祈祷者とその主と
ロズヴェータは「核を斬る」と叫んだ自分の声を、空洞の咆哮にかき消されながら聞いていた。
──本当に核なのか?
叫んだ瞬間に、胸の奥で疑念が芽生える。
兵を動かすためには断言が必要だった。だが、未知の魔獣を前に、確信などあるはずがない。
──斬れば終わるのか……それとも、斬った瞬間に何かが起きるのか。
迷いが、喉の奥に重く残った。
核の胸部が赤黒く光り、空洞全体が咆哮する。 壁が波打ち、天井が震え、床が盛り上がった。
ロズヴェータは剣を構えたまま、息を呑む。
──なんだ、これは。核なのか? いや、核と呼んでいいのか?
目の前の人型の臓器は、確かに中心に赤黒い塊を抱えている。
だが、それが本当に急所なのか確証がない。
──斬れば止まるのか? それとも逆に刺激してしまうのか?
判断がつかない。未知の生き物を前に、経験が役に立たなかった。
その迷いの一瞬で、天井から酸の雨が降り、床が波打ち、祈祷者が増殖する。
「隊長! 指示を!」
ユーグの声が飛ぶ。
──考えろ。焦るな。敵の動き……空洞の動き……何と連動している?
ロズヴェータは核を見据えた。
核が脈動するたびに、空洞全体が揺れる。
核が動くことで 空洞が動く。なら、核制御しているのか? それとも、核が反応しているだけか?
どちらかで戦術は変わる。 だが、判断材料が足りない。
「隊長! 突撃する!」
バリュードが剣を構え、核へ踏み込もうとした。
「待て──! 斬るな!」
ロズヴェータの叫びに、兵士たちの動きが一斉に止まった。
「……は?」
「今、斬れって……」
「どっちなんですか隊長!?」
「命令が逆だろ!」
混乱が走る。無理もない。指揮官が真逆の命令を出したのだから。
ロズヴェータは歯を食いしばり、空洞全体を見渡した。
「違う……まだ判断材料が足りん! 核が本体かどうか、確証がない!」
その言葉に、兵士たちの表情が強張る。
「じゃあ、どうするんですか!」
「核を斬らないなら、何を狙えば……!」
ロズヴェータは一瞬だけ目を閉じ、呼吸を整えた。
核が脈動する。
空洞が揺れる。
天井の孔が開き、酸の雨が落ちる。
──核が動くたびに、空洞が反応している。
なら、核は制御器官か……? いや、断言はできない。だが、試す価値はある。
ロズヴェータは剣を握り直し、叫んだ。
「全員、聞け! 核は斬るな! まずは揺さぶる! 核の反応を見て急所を探る!」
兵士たちは顔を見合わせる。
「……揺さぶる?」
「斬らずに、どうやって……」
「祈祷者を押し出せ! 主が避けるかどうか確認する!」
ロズヴェータの声には迷いがあった。だが、その迷いを押し殺してでも指示を出すしかない。バリュードが吠える。
「……なるほど! 試すってことか!」
ルルが祈祷者を蹴り飛ばし、核の前に押し込む。
その瞬間──天井の酸の雨が止まった。
「……避けた!」
「やっぱりだ……!」
祈祷者を守る……なら、祈祷者は眷属! なら、祈祷者を盾にすれば接近できる!
推測が、ようやく形になる。
「祈祷者を盾にしつつ前進! 核の反応を見て急所を探る!」
兵士たちの混乱はまだ完全には消えていない。だが、ロズヴェータの声に、混乱は徐々に収まって来た。兵士たちが祈祷者を盾にしながら前進する。
祈祷者を押し込むたびに、天井の孔が閉じ、酸の雨が止まる。
核が怒りに震え、赤黒い孔がロズヴェータを睨んだ。
「……ア……ァァ……」
意味を持たない声。だが、殺意だけははっきりと伝わる。
核の背後の壁が裂け、巨大な影──主の“肉の守り手”が姿を現した。
無数の腕。巨大な口腔。肉の塊が脈動し、祈祷者を飲み込み、再び吐き出す。
「……っ、でか……!」
「怯むな! 核を揺さぶれば、あれも止まる!」
ロズヴェータは剣を構え、核の脇へ回り込む。
「鼓動の“間”に動け! 脈動の合間が死角だ!」
核が脈動し、空洞が揺れる。
その“間”に、ロズヴェータが踏み込んだ。
「ユーグ! 右から押し込め!」
「はっ!」
ユーグが盾で核の肩を押し込み、バリュードが剣の腹で核の腰を叩き、ルルが祈祷者──いや、眷属を核にぶつける。
核が大きく揺れた。
その瞬間、空洞全体が悲鳴のように震える。
壁の棘が引っ込み、床の波打ちが止まり、天井の孔が閉じる。
「……止まった……!」
「今だ! 核を引きずり出す!」
ロズヴェータが核の腕を掴む。ぬめりと熱が手袋越しに伝わる。
「う……っ……!」
核が暴れ、肉が脈動し、空洞が震える。だが、兵士たちが一斉に核へ組みついた。
「押せぇぇぇッ!」
「引けぇぇぇッ!」
眷属たちが悲鳴を上げ、主の肉の守り手が狂ったように暴れ、空洞全体が崩れかける。
ロズヴェータは叫んだ。
「核を引きずり出せ! 空洞から離せば──!」
その瞬間、核が大きく脈動した。
──どくん。
空洞全体が震え、天井が崩れ、壁が裂け、床が沈む。
「──今だッ!」
ロズヴェータが全身の力で核を引き抜いた。
核が空洞から剥がれた。
その瞬間──空洞全体が、完全に動きを止めた。
祈祷者──眷属たちが糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
主の肉の守り手が痙攣し、肉の塊が萎んでいく。
ロズヴェータは核を地面に叩きつけ、剣を振り上げた。
その直後、最後の力を振り絞るように核が膨張する。地面にたたきつけられた核が、跳ね返るように上空に跳び上がるとロズヴェータの上に覆いかぶさった。
「ロズっ!」
ユーグの悲鳴が響く。
だが、ロズヴェータは冷静だった。長剣の切っ先を核の中心に狙いを定め、飛びかかって来るそれに一気に突き出す。
「……これで終わりだ!」
剣が赤黒い核を貫いた。核が震え、赤い光が消え、肉の塊が崩れ落ちると同時にロズヴェータの上に覆いかぶさる。
空洞全体が、静かになった。
「くそっ……最後の最後で」
肉の塊の下から這い出したロズヴェータは、強く打った鼻筋をさすりながら、辺りを見回す。
肉の塊が崩れて消えると、ロズヴェータが刺し貫いたものが姿を現した。
巨大な宝石が、長剣で貫かれていた。
バリュード等は口笛を吹く。
「いや~隊長、見事なお点前で」
「ふざけている場合か」
ヴィヴィはバリュードの軽薄な態度に鋭い視線を飛ばしつつ、宝石を見下ろした。
「なんか、高そうだね」
宝石などそれほど詳しくないヴィヴィからしても、それは透明度の高い非常に高価だと分かる。
「おおい、エルフィナスでの経験からこれはどうなんだい?」
ヴィヴィの視線の先には、先ほどの戦闘で疲弊して地面に座り込んでいる分隊長ルル。
「んあ~? ──あ、触る──」
危険は去ったと感じた途端、地面に大の字になっている彼女が、視線を転じて警告を発しようとする。だが、ロズヴェータがそれに触れたのは同時だった。
ロズヴェータが長剣に刺し貫かれた宝石に触れた瞬間、まばゆい光と共に宝石が消える。
「ぬあ!?」
ロズヴェータは、熱さに思わず手を放そうとするが、その暇もなく宝石が消えた。
「ロズ!?」
ユーグが駆け寄り、過保護なほどに体をぺたぺたと過保護に触って無事を確かめる。
「おい!?」
驚愕に目を見開く、ロズヴェータの目の前で副官ユーグが分隊長ルルに詰め寄っていた。
「何か知っていたな!? なんだあれは!?」
襟首を掴み、憤怒の表情で詰め寄るユーグは常よりも迫力がある。しかし、ルルも襟首をつかまれた手を振りほどいて、ロズヴェータに駆け寄った。
「体の調子は!?」
「……いいや、別に、指先が熱かったぐらいで大して変化ないというか……悪い物か?」
「手袋外してみろ」
そう言って露出したロズヴェータ肌に、文様がある。肌に刻まれた鎖のようにも見える象形、墨で描かれたように見える色合いも、どことなく不気味さを感じさせる。
「……後付けの魔法だ」
「魔法? あれは才能あるものしか使えないと聞いたが」
騎士校では、素養のある者に魔法を教えることもあるが、ロズヴェータには結局それらがなかった。
「……断定はできないけれど、まぁ後で話す。今すぐどうこうっていう話じゃないし、それにここからは早く出たい」
「同意見だな」
鋭い視線で睨むユーグを宥め、ロズヴェータが苦笑する。ロズヴェータは息を吐き、剣を下ろした。
「……終わった。全員、生存者の確認と負傷者の救護に回れ」
兵士たちが動き出す。アウローラが治癒術を施し、ユーグが周囲を警戒し、ルルとバリュードが祈祷者の死体を確認する。ロズヴェータは崩れて消えた肉の塊があった場所を見下ろした。
見下ろす先に、答えはない。
ただ、冷たい風だけが、空洞の奥から吹き抜けた。
◇◆◇
ロズヴェータは手袋の下に刻まれた文様を見つめていた。 熱は引いたはずなのに、皮膚の奥で脈打つ感覚だけが、まだ消えない。
「隊長」
場所は祈祷者の洞窟から這い出た先、三頭獣の野営地だった。
三頭獣の首脳部が全員はいれる程度の広いロズヴェータ用の天幕で、ルルは口を開いた。
「さっき……宝石、触った時。文様が出たんだな?」
「……ああ。痛みはないが、気味が悪いな」
ロズヴェータが苦笑すると、ルルは鼻を鳴らす。
「気味悪い……だけじゃ、ない。隊長。エルフィナスで似たやつを見たことがある」
ロズヴェータの眉がわずかに動く。
「……エルフィナスの魔法か?」
「違う。あれは私達の使う魔法じゃなかった。以前見たのと同じだと、断定はできないが……盗く──いや宝探しの最中に、偶然出くわしてな」
「今盗掘って言ってなかった?」
ルルの発言にヴィヴィがジト目を向ける。
「気のせいだ」
そんなことなど素知らぬ顔で、ルルは眉を寄せた。
「そこは本題じゃない。問題は、隊長の身体に入り込んだ宝石だ。あれは多分魔法を使えるようになる類の宝石だと思う」
「魔法を? それだけ聞けば随分有用に聞こえますが?」
美貌の副官ユーグの指摘は、嘘を許さない鋭さを持っている。ロズヴェータの身体に危機が迫るのを看過できないと、言葉の隅々にきつさが漂う。
「当然、代償はあるが……以前みたのは、周囲の炎を集めて手から打ち出す……まぁ爆弾と呼んでいたが、そんな感じの魔法だった」
ロズヴェータは息を呑んだ。
「その代償は?」
「最後は、周囲の炎を集めすぎて、自分が爆発したな」
肩を竦めるルルに、ユーグの視線が鋭くなる。
「隊長の親交あるニャーニィ殿とは、違うのか?」
筆頭分隊長ガッチェの質問にルルは、首を振る。
「なんというか、炎を打ち出す感じなのがニャーニィ殿って感じなんだけど、以前見たのは、自然と炎を集めてしまって、撃ちださざるを得ないみたいな感じだった」
唸りながらも説明に苦慮するルルに、今度はユーグが質問する。
「それは、ロズヴェータ様の身にも起こりえる事態なのでは?」
「……さっきも言ったが同じものとは限らないし、断定はできない」
眉を顰めたまま、厄介な生き物を見る目でルルは殺気すら漂わせ始めたユーグと向き合う。
「……つまり、なんらかの魔法を得たということか?」
「魔法……と言っていいのかな? エルフィナスの定義からは外れるし、私が調べた限りリオングラウス王国でも、当てはまらないと思う」
「だけど効果としては、身体が硬くなったり、毒も酸も効きにくくなったりするんだろ? 魔法じゃないか」
ヴィヴィの指摘にルルは頷く。
「私だって学者じゃない。しがない傭兵だ。全部は分からない」
ルルはロズヴェータの手袋の上から、文様の位置を指で軽く叩いた。
「でもな、隊長。これ……タダじゃないと思う。強力なものほど、強い代償を求める傾向にあるのが魔物由来の魔法だ」
「代償……か」
「そう。さっき斬った奴。もしかしたら、あれが、末路なのかもしれない」
「貴様っ」
ユーグの殺気が一気に膨れ上がるのを、ロズヴェータが視線で抑える。
「ユーグ。ルルは警告してくれているんだ」
傾国の美貌を歪ませて、ユーグが奥歯を噛み締める。深紅の瞳には、あんな悍ましい者にロズヴェータをさせてなるものかと、決意が宿っていた。
「だが、そうなるとこれの効果がわからないとな?」
ロズヴェータが苦笑しながら手袋の下の文様を見る。
今の所、体に変化はない。文様周りが少し熱を持っている程度の差しかないのだから、わかりようもなかった。
「祈る者、その主か」
じっと視線を文様に注いでいたロズヴェータが、小さく呟く。
あるいはその辺りに、この加護とも呪いともつかないモノの、理解の糸口があるのではないかと考え続けていた。
その後ロズヴェータ率いる三頭獣は、西方で活動していた祈祷者を一掃する。祈祷者を語った人間の先導者を見つけ出し、十字教の名前の元に西方の有力な貴族へ引き渡して、王家からの依頼は完了したが、結局ロズヴェータに宿った魔物由来の魔法を理解する糸口は、導きだせなかった。
疑問を残したままロズヴェータ率いる三頭獣は王都へ戻る。
依頼の完了をあの近衛騎士に伝え、次なる依頼を受けねばならない。
自身の望みを叶えるため、まだロズヴェータには力が必要だった。
ロズヴェータ:新進気鋭の騎士隊長
称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営、遠征軍の旗頭
特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子、兵站(初歩)、駆け出し領主、変装(初級)、遭遇戦、策略家、追撃戦、魔物の雫保有者
同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇
三頭獣隊長:騎士隊として社会的信用上昇
銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇
遠征軍の旗頭:騎士としての信頼度上昇
毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。
火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。
薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。
異種族友邦:異種族の友好度上昇
悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。
山林歩き:山地及び森林内において行動が鈍らない。
辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇
陥陣営:連続で城塞を落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続10回)
兵站(初歩):兵站の用語が理解できる。
駆け出し領主:周囲から様々な助言を得ることが出来る。
変装(初級):周囲からのフォローを受ければ早々ばれることはない。
遭遇戦:臨機応変な戦いの経験がある。(1回)
策略家:他の騎士隊から戦術・戦略的助言を求められる。他の騎士隊に対して影響力上昇。ただし、警戒感を同時に抱かせる。
追撃戦:追撃で戦果を拡大できる。(1回)
魔物の雫保有者:今はまだ効果が不明
信頼:武官(+60)-5、文官(+53)+3、王家(+20)+10、辺境伯家(+45)-4
信頼度判定:
王家派閥:まぁ、普通に依頼はこなしてくれるか。
文官派閥:また西方の治安改善に貢献してくれてる。なんとかして繋ぎ止めねば……。
武官派閥:まぁちょっと、距離を取ろうか。ちょっと他の派閥で活躍しすぎじゃないか? 武官派閥の依頼を受けても良いんだよ?
辺境伯家:もう少し辺境伯家の領地に帰って来てほしいな。
副題:ロズヴェータちゃん何かを仕込まれる。




