第4話 ポンコツの策略
「……な、何がやりたいの…あなた………」
───冷凍食品コーナーの、商品を
よく照らそうと光り輝く冷凍機能付きの棚の前にて。
長年死んできたと思っていた表情筋が歪な形で蘇生し始め、私の顔を引きつらせているのを感じていた。
「いやっあのね。あの、マジにね。
なんか、もっと凄いの出るかな〜って、さ?」
つい先程、淡く光る右手を、さながら最終兵器を持ってきたぞと言わんばかりに携え意気揚々、私の前に飛び出してきた少年。
その右手から放たれたのは…水道水のような、
あまりにちんけな放水であった。
止め方がわからないのか、掌からちょぼちょぼと水を発しながら右へ左へ首をかしげる青髪の少年。
本気で困惑している。
私も困惑している。
誰だって困惑している。
百歩譲ろう。
百歩譲って、その右手の光でなんか凄い力に目覚めそうだからと、意気揚々前へ出てきたのはまだ理解出来る。
それで実際右手を翳して、ぱぁと輝いて、出てきたのが、半端にノブをねじった蛇口から出る水のような勢いしかない水だけだとは……
本当に道化か何かなのかもしれない。
自分ですらその珍光景に戸惑ってるなら
最早ピエロだろうか。
「────テメェら」
「オレをおちョくッ゙てんのか?」
…一際早く、その場の困惑から脱した男は、
恐ろしく低い声色でそう零した。
〝バシャシャシャァァァンッ!!!!〟
───瞬間、右の棚が"爆ぜた"。
ガラス戸の棚の中の包装に包まれた"冷凍食品"群。
それらが一斉に急加速して、ガラス戸を破り、私達の方へと襲い掛かってきた。
「んなッ!?」
「ッず…!!」
反応が、間に合わない。
咄嗟に左手を盾にするも、ガラス片が皮膚を裂き、ビニール製の包装がまるでボクシンググローブの如く、皮膚に叩きつけられる。
鈍く鋭い、懐かしい痛みだ。
じんわりと、叩きつけられた場所から熱のような痛みが広がる…
……が、
あの缶程の威力は、ない。
数が増したからか、ともかくコケ威しだ。
「───こっちに!!」
そうと理解した瞬間、即座に少年の手を引っ張って、後ろへ飛び出した。
棚の端から裏側へ。
とにかく、全力だった。
ただ助けなければという想いが、鉛のような身体に喝を入れた。
もう無理だと悟らせるほど消耗していた体力が不思議と湧いてきた。
だから、棚と棚の間を縫うように、とにかく距離を稼ぐように。
ただ、ひたすら、走った。
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「────ぐぼえっあっ!!」
レトルト食品の強襲に身体が強張った瞬間。
俺の身体が吹っ飛んでいた。
思わずあの男の何かの力に襲われたかと勘違いした。
が、違った。
とんでもないパワーであの女に引き寄せられて、凄まじい速度で連れ去られたのだ。
そう理解するのに若干3秒は掛かった。
その間もその後も、あれよあれよと目まぐるしく変わる背景に動揺する暇もなく、そのまま地面に叩きつけられた俺氏。
クソや超が4個はつくぐらい痛い。
マジ痛い。軽く呼吸困難になるぐらいに痛い。
「と…とても言える状況でないことを
承知で言うッ…もう少し丁寧に俺を扱っても
いいんじゃないかなッ…!!」
「はっ…はっ……生きて帰れたら、
山程謝ってあげる…から、今は、
なんとかして…あの男をどうにかしよう」
「協力なしじゃあれから、
逃げることだって…難しいだろうから」
…そう言われ、ふと女の身体を見る。
この目まぐるしく情報の入れ替う状況だ。
そんな中で女性の体をじっと見つめるほど俺は狼でもない。
だからその変化にすぐには気づけなかったが…
…気絶する前に見た彼女よりも、
格段に身体の傷が増えていた。
青痣と擦り傷。
あの缶の強襲からなんとか逃げ延びたのだろう。
…確かに、念動力のような力を使う相手。
作戦があったって、一人では逃げるのも難しい相手だろう。
……なんだか、申し訳ないな。
「その君の、右手。右手で何か、
水圧レーザーみたいなの、出せない?」
「…お、おう。ちょうどさっきから
試してみてるんだが……」
手をグッパーと閉じ開きを繰り返して、腕の構えが悪いのかと上や左右に構えてみて、腰や脚の入れ方を変えてみたりして…
そこで気づいたことは主に二つ。
「手を握ると消えて、もう一度くぁって
構えたら出る。あと多分、かなりの量を出せはする」
「以上だ。すまん。ポンコツや俺」
「……質問を変える。
その水鉄砲と、エアガンと、君と私。
この四つであいつから逃げ延びる算段を
なんでもいいから30秒で考えよう」
当てにするだけ無駄だと悟ったような視線が痛い。
せめて能力だけはポンコツでありたくなかった…
が、しかし、"それ"にはもう心当たりがある。
「ああ、だが二つだけ訂正があるぜ」
「俺とお前と、
このスーパーマーケット全部で…それと」
個人的に人生でいつかは言ってみたいセリフランキングで上位に食い込んでいたそいつを、ここぞとばかりに深呼吸して、吐き出してやる。
「時間は要らねぇ」
「俺にいい考えがある」
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…時はほんの少し遡り、彗らの離脱後。
「────ッ゙ち、どォこ行きヤがっ゙たかねぇ゙…」
脱兎の如き速度で目の前からガキ二人が消えた男は、ただ憤っていた。
もろに顔面に入れたはずのあの小僧が生きていたことにも驚きだったが、それ以上にあの舐め腐った態度が、男の逆鱗をチクチクと刺激していた。
己と同じ【異能】に目覚められたときは思わず汗をかいた。
その上で出てきたものが、水道のそれにすら劣るほどの勢いしかない水だったこともまた、己が怒髪天を掻き立てている一因となっていた。
だからこそ、それと同時に。
未だ"狩り"の邪魔になりはしないとも思っていた。
高を括っていたのだ。
ともかく奴らを見つけ出し、今度は骨の一本でも折ってやろうかと、怒りを忘れるように策を値踏みながら、ともかく奴らの後を追いに行き…………
「………あ゙?」
思いの外早く、それは達成されることになる。
聞こえた足音。
早く元気な、手負いの人間からじゃないそれに
男が気付くと同時、目の前の棚の端から
躍り出てくるは、あのパーカーのガキ。
「へッ、なンだい。わざワざ死ニに────」
嘲笑い、殺してやろうと手を伸ばした瞬間、男は異変に気づいた。
目の前のガキが、何かを携えていることを。
あのアサルトライフルではない。
左手で柄を構え、右手を思いっきりゴムを引き抜くあの構えは、アサルトライフルじゃない。
一昔前の、男の少年時代でも既にそう多くの子供は遊んでなかった玩具……
パチンコだ。
「───随分、ダウングレードしタな?」
なんてツッコミを言い終わるが早いか、"ピュンッ"と飛来するパチンコの射撃物。
半ば条件反射だった。
幾度目かの光景、手に持つ缶ビールがやはり独りでに加速し、
正確無比にパチンコより放たれたそいつへ真っ向から飛来していく。
生き物のように…男が缶ビールを操っているというよりも、缶ビール其の物が、意志を持っているかのように。
それがいけなかった。
"パリィィンッッッ!!!!"
「なッ────!」
放たれた飛来物と缶ビールが接触した瞬間。
甲高い音を響かせながら飛来物が"砕けた"のだ。
飛来した慣性により、割られた投擲物から男へと振りかかる"粉塵"を残して。
男もバカではなかった。
その光景を前に、"毒物か"と咄嗟に口元を覆う迅速な判断をしたのは、考えうる中で最善最速の選択肢だったことだろう。
「……ッ゙が、あ゙あ゙あ゙あ゙ッッ!!!!!」
だが、その最善の選択肢を取ったはずの男の目に、ジュッと焼けるような痛みが襲った。
この赤い煙幕は、毒物なんかじゃなかった。
なんたって彗のパチンコから放たれたそれは、単なる調味料を入れた日用消耗品の瓶に過ぎない…
「こ、ぃ゙ツは……」
「"唐辛子"ィッ…!?」
誰しも一度は目にしたことがあるだろう。
あの瓶入りの"一味唐辛子"の刺激物らが、
男の目に侵入して暴れ狂っているのだ。
「クソ、クソックソッッ!!!
ふざ、フッざけやがッ゙でッッ!!!」
両目を抑え、身悶える男。
痛みにより制御が狂ったのか、或いは視覚が潰れた中でも彗を殺そうと躍起になったのか。
缶ビールが左右上下、奇っ怪な軌道を描いて、"ガンガンガンッ"と棚と天井と地面を蹴散らしまくる。
幸い本人の狙いが定められない以上、運動神経の悪さに定評のある彗とて躱せないものじゃない。
間一髪と言ったところでその缶の蹂躙から逃れて。
なんならば。
その音を引き金として、呼び水のごとく……
"ドン………"
"ドン、ドン…"
"ドンドンドンドンドンッッ"
異音は、連鎖する。
男の背後の棚、その奥の奥から始めのそれは鳴った。
何かが何かにぶつかるような鈍い音。
それが連鎖的に、どんどん男の方へと近づいていく。音の感覚を狭め続けながら。
そして遂に、音が男の背面まで迫った瞬間。
「なァ…ッめ゙、ャ゙がッッてえ゙え゙え゙!!!!!」
激情に駆られ、暴れる缶を迷うことなく、音の方向へと叩きつけんばかりに男が向かわせたのとほぼ同時。
男の背の"棚"が、男の方へと倒れ込んでいた。
〝ガァァァンッッッッ!!!!!〟
快音響かせ、ぶつかり合うは缶と棚。
本来ならば理から逸脱した缶のパワーで他の棚達同様、訳なく吹き飛ぶ筈だった棚は……
しかし。
"……ゴゴゴゴ……!!!!"
「ッ!?」
ほんの一瞬、棚の倒れ込みを止められこそはしたものの、それがあってなかったかのように棚はまた再び動き始めていた。
"吹き飛ばせなかった"。
あれだけ軽々しく、棚や彗やらなんやらを蹴散らしていた、あの缶が、この棚だけは。
「──────ナん……ッづゥゥゥゥ……!!!」
動揺と苦痛により筋肉が固まっていた男の身体は、そう時間をかけることなく、缶と共に棚に押し倒された。
その苦痛に更に身悶え叫ぶ…なんてことはなく。
むしろ痛みにより思考が晴れたのか、男はやけに冷静に思考を回していた。
(───畜生ッッこいつら!!!
そういうことかッ…!!クソッ゙!!)
「"ドミノ倒し"でッ質量をッ゙……!!!」
その中で至った仮説。
瞼を無理矢理こじ開けて、赤く充血する眼で己の上に倒れ込んだ"幾層もの"棚を見やる。
彗のパチンコ一味で目潰しを担っていた僅かな時間。
恐らくその間に、身体能力に優れる彼女が最奥の棚まで回り込み、押し倒したのだ。
倒れる棚は隣の棚を巻き込んで倒壊を連鎖させ、棚何枚か分の質量を伴いながらに男へ襲撃。
缶による迎撃を、棚数枚分という質量の暴力で押し込みながら叩きつけたのだ。
……男は、身をもって痛恨していた。
最早状況は変わりつつあることを。
己の認識を改める必要があることを。
状況は最早、"狩り"から"戦"へと、変容しつつあることを。
「─────はッ゙ハはッ」
「嬢ちャん、ガキ。いイぜ。認メてやる」
「オマエらには、
"見せる"ダけの権利が…あるッてこトを」
⋯⋯先程までと打って変わって、殺意が並々溢れんものになった瞬間。
幾層にも男の上に倒れ込んだ棚が。
いとも容易く、"持ち上げられた"。




