閃光、瞬く
「はっはっはっはっ…急げ急げ!!」
「あいつがどのタイミングで
抜け出すかまではわかんねぇ!!!」
タッタッタッ。
大理石を彷彿とさせる白いピカピカの地面を駆け抜け、スーパーマーケットの出口目掛けて一直線に走る俺は、自分で言うのもなんだが昂ぶっていた。
オペレーション・赤雲…もとい、"一味飛ばしてありったけの棚による拘束大作戦"は、なんともまぁトントン拍子に成功した。
建築ゲーの素材をかき集めるダンドリの良さが、幸いなことにバトルアニメ好きなヲタク脳と合致したのだ。
生まれてこの方戦略が絡む系のゲームは敬遠していたが、もしやそこにこそ我が天賦の才は眠っていたのではないか…?
今更ながら震えている。震えながら走っている。
なんてたってあの人知を超えた力を持つ男に対して一泡吹かせたのだ。
胴上げしたいしされたいぐらいには喜びたいところ…だが、
「⋯⋯⋯⋯うん、急ごう」
アサルトライフルのエアガンを託した、共に走るあの女性の顔色が一向に晴れない。
ああ、俺自身だってそうだ。
唯一の懸念点、会敵当初のあの光景。
鉄筋コンクリはまず使われているはずの店の壁をなんとも容易くぶち破ったあの力。
どういう訳か…恐らくは子供二人に舐めプをしていたんだろうが…それ以降は俺たちにその力を使う様子は見れなかった。
だが、ここまで追い詰められて使えない訳はないだろう。
(逆上でもされてあんな力を使われれば
人間なんて容易くひき肉と骨粉の
混合物に変えられちまう)
(とにかく混乱でピヨってる内に
出来るだけ距離を────────)
そう思いながら、とにかく目の前の自動扉の前まで俺たちが走ってきていた…
その時だった。
"ビュッ────"
〝──ドゴォォォオオオオオオ!!!!!〟
…何かが頭上をかすめたと認識した瞬間、目の前のドアから爆煙が上がった。
否…目の前のドアに、俺達の後ろから、何かが飛来してきた……?
「……やられたね。中々、あの男も頭が回るらしい」
「"大型家具でのバリケード"とは…参ったね…」
煙が晴れた先の光景に、思わず女性が乾いた声で言葉を零していた。
俺も目を丸くしていた。
ガラス製の自動扉。
そこに突き刺さるように積み上げられた、タンスや机やクローゼット…
比較的デカい家具同士の残骸の山。
バリケードと言うだけに値するものが作られていた。
とても今すぐ通れる状況じゃあ、ない。
ほとんど同時に俺達は後ろを振り返って…
だがそこには、誰もいない。
なんの変哲もない、さっきと同じような店内が……
いや、違う。
「…光が、ない?」
そこの区画だけ電源を落とされたかのような。
向こう側、家具コーナーにあたるそこが…男を捕えたはずのそこが、若干薄暗くなっていた。
光源が消されていた。
妙な胸騒ぎが肺を埋め尽くして、息に不安が宿って重くなった。
瞬間。
"─────ビュッッ"
その家具コーナーから、何かが…
いいや、こんな状況で空を走る物体なんて一つしかない。
あの缶が、跳ねていた。
字面で見てこそ、素面なら鼻で笑っちまいそうなパワーフレーズの羅列だが、全身の穴という穴から冷や汗を吹き出させるには十二分すぎる光景だった。
⋯⋯⋯が、
"⋯⋯⋯パパパパパパパパリリンッッッ"
様子が、おかしい。
缶は凄まじいペースで空中を跳ね回り、店内の"照明"を次から次に割っていた。
俺達には目もくれず。
一味をぶち込んで躍起になっていた時とは違う。
明らかな"目的"を持って照明を破壊している。
凄まじいペースで明かりを消していっている。
…店内に、闇が侵入し始める。
(何か、まずい)
そんな目の前の光景に、
言いようのない違和感を抱いていた。
わからない、わからないが、
これ以上ここに留まるのは、
不味い。
「少年」
という刹那、隣のやつも同じ結論に至ったんだろう。
女が手を握ってきた。
恋愛経験には確かに疎いが、しかしトゥンクとはいかなかった。
なんな、いやぁなデジャヴが脳裏をよぎった瞬間、反射で思わず身がこわばって…
「逃げ──────」
そのままグッと、また凄まじい力で引っ張…られは、しなかった。
逃げようと女が踏み込んだ先、
背中からひょっこりと覗いてみれば…
あの男がいた。
「なッ…ん、だって……!?」
…男がいた?おかしい、居るはずがない。
だってこっちは、こいつを棚で押し潰してから、全速力で走ったんだ。
なのになんで、息も切らさず、"俺達の進行方向上"に
立ってやがる………!?
「よゥ…嬢ちャん、ガキ」
「お前ら中々アタマ回んノな、
おジさん思ワず感激?しちまッ゙てよォ…
だから、見せテやるコとにしタんだ」
「……何をだよ、曲芸でもしてくれんのか?」
「ハッ、そいつも悪かァねェ゙だロうが…
もッ゙ッ゙と、良いもんだぜェ゙────」
意味があるのかわからんが、軽口を差し込む。
特に意味はなかったようだ。
───缶が迫る。照明は割れ続ける。
一言一句が俺達の間を行き来する間に、店内はどんどん黒に塗り潰され続ける。
退路は潰された。
どかすにしても、他の出入り口を探ろうにも、
男の足止めが効かないこの状況での逃走はあまりに現実的じゃあない。
やるしかない、戦うしかないのだ。
どうにかこいつを再起不能にしてから、行方をくらますしかない。
(見せてやるという発言に、この缶の挙動…
"暗闇"が、関係している…のか?)
客観しろ、戦略を立てろ、大丈夫、大丈夫だ。
なに、一度は策は通ったのだ。子供の悪知恵が。
何も相手はバケモノじゃない、向こうも人間なのだ。
それに理解の及ばない力なら、俺もある。
水鉄砲クラスのポンコツでも、あいつだけが異常なんじゃないと言うことを立派に示している。
コンクリ粉砕がなんだ、やってやる。
「───やる気なんだな、少年」
「…!……ああ、てか…すまねぇな」
「結局こうなるんだったら、拘束したときに
なんでもいいからトドメを刺すべきだった」
振り向かず、男と相対したまま小声で話しかける女。
小声で相槌を返す中で、結局こうなるんならと申し訳無さが滲み出ちまう。
訳わからんやつの策に頼ったら逆上されて逆境なんて恨まれたっておかしくはない。
それも未来ある若者の女性ならば…
「…反省なら、墓場でいくらでも言える。
今はとにかく、耐えて時間を稼いで、反撃の
策を練り上げることに注力して」
「何かあっても、私が守るから」
「……わぁった!」
…なんて、言ってる時間もねぇんだったな。
どんな形であれ、人が頼ってくれているという状況に俺の頭脳が回転を始める。
ここで踏ん張らなきゃ漢が廃るってもんだ。
淀みなく、余計な思考もなく、どうするかをひたすら考える。
───額に流れる血と汗の混じったそれを拭い去った時、気づけば暗闇は俺達の周りにまで侵食し終えていた。
来たる暗闇に少しでも目を慣らそうと、目ん玉を可能な限り細めて…
"─────パリンッ"
───さほど時間も要さずに、最後の、頭上の照明を、缶が割った。
(視界は…大丈夫、ギリッギリ付近の
輪郭がわかる程度には確保できた)
(これ、なら────)
──瞬間、俺の体を、"浮遊感"が襲った。
「───────」
「は?」
まて。
まて、まてまてまてまてッ。
なんで、俺が、"浮いてんだ"!?
「…どうしたんだ、しょう、ね…!?」
「………空を、とん、で…!?」
女の方も気づいたみたいだ。
この土壇場で俺の超能力の新たな覚醒…なんて訳はないだろう。
仰々しく光ったさっきと違ってあまりにも脈略がなさすぎる。
条件反射で、どうにか身動きしようと腕や腰をひねろうとして…
そこでようやく理解した。
今の俺は、何かこの暗闇のなかで
酷く溶け込んだ"もの"に"掴まれている"ことを。
動けないッ、がっしりと捕まえられている!!
腰を、胴体を、腕を…!!
まともに動かせるのは足と首だけッ!!!!
なんてこったい!!!!
「ハッハッハァ゙ァ゙!!!!!
あッ゙けねェ゙なガキンチョ!!!!
そウ!こいつが俺ノ【異能】ッ!!」
「冥土の土産に教え゙テやるよォ゙!!!
念動力でモポルターガイストでもねェ゙!!!
"暗闇ニ潜む獣"を扱う力ァ゙!!!!!」
「そレこそがこのッ《カリウド》だァ゙ァ゙ァ゙!!!!」
「⋯⋯⋯狩、人……」
やけにテンションの高い言葉の羅列を聞きながら、バタバタと藻掻く俺の抵抗も虚しく、見えぬ獣とやらによって男の頭上にまで持ち上げられる俺。
ああ、クソッ、だったらどの道八方塞がりだった訳じゃねぇか。
外はもう夜だ、自殺行為だったんだ。
それでも俺らを止めたのは…
この狭いフィールドで、確実に俺たちを殺す為なのか、どうなのか…
もう、それすらどうでもよくなってきた。
"⋯⋯⋯ギチギチギヂギヂギヂ"
「あがッあ゙っ゙が…!!がッぁ゙ア゙…!!!!」
さっきからずっと、少しずつ絞め上げられ続けてるせいで、
うまく、息が、出せてねぇんだ。
──────────────────────
「……ッやめ、辞めろぉッッ!!!!!
離せッ今すぐその少年を離すんだ!!!」
彼から異音が鳴って、ようやく我を取り戻した。
咄嗟に、手に持つアサルトライフルの照準を構えた。
玩具を構えたって脅しにすらならないと分かっていても、居ても立ってもいられなかった。
「そォの頼みは受け入れらんねェ゙な、
嬢ちャ゙ん。お前達はもう"獲物"じャねェ。
真摯に向き合ウべき"敵"なンだからァ゙」
帰ってきた、当たり前だと言わんばかりの返答と共に、瞬き一つの間にプラスチック製の銃身がいとも容易くひしゃげた。
黙らなければお前もこうだぞと言わんばかりに。
「ェえ〜なんだッたか、ほら、
少年漫画でモ良く言ゥじゃん?」
「全力を出スに相応しい相手ッてよ」
「テメェ゙らは!!もウ!!!!
そうなッ゙ちまッ゙てんだよォ゙ォ゙!!!!!
オ゙じさンが!全力で!グチャグチャ゙にする!!
"敵"にッなッ゙ちまッ゙てんだよォ゙オ゙!!!!」
"────ミギッ──グギッ────バギャ──"
「がぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「辞めろ!やめてくれ!!頼むッ止めてくれ!!」
絶叫が店内に木霊する。
懇願以外、どうすることも出来ない自分があまりに惨めで、
目の前で確かに私の窮地を助けてくれてた年端もいかない少年が蹂躙される様を、
見てやることしか出来なくて。
"⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯"
そんな中生まれる行き場のない感情が、握った拳に爪を食い込ませる。
爪が肉に食い込んで、溢れた血が地面に滴る音がする。
「邪魔者の血を浴びテからッ思う存分
仕切り直そうぜェ゙!!!嬢ちャ゙ん!!!!」
「俺とオマエだケの鬼ごッこを!!!!
朝が来るマでなァ゙!!!!!!!」
"⋯⋯⋯⋯⋯ドクン………"
今の今まで感じてた恐怖が、己の不甲斐なさに感化される形で一斉に裏返る。
あの少年の、道化のような言動のおかげで…
誰かが側にいてくれたおかげで生まれた余裕が、
目の前の男を他でもない人間だと認識させてくれた。
「──────るな……」
"⋯⋯⋯ドクン…ドクン……"
「……ふざけるな」
「…ァ゙?」
目の前に居るのが、クソを煮詰めたような外道であると、一切の曇りなく教えてくれた。
途端、逆鱗を逆撫でされる感覚を覚える。
久しく忘れていた感覚。
いつぶりだろうか。
私が"正義"なんてのを語るのは。
「ふざけるなッ。その命は、
お前が無責任に弄び、途絶えさせて
いいものじゃないッッ」
「その覚悟は、お前なんかが
踏み躙っていいものじゃないッッッ」
"ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…"
「⋯⋯じャ゙あどうするッて?
逃げ惑うこトしか出来ねェ゙甘ちャ゙んが、
一体俺なんカをどうする気だッて?」
「冗談モ休み休み言ッてくれよ。
お前まで癇癪でブチ殺しちまうじャ゙ねェか」
───拳が、熱い。
滴り滾るこの血が、まるで沸騰しているかのような感覚さえ憶える。
「法も、世界も、神すらも、世界に蔓延る
悪に鉄槌の罰を与えないんだったら───」
〝ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンッッッッッッッッッッッッ〟
心臓が高鳴る度、今の今まで私を
雁字搦めにしがみついてた倦怠感が消え失せていく。
全身に熱気を纏う度、重りに繋がっていた鎖が、
断ち切れたかのように消え失せていく。
「────やってやる」
「拳が、悪を、打ち払う!!!」
その、刹那。
(────きれい、だな)
俺は、見た。
激痛にかられて、意識ももう落ちちまうって時。
まるでそこに太陽が現れたかのような、俺の時とは比較にならない……閃光を。
「────オマエもかよッ゙!!!」
男がそう叫んだ。
途端、俺を空に拘束していた獣の圧力も消え失せて、ふっと重力に従って身体が真っ逆さまに落ちだした。
頭から落ちたら余計バカになっちまうな、なんて呆けた事を考えながら落ちていた。
受け身を取る余裕は、生憎なかった。
〝バッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!〟
────閃光が散り失せ始めた瞬間に発した、
とんでもねぇ轟音が、俺の鼓膜をぶっ叩いて、
凄まじい風圧が肌を荒々しく撫でまくって。
その次に来るだろう頭からの盛大な着地に身構え…
しかしその予想は、ふっと姫様抱っこでキャッチされたことで裏切られた。
「───大丈夫か!?少年!!!」
そう声をかけたそいつは、間違えるはずもない。
確かにさっきまで一緒に逃げていたあの女で…
だが、明らかにさっきまでとは様子が違っていた。
何よりも目を引くのは、淡い朱色の光…
所謂オーラって言うんだろうそれを、女は纏っていた。
俺の目か脳みそかの機能が狂ってない限り、
確かにその赫灼の羽衣を纏っていた。
正しく天女だな、なんて上の空で思っていた。
「⋯⋯⋯あ、ぁ…た、ぶん、大丈夫だ。
多分骨も折れてはないという。ヒビが
入ったかまではわかんねぇけど」
「そっか…なら、とにかく離れに。
策を練ってくれ、得意なんだろう?」
「その間のことは任せてくれ」
「───今、久しぶりに、調子がいいんだ」
そっと地面に俺を置いて、俺と同じように、
【異能】に覚醒めた、朱く光る女…彼女は、翻った。
「⋯ざッ゙けんナ……!!!《カリウド》ごと
おヂさんをブッ飛ばスなんて、どんな
膂力してヤがるッッ!!!!」
その先…いつの間にか作られていた棚の山が吹き飛ぶ。
恐らくいるだろう巨大な《カリウド》と、そう呼ばれる獣に抱かれた男が、その下から這い出てくる。
…そうか、こいつら、"ぶっ飛ばされたの"だ。
彼女が光り輝いたあの瞬間に、俺を拘束から解き放つための彼女から強烈な一撃を受けて。
だが…巨体だろう《カリウド》ごと、吹き飛ばすような一撃を食らって尚、男は無傷を保っ…
いやッ違う。
暗闇でわかりづらいが、男の腸。
そこに確かに、服越しでもわかるほどの打撃痕が…!!
(すげぇ…!あいつにまともな手傷を…!!)
「───どんな力を、か」
「こんな力さ」
瞬間、彼女の姿が消えて、
「ざッ゙けろォ゙!!!!」
衝突音が、響き渡った。
ぶつかった。闇に潜む怪物と、
朱の彼女が、真っ向からの全力勝負。
夢物語だと軽んじていたが、
もしかしたら、これなら────
──────────────────────
────なんて、彗の淡い期待に
暗雲が掛かるのには、10秒も掛からなかった。
〝ゴビュゥゥゥゥン!!!!!!〟
闇が繰り出す右からの薙ぎ祓い。
棚を蹴散らしながら迫るそれを女は左腕を盾とし受け止め、
カウンターで回し蹴りを叩き込む。
"ゴッッ"
「ずッ」
その一撃は確かに闇の怪物を怯ませ、確かにノックバックをねじ込んだ。
その上で怪物は、彼女の腸へとさっきとなんらかわりない威力の一撃をねじ込んでいる。
このようなやりとりに1秒かかるかどうかの高速戦闘。
その中で確かに、あらゆる面で女は有利を取っていた。
〝ゴッドゴッバガァァァ!!!!!〟
彗が見てきたどんな格闘家よりも遥かに重く速い拳と脚。
1秒の内に十数発もの攻撃が飛び出す敏捷性は、オーラが出現する前と後で数倍以上の向上を見せていた。
《カリウド》から反撃を食らおうと、その猛烈な攻撃の手は緩まない。
そう、あのオーラが、耐久面を含めたありとあらゆる身体能力をブーストしているのだ。
女の【異能】が"身体強化"にあたるものであることは、誰の目から見ても明らかであった。
シンプルイズパワーな、この土壇場にはうってつけの力。
それに加え、蛍光灯レベルで僅かながら発する纏うオーラの"光"に、怪物が若干ながら怯む様子を見せている。
おかげで向こうは攻撃に身が入ってない。最高のパフォーマンスは発揮出来ていない。
…にも関わらず、状況は均衡を保ったまま…いや、
〝─────ズグォォォォォ!!!!、〟
「───ッッかは……!!」
むしろ"有利を取っているはず"の女が……追い込まれていた。
主に2つ、致命的な要素が《カリウド》には存在していた。
一つ。どれだけ殴りつけようと、どれだけ苛烈な一撃をねじ込もうと、
《カリウド》の勢いの一切は衰えることを知らなかった。
獣側を叩いてもダメージが入らない、蓄積しない。
攻撃をまるで意に介さずに行動を取れるのだ。
この《カリウド》は。
その上───────────
「こんッ…の!!!!!」
繰り出される2本の"触手"に対して女が両拳を叩き付け、弾き返す。
その次の瞬間にはもう、"3本"の触手が一つにまとまり、まるで拳のような球形を作って、女の腸へと繰り出されていた。
「───ッ゙ッ゙…!!!」
間一髪。その触手拳へ膝蹴りを真っ向から叩き込んで威力自体は相殺し切る…
が、束ねられ、底上げされた触手同士の"反発力"がその相殺を受けた上で─────
〝バガァァァ─────!!!!!!〟
「─────かはッ…ぁ……」
女を、向かいの壁まで吹き飛ばした。
二つ。《カリウド》の形状。
それは一言で言うなら、さながら"毛むくじゃらの巨大なタコ"というべき風貌だった。
それだけで、単純に動かせる四肢の数が違う。
人の2倍である8本。その上、その筋肉には人よりはるかに優れた弾力性が伴う。
言うなれば全身にバネが仕込まれているようなもの。
強烈な一撃で殴れば殴るだけ、より優れた踏み込みで耐えようとすればするだけ、
その反発で殴った耐えた側に負荷が入る。
いかに彼女の【異能】が優れた力であり、有利を取れていても、それだけで覆しきれない"相性の差"が存在していたのだ──────
「───くクッ、どンな並外レた力を
見せテくれルのかと思ッたら…
絶好調ッてのも大シた事はなかッたみてェ゙だな」
《カリウド》の主たる男はそれを理解していた。
故に獣の影に隠れ、嘲笑い、挑発し、女の攻撃を誘い、それを的確に狩らせる。
合理的な作戦、本気で殺しに行くという宣言は強ち間違いでもなかったようだ。
「───あ゙、ぁ…確かに、そうだな。
どれだけとてつもない力に目覚めても、
ブランクには抗えないみたいだ」
「カッコつけたのに、申し訳が立たないよ」
「ハッハッハ、嬢ちャ゙んは素直でイイなァ…!
どうスるよ!その力ならモしかすれバ
オヂサンからも逃げられ───」
「──なら…いいや、だからこそ」
「一人で挑む訳が、ないだろう」
"ピュンッッ"
⋯⋯今宵2度目の風切り音。
パチンコにより、何かが飛来する音。
「"そレ"も含めテ」
「敵だッ゙て言ッ゙てンだよねェ゙!!!!!」
警戒していないわけはなかった。
迷うことなく命を出し、《カリウド》の触手を迎撃に向かわせる。
仮に今度こそ毒煙をぶち巻いたとしても、完全顕現を果たした《カリウド》のパワーならその煙ごと吹き飛ばせる。
その判断により下した一手は───────
〝ピカアアアアアア!!!!!!!〟
失敗に終わった。
"光った"のだ。
《カリウド》と男に向かって放たれた投擲物が…
"キャンプ用ランタン"が、飛来する中、
スイッチが遅れて入って光ったのだ。
「グぁッ゙!?」
その、闇に慣れた夜目からすれば圧倒的とも思える光が男の瞼をねじ伏せ、それまでどんな一撃を食らおうと動じなかったカリウドが大きく慄いて。
「そこッ」
"ボグッ"
「⋯⋯だぁぁぁぁ!!!!!」
〝ズドオオォォォォォ!!!!!〟
その隙を見逃さなかった女による、タックル紛いの肉薄から繰り出された渾身の右ストレートが、先程と同様、あのデカブツをぶっ飛ばした。
「───"なんでわざわざ光源を潰した"かッ、
"なんで最初っからその力を使わなかった"かッ、
物陰に隠れながら必死に考えたよ!!」
「辿り着いてみれば簡単なことだった!!
俺も引きこもりみてぇなもんだからな!!!
"あれ"はそりゃあ苦手だよ!!!!」
「お前もそうなんだよなタコ助!!!
暗闇で生きる俺らに唐突な"光"は
そりゃあキツいだろうよぉ!!!!」
「───ガキャ゙ア゙ア゙ッ!!!」
今にもぶち切れそうな血管が額にくっきり浮かぶ、触手に抱擁された男の前に現れたのは、何を隠そう彗だった。
あいも変わらず、ランタンを打ち込んだパチコンを握りしめ…
…テープで無理やり止めているのか、全身からスイッチオン状態のライトに次ぐライトを引っさげた…
言うなれば"人間ミラーボール状態の"、とでも言うべき前置きが入りそうな状態ではあるものの。
おそらく紛うことなく、彗其の人であった。
「────すまない少年、ここらが限界だった…」
「むしろよく持ってくれた方だ!大丈夫、
作戦はできた。が…話すだけの時間はない」
「だから無理を承知で言わせてもらう」
吹き飛ばした《カリウド》が、再度起き上がるのを目の当たりにしながらも。
バックステップで彗の隣に位置取った女に対し、彗は懐から取り出した…何やらまな板のような形状のそれを、女へ片手で押し付けながら。
「俺を、丁重に扱ってくれ」
「……ごめん、まさかこんなに堂々要介護を
訴えてくるとは思わなかった」
「仕方ねぇだろッ!こっち手から
水しか出せねぇんだぞ!!!
取り敢えずそれ使う時は合図出すから!!」
「…ふっ…⋯わかった。
出来るだけやってみるよ」
了承すると共に女がそれを受け取った、と同時。
光による怯みがようやく解消し切った《カリウド》が、投げられたランタンを踏み壊すと同時に、臨戦態勢を整えた。
2人も身動ぎ…女は貰ったそれを懐に押し込んで…いつでも動けるように構える。
──両者の間に、刹那の静寂が王権を成立させる。
「──作戦会議は終ワりだぜェ゙、ガキ共」
「どうやッ゙て死ヌか、オヂさんニ見せてクれよ」
「 なァ゙ッッッ!!!!!! 」
「やってみろよバァァァカ!!!!!」
──タコが動いて、その王権は終焉を迎えた。
《カリウド》の触手、8本全てが2人に振り注ぐ…
が、"遅い"。
彗のミラーボールが如く全身に貼っつけたライトの光と、女の纏うオーラの光で動きが鈍化しているのだ。
彗でも見切れるほどの速度にまで。
「んぬぅあ!!!!!」「はっ!!!」
彗が上半身を思いっきり後ろに倒して触手を躱し、避けきらない物は女が蹴り上げ弾き返す。
その間、彗が懐から新たに取り出すは未だ電源が付いてない一つのライト。
他のよりもゴタゴタとした、いかにも高そうな……
「工具コーナー直伝ッ!!!」
「"強力緊急用ライト"ォ!!!」
瞬間、"ピッカァァァァァ!!!!!!!!"…と、電源オフからいきなりMAX光量に設定したライトから凄まじい光が発せられる。
超強力緊急時用ライト、『凄いヒカル君』。
その全力の輝きが、一瞬、《カリウド》の動きを封じる。
それを合図に地面を蹴り破った女の肉薄と、男が静止したカリウドの影に隠れたのは、ほとんど同時であった。
"ズドゴンッッッ"
あいも変わらず重い音が…
"女の頬"と、"彗の腸と構えた手先"から発生した。
女の攻撃した音じゃあない。
(───"缶"と"タコ"の"同時操作"…ッ!!)
「そ、れ…いけんッのかよ…!!」
"缶"だ。
あのビール缶が、光源により鈍くなった《カリウド》の攻撃を囮として作った時間に引き寄せた他の店売りの缶達が、女の打撃より寸分早くその三点を穿ち抜いていた。
とっておきのライトと、脇腹にくっつけたいくつかのライトが粉砕し、散らばる。
ミラーボール化が溶け始める。
《カリウド》の封が破れ始める。
「甘ェ゙んだよッ゙テメェらは!!!」
女の方も攻撃をキャンセルされた。
体制が崩されていた。ろくな防御も取れない程。
そこを狩るべくして、《カリウド》の巨躯を活かしたカウンターの体当たりが───
"ズドォォォ─────"
"命中"…そう、命中こそしたものの。
「ッッだ…ああああ!!!!!!!!」
〝───ォォオオオゴッン!!!!!!〟
女は動じず、むしろ、"押し返した"。
崩れた姿勢、まともな踏ん張りを得れないままに、それならばと力の限りに上体を振り下ろして、カリウドをぶっ飛ばしたのだ。
(…待てッコイツッ゙…
さッきヨりパワー上がッてねェ゙か…!?)
カリウドの防衛線を僅かに押し退け、そのまま男の眼前に飛拳が到達しかける。
がしかし、間一髪で触手が腕ごと掴み、棚の方へと荒々しく投げつける。
"ダンッッッ!!!!"
投げられる最中、猫の如く身動ぎ空中で既に体制を整え切った女は棚と脚が接地すると同時に再度蹴り抜き、棚をへし折りながら再度の肉薄を試みる。
"速い"。先程よりも尚速く。
機動力も膂力も、確かに男の言う通り、先程よりも跳ね上がっていた。
「防げッ゙《カリウド》!!!」
だとしても、まだ貫けない。
まだ到達はされない。
カリウドの防衛網を突破されない限りは、
まだ─────────
"ビシャッシャシャッ"
──そう思考を回していた男に、文字通りの意味合いで"水"をぶっ差さられた。
「───茶化すンじャ゙あ゙ねェ゙ッ!!!」
「バッカ真面目に茶化してんだよなぁ!!!」
危うくこの場の誰からも存在を忘れられかける程、存在感の低かった彗の【異能】。
やぶれかぶれと言わんばかりに手持ち無沙汰となった右掌を大きく開き、放った鉄砲の如き放水が、男とカリウドの足元に若干の水溜りを作った。
"茶化しやがって今すぐにでもぶち殺すぞテメェ"、という意思をなんとか押し殺し、目の前の脅威たる女への対処にリソースを注ぐ。
カリウドの全触手を二束に分けさせ、クロスさせた防御体制を取らせていた。
これならば女も押し通し切れない。
受け止めた所を逆に絡め取り、圧殺を試みるはずだったその算段は…
しかし。
〝ゴッッ──"ツルッ"────〟
「────は?」
それはもう、見事なまでに。
打撃を受け止めた瞬間。
踏ん張ったカリウドの接地部位が、つい先程彗がぶちまけた"水"に絡め取られ、ツルッと摩擦抵抗を奪取され。
一番厄介だった踏ん張りを消されたことで飛んできた、若干斜め上の軌道を辿る女の渾身のロケットパンチは、カリウドを非常に容易くぶっ飛ばし。
全触手を防御に回したが故、先刻2回の吹き飛ばしのように、男を触手で抱いてダメージを削減することも出来ずに───
〝───ュゥゥゥゥゥッズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!〟
──男ごと、カリウドは吹き飛んだ。
天井スレスレを暫くの間滑空して、遥か向こうの棚群へと────叩き飛ばされた。
「…ダメージは入らずとも、仰け反りは効く。
なら"踏ん張りを消し"最大限仰け反りを
効かせるようにしてしまえばいい」
「考えたな、少年」
「あたぼうよボス!」
「ボス…?」
「これで、ようやく…
ようっやく、"場は整った"」
頃合いだと、そう感じた彗は、物陰に置いておいた筒状の"それ"を手早く回収すると同時に、女にパス。
「さっき渡したあれと"これ"、使うぞ!」
「……ああ、なるほど。随分と、
君は賭け好きなのだな」
「こうでもしなきゃあいつの隙は
作れねぇからな。あと…ボス」
「…?」
「そのオーラって、一回消せるか?」
──────────────────────
「──クソ、クソックソッ゙ッ゙!!!」
……幾枚もの棚を飛び越え、家電コーナーに叩きつけられた男は、強烈な背中の痛みに悶えていた。
直前で《カリウド》の実体を消していなければ、そのままミンチの末路を辿っていたことだろう。
その痛みから逃れるように、
ただただ必死に思考を回していた。
「あの…ガキッやリやがッ゙た!!!
《カリウド》ノ実体の足を掬ウ為に
水をバら撒いてッ゙ッ゙…!!」
「女も女ダッ!!やブれカぶれの一撃だトして
普通あノ質量をアの体制から打チ返せルか!?」
男は焦っていた。
カリウドで防いだとは言えノーダメというわけではなかった先刻2回の吹き飛ばしに、今回の一発。
着実に重なりつつあるダメージ、あともう一撃でもまともに入れば、自身の意識は飛ばされる。
それだけ一進一退の殴り合いだった。
こちらのアドバンテージを、向こうの策と純粋なパワーがねじ伏せてくる。
《カリウド》に光をぶつけるとどうなるのか、発現からの時間が短い故、男自身すら知らなかったそこを突かれるとは…
殺意を凌駕しつつある脅威を感じながらも、再顕現させた《カリウド》に引き寄させて立ち上がる。
(───女を殺すニは《カリウド》の
フルパワーを正面カら叩きつケるシかない。
だがガキが必ず邪魔を入れテくる)
(ダからッてガキを先に狙ッ゙ても一緒…)
ならばどうするか。
暫し考え……思いついた。
まず彗を缶攻撃の乱撃で戦線から引き剥がし、その隙に女を最大限のパフォーマンスで迎え撃ち、ダメージを入れ、疲労した隙に確実に彗を殺す。
あわよくば、それを防ごうと駆け寄ってくるだろう女も纏めて屠れれば万々歳。
何も頭が回るのはそっちだけだと思うなよと顔に浮かべながら、
炊飯器や冷蔵庫を始めとする、光を入れない内部空間を持つ家電の内部に縮小版を形成、待機させる。
あとは意識した瞬間に叩き込むだけで即席トラップの出来上がり。
これの回避ができた人間はあの女が初めて。
それでも身体強化状態でも意識がそれた瞬間、不意打ちを決められるだけの物だ。
いける。あの調子に乗ったガキを引き剥がしてやる。
殺してやる。ぐちゃぐちゃにしてやる。
…そう思えば、
"タッタッタッタッ"
刻はやってくる。
足音、二つ。
足並み揃えてこちらに向かう音。
目の前の棚の向こう側から。
(追い詰めタとか思ッてンだろ。
袋のネズミだッてなァ゙)
(果たしてどッちがドブに相応シいか
決めてやロうじャ゙─────)
─────否、違和感。
足音は確かに、こちら側に来ている。
二つの音はそれぞれ"交差し続けながら"、
こちらに迫っている。
……交差し続けながら?
彗と女が繰り返しその位地を
入れ替わりながら接近している…?
なぜ?どうして?
意味のわからない行動。
それは決まって、こちら側を不利にさせる"何らか"が起こる時の合図だった。
「──棚を退かせッカリウドォ゙ォ゙!!!!」
"ドガァン!!!!"
条件反射。その疑惑にたどり着いた瞬間には、既に男は《カリウド》を動かしていた。
触手が棚を蹴散らし、その向こう側に居た二人の風貌を目の前にした時──────
「───クッ゙ソッ゙ッ゙がア゙ア゙ア゙!!!!!!」
男が事前に建てた策が、脳内で崩壊した。
目の前に居たのは黒いフード…"雨がっぱ"を羽織った人間二人だった。
明らかに彗と女であることは理解していた。
だが、"オーバーサイズ"の雨がっぱの影響で、二人の"体躯の差"が非常に視認しづらいのだ。
二人を印象付けていた、あのミラーボールのような全員に貼り付けたライトも、全身に纏うオーラも、今の二人からは視認できない。
棚を吹き飛ばしたが故、手広くなった男の手前の即席広場を存分に活かして双方から回り込む二人。
それがどっちがどっちなのか、男が判断する材料が軒並み掻き消えていたのだ。
(どッちだ!どッ゙ちが女だッ!?)(殺せッ゙)(両方ニ攻撃を仕掛け)(イやッ)(生半可なパワーじャ゙ガキは殺れテも)(ガキノ策かッ゙)(女は止めラれねェ゙!!!)
(もう一撃でもマともに食らッ゙たら)(殺ルしかねェ゙)(どッちカは女)(ナら一か八か)(ブッ殺す)(全力の一撃ヲ片方に)(殺ス)(殺すッ゙)(殺ォ゙すッ゙ッ゙!!!!!)
つい先程作っておいた即席トラップ群も、
彗はともかく、女の方を留めるには火力が足りないと先ほどの攻防で理解していた。
故に、解除した。小型版カリウドは消し去り、
全ての触手を一纏めに、それ以外の余分なリソースは削いだ。
ありったけのパワーを溜めて、左右どちらかを確実に殺す。
それが女であることをただ願う、運任せの一手。
さぁ、一体全体どちらに撃ち込んでやろうかと言う、その刹那。
"チョビチョビチョビ────"
─────"放水"。
男の"左"から迫るそいつの、雨がっぱで隠された手元から、確かにその水が、男とカリウドの足元に巻かれていた。
さっきのに味を占めたのか、なんなのか。
(───"右"が、"女"ァ゙……!!!)
束ねられた触手を真上へと構えて、男の"右"。
そこから迫る奴へと、狙いを定める。
「所詮テメェも愚鈍なガキだッ゙た訳だッ゙ッ゙!!!!
なァ゙!!!こレはオレが殺すンじャ゙あネェ゙!!!
コの女は!!勝ちノ目は!!!お前がッ!!!
殺シたんだッ゙ッ゙!!!!!!」
「しッ゙かリ目に焼き付ケろよォ゙!!!!!
あノ世で好きナだけ後悔する為にィ゙イ゙イ゙!!!!」
それまでのフラストレーションが、感じてた驚異が、愉悦と殺意に置換される。
先走ったドーパミンが男の脳を快楽に導く。
防御もカバーも何もかも投げ出して叩き込む、《カリウド》最大の一撃。
その範囲と威力は【異能】を発動した女であっても、回避も防御も成立出来ない程。
質量の暴力。殺す為の技。
それを前に、彼女は───────
「───掛かったな」
───"彼"は、笑っていた。
彼女でなく、彼。
女でなく、彗が。
右から迫っていた筈の…しかし、たった今致命的な攻撃を繰り出されている彗が、笑っていた。
( はッ゙? )
男は、振り返った。
確かに、確かに左から"放水"されていたんだと言いたげな顔で。
左を向いた。
そこには、丁度、再度オーラを全身から溢れ出させ、かっぱが弾け飛んだ───
───右手に水鉄砲を抱えた女が、自らの間合いに飛び込んできていた。
(───このガキッ゙ガキッ゙!!
ガキィ゙ィ゙ィ゙ィ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙!!!!!!)
(自分自身をッ…"囮"にシやがッたッ゙ッ゙!!!!)
男は悟った。
彗の奇策を。
この闘いにおいて、カリウドにいくら攻撃を仕掛けても意味はない。
男其の者を気絶させるかしない限り、彗らに勝機はなかった。
そう考えた彗は、女が"水鉄砲"と例えた彗の力と、玩具コーナーにある"玩具の水鉄砲"の存在の二つを思い出した。
男は彗を、彗の力を舐め腐っていた。
女の方に対処するのが手一杯だったというのもあるが、だからこそ、女と比べ脅威度が低く見られていた。
そこを突いた。
放水による足取りを成功させ、
決定的な一撃を叩き込んで追い込む。
その上で"雨がっぱ"と"交差ダッシュ"で2択を強要すれば、男はまず女を全力で潰しにくる。
それを逆手に取って、"女"側から水鉄砲を放てば、放水しない方…
自然と彗の方へと、その全力の矛先は向かうと。
(───誰が真似出来るか、そんな芸当を)
水鉄砲を渡され、雨がっぱを着用するタイミングで女も策の全容にはおおよそ勘付いていた。
この作戦には致命的な要素が存在する。
ほんの少し、女が水鉄砲を放つタイミングが遅れれば…
極々僅かな時間でも、男への攻撃が遅れれば…
彗が受ける被害は、致命傷どころでは済まない。
確かに確実な死が訪れる。
彗とて、そこに対する保険を作る時間まではなかっただろう。
(出会ったばかりで…全くもっておかしな人間だ)
然れど、自身の死を作戦に入れる馬鹿はいない。
その一点に関しては、完全なる信頼だ。
隙さえ作ってやれば、確実に仕留めてくれると。
彗から女への、無言の、厚き信頼。
(…その、信頼に、応えらなくてッ────)
──女は踏み込む。それまでの攻防における、
どの一歩よりも鋭く。肉薄の勢いを殺さずに、
全身を捻り、かき集められるだけの力と
速度を、上半身へと集約。
「ッ゙ッ゙待てッ分かッ゙た!!!
降参ッ!!こうさ───────」
ありとあらゆる関節を折り曲げ、
かき集めたそれらを体内にて加速。
腰溜めに構えた拳へと、全力を注ぎ入れ…
「何がッ」
赤き焔を侍らせて、解き放つは必殺の拳。
「 何が────正義だッッ!!!!!! 」
〝 ズ ド オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! 〟
───窮極のアッパー 今宵、炸裂。
──────────────────────
───俺の目の前で、死を思わせる一撃を放とうとしていたカリウドは、突然、蒸発したかのように消え失せた。
その向こう。男の腸に拳をねじ込んだ彼女が、
力の限り拳をふるい上げて……
とんでもねぇ轟音を轟かせて。
男を空へと殴り飛ばした。
屋根を突き抜けて、天高く、空の彼方へ
吹っ飛ばしたのを、俺は目撃した。
キラーンと言う効果音が似合いそうな、
華麗な、一撃だった…
…改めて、頬をつねってみるが、痛いだけだ。
夢じゃない。こんなとんでもない状況だが、れっきとした現実、リアルらしい。
「はぁ…!はぁ……!…少年、無事か?」
夢を疑わせる一撃を放った彼女も、肩で息を切らしていた。
アッパーに全余力を込めたのか、纏うオーラも大分薄く、勢いを失いつつあった。
「………ああ、ちょっと生まれたての
小鹿になってるだけでいたって健康体だぜ」
ガックガックの膝で、ついていた尻もちを持ち上げる。いや、割と洒落にならないぐらいには立ち上がる力がない。
情けないようだが、仕方ないだろうと言わせてほしい。なにせ生まれて初めて、あれだけの殺意を肌で感じ取ったんだ。
ありゃ確かに死ぬ。食らったら死ぬ。
そう感じさせる気迫だった。
ちびってないのが奇跡だ。
「…やったんだよな、俺達。
生きてるよな、そこら辺に
俺らの死体転がってないよな?」
「うん、大丈夫だよ。
私が…私達が、やっつけたんだ」
そうは言われても、やはりまだ現実としては飲み込めない。
もしかしたら俺達はもう既にあのタコ使いに殺されていて、これは最期の瞬間に俺の脳が作り出した幻覚何じゃないかと思う。
暫く、彼女と見つめ合っていた。
思うがやはり、綺麗な美形だ。
オーラを纏う姿を思わず天女だと言いたくなるぐらいには、美人な人だった。
美人を見てると男は大体どうにかなるもんで、
だいぶ落ち着きを取り戻してきた。
うん、落ち着いてきた。
…そうか。
勝ったのだ。
俺達は勝ったんだ。
あの死神みたいなタコ使いに。
勝った。
そっか、生きてるんだ。
「⋯⋯⋯はぁぁぁぁぁ…なん、いや、ほん…」
「…お、おつかれさまっした…」
瞬間、ドッと身体が重たくなって、
思わずまた倒れそうになる。
張り詰めていた緊張が消えたのだ。
糸が切れて、安堵が全身の力を抜いたのだ。
漲り溢れていたアドレナリンが、
ようやく鳴りを潜めていっ、て……
あっちょ痛い、握り潰されかけた時の
ダメージが今になって痛いッッ!!!!!
「ああ、ほんと、お疲れ様だよ。
小さいのによく頑張った、少年」
なんて身悶える俺の頭をポンポンする彼女。
思わずギョッとした。生まれてこの方、頭ポンポンなんて母さんからしか受けたことがなかったからだ。
うむ、悪い気はしない。
悪い気はしない……が、しれっとずっと引っかかっていたのだ。少年呼びといい、ポンポンといい…
これ俺小学生だかなんかに間違われてね…?
「……あっと、ボス。
俺これでも高校生でやして…」
「…え゙っまじ?すんごい失礼じゃん私」
「まじっす。というか…まだ自己紹介も
してなかったんだな、俺ら」
名前なんて二の次どころか二十の次ぐらいの事態だったからな、すっかり懸念していた。
いつまでも女だとか彼女だとか呼びも失礼だろう。
脳内だけだけどさ。
「じゃああの、えっと、隼海 彗です。
高校2年の男子で、最近の趣味は
少しでも他人より秀でたことをネットに
投稿してチヤホヤされることです…」
「現代人すぎる趣味だね、じゃあ、私の番か」
なんてクスリとしながら、改まったように
息を吸って、吐いて……
…彼女がぶち開けた天井の風穴から、月光が差し込むと同時に、彼女は名を名乗った。
「……萱堂 霊凪。高校3年の、
まぁ見ての通り女の子で…最近の趣味は筋トレと
走り込みと───────」
───その名前は、聞いたことがあった。
というか、俺が人気のない町中を歩き回っていた目的の一つだった。
休日をゴロゴロ過ごしている時に俺に届いた、謎の「声」に頼まれた3つの頼み事のうちの一つ。
"導いてあげて"と言われた人物。
萱堂 霊凪…この少女だったか。
まさか、こんな所でばったり会っちまえるだなんて。
というかどの道年上だったか…
「──シャドーボクシング、かな」
「全部筋トレ目的じゃねぇかよ」
にしても筋肉ばかりの話だ。
さっきから見ている身体能力といい、かなり肉体改造にご熱心らしい。
これで脱いだらボディビルダー顔負けのスゥゥパボディとかだったりするのだろうか。だとするなら見てみたい。下心とかではなく、純粋な漢として筋肉の完成形を………
っといかんいかん。
疲労でおかしなことを考え始めやがった。
「そうか、霊凪…さんか」
はてさて…
となればやることは一つだな。
「…さん付けはいいよ。好きじゃない」
「そう、か?なら…霊凪」
大きく息を吸って、覚悟を決める。
「───俺は…訳あって、お前を探していたんだ。
変な話だが、お前の望みを支えて、叶える為にな」
「正直、俺も最初は見ず知らずの奴をなんでって
思ってたが…命を助けてくれた奴が丁度
お前だったって言うんだ」
「なら俺がやるべきことは、一つだ」
「────お前の望みの為に、
そこに行くための旅も、ミジンコ力ながら
尽力させて手伝わせてもらうことだけだ」
───なんか、あれだな。
思いのまま言葉を出力したらランプの魔人とナンパ師のキメラみたいな物が出力されてしまった。
クソッ登校初日を思い出しちまうぜ……
「……ほんと、変な子だね。救いのヒーローだって
言ったり、願いを叶えてやろうって言ったり…」
「毎日ふざけて生きていこうがモットーだからな。
はは!!…煮るなり焼くなり好きにしてくれ……」
ドン引かれてるかもしれない。クッ…!
顔合わせられねぇ………!!!
素直に助けてくれた礼で手伝わせてって言えばよかった…!!!!
「────嫌いじゃないよ、そういうの」
「へ…?」
思わず顔を上げる。
そこには…まんざらでもなさそうな顔をした、
月光に照らされた霊凪がそこにいた。
意外とすんなり受け入れられた。
もっとこう、んだテメェ…頭湧いてんじゃねぇのかってぐらいには引かれるものかと…
最近のJKはこういうお誘いがブームなのだろうか。
おじさんわかんねぇや…!!!
「じゃあそうだね、丁度人手が欲しいって
思ってたことがあるんだ。手伝ってくれる?」
「お、おう…!男に二言はねぇぜ…!!
ねぇけど…な、何をするおつもりなんだ?」
「───端的に言えば、世界を救う」
「……さいですか」
ああ…あの「声」が霊凪を選んだのも頷けるぐらい、ストレートな願いだ。
「忽然と消えたような、人気のない街。
まるで夢のような、信じられない力に
目覚めた私達、その中でも力を悪用するような人…」
「なんらかの、だけど大きな異変が
この世界に訪れてるのは、君も分かってるよね」
「……ああ、まるで大災害が起こったみたいな…」
「私はその、"何が起こってるのか"を解明して、
全部、元に戻そうと思ってる。途方も
ないことだけど、その為の力にも目覚めたんだ」
「やれないことはないよ。きっと」
……その目は、どこか遠くを…
だけど、ちゃんと確かなものを見ている目だった。
少なくとも、俺はそう感じた。
「…決まりだな」
「改めて、正式に、俺達は
世界を救うヒーローってわけだ」
自然と、手が霊凪の方へと向いていた。
命を助けられた義理とか、「声」がどうのとかよりも、こいつの見る先を俺も見てみたいと、純粋にそう思っていた。
カリスマってやつなのだろうか。
だとすれば、俺は既にその術中だな。
「うん。頼りにしてるよ、スイ」
「こっちこそ頼むぜ、霊凪」
───そうして、俺と霊凪は、
固い固い握手を交わした。
世界を救う契り…そんな壮大さとは
裏腹に、振るいあったその手は、非常に軽かった。




