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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
西方蠢動

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139/220

祈祷者とその主と

 ロズヴェータは「核を斬る」と叫んだ自分の声を、空洞の咆哮にかき消されながら聞いていた。

 ──本当に核なのか?

 叫んだ瞬間に、胸の奥で疑念が芽生える。

 兵を動かすためには断言が必要だった。だが、未知の魔獣を前に、確信などあるはずがない。

 ──斬れば終わるのか……それとも、斬った瞬間に何かが起きるのか。

 迷いが、喉の奥に重く残った。

 核の胸部が赤黒く光り、空洞全体が咆哮する。 壁が波打ち、天井が震え、床が盛り上がった。

 ロズヴェータは剣を構えたまま、息を呑む。

 ──なんだ、これは。核なのか? いや、核と呼んでいいのか?

 目の前の人型の臓器は、確かに中心に赤黒い塊を抱えている。

 だが、それが本当に急所なのか確証がない。

 ──斬れば止まるのか? それとも逆に刺激してしまうのか?

 判断がつかない。未知の生き物を前に、経験が役に立たなかった。

 その迷いの一瞬で、天井から酸の雨が降り、床が波打ち、祈祷者が増殖する。

「隊長! 指示を!」

 ユーグの声が飛ぶ。

 ──考えろ。焦るな。敵の動き……空洞の動き……何と連動している?

 ロズヴェータは核を見据えた。

 核が脈動するたびに、空洞全体が揺れる。

 核が動くことで 空洞が動く。なら、核制御しているのか? それとも、核が反応しているだけか?

 どちらかで戦術は変わる。 だが、判断材料が足りない。

「隊長! 突撃する!」

 バリュードが剣を構え、核へ踏み込もうとした。

「待て──! 斬るな!」

 ロズヴェータの叫びに、兵士たちの動きが一斉に止まった。

「……は?」

「今、斬れって……」

「どっちなんですか隊長!?」

「命令が逆だろ!」

 混乱が走る。無理もない。指揮官が真逆の命令を出したのだから。

 ロズヴェータは歯を食いしばり、空洞全体を見渡した。

「違う……まだ判断材料が足りん! 核が本体かどうか、確証がない!」

その言葉に、兵士たちの表情が強張る。

「じゃあ、どうするんですか!」

「核を斬らないなら、何を狙えば……!」

 ロズヴェータは一瞬だけ目を閉じ、呼吸を整えた。

 核が脈動する。

 空洞が揺れる。

 天井の孔が開き、酸の雨が落ちる。

 ──核が動くたびに、空洞が反応している。

 なら、核は制御器官か……? いや、断言はできない。だが、試す価値はある。

 ロズヴェータは剣を握り直し、叫んだ。

「全員、聞け! 核は斬るな! まずは揺さぶる! 核の反応を見て急所を探る!」

兵士たちは顔を見合わせる。

「……揺さぶる?」

「斬らずに、どうやって……」

「祈祷者を押し出せ! 主が避けるかどうか確認する!」

 ロズヴェータの声には迷いがあった。だが、その迷いを押し殺してでも指示を出すしかない。バリュードが吠える。

「……なるほど! 試すってことか!」

 ルルが祈祷者を蹴り飛ばし、核の前に押し込む。

 その瞬間──天井の酸の雨が止まった。

「……避けた!」

「やっぱりだ……!」

 祈祷者を守る……なら、祈祷者は眷属! なら、祈祷者を盾にすれば接近できる!

 推測が、ようやく形になる。

「祈祷者を盾にしつつ前進! 核の反応を見て急所を探る!」

 兵士たちの混乱はまだ完全には消えていない。だが、ロズヴェータの声に、混乱は徐々に収まって来た。兵士たちが祈祷者を盾にしながら前進する。

 祈祷者を押し込むたびに、天井の孔が閉じ、酸の雨が止まる。

 核が怒りに震え、赤黒い孔がロズヴェータを睨んだ。

「……ア……ァァ……」

 意味を持たない声。だが、殺意だけははっきりと伝わる。

 核の背後の壁が裂け、巨大な影──主の“肉の守り手”が姿を現した。

 無数の腕。巨大な口腔。肉の塊が脈動し、祈祷者を飲み込み、再び吐き出す。

「……っ、でか……!」

「怯むな! 核を揺さぶれば、あれも止まる!」

 ロズヴェータは剣を構え、核の脇へ回り込む。

「鼓動の“間”に動け! 脈動の合間が死角だ!」

 核が脈動し、空洞が揺れる。

 その“間”に、ロズヴェータが踏み込んだ。

「ユーグ! 右から押し込め!」

「はっ!」

 ユーグが盾で核の肩を押し込み、バリュードが剣の腹で核の腰を叩き、ルルが祈祷者──いや、眷属を核にぶつける。

 核が大きく揺れた。

 その瞬間、空洞全体が悲鳴のように震える。

 壁の棘が引っ込み、床の波打ちが止まり、天井の孔が閉じる。

「……止まった……!」

「今だ! 核を引きずり出す!」

 ロズヴェータが核の腕を掴む。ぬめりと熱が手袋越しに伝わる。

「う……っ……!」

 核が暴れ、肉が脈動し、空洞が震える。だが、兵士たちが一斉に核へ組みついた。

「押せぇぇぇッ!」

「引けぇぇぇッ!」

 眷属たちが悲鳴を上げ、主の肉の守り手が狂ったように暴れ、空洞全体が崩れかける。

 ロズヴェータは叫んだ。

「核を引きずり出せ! 空洞から離せば──!」

 その瞬間、核が大きく脈動した。

 ──どくん。

 空洞全体が震え、天井が崩れ、壁が裂け、床が沈む。

「──今だッ!」

 ロズヴェータが全身の力で核を引き抜いた。

 核が空洞から剥がれた。

 その瞬間──空洞全体が、完全に動きを止めた。

 祈祷者──眷属たちが糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 主の肉の守り手が痙攣し、肉の塊が萎んでいく。

 ロズヴェータは核を地面に叩きつけ、剣を振り上げた。

 その直後、最後の力を振り絞るように核が膨張する。地面にたたきつけられた核が、跳ね返るように上空に跳び上がるとロズヴェータの上に覆いかぶさった。

「ロズっ!」

 ユーグの悲鳴が響く。

 だが、ロズヴェータは冷静だった。長剣の切っ先を核の中心に狙いを定め、飛びかかって来るそれに一気に突き出す。

「……これで終わりだ!」

 剣が赤黒い核を貫いた。核が震え、赤い光が消え、肉の塊が崩れ落ちると同時にロズヴェータの上に覆いかぶさる。

 空洞全体が、静かになった。

「くそっ……最後の最後で」

 肉の塊の下から這い出したロズヴェータは、強く打った鼻筋をさすりながら、辺りを見回す。

 肉の塊が崩れて消えると、ロズヴェータが刺し貫いたものが姿を現した。

 巨大な宝石が、長剣で貫かれていた。

 バリュード等は口笛を吹く。

「いや~隊長、見事なお点前で」

「ふざけている場合か」

 ヴィヴィはバリュードの軽薄な態度に鋭い視線を飛ばしつつ、宝石を見下ろした。

「なんか、高そうだね」

 宝石などそれほど詳しくないヴィヴィからしても、それは透明度の高い非常に高価だと分かる。

「おおい、エルフィナスでの経験からこれはどうなんだい?」

 ヴィヴィの視線の先には、先ほどの戦闘で疲弊して地面に座り込んでいる分隊長ルル。

「んあ~? ──あ、触る──」

 危険は去ったと感じた途端、地面に大の字になっている彼女が、視線を転じて警告を発しようとする。だが、ロズヴェータがそれに触れたのは同時だった。

 ロズヴェータが長剣に刺し貫かれた宝石に触れた瞬間、まばゆい光と共に宝石が消える。

「ぬあ!?」

 ロズヴェータは、熱さに思わず手を放そうとするが、その暇もなく宝石が消えた。

「ロズ!?」

 ユーグが駆け寄り、過保護なほどに体をぺたぺたと過保護に触って無事を確かめる。

「おい!?」

 驚愕に目を見開く、ロズヴェータの目の前で副官ユーグが分隊長ルルに詰め寄っていた。

「何か知っていたな!? なんだあれは!?」

 襟首を掴み、憤怒の表情で詰め寄るユーグは常よりも迫力がある。しかし、ルルも襟首をつかまれた手を振りほどいて、ロズヴェータに駆け寄った。

「体の調子は!?」

「……いいや、別に、指先が熱かったぐらいで大して変化ないというか……悪い物か?」

「手袋外してみろ」

 そう言って露出したロズヴェータ肌に、文様がある。肌に刻まれた鎖のようにも見える象形、墨で描かれたように見える色合いも、どことなく不気味さを感じさせる。

「……後付けの魔法だ」

「魔法? あれは才能あるものしか使えないと聞いたが」

 騎士校では、素養のある者に魔法を教えることもあるが、ロズヴェータには結局それらがなかった。

「……断定はできないけれど、まぁ後で話す。今すぐどうこうっていう話じゃないし、それにここからは早く出たい」

「同意見だな」

 鋭い視線で睨むユーグを宥め、ロズヴェータが苦笑する。ロズヴェータは息を吐き、剣を下ろした。

「……終わった。全員、生存者の確認と負傷者の救護に回れ」

 兵士たちが動き出す。アウローラが治癒術を施し、ユーグが周囲を警戒し、ルルとバリュードが祈祷者の死体を確認する。ロズヴェータは崩れて消えた肉の塊があった場所を見下ろした。

 見下ろす先に、答えはない。

 ただ、冷たい風だけが、空洞の奥から吹き抜けた。


◇◆◇


 ロズヴェータは手袋の下に刻まれた文様を見つめていた。 熱は引いたはずなのに、皮膚の奥で脈打つ感覚だけが、まだ消えない。

「隊長」

 場所は祈祷者の洞窟から這い出た先、三頭獣《ドライアルドベスティエ》の野営地だった。

 三頭獣《ドライアルドベスティエ》の首脳部が全員はいれる程度の広いロズヴェータ用の天幕で、ルルは口を開いた。

「さっき……宝石、触った時。文様が出たんだな?」

「……ああ。痛みはないが、気味が悪いな」

 ロズヴェータが苦笑すると、ルルは鼻を鳴らす。

「気味悪い……だけじゃ、ない。隊長。エルフィナスで似たやつを見たことがある」

 ロズヴェータの眉がわずかに動く。

「……エルフィナスの魔法か?」

「違う。あれは私達の使う魔法じゃなかった。以前見たのと同じだと、断定はできないが……盗く──いや宝探しの最中に、偶然出くわしてな」

「今盗掘って言ってなかった?」

 ルルの発言にヴィヴィがジト目を向ける。

「気のせいだ」

 そんなことなど素知らぬ顔で、ルルは眉を寄せた。

「そこは本題じゃない。問題は、隊長の身体に入り込んだ宝石だ。あれは多分魔法を使えるようになる類の宝石だと思う」

「魔法を? それだけ聞けば随分有用に聞こえますが?」

 美貌の副官ユーグの指摘は、嘘を許さない鋭さを持っている。ロズヴェータの身体に危機が迫るのを看過できないと、言葉の隅々にきつさが漂う。

「当然、代償はあるが……以前みたのは、周囲の炎を集めて手から打ち出す……まぁ爆弾と呼んでいたが、そんな感じの魔法だった」

 ロズヴェータは息を呑んだ。

「その代償は?」

「最後は、周囲の炎を集めすぎて、自分が爆発したな」

 肩を竦めるルルに、ユーグの視線が鋭くなる。

「隊長の親交あるニャーニィ殿とは、違うのか?」

 筆頭分隊長ガッチェの質問にルルは、首を振る。

「なんというか、炎を打ち出す感じなのがニャーニィ殿って感じなんだけど、以前見たのは、自然と炎を集めてしまって、撃ちださざるを得ないみたいな感じだった」

 唸りながらも説明に苦慮するルルに、今度はユーグが質問する。

「それは、ロズヴェータ様の身にも起こりえる事態なのでは?」

「……さっきも言ったが同じものとは限らないし、断定はできない」

 眉を顰めたまま、厄介な生き物を見る目でルルは殺気すら漂わせ始めたユーグと向き合う。

「……つまり、なんらかの魔法を得たということか?」

「魔法……と言っていいのかな? エルフィナスの定義からは外れるし、私が調べた限りリオングラウス王国(こっち)でも、当てはまらないと思う」

「だけど効果としては、身体が硬くなったり、毒も酸も効きにくくなったりするんだろ? 魔法じゃないか」

 ヴィヴィの指摘にルルは頷く。

「私だって学者じゃない。しがない傭兵だ。全部は分からない」

 ルルはロズヴェータの手袋の上から、文様の位置を指で軽く叩いた。

「でもな、隊長。これ……タダじゃないと思う。強力なものほど、強い代償を求める傾向にあるのが魔物由来の魔法だ」

「代償……か」

「そう。さっき斬った奴。もしかしたら、あれが、末路なのかもしれない」

「貴様っ」

 ユーグの殺気が一気に膨れ上がるのを、ロズヴェータが視線で抑える。

「ユーグ。ルルは警告してくれているんだ」

 傾国の美貌を歪ませて、ユーグが奥歯を噛み締める。深紅の瞳には、あんな悍ましい者にロズヴェータをさせてなるものかと、決意が宿っていた。

「だが、そうなるとこれの効果がわからないとな?」

 ロズヴェータが苦笑しながら手袋の下の文様を見る。

 今の所、体に変化はない。文様周りが少し熱を持っている程度の差しかないのだから、わかりようもなかった。

「祈る者、その主か」

 じっと視線を文様に注いでいたロズヴェータが、小さく呟く。

 あるいはその辺りに、この加護とも呪いともつかないモノの、理解の糸口があるのではないかと考え続けていた。

 その後ロズヴェータ率いる三頭獣《ドライアルドベスティエ》は、西方で活動していた祈祷者を一掃する。祈祷者を語った人間の先導者を見つけ出し、十字教の名前の元に西方の有力な貴族へ引き渡して、王家からの依頼は完了したが、結局ロズヴェータに宿った魔物由来の魔法を理解する糸口は、導きだせなかった。

 疑問を残したままロズヴェータ率いる三頭獣《ドライアルドベスティエ》は王都へ戻る。

 依頼の完了をあの近衛騎士に伝え、次なる依頼を受けねばならない。

 自身の望みを叶えるため、まだロズヴェータには力が必要だった。




ロズヴェータ:新進気鋭の騎士隊長


称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣《ドライアルドベスティエ》隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営、遠征軍の旗頭


特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子、兵站(初歩)、駆け出し領主、変装(初級)、遭遇戦、策略家、追撃戦、魔物の雫保有者


同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣《ドライアルドベスティエ》隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

遠征軍の旗頭:騎士としての信頼度上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。

薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山林歩き:山地及び森林内において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇

陥陣営:連続で城塞を落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続10回)

兵站(初歩):兵站の用語が理解できる。

駆け出し領主:周囲から様々な助言を得ることが出来る。

変装(初級):周囲からのフォローを受ければ早々ばれることはない。

遭遇戦:臨機応変な戦いの経験がある。(1回)

策略家:他の騎士隊から戦術・戦略的助言を求められる。他の騎士隊に対して影響力上昇。ただし、警戒感を同時に抱かせる。

追撃戦:追撃で戦果を拡大できる。(1回)

魔物の雫保有者:今はまだ効果が不明

信頼:武官(+60)-5、文官(+53)+3、王家(+20)+10、辺境伯家(+45)-4


信頼度判定:

王家派閥:まぁ、普通に依頼はこなしてくれるか。

文官派閥:また西方の治安改善に貢献してくれてる。なんとかして繋ぎ止めねば……。

武官派閥:まぁちょっと、距離を取ろうか。ちょっと他の派閥で活躍しすぎじゃないか? 武官派閥の依頼を受けても良いんだよ?

辺境伯家:もう少し辺境伯家の領地に帰って来てほしいな。


副題:ロズヴェータちゃん何かを仕込まれる。

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