小咄 共に往く道
「さて、と」
あやは腰に手を当てて、部屋を眺め回す。
気合を入れて準備に取り掛かろうとしていたのだが。
…一体何から始めればいいのやら。
「まずはやっぱり服。…と、武器?」
あやは着る物を適当に箪笥から放り投げる。
それから腰に下げていた忠相と景元を外してそっと置く。
部屋に置いていた花王も手に取り、三本を並べる。
目的が目的だから今回は三本とも持っていくつもりだ。
「他には…」
最低限の荷物と考えるとこれと、少しの路銀、それだけでいい気がする。
あまりにも小さくまとまってしまった荷物。
昔は学校に行くだけで、これより多くの物を詰め込んでいたのに。
その変わり様はあやを苦笑させた。
「あや?何を一人で笑ってるんだ。不気味だからやめろと言ってるだろう」
昔を思い出している時にそんなことを言われたから、こう返す。
「……いつ、どこで、何時何分、地球が何回まわったときに言ったってのよ」
「あ?」
モノを放り投げて散らかったままの部屋に入って来た祁央が、突然わけのわからない返しをされて目を点にしている。
「ん、何でもない」
あやは肩を竦めてもう一度苦笑する。
定番の、小学生みたいな言葉がここで通じるわけがない。
―だから、その笑い方をやめろと言っているのに。
少し困ったような苦笑い、祁央はそれが苦手だ。
けれどそれが素直な彼女の感情だから、苦手だと悟られないように、彼女がその感情すら隠してしまわないように、ちくりと痛む胸を隠して何でもないことのように会話を続ける。
「…何だ?この泥棒が入ったような部屋の有様は」
「見てわかるでしょ?旅の準備中」
見てわからないから聞いているのだ。
そしてまたもやこみ上げる苦々しい感情。
さっきよりずっと強く、そして今回はそれを隠す必要はない。
近隣の見回りや遠征の時は準備などいつも祁央に任せっ放しだったあや。
それを一人で黙々と準備をしていた意味はやはりそういうことだろう。
一人で抱え込んで、一人で行って、一人で解決するつもりなのだ。
だから顔を顰めて苦言を呈する。
「お前が何を決めたのか知らんが、一人では行かせられないからな」
「…?…孫策と周喩が一緒じゃない」
首を傾げてあやが答える。
何を言い出すのかと思えば、そんなこと。
「……」
時々あやは言葉が通じない。
いつもは鋭いくせに、こういう時だけは察しが悪い。
なんだかダダをこねる様で言葉にはしたくなかったが、こうなったら仕方がない。
「…俺も行くからな」
「ん?…え?」
あやが驚いたような顔で祁央をまじまじと見る。
祁央は居心地が悪くなって、すっと視線を逸らした。
だが、あやが続けた言葉は少しばかり斜め上。
「祁央、行かないつもりがあったの!?」
「…は?」
「いやだ、あたしてっきり祁央も一緒に来るものだと」
何も考えずにそう思っていた。
「そ、そうよね。よく考えたら祁央も色々とやることあるもんね!」
気付いて慌てて言い募る。
何だろう、祁央が傍にいるのが当たり前に感じていて。
当然、自分が行くのなら祁央が共にいるものだと思い込んでいた。
忙しいのはわかっていたから自分で準備くらいしようと思う思考回路はあったのに、祁央が一緒に来ないという可能性を考えもしなかった。
いやだ、恥かしい!
傍に居ることを当然のように思うなんて、随分と傲慢だ。
祁央にも選ぶ権利があるということを失念していた。
「ごめん!大丈夫、あたし一人で行くから」
祁央は一人で焦っているあやの様子を呆れ半分に眺める。
「いや、だから俺も一緒に行くと言っている…」
祁央の呟きは赤くなった顔を両手で覆って恥じ入っているあやには届かない。
あちらはあちらで自分のことに精一杯。
こちらに気が回らなさそうだと思った祁央は自分の表情筋に自由を許す。
にんまりと口の端が上がる。
他人に見られるわけにはいかないと自覚するくらいには緩んでいる自信があった。
伊達に長いこと傍にいない。
あやが考えていることが手に取るようにわかって、しきりに手で顔を扇いでいるあやには悪いが、顔がにやけるのを押さえられないくらいに心が躍っている。
あやは思いもしないんだろう。
あやの往く道に、あるいはその想像の中に、自分が当たり前にいることがどれだけ嬉しいかなんて。
口元を手で隠して、扉の柱に寄りかかる。
ああ、本当に敵わない。
まだ一人でじたばたともがいているあやに目を向けて、祁央は表情を作り直す。
「あや、俺も行くからな」
真面目と呆れとが入り混じった顔で言われて、あやはやっと祁央を見た。
少し不思議そうな顔。
それから彼女はゆるりと笑った。
「うん!」
祁央もつられて笑う。
彼女の思い違いではない。
あやの往く道には俺が居る。
自分の意志で、共に行くのだ。
「…で、祁央は何で顔隠してるの?」
「……まあ、色々とあるんだよ。」
男が色々あるんだと言い訳をしたら、こう言えと右近に教えられていた返しがある。
いったいそんなピンポイントな場面に出くわすことがあるのかと思っていたが、あった。
まさしく、今だ。
千載一遇の機会に、にっこりと笑って口にする。
「男の子だもんね?」
「…………犯人は右近だな?」
あやの表情がよくわかったねと言っていた。
祁央はろくでもない右近の遺産に思わず心の中で罵詈雑言を叩きつけた。