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酔狂止明  作者: 大いなる林檎
第Ⅰ章 着水
6/6

閃光、瞬く

「はっはっはっはっ…急げ急げ!!」


「あいつがどのタイミングで

抜け出すかまではわかんねぇ!!!」



タッタッタッとテンポよく、大理石を

彷彿とさせる白いピカピカの地面を駆け抜け、

スーパーマーケットの出口目掛けて一直線に

走る俺は、自分で言うのもなんだが昂ぶっていた。


オペレーション・赤雲…もとい、

"一味飛ばしてありったけの棚による拘束

大作戦"はなんともまぁトントン拍子に成功した。

建築ゲーの素材をかき集めるダンドリの

良さが幸いなことにヲタク脳と合致したんだ。


生まれてこの方戦略が絡む系のゲームは

敬遠していたが、もしやそこにこそ

我が天賦の才は眠っていたのではないか…と

震えている。震えながら走っている。


なんてたってあの人知を超えた力を

持つ男に対して一泡吹かせたのだ。

胴上げしたいしされたいぐらいには

喜びたいところ…だが、



「⋯⋯⋯⋯うん、急ごう」



アサルトライフルのエアガンを託した、

共に走るあの女性の顔色が一向に晴れない。

ああ、俺自身だってそうだ。


唯一の懸念点、会敵当初のあの光景。

鉄筋コンクリはまず使われているはずの

店の壁をなんとも容易くぶち破ったあの力。


どういう訳か…恐らくは子供二人に

舐めプをしていたんだろうが…それ以降は

俺たちにその力を使う様子は見れなかった。

だが、ここまで追い詰めて

使えない訳はないだろう。



(逆上でもされてあんな力を使われれば

人間なんて容易くひき肉と骨粉の

混合物に変えられちまう)


(とにかく混乱でピヨってる内に

出来るだけ距離を────────)



そう思いながら、とにかく目の前の

自動扉の前まで俺たちが走ってきていた…


その時だった。



"ビュッ────"


〝──ドゴォォォオオオオオオ!!!!!〟



何かが頭上をかすめたと認識した瞬間、

目の前のドアから爆煙が上がった。


否…目の前のドアに、俺達の後ろから、

何かが飛来してきた……?



「……やられたね。中々、あの男も頭が回るらしい」


「大型家具でのバリケードとは…参ったね…」



飛来物が晴れた先の光景に、思わず女性が

乾いた声で言葉を零していた。

俺も目を丸くしていたかもしれない。


ガラス製の自動扉に突き刺さるように

積み上げられたタンスや机やクローゼット…

比較的デカい家具の残骸の山、バリケードと

言うだけに値するものが作られていた。


とても通れる状況じゃあ、ない。



ほとんど同時に俺達は後ろを振り返って…

だがそこには、誰もいない。なんの変哲もない、

さっきと同じような………


いや、違う。



「…光が、ない?」



そこの区画だけ電源を落とされたかのように、

向こう側、家具コーナーにあたるそこが若干

薄暗く…光源が消されていた。


妙な胸騒ぎが肺を埋め尽くして、

息に不安が宿って重くなった。



瞬間。



"─────ビュッッ"



その家具コーナーから、何かが…

いいや、こんな状況で空を走る

物体なんて一つしかない。

あの缶が、跳ねていた。


字面で見てこそ、素面なら

鼻で笑っちまいそうな

パワーフレーズの羅列だが、

全身の穴という穴から冷や汗を

吹き出させるには十二分すぎる光景だった。


⋯⋯⋯が、



"⋯⋯⋯パパパパパパパパリリンッッッ"



様子が、おかしい。


缶は凄まじいペースで空中を跳ね回り、

店内の"照明"を次から次に割っていた。

俺達には目もくれず。


一味をぶち込んで躍起になっていた時とは

違う。明らかな目的を持って照明を

破壊している。凄まじいペースで

明かりを消している。


店内に、闇が侵入し始める。



(何か、まずい)



そんな目の前の光景に、

言いようのない違和感を抱いていた。


わからない、わからないが、


これ以上ここに留まるのは、


不味い。



「少年」



という刹那、隣のやつも同じ結論に

至ったんだろう。女が手を握った。


いやぁなデジャヴが脳裏をよぎった瞬間、

思わず身がこわばって…



「逃げ──────」



そのままグッと凄まじい力で引っ張…られは、

しなかった。逃げようと女が踏み込んだ先、

背中からひょっこりと覗いてみれば…

あの男がいた。



「なッ…ん、だって……!?」



…男がいた?おかしい、居るはずがない。


だってこっちは、こいつを棚で押し潰してから

全速力で走ったんだ。なのになんで、

息も切らさず、"俺達の進行方向上"に

立ってやがる………!?



「よゥ…嬢ちャん、ガキ」


「お前ら中々アタマ回んノな、

おジさん思ワず感激?しちまッ゙てよォ…

だから、見せテやるコとにしタんだ」



「……何をだよ、曲芸でもしてくれんのか?」


「ハッ、そいつも悪かァねェ゙だロうが…

もッ゙ッ゙と、良いもんだぜェ゙────」



───缶が迫る。照明は割れ続ける。

一言一句が俺達の間を行き来する間に、

店内はどんどん黒に塗り潰され続ける。


退路は潰された。どかすにしても

他の出入り口を探ろうにも、男の

足止めが効かないこの状況で

逃走は現実的じゃあない。


やるしかない、戦うしかないのだ。

どうにかこいつを再起不能にしてから、

行方をくらますしかない。



(見せてやるという発言に、この缶の挙動…

"暗闇"が、関係している…のか?)



客観しろ、戦略を立てろ、大丈夫、

大丈夫だ。一度は通ったのだ。何も

バケモノじゃない、向こうも人間なのだ。


理念の通じない力なら俺もある。

水鉄砲クラスのものでも、あいつだけが

異常なんじゃないと言うことを立派に示している。


コンクリ粉砕がなんだ、やってやる。



「───やる気なんだな、少年」


「…!……ああ、てか…すまねぇな」


「結局こうなるんだったら、拘束したときに

なんでもいいからトドメを刺すべきだった」



振り向かず、男と相対したまま

小声で話しかける女。小声で

相槌を返す中で、結局こうなるんならと

申し訳無さが滲み出ちまう。


訳わからんやつの策に頼ったら逆上されて

逆境なんて恨まれたっておかしくはない。

それも未来ある若者の女性ならば…



「…反省なら、墓場でいくらでも言える。

今はとにかく、耐えて時間を稼いで、反撃の

策を練り上げることに注力して」


「何かあっても、私が守るから」


「……わぁった!」



…なんて言ってる時間もねぇんだったな。


どんな形であれ、人が頼ってくれているという

状況に俺の頭脳が回転を始める。ここで

踏ん張らなきゃ漢が廃るってもんだ。


淀みなく、余計な思考もなく、

どうするかをひたすら考える。



額に流れる血と汗の混じったそれを拭い去った時、

気づけば暗闇は最早俺達の周りにまで

侵食し終えていた。


来る暗闇に少しでも目を慣らそうと、

目ん玉を可能な限り細めて…



"─────パリンッ"



───さほど時間も要さずに、

最後の、頭上の照明を、缶が割った。



(視界は…大丈夫、ギリッギリ付近の

輪郭がわかる程度には確保できた)


(これ、なら────)



瞬間、俺の体を、"浮遊感"が襲った。



「───────」


「は?」



素っ頓狂な声が思わず溢れてしまった。


まて、まてまてまてまてッ。

なんで俺が"浮いてんだ"!?



「……どうしたんだ、しょう、ね…!?」


「…空を、とん、で…!?」



女も気づいたみたいだ。


俺の超能力の新たな覚醒…なんて

訳はないだろう。さっきと違って

あまりにも脈略がなさすぎる。


条件反射で、身動きしようと

腕や腰をひねろうとして…


そこでようやく理解した。

今の俺は、何かこの暗闇のなかに酷く

溶け込んだ"もの"に"掴まれている"ことを。


動けないッ、がっしりと捕まえられている!!

腰を、胴体を、腕を、まともに動かせるのは

足と首だけッ!!!!



「ハッハッハァ゙ァ゙!!!!!

あッ゙けねェ゙なガキンチョ!!!!

そウ!こいつが俺ノ【異能(ちから)】ッ!!」


「冥土の土産に教え゙テやるよォ゙!!!

念動力でモポルターガイストでもねェ゙!!!

"暗闇ニ潜む獣"を扱う力ァ゙!!!!!」



「そレこそがこのッ《カリウド》だァ゙ァ゙ァ゙!!!!」



「⋯⋯⋯狩、人……」



やけにテンションの高い言葉の羅列を聞きながら、

バタバタと藻掻く俺の抵抗も虚しく、見えぬ獣と

やらによって男の頭上にまで持ち上げられる俺。


ああ、クソッ、だったらどの道

八方塞がりだった訳じゃねぇか。

外はもう夜だ、自殺行為だったんだ。


それでも俺らを止めたのは…狭いフィールドで、

確実に、俺たちを殺す為なのか、どうなのか…

もう、それすらどうでもよくなってきた。



"⋯⋯⋯ギチギチギヂギヂギヂ"


「あがッあ゙っ゙が…!!がッぁ゙ア゙…!!!!」



さっきからずっと、少しずつ

絞め上げられ続けてるせいで、


うまく、息が、出せてねぇんだ。



──────────────────────



「……ッやめ、辞めろぉッッ!!!!!

離せッ今すぐその少年を離すんだ!!!」



異音が鳴って、ようやく我を取り戻した。


咄嗟に、手に持つアサルトライフルの

照準を構えた。玩具を構えたって脅しにすら

ならないと分かっていても、

居ても立ってもいられないのだ。



「そォの頼みは受け入れらんねェ゙な、

嬢ちャ゙ん。お前達はもう"獲物"じャねェ。

真摯に向き合ウべき"敵"なンだからァ゙」



帰ってきた、当たり前だと言わんばかりの

返答と共に、瞬き一つの間に銃身がひしゃげた。


黙らなければお前もこうだぞと言わんばかりに。



「ェえ〜なんだッたか、ほら、

少年漫画でモ良く言ゥじゃん?」


「全力を出スに相応しい相手ッてよ」



「テメェ゙らは!!もウ!!!!

そうなッ゙ちまッ゙てんだよォ゙ォ゙!!!!!

オ゙じさンが!全力で!グチャグチャ゙にする!!

"敵"にッなッ゙ちまッ゙てんだよォ゙オ゙!!!!」



"────ミギッ──グギッ────バギャ──"



「がぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「辞めろ!やめてくれ!!頼むッ止めてくれ!!」



絶叫が店内に木霊する。懇願以外、

どうすることも出来ない自分があまりに惨めで、

目の前で確かに私の窮地を助けてくれてた

年端もいかない少年が蹂躙される様を、

見てやることしか出来なくて。


"⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯"


行き場のない感情が、

握った拳に爪を食い込ませる。

溢れた血が地面に滴る音がする。



邪魔者(ガキンチョ)の血を浴びテからッ思う存分

仕切り直そうぜェ゙!!!嬢ちャ゙ん!!!!」


「俺とオマエだケの鬼ごッこを!!!!

朝が来るマでなァ゙!!!!!!!」



"⋯⋯⋯⋯⋯ドクン………"



今の今まで感じてた恐怖が、己の

不甲斐なさに感化される形で一斉に翻る。


あの少年の道化のような言動で、

誰かが側にいてくれたおかげで生まれた余裕が、

目の前の男を他でもない人間だと認識させてくれた。



「──────るな……」



"⋯⋯⋯ドクン…ドクン……"



「……ふざけるな」


「…ァ゙?」



目の前の、クソを煮詰めたような外道に対して、

逆鱗を逆撫でされる感覚を覚える。


久しく忘れていた感覚。いつぶりだろうか、

私が正義なんてのを語るのは。



「ふざけるなッ。その命は、

お前が無責任に弄び、途絶えさせて

いいものじゃないッッ」


「その覚悟は、お前なんかが

踏み躙っていいものじゃないッッッ」



"ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…"



「⋯⋯じャ゙あどうするッて?

逃げ惑うこトしか出来ねェ゙甘ちャ゙んが、

一体俺なんカをどうする気だッて?」


「冗談モ休み休み言ッてくれよ。

お前まで癇癪でブチ殺しちまうじャ゙ねェか」



───拳が熱い。滴り滾るこの血が、

沸騰しているかのような感覚を憶える。


今の今まで雁字搦めにしがみついてた

倦怠感が、重りを繋ぐ鎖が断ち切れたかの

ように消え失せていく。



「法も、世界も、神すらも、世界に蔓延る

悪に鉄槌の罰を与えないんだったら───」



〝ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンッッッッッッッッッッッッ〟



心臓がうるさく高鳴る。


けれど、不思議と、


不快感はなく、全能感が溢れ出ていた。




「────やってやる」


(わたし)が、(おまえ)を、打ち払う!!!」




その、刹那。



















(────きれい、だな)



俺は、見た。


激痛にかられて、意識ももう落ちちまうって時。


まるでそこに太陽が現れたかのような、

俺の時とは比較にならない、閃光を。



「────()()()()かよッ゙!!!」



男がそう叫んで、俺を空に拘束していた

獣の圧力も消え失せて、ふっと重力に従って

身体が真っ逆さまに落ちだした時。



〝バッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!〟



──閃光が散り失せ始めた瞬間に発した、

とんでもねぇ轟音が、俺の鼓膜をぶっ叩いて、

凄まじい風圧が肌を荒々しく撫でまくって。


その次に来るだろう頭からの盛大な着地に

身構え…しかしその予想はふっと姫様抱っこで

キャッチされたことで裏切られた。



「───大丈夫か!?少年!!!」



そう声をかけたそいつは、間違えるはずもない。

確かにさっきまで一緒に逃げていたあの女で…

だが、明らかに、さっきまでと様子が違っていた。


全身を包む淡い朱色の光…所謂オーラって

言うんだろうそれを、俺の目か脳みそが

なんらか機能が狂ってない限り、

その女は纏っていた。



「⋯⋯⋯あ、ぁ…た、ぶん、大丈夫だ。

多分骨も折れてはないという。ヒビが

入ったかまではわかんねぇけど」


「そっか…なら、とにかく離れに。

策を練ってくれ、得意なんだろう?」


「その間のことは任せてくれ」



「───今、久しぶりに、調子がいいんだ」



そっと地面に俺を置いて、俺と同じように、

異能(ちから)】に覚醒めた、

朱く光る女…彼女は、翻った。



「⋯ざッ゙けんナ……!!!《カリウド》ごと

おヂさんをブッ飛ばスなんて、どんな

膂力(パワー)してヤがるッッ!!!!」



その先…いつの間にか作られていた

棚の山が吹き飛ぶ。恐らくいるだろう巨大な

《カリウド》と、そう呼ばれる獣に抱かれた男が

その下から這い出てくる。


…そうか、こいつら"ぶっ飛ばされたの"だ。

あの光り輝いた次の瞬間に、俺を拘束から

解き放つ為の女から強烈な一撃を受けて…!!


だが…推定巨体だろう《カリウド》ごと

吹き飛ばすような一撃を食らって尚、

男は無傷を保っ…いやッ違う。暗闇で

わかりづらいが、男の腸。そこに確かに、

服越しでもわかるほどの打撃痕が…!!



(すげぇ…!あいつにまともな手傷を…!!)



「───どんな力を、か」


「こんな力さ」



瞬間、彼女の姿が消えて、



「ざッ゙けろォ゙!!!!」



衝突音が、響き渡る。

ぶつかった。闇に潜む怪物と、

朱の彼女が、真っ向からの全力勝負。


夢物語だと軽んじていたが、

もしかしたら、これなら────



──────────────────────



────なんて、彗の淡い期待に

暗雲が掛かるのには、10秒も掛からなかった。


〝ゴビュゥゥゥゥン!!!!!!〟


闇が繰り出す右からの薙ぎ祓い。

棚を蹴散らしながら迫るそれを

女は左腕を盾とし受け止め、

カウンターで回し蹴りを叩き込む。



"ゴッッ"


「ずッ」



その一撃は確かに闇の怪物を怯ませ、

確かにノックバックをねじ込んだ。

その上で怪物は、彼女の腸へと

さっきとなんらかわりない

威力の一撃をねじ込んでいる。


このやりとりに1秒かかるかどうかの

高速の戦闘。その中では確かにあらゆる

面で女が有利を取っていた。



〝ゴッドゴッバガァァァ!!!!!〟



彗が見てきたどんな格闘家よりも遥かに

重く速い拳と脚。数秒で十数発が飛び出す

敏捷性はオーラが出現する前と後で

数倍以上の向上を見せていた。


まともな反撃を食らっても怯む様子すら

見せない…あのオーラが耐久面を含めた、

()()()()()()()()()()()()()()()()しているのだ。


女の異能が"身体強化"であることは、

誰の目から見ても明らかであった。


シンプルイズパワーな、この土壇場には

うってつけの力。それに加え、

蛍光灯レベルで僅かながら発する

纏うオーラの"光"に怪物が若干ながら

怯む様子を見せ、満足な身体能力を

発揮出来ていない。



にも関わらず、状況は

均衡を保ったまま…いや、



〝─────ズグォォォォォ!!!!、〟


「───ッッかは……!!」



むしろ"有利を取っているはず"の

女が……追い込まれていた。


主に2つ、致命的な要素が

《カリウド》には存在していた。


どれだけ殴りつけようと、どれだけ

苛烈な一撃をねじ込もうと、《カリウド》の

勢いの一切は衰えることを知らなかった。


獣側を叩いてもダメージが入らない、

蓄積しない。まるで意に介さずに行動を

取れるのだ、この《カリウド》は。


その上───────────



「こんッ…の!!!!!」



繰り出される2本の"触手"に対して

女が両拳を叩き付け、弾き返す。


その瞬間にはもう、"3本"の触手が

一つにまとまり、まるで拳のような球形を

作って、繰り出されていた。



「ッ゙ッ゙」



間一髪、その触手拳へ膝蹴りを真っ向から

叩き込んで威力自体は相殺し切る…が、

束ねられ、底上げされた触手同士の反発力が

その相殺を受けた上で─────



〝バガァァァ─────!!!!!!〟


「─────かはッ…ぁ……」



女を、向かいの壁まで吹き飛ばした。 


《カリウド》の形状。それは一言で言うなら、

さながら"毛むくじゃらの巨大なタコ"という

べき風貌だったというのも要因の一つだろう。


単純に動かせる四肢(しょくしゅ)の数が違う。

人の2倍である8本、その上、その筋肉には

人よりはるかに優れた弾力性が伴う。


言うなれば全身にバネが仕込まれているようなもの。

強烈な一撃で殴れば殴るだけ、より優れた

踏み込みで耐えようとすればするだけ、

その反発で殴った耐えた側に負荷が入る。



いかに彼女の【異能】が優れた力であり、

有利を取れていても、それだけで覆しきれない

"相性の差"が存在していた──────



「───くクッ、どンな並外レた力を

見せテくれルのかと思ッたら…

絶好調ッてのも大シた事はなかッたみてェ゙だな」



《カリウド》の主たる男はそれを理解していた。

故に獣の影に隠れ、嘲笑い、挑発し、

女の攻撃を誘い、それを的確に狩らせる。


合理的な作戦、本気で殺しに行くという

宣言は強ち間違いでもなかったようで。



「───あ゙、ぁ…確かに、そうだな。

どれだけとてつもない力に目覚めても、

ブランクには抗えないみたいだ」


「カッコつけたのに、申し訳が立たないよ」



「ハッハッハ、嬢ちャ゙んは素直でイイなァ…!

どうスるよ!その力ならモしかすれバ

オヂサンからも逃げられ───」



「──なら…いいや、だからこそ」


()()()挑む訳が、ないだろう」



"ピュンッッ"


⋯⋯今宵2度目の風切り音。飛来する音。



「"そレ"も含めテ」


「敵だッ゙て言ッ゙てンだよねェ゙!!!!!」



警戒していないわけはなかった。

迷うことなく命を出し、《カリウド》の

触手を迎撃に向かわせる。


今度こそ毒煙をぶち巻いたとしても

完全顕現を果たした《カリウド》の

パワーなら煙ごと吹き飛ばせる。


その判断による一手は───────



〝ピカアアアアアア!!!!!!!〟



失敗に終わった。


光ったのだ。《カリウド》と男に向かって

放たれた投擲物こと"キャンプ用ランタン"が、

飛来する中スイッチが遅れて入って光ったのだ!



「グぁッ゙!?」



その、闇に慣れた夜目からすれば

圧倒的とも思える光が男の瞼をねじ伏せ、

それまでどんな一撃を食らおうと

動じなかったカリウドが大きく慄いて。



「そこッ」


"ボグッ"


「⋯⋯だぁぁぁぁ!!!!!」



〝ズドオオォォォォォ!!!!!〟



その隙を見逃さなかった、タックル紛いの

肉薄から繰り出された女の右ストレートが、

先程と同様、あのデカブツをぶっ飛ばした。



「───"なんでわざわざ光源を潰した"かッ、

"なんで最初っからその力を使わなかった"かッ、

物陰に隠れながら必死に考えたよ!!」


「辿り着いてみれば簡単なことだった!!

俺も引きこもりみてぇなもんだからな!!!

"あれ"はそりゃあ苦手だよ!!!!」



「お前もそうなんだよなタコ助!!!

暗闇で生きる俺らに唐突な"光"は

そりゃあキツいだろうよぉ!!!!」


「───ガキャ゙ア゙ア゙ッ!!!」



ぶち切れそうな程に血管が

額に浮かぶ触手に抱擁された

男の前に現れたのは、何を隠そう彗だった。


あいも変わらずランタンを打ち込んだ

パチコンを握りしめ…


…テープで無理やり止めているのか、

全身からスイッチオン状態のライトに次ぐ

ライトを引っさげた…言うなれば

"人間ミラーボール状態の"という前置きが

入りそうな状態ではあるものの、

おそらく紛うことなく、彗其の物であった。



「────すまない少年、ここが限界だった…」


「むしろよく持ってくれた方だ!大丈夫、

作戦はできた。が…話すだけの時間はない」


「だから無理を承知で言わせてもらう」



吹き飛ばした《カリウド》が、

再度起き上がるのを目の当たりにしながらも。


バックステップで彗の隣に位置取った

女に対し、懐から取り出した…何やら

まな板のような形状のそれを

片手で押し付けながら。



「俺を、丁重に扱ってくれ」



「……ごめん、こんなに堂々要介護を

訴えてくるとは思わなかった」


「仕方ねぇだろッ!こっち手から

水しか出せねぇんだぞ!!!

取り敢えずそれ使う時は合図出すから!!」


「…ふっ…⋯わかった。

出来るだけやってみるよ」



それを受け取り、女が了承すると同時。

光による怯みがようやく解消し切った

《カリウド》が投げられたランタンを

叩き壊すと同時に、臨戦態勢が整った。


2人も身動ぎ…女は貰ったそれを

懐に押し込んで…いつでも動けるように構える。


──両者の間に、刹那の静寂が王権を成立させる。




「──作戦会議は終ワりだぜェ゙、ガキ共」


「どうやッ゙て死ヌか、オヂさんニ見せてクれよ」


「 なァ゙!!!! 」



「やってみろよバァァァカ!!!!!」




──タコが動いて、その王権は終焉を迎えた。


《カリウド》の触手、8本全てが2人に

振り注ぐ…が、"遅い"。彗のミラーボールが

如く全身に貼っつけたライトの光と、

女の纏うオーラの光で動きが鈍化しているのだ。


彗でも見切れるほどの速度にまで。



「んぬぅあ!!!!!」「はっ!!!」



上半身を思いっきり後ろに倒して触手を

躱し、避けきらない物は女が蹴り上げ弾き返す。


その間、彗が懐から新たに取り出すは未だ

付くことのない一つのライト。他のよりも

よりゴタゴタとした、いかにも高そうな……



「工具コーナー直伝ッ!!!」


「"強力緊急用ライト"ォ!!!」



"ピッカァァァァァ!!!!!!!!"…と、

電源オフからいきなりMAX光量に設定した

ライトから凄まじい光が発せられる。

一瞬、《カリウド》の動きが止まるッ。


地面を蹴り破った女の肉薄と、男が

静止したカリウドの影に隠れたのは、

ほとんど同時であった。



"ズドゴンッッッ"



あいも変わらず重い音が…"女の頬"と、

"彗の腸と構えた手先"から発生した。



(───"缶"と"タコ"の"同時操作"…ッ!!)


「そ、れ…いけんッのかよ…!!」



"缶"だ。あのビール缶が、《カリウド》の

攻撃を囮として作った時間に引き寄せた

他の店売りの缶達が、女の打撃より寸分早く

その三点を穿ち抜いたッ。


とっておきのライトと、脇腹にくっつけた

いくつかのライトが粉砕し、散らばり、

ミラーボール化が溶け始める。



「甘ェ゙んだよッ゙テメェらは!!!」



女の方も攻撃をキャンセルされ

体制が崩されていた。そこに《カリウド》の

巨躯を活かしたカウンターの体当たりが───


"ズドォォォ─────"


"命中"…そう、命中こそしたものの。



「だッッ…ああああ!!!!!!!!」


〝───ォォオオオゴッン!!!!!!〟



動じず、むしろ、"押し返した"。


崩れた姿勢、まともな踏ん張りを

得れないままに、力の限りに上体を

振り下ろしてぶっ飛ばしたのだ。



(…待て、コイツッ゙さッきヨり

パワー上がッてねェ゙か…!?)



"カリウド"の防衛線を僅かに押し退け、

男の眼前に飛拳が到達しかける所を

間一髪で触手が腕ごと掴み、

棚の方へと荒々しく投げつける。


"ダンッッッ!!!!"


投げられる最中、猫の如く体制を整えた女は

棚と脚が接地すると同時に再度蹴り抜き、

棚をへし折りながら再度肉薄を。


速い、先程よりも尚早く。機動力も

膂力も確かに男の言う通りに先程よりも

向上し続けていた。



「防げ《カリウド》!!!」



だとしてもまだ貫けない。まだ到達はされない。

カリウドの防衛網を突破されない限りは

まだ─────────


"ビシャッシャシャッ"


──そんな思考に、文字通りの意味合いで

"水'をぶっ差さられた。



「茶化すンじャ゙あ゙ねェ゙ッ!!!」


「バッカ真面目に茶化してんだよなぁ!!!」



この場の誰からも存在を忘れられかける程

存在感の低かった彗の【異能】。


やぶれかぶれと言わんばかりに手持ち無沙汰と

なった右掌を大きく開き、鉄砲の如き放水が

男とカリウドの足元に水溜りを作った。



今すぐにでもぶっ殺してやりたいという

意思をなんとか押し殺し、目の前の脅威への

対処にリソースを注ぐ。


カリウドの全触手を二束に分け、

クロスさせた防御体制。防御し止めた

所を逆に絡め取って圧殺を試みる算段は…


しかし。



〝ゴッッ──"ツルッ"────〟


「────は?」



それはもう見事なまでに。


打撃を受け止めた瞬間、踏ん張った

カリウドの接地部位がつい先程彗が

ぶちまけた"水"に絡め取られ、

ツルッと摩擦抵抗を奪取され。


一番厄介だった踏ん張りを消されたことで

飛んできた、若干斜め上の軌道を辿る

女の渾身のロケットパンチは

カリウドを非常に容易くぶっ飛ばし。


全触手を防御に回したが故、先刻2回の

吹き飛ばしのように男を触手で抱いて

ダメージを削減することも出来ずに───



〝───ュゥゥゥゥゥッズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!〟



男ごと、カリウドは天井スレスレを

暫くの間滑空して、遥か向こうの

棚群へと────叩き飛ばした。



「…ダメージは入らずとも、仰け反りは効く。

なら"踏ん張りを消し"最大限仰け反りを

効かせるようにしてしまえばいい」


「考えたな、少年」


「あたぼうよボス!」


「ボス…?」



「これで、ようやく…

ようっやく、"場は整った"」



頃合いだと感じた彗は、物陰に置いておいた

筒状"それ"を手早く回収すると同時に、女にパス。



「さっき渡したあれと"これ"、使うぞ!」


「……ああ、なるほど。随分と、

君は賭け好きなのだな」


「こうでもしなきゃあいつの隙は

作れねぇからな。あと…ボス」


「…?」


「そのオーラって一回消せるか?」



──────────────────────



「──クソ、クソックソッ゙ッ゙!!!」



幾枚もの棚を飛び越え、家電コーナーに

叩きつけられた男は強烈な背中の痛みに

悶える。直前で《カリウド》の実体を

消していなければそのままミンチの

末路を辿っていたことだろう。


その痛みから逃れるように、

ただただ必死に思考を回していた。



「あの…ガキッやリやがッ゙た!!!

《カリウド》ノ実体の足を掬ウ為に

水をバら撒いてッ゙ッ゙…!!」


「女も女ダッ!!やブれカぶれの一撃だトして

普通あノ質量をアの体制から打チ返せルか!?」



男は焦っていた。着実に重なるダメージ、

あともう一撃まともに入れば意識は飛ばされる。


それだけ一進一退の殴り合いだった。

こちらのアドバンテージを向こうの策と

圧倒的なパワーがねじ伏せてくる。

《カリウド》に光をぶつけるとどうなるのか、

発現からの時間が短い故に男自身すら

知らなかったそこを突かれるとは…


殺意を凌駕しつつある脅威を感じながらも、

再顕現させた《カリウド》に引き寄させて

立ち上がる。



(───女を殺すニは《カリウド》の

フルパワーを正面カら叩きつケるシかない。

だがガキが必ず邪魔を入れテくる)


(ダからッてガキを先に狙ッ゙ても一緒…)



彗を飛来物の乱撃で戦線から引き剥がし、

女を最大限のパフォーマンスで迎え撃ち、

ダメージを入れ怯んだ隙に彗を殺す。


あわよくば、それを防ごうと駆け寄ってくる

女も纏めて屠れれば万々歳。



何も頭が回るのはそっちだけだと

思うなよと顔に浮かべながら、

炊飯器や冷蔵庫を始めとする光を

入れない内部空間を持つ家電の内部に

縮小版カリウドを形成、待機させる。


あとは意識した瞬間に叩き込むだけで

即席トラップの出来上がり。これの

回避ができた人間はあの女が初めて。


それでも身体強化状態でも意識がそれた瞬間

不意打ちを決められるだけの物だ。いける。

あの調子に乗ったガキを引き剥がしてやる。


そう思えば、



"タッタッタッタッ"



刻はやってくる。


足音、二つ。足並み揃えてこちらに

向かう音。目の前の棚の向こう側から。



(追い詰めタとか思ッてンだろ。

袋のネズミだッてなァ゙)


(果たしてどッちがドブに相応シいか

決めてやロうじャ゙─────)



─────否、違和感。


足音は確かに、こちら側に来ている。

"交差し続けながら"、音はこちらに迫っている。


彗と女が繰り返しその位地を

入れ替わりながら接近している…?



意味のわからない行動、それは決まって、

こちら側を不利にさせる"何らか"を

決める時の合図で──────────



「──棚を退かせッカリウドォ゙ォ゙!!!!」


"ドガァン!!!!"



条件反射。その疑惑にたどり着いた瞬間には

既に《カリウド》を男は動かしていた。

触手が棚を蹴散らし、その向こう側に居た

二人の風貌を目の前にした時──────



「───クッ゙ソッ゙ッ゙がア゙ア゙ア゙!!!!!!」



男が事前に建てた策が、脳内で崩壊した。



目の前に居たのは黒いフード…"雨がっぱ"を

羽織った人間二人だった。明らかに彗と

女であることは理解していた。


だが、"オーバーサイズ"の雨がっぱの影響で

二人の"体躯の差"が非常に視認しづらいのだ。


二人を印象付けていたあのミラーボールのような

全員に貼り付けたライトも、全身に纏うオーラも、

今の二人からは視認できない。


挟み込むように、棚を吹き飛ばしたが故、

作られたスーパーマーケット内の即席広場を存分に

活かして双方から回り込む二人が、

どっちがどっちなのか、男が判断する

材料が軒並み掻き消えていたのだ。



(どッちだ!どッ゙ちが女だッ!?)(殺せッ゙)(両方ニ攻撃を仕掛け)(イやッ)(生半可なパワーじャ゙ガキは殺れテも)(ガキノ策かッ゙)(女は止めラれねェ゙!!!)


(もう一撃でもマともに食らッ゙たら)(殺ルしかねェ゙)(どッちカは女)(ナら一か八か)(ブッ殺す)(全力の一撃ヲ片方に)(殺ス)(殺すッ゙)(殺ォ゙すッ゙ッ゙!!!!!)



つい先程作っておいた即席トラップ群も

彗はともかく、女の方を留めるには

火力が足りないと先ほどの攻防で理解していた。


故に、全ての触手を一纏めに、それ以外の

余分なリソースは削いだ。ありったけの

パワーを溜めて、左右どちらかを確実に殺す。

それが女であることをただ願う、運任せの一手。


さぁ、一体全体どちらに

撃ち込んでやろうかと言う、その刹那。



"チョビチョビチョビ────"



─────"放水"。


男の左から迫るそいつの、雨がっぱで

隠された右側から、確かにその水が、

男とカリウドの足元に巻かれていた。


さっきのに味を占めたのか、なんなのか。



(───"右"が、"女"ァ゙……!!!)



束ねられた触手を真上へと構えて、

男の"右"、そこから迫る奴へと、狙いを定める。



「所詮テメェも愚鈍なガキだッ゙た訳だッ゙ッ゙!!!!

なァ゙!!!こレはオレが殺すンじャ゙あネェ゙!!!

コの女は!!勝ちノ目は!!!お前がッ!!!

殺シたんだッ゙ッ゙!!!!!!」


「しッ゙かリ目に焼き付ケろよォ゙!!!!!

あノ世で好きナだけ後悔する為にィ゙イ゙イ゙!!!!」



それまでのフラストレーションが、

感じてた驚異が、愉悦と殺意に置換される。

先走ったドーパミンが男の脳を快楽に導く。


防御もカバーも何もかも投げ打たせて、

叩き込む《カリウド》最大の一撃。

その範囲と威力は【異能】を発動した女で

あっても回避も防御も成立出来ない程。


質量の暴力。殺す為の技。

それを前に、彼女は───────



「───掛かったな」



───"彼"は、笑っていた。


彼女でなく、彼。女でなく、彗が。

右から迫っていた彗が、たった今致命的な

攻撃を繰り出されている彗が、笑っていた。



( はッ゙? )



男は、振り返った。確かに、確かに

左から放水されていたんだと言いたげな顔で。


左を向いた。


そこには、丁度、再度オーラを全身から

溢れ出させ、かっぱが弾け飛んだ、



()()()()()()()()()()女が、

自らの間合いに飛び込んできていた。



(───このガキッ゙ガキッ゙!!

ガキィ゙ィ゙ィ゙ィ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!!!!!!)


(自分自身をッ…"囮"にシやがッたッ゙ッ゙!!!!)



男は悟った。


彗の奇策を。



この闘いにおいて、カリウドに

いくら攻撃を仕掛けても意味はない。

男其の者を気絶させるかしない限り、

彗らに勝機はなかった。


そう考えた彗は、女が"水鉄砲"と

例えた彗の力と、玩具コーナーにある

玩具の水鉄砲の存在の二つ思い出した。


男は彗を、彗の力を舐め腐っていた。

女の方に対処するのが手一杯だったというのも

あるが、だからこそ、女と比べ脅威度が低く

見られていた。


そこを突いた。放水による足取りを

成功させ、決定的な一撃を叩き込んで追い込む。


その上で雨がっぱと交差ダッシュで

2択を強要すれば、男はまず女を全力で

潰しにくる。それを逆手に取って、

"女"側から水鉄砲を放てば、放水しない方…

自然と彗の方へと、その全力の矛先は向かうと。



(───誰が真似出来るか、そんな芸当を)



水鉄砲を渡され、雨がっぱを着用する

タイミングで女も勘付いていた。


この作戦には致命的な要素が存在する。

ほんの少し、女が水鉄砲を放つタイミングが

遅れれば…極々僅かな時間でも、男への

攻撃が遅れれば…致命傷どころでは済まない。

確実な死が訪れる。そこに対する保険を

作る時間まではなかっただろう。


然れど自身の死を作戦に入れる馬鹿はいない。

その一点に関しては、完全なる信頼だ。

隙さえ作ってやれば、確実に仕留めてくれると。

彗から女への、無言の厚き信頼。



(出会ったばかりで…全くもっておなしな人間だ)


(その、信頼に、応えらなくて────)



──両足の爪先から、足首、膝、腰、背骨。

踏み込み、肉薄の勢いを殺さずに全身を捻り

かき集められるだけの力と速度を上半身へと集約。



「ッ゙ッ゙待てッ分かッ゙た!!!

降参ッ!!こうさ───────」



首、肩、肘、手首、十指各関節部。

ありとあらゆる関節を折り曲げ、

かき集めたそれらを体内にて加速。

腰溜めに構えた拳へと、全力を注ぎ入れ…



「何がッ」



赤き(オーラ)を侍らせて、解き放つは必殺の拳。




「 何が────正義だッッ!!!!!! 」




〝 ズ ド オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! 〟




───窮極のアッパー 今宵、炸裂。



──────────────────────



───目の前で死を思わせる一撃を

放とうとしていたカリウドは、突然、

蒸発したかのように消え失せて。


その向こう。男の腸に拳をねじ込んだ

彼女が、力の限り拳をふるい上げて……

とんでもねぇ轟音を轟かせて。


店内の屋根をぶち抜いて、夜空の彼方に

吹っ飛ばしたのを、俺は目撃した。

キラーンと言う効果音がなりそうな、

華麗な一撃だった…


…改めて、頬をつねってみるが、痛いだけだ。

夢じゃない。こんなとんでもない状況だが、

れっきとした現実、リアルらしい。



「はぁ…!はぁ……!…少年、無事か?」



そんな流石の彼女も、肩で息を切らしていた。

アッパーに全余力を込めたのか、纏うオーラも

大分薄く、勢いを失いつつあった。



「………ああ、ちょっと生まれたての

小鹿になってるだけでいたって健康体だぜ」



そう言いながら、いつの間にやら

ついていた尻もちを持ち上げる。

ガックガックの膝で思うように立ち上がれない。


そりゃあ仕方ないだろう。生まれて初めて、

殺意を肌で感じ取ったんだ。

ありゃ確かに死ぬ。食らったら死ぬ。

そう感じさせる気迫だった。


ちびってないのが奇跡だ。



「…やったんだよな、俺達。

生きてるよな、そこら辺に

俺らの死体転がってないよな?」


「…うん、大丈夫だ。

私が…私達が、やっつけたんだ」



暫く、息を吐いたままだった。

生きて勝ったという事実を飲み込むまでに、

ずいぶん時間がかかって……



「⋯⋯⋯はぁぁぁぁぁ…なん、いや、ほん…」


「…お、おつかれさまっした…」



立ち上がったのに思わずまた倒れそうになる。

張り詰めていた緊張が消えて、糸が切れて

安堵が全身の力を抜いていく。


多分漲り溢れていたアドレナリンが

ようやく鳴りを潜めていっ、て……あっちょ

痛い、握り潰されかけた時のダメージが

今になって痛いッッ!!!!!



「ああ、ほんと、お疲れ様だよ。

小さいのによく頑張った、少年」



なんて身悶える俺の頭をポンポンする彼女。

……しれっと少年呼びずっと

引っかかってたんだが、これ俺

小学生だかなんかに間違われてね…?



「……あっと、ボス。

俺これでも高校生でやして…」


「…え゙っまじ?すんごい失礼じゃん私」


「まじっす。というか…まだ自己紹介も

してなかったんだな、俺ら」



名前なんて二の次どころか二十の次ぐらいの

事態だったからすっかり懸念していた。

いつまでも女だとか彼女だとか呼びも

まぁ失礼だろう。脳内だけだけどさ。



「じゃああの、えっと、隼海 彗です。

高校2年の男子で、最近の趣味は

少しでも他人より秀でたことをネットに

投稿してチヤホヤされることです…」


「現代人すぎる趣味だね、じゃあ、私の番か」



なんて言いながら、改まったように

息を吸って、吐いて……


…彼女がぶち開けた天井の風穴から、

月光が差すと同時に、名を名乗った。



「……萱堂(けんどう) 霊凪(レイナ)。高校3年の、

まぁ見ての通り女の子で…最近の趣味は筋トレと

走り込みと───────」



───その名前は、聞いたことがあった。

というか、俺が人気のない町中を歩き回っていた

目的の一つだった。


休日をゴロゴロ過ごしている時に俺に届いた

謎の「声」に頼まれた3つの頼み事のうちの一つ。

"導いてあげて"と言われた人物。


この少女だったか。まさか、こんな所で

ばったり会っちまえるだなんて。

というかどの道年上だったか…



「──シャドーボクシング、かな」


「全部筋トレ目的じゃねぇかよ」



「そうか、霊凪…さんか」



はてさて…


となればやることは一つだな。



「…さん付けはいいよ。好きじゃない」


「そう、か?なら…霊凪」



大きく息を吸って、覚悟を決める。



「───俺は…訳あって、お前を探していたんだ。

変な話だが、お前の望みを支えて、叶える為にな」


「正直、俺も見ず知らずの奴をなんでって

思ってたが…命を助けてくれた奴が丁度

お前だったって言うんだ」


「なら俺がやるべきことは、お前の望みの為に、

そこに行くための旅も、ミジンコ力ながら

尽力させて手伝わせてもらうことだけだ」



───なんか、あれだな。


思いのまま言葉を出力したらランプの魔人と

ナンパ師のキメラみたいな物が出力されてしまった。

クソッ登校初日を思い出しちまうぜ……



「……ほんと、変な子だね。救いのヒーローだって

言ったり、願いを叶えてやろうって言ったり…」


「毎日ふざけて生きていこうがモットーだからな。

はは!!…煮るなり焼くなり好きにしてくれ……」



ドン引かれてるかもしれない。クッ…!

顔合わせられねぇ………!!!

素直に助けてくれた礼で手伝わせてって

言えばよかった…!!!!



「────嫌いじゃないよ、そういうの」


「へ…?」



顔を上げる。まんざらでもなさそうな顔をした、

月光に照らされた霊凪がそこにいた。


意外とすんなり受け入れられた。

もっとこう、んだテメェ頭湧いてんじゃねぇのか

ってぐらいには引かれるものかと…


最近のJKはこういうお誘いがブームなのだろうか。

おじさんわかんねぇや…!!!



「じゃあそうだね、丁度人手が欲しいって

思ってたことがあるんだ。手伝ってくれる?」


「お、おう…!男に二言はねぇぜ…!!

ねぇけど…な、何をするおつもりなんだ?」



「───端的に言えば、世界を救う」


「……さいですか」



ああ…あの「声」が霊凪を選んだのも

頷けるぐらい、ストレートな願いだ。



「忽然と消えたような、人気のない街。

まるで夢のような、信じられない力に

目覚めた私達、その力を悪用するような人間…」


「なんらかの、だけど大きな異変が

この世界に訪れてるのは、君も分かってるよね」


「……ああ、まるで大災害が起こったみたいな…」



「私はその、"何が起こってるのか"を解明して、

全部、元に戻そうと思ってる。途方も

ないことだけど、その為の力にも目覚めたんだ」


「やれないことはないよ。きっと」



……その目は、どこか遠くを…だけど、

ちゃんと確かなものを見ている目だった。


少なくとも、俺はそう感じた。



「…決まりだな」


「改めて、正式に、俺達は

世界を救うヒーローってわけだ」



自然と、手が霊凪の方へと向いていた。

命を助けられた義理とか、「声」がどうの

とかよりも、こいつの見る先を俺も

見てみたいと、純粋にそう思った。


カリスマってやつなのだろうか。

だとすれば俺は既にその術中だな。



「うん。頼りにしてるよ、スイ」


「こっちこそ頼むぜ、霊凪」



───そうして、俺と霊凪は、

固い固い握手を交わした。


世界を救う契り…そんな壮大さとは

裏腹に振るった手は、非常に軽かった。

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