小咄 月のない夜
空には厚い雲が垂れ込め、月を隠していた。
こんな夜はいつも皆で肩を寄せ合って眠っていたけど。
もう、そんな夜は来ない。
くしゃりと頭を撫でられて、あやは上目使いで左近を見上げた。
左近は他では見せないような優しい顔をしている。
あやにとっては見慣れた顔。
なのに久しぶりに左近の顔を見た気がした。
「…ごめん」
それだけ周りが見えていなかったということなのだろう。
内に籠もって、自分の事しか考えていなかった。
今なら祁央と同じように、心配をかけたとわかるのに。
「構わない」
言った左近の声にあやは気付かされたことがあって、左近の腰にそっと抱きついた。
謝罪の意味と、それから人のことばかりの左近に込み上げるものがあって。
「……ごめん」
自分のことばかりで。
あなたに気が付かなくて。
辛いのは同じだったのに。
ごめんなさい。
自分ではしっかりしているつもりだったけど、多分たくさん、失敗だってしていたに違いない。
でも、そんなことには全然気付かなかったから、ずっと左近がフォローしてくれていたんだろう。
何も言わず、あやが立ち直る今まで。
待っていてくれた。
「ありがとう」
「別にいいさ。」
「寂しかった?」
左近は困ったように腰に纏わり付いたあやと目線を合わせた。
「…お前に抱きしめてもらおうと思ってた」
あやは左近の言葉を聞いてくしゃりと顔を崩す。
顔を左近の胸に埋めて、いっそう強く抱きつく。
「痛いぞ、あや」
「うん」
それでもあやは力を緩めない。
左近の声は柔らかくて、とても心に染みる。
月のない、こんな夜はいつも四人で身を寄せ合って眠る。
もう五年も前に始まった習慣は、望まない終息を向かえた。
「苦しいよ、あや」
「うん」
あやは顔を上げない。
言いながら左近の手があやの背にまわって、抱きしめる手は細かく震えている。
「あの馬鹿、最後まで自分勝手だ」
「…言ってやってよ、あたしたちには右近を詰る権利があるわ」
肩口に顔を埋めた左近が微かに笑う。
泣きながら笑う。
左近の心を表すには左近一人では足りないような気がして、あやは祁央の胸で散々泣いても尚、まだ溢れる涙を零した。
左近と二人で、長いこと泣いた。
泣きつかれて寝てしまうまで、ずっと。
月のない空を見たくなくて、互いしか見なかった。
心細くて、二人、手を繋いで眠ったその夜。
夢を見た。
夢の中でもやっぱり二人で泣いていたけど、そこには確かに無かった筈の月が二人を照らしていて。
それがまるで暢気に笑う右近に見えて、無性に腹が立った。
二人で月に向かって、八つ当たりをした。
大泣きしながら、文句をつけて、罵倒して、愚痴を言った。
月にはいい迷惑だったに違いない。
馬鹿みたいな自分たちの行動がおかしくなって。
そうして笑う。
やっと。
左手に入る力。
伝わる暖かさ。
月の下、あやは祈った。
どうか、繋いだこの手が離れてしまわないように。
もう二度とこの手を失うことがないように。
右近が大丈夫だと根拠のない答えを返したような気がした。
朝日の中、目覚めて。
左近と繋いだ手はそのままに。
間に割り込んで寝ている祁央を見つけて、左近と目を合わせて笑う。
夢の中と同じように、あやと左近は笑った。
右近はいなくて。
でも何故か暖かいものが胸の中に溢れて。
零れた涙はきっと悲しみのせいだけじゃない。
何かがわかった気がして、あやは顔を上げた。
左近がそれを眩しそうに目を細めて見つめる。
「左近、あたし行くわ」
もう失いたくないから。
足掻いて、足掻いて、運命に抗ってみるのだ。
左近の手があやの頭を撫でる。
いつか、そう言うと思っていた。
目を開ければ、きっとそう言うと。
左近は用意していた台詞を出来る限り穏やかに口にした。
「行って来い」
お前が選んだのなら、それが全てだ。
あんまり喋ってくれない左近の会話シーンは貴重。




