンを隊長が「師匠」と呼ぶ。文官派閥にも縁が深い。
特筆すべき事項として、三頭獣騎士団と「対等の旗」の盟約を公言する、現在唯一の騎士隊である。両者の旗が並んだ戦場で、敗北の記録は、ない。
あと、隊長は淑女である。本人が、そう言っていた。




