第3話 敵とチカラ
「……動けるか、お前」
「逃げるぞ。多分…相手は、バケモンか何かだ」
伏せから立ち上がりながら、小声で女に退避を促す。
冷静にだ、冷静に状況を振り返ろう。
目の前の男は、スーパーの壁を…いや、その後ろの、さらに後ろの…様々な建物の壁を"ぶち抜いて"、俺らにまで迫ってきた。
到底人間業じゃない。
爆薬使ったってもう少しペースは遅いだろ。
「……ノープロブレム。というか、私のことを
考える前に、自分のことを考えて」
青白い顔で、女も応える。
反応からして、恐らくあれが彼女を追っていた奴か。
逃げねば、殺される。
漫画の中の三流不良のような台詞とは裏腹に、確かに相手はそれだけのことを言える"何か"がある。
人並み外れた腕力か、はたまた──────
「そォ゙れ、逃げねェと」
「潰れちまうぞォ゙!!!!」
───考える時間すらくれず。
スーパーの壁をぶち抜き、
俺達の目の前に現れた漢。
そいつはブラッと、フォームもクソもない
投擲ポーズをしたかと思えば…
手に持つ缶ビールを、投げた。
ふわっと軽く飛んだ缶は突如として…
突如、として………
………
……どこいった?
「──"避け"ッ」
〝────ギャアアアアッッ!!!!!〟
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
────私は、見ていた。
男が投げた缶が、放射線を描いて飛来した最中。
突然、とんでもない"急加速"を開始した。
タネも仕掛けも、恐らく無い。
本当にただのビール缶が、不意に自ら加速したのだ。
目が良い私でも捉えるのがギリギリな程の速度に。
脊髄反射だった。
すぐに"避けて"と言おうとしたが…遅かった。
尋常じゃない加速力を得た缶は、
弾丸のように、一直線に男の子の顔へ…
叩き込まれた。
「ふごべッ」
変な声を上げて、後ろへぶっ飛ばされた。
まともな受けも取れずに直撃。
…あれは、暫くは起きれないだろう。
心配しない訳はない。
こんな滅茶苦茶な状況の中…ちょっと色々変だったとは言え、初めて、私に、なんてことない態度で接してくれたやつなのだ。
が、自分としても、右腕がやられてる。
さっき知り合ったばっかの他人を見殺しにするのはさぞかし夢見が悪いだろうが、自分のことを考えろと言ってあれなのだ。
自己責任って、やつなのだ。
…そう考えろ。切り替えるんだ。
じゃなくちゃ私まで殺られるぞ、私。
「……最近の若ェもんは、
歯応えッてェ゙のが欠けてるね」
───視界の端から、缶が揺れた。
「ッ」
即座に地面を蹴り抜いて、右後ろへと跳躍する。
瞬間、"ビュンッ"と、頭の前をビール缶が飛来した。
液体が並々入った缶程の大きさの物体。
それがこの速度で急所に叩き込まれれば、
死ぬとまでは行かずとも、身動き取ることは
恐らく出来なくなる。
「お、さッきのガキよりは動けるじャね〜の
嬢ちャん。何々?部活でもやッてたくち?」
「……空手、を、ずっと」
「……ハッ、ハハ!!!いやァ、イイね。
若いッてのは馬鹿真面目に応えてくれるからァ…」
「おぢさん好きよ、そォいうの」
ケラケラ、バカにするような笑いをして、日用雑貨の積まれる棚の上に着地する私を見る男。
……大丈夫。大丈夫だ。恐怖心は、削がれてきた。
相手は、何か異様な力を使うといっても、人間だ。
たぶん、人間のはずだ。幽霊でもなければ化け物でもない。
大丈夫。人間。
あの男の子の"逃げるぞ"という言葉が目標となって、今の私の脚の重りをほんの少し、削ってくれる。
生存本能が、欠片も残ってない体力を奮い立たせる。
「──潰し甲斐、あるからなァ゙」
視界の端で、あの缶ビールがまた動く。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「…あ……ッづぅぅ………!」
目が覚めた。と童子に、顔面に走る鈍痛が、目覚めを早々中々最悪な物にする。
余りの痛みに手で額に触れて…濡れた感触。
見てみれば、血が…どこかで擦れて、出血したのか。
視界の端には、ひしゃげた棚にかざられている色とりどりの玩具達…玩具コーナーに、どうやら俺は居るようだ。
束ねられ、俺を中心に窪んだ棚の中にいる。
──何をされたか、ぱっとはわからなかった。
投げられた缶が消えてからの記憶がない。
…だが、物理的に頭から血が抜けてくると
中々冷静になってくるもんで。
一見意味不明なこの一連の状況…
しかし、重度のアニメオタクたる脳で文に書き連ね、それを重度の漫画オタクたる脳で解析してしまえば、見えてくるのはバトル漫画のお約束。
「……"缶を操って、視認できない速度で
俺の顔面に直撃させ、ぶっ飛ばした"」
「…って、訳か……」
「えっ超能力?」
言ってて、"自分は馬鹿か"と本っ当に思う。
あれほど焦がれて、あれほど無理だと、悟ったのが俺自身だろう。
寝ても覚めても異能力なんてのは目覚めないんだと。
…だが、実際、どうだ。
目に捉えられない程の速度に缶が達するなんて、
それで人をぶっ飛ばして気絶させるなんて、
仕掛けがあったって厳しい筈だ。
なんらかの超能力だと言われた方がまだ納得行く。
…ああ、思い返せば、最近は異様なこと続きだ。
「声」に、人気のない街に、荒れた店内。
訳あり少女…はまぁ置いておくとして、
極めつけは壁をぶち破って缶操るガリガリのおっさん。
異様なのだ。
あの「声」が聞こえた時から、"全て"が。
「……」
…なら。
今のとこ、俺の周りの"全部"が異様ならば。
もし、もしも、もかしたら。
絵の具を垂らされた水みたいに。
「俺自身も、"異様"になってんじゃ───」
───その思考に辿り着いて、言葉を発したと
同時に、俺は気づいた。
その、"右手"から発する、『答え合わせ』に。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「────はっ……はっ……」
…ひんやりとする、冷凍食品が入れられたガラス戸の棚に背を持たれ、音を殺して息を吐く。
身体中、缶を避けきれず折った擦り傷だらけ。
だめだ。"逃げられない"。
缶が、余りに凶悪すぎる。
言うなれば、射撃した瞬間、弾丸の速度で弾丸と一緒に移動する"狙撃手"。
避けて距離を取ろうにも、弾丸以上の速度で
動けなければまた迫られて撃ち抜かれる。
しかも、男の様子からして、
これでまだ、おそらく余力を残している。
あまりに分の悪い隠れ鬼ごっこ。
一度食らってしまえば、食らい続けてしまえば、
いずれ取られるのは…
「……はァ゙、10分と持たなかッたか。
好みだったんだがなァ、嬢ちャんとの鬼ごっこ」
ため息をついて、肩透かしかとで
言わんばかりの言葉が物静かな店内に響く。
足音が、練り歩くように近づいてくる
「……ここで、おしまい、か」
不意に、声が漏れる。
布団にくるまって、震えていた時よりも死が近くに来ているというのに、不思議と恐怖はあの時よりも少なかった。
足掻けるだけ、足掻いて、無理だった。
もう、怖がる気力すら残っていないらしい。
悔いがない訳じゃない。
けど、"それ"はもう諦めた。
死にたくないけど、もういいや。
────ああ、唯一、あれだけ。
あの男の子、起きて、逃げ切れていたら…
…いいなぁ。
「 見 ィ つ け 」
男が、棚の端から、顔を出して───
〝 ───ズダダダダッ!!!!! 〟
「だ────ッでぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙!!!!」
───その顔面に、十数発の何かが
飛来し、めり込んで、男が蹲っていた。
……
………?
何が、どこから、飛んできた?
「───ひゅ〜〜⋯⋯やっぱエアガンは
本場のガスブロに限るな!!
ガスブロの本場なんて俺知らねぇけど!」
棚の向こう、男が顔を出してきた方とは逆のそこから、声が聞こえた。
ついさっき聞いたばかりの、
聞き覚えがつききってすらいない声。
青髪の少年が、アサルトライフル状のエアガン片手に、得意気な顔をしていた。
「………あんた、正気、なの?」
「おう。ばりばり正気だ。
別に、これ多分立派な正当防衛だし、
こいつもそこまで威力の高いもんじゃ───」
…この、飄々とした、とでも言うのだろうか。
先程までなんてなしに聞いていたが、
この態度に、なんだか無性に腹が立ってくる。
「──私を置いて、一人で逃げれば、
それだけであんたは生き延びれた。
なのに、なんで、殺されるかもしれないのに」
「戻ってきた……!!!」
男は、まだ動く私に執着していた。
あとで殺せばいいとでも、或いはもう殺ったからとでも思っていたのかもしれない。
それは起きた瞬間、自分自身が死んでいないのを見れば、追いかけられないことを見ればすぐに分かったことだ。
なら、そのままさっさと逃げればよかった。
他人の生き死になんてどうでもいいだろう。
自分の命さえあれば、それでいいだろう。
少なくとも、私なら、そうした。
「……その嬢ちャ゙んの、言う、通りだぜェ゙…
しかも俺に攻撃したッ゙てのがよぐ無がッた、なァ゙」
「ブッ゙殺してやる」
エアガンで怯んで、痛みが引いたのだろう男が立ち上がる。
額には血管が浮き出て、赤羅様に殺意が増した。
本気を出される。
出されなくとも、死にかけたのに。
「…なんで戻ってきた、か。
んなもん、理由なんか一つに決まってるだろ」
「別嬪さんな女を見捨てて、
男がいい夢見れるわけがねぇからだ!!」
そんな男に立ち向かうように、スタスタとエアガンを左手に、明かりを右手に、私の一歩前まで歩み出るこの男。
曰く、女を見捨てると夢見が悪いから。
「………ふざ、ふざけッ」
…見捨てると、夢見が悪いから…?
巫山戯た理由だ。
自ら復唱していて、怒りが湧いてくる。
もし今、満足に動けたなら、迷うことなくこいつを殴っていただろう。
そんな私の怒りを遮るように、言葉は続く。
「…俺だって、別に死にたいわけじゃねぇよ。
まだまだやりてぇことだってたんとある」
「友達は100人は作りたいし、彼女も持ちたい」
「一刻も早く平和な日常に戻って、
俺の優雅な休日を満喫し直したい」
「なのにわざわざ、"無策で"帰ってくるなんて、
それこそバカも極まれりってもんだろ」
「……くッくくッ…はッはァ゙!!!!」
「こいつはウケだぜ!!なァ嬢ちャ゙ん!!!
このオレに!!その豆鉄砲よりも役に立つ
"何か"を持ってきたんだってよ!!!」
「さっきの缶すら見切れねェ゙ガキが!
さぞかしとッておきの秘策でも
持ッてきたん、だ…ろう……」
───男の威勢が消えた、その時だ。
私も、"それ"を認識したのは。
「…………おい、まさか、
"まさか"、じャねェだろうな」
初めは、こいつが、何か右手に明かりでも持ってきたのかと思っていた。
けど、違う。
右手には何も持っていない。
右手そのものが、淡く、水色の光を、発していたのだ。
「────お前もォ゙…使えるのか……」
「【異能】が………ッ!!!!」
「───見せてやるよ。
そんなガキの、とっておきを───!!!」
こいつの…彼の想いに応えるように。
右手の光は、留まることなく強く輝く…!!
「"異能解放"ッ!!!!!」
「喰らえッ!!アルティメットォォォ!!!!
オォォォォォバァァァァァァ!!!!!!」
「バァァァァァァッッッッッスタアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!」
───そんな右手を男に翳して、彼は叫び。
光は、私たちの視覚を白一色に染め上げて────
"チョロチョロチョロチョロ…"
────次に聞こえたそれは。
視界が晴れて、この場の全員が見たそれは。
翳した右掌から漏れ出るように、
放射線を描いて放たれていた…
……なんとも頼りない、水であった。
「………俺の能力」
「もしや…ぽんこつ?」




