第十話 対話に潜むテキエイ
〝ズドォォォォン!!!!!!!〟
───水掌・川割。
右掌底の着弾と同時に《水鉄砲》による
放水を発動することで、掌底に込めた加速力を
放水に乗せ、共に叩き込む一撃。
水は圧縮されない。
どのように加圧されたとしてもだ。
故にこそ、ゼロ距離からぶっ放すことで放水単体では成し遂げられなかったパワーを実現させた一撃。
数多のバナナ砲撃を掻い潜り、
あのアッパーすら額で受け止め、
そして放った、俺の渾身の一撃。
そいつは確かに、数m程、ハウザーを押し退け…
「───かハッ…」
「…ハッ…アマっちょろいな、ブラザー」
そして、気絶させるには至らなかった。
「………ちく、しょう、がッ……」
息は切れてる。
肺の中の空気を吐き出させるほどの火力はあった。
ただ、それだけだ。
たったそれだけの一撃だった。
掌底に放水を被せてインパクトを爆増?
確かに理論上はそれで破壊力は生み出せるが、
それには肝心の"俺本人のパワー"が必須なのだ。
開発時にもそう言われていた。
いずれは川を割るかもしれない。
だがそれは俺本人の努力次第だと。
他の誰でもない、目の前のコイツ自身から…!!
(まっず……視界…が、溶け、…て………)
視界が揺れる。
額であのアッパーを受け止めたのも良くなかった。
ヘルメットは程よく柔いからこそ衝撃を逃がせるのであって、ただ単に硬いだけじゃ中で守る物へ直に衝撃が入る。
頭蓋骨で拳をもろに受けて大丈夫な筈はないだろう。
脳震盪は起きずとも単純な衝撃で脳が逝き始めやがった。
まずい。
本当にまずい。
あいつはまだ立っている。
ここで俺が倒れれば逃げられる。
約束を果たさねない。
倒れられないのに、視界がブレて───
「あとなぁ、BOY、お前……
少しばかり、"マエノメリ"過ぎだぜ?」
「…………ぁ、あ…?」
「 たまにはバックも見ろよ 」
ハウザーが、笑っている。
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべている。
背筋に冷たい汗が流れた気がした。
それに釣られて、後ろを振り向く────
〝ギュイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!〟
(───はっは…失念ばっかじゃねぇか、俺)
あいつが投げたのは単なるバナナでも無ければ、
ただ単に全てを砕く砲弾でもないのだ。
文字通り…あの発言通りだった。
あの病院での、呟くような技名──────
〝バナブーメラン〟
───躱した八発のバナナが、舞い戻ってきていた。
(避ける?)(無理だ)(躱せない)(畜生)(ここで終わりか)(死ねない)(だが)(逃がすわけには行かない)(痛い、痛い、痛い)(うるさいッ!!)
世界が遅れる。
まるで全方向から喋られているかのように、俺の声が辺りから聞こえる。
情報の濁流だ、処理し切れない。
バナナを打ち返したときとは違う。
まるで指一本動かせない。
無理もない、全身にダメージが入った上で、
トドメに脳へのダイレクトアタックだ。
疲労困憊な状態でよく視界を動かせたもんだと褒めてやるべきだ。
(無理だわ、これ)
諦念が脳内に満ちる。
呼吸がやけに重く感じる。
全身の痛みが、気怠さが、急速に引いていく。
死を目の前にした人間は、来たる想像を絶する恐怖を緩和する為にありとあらゆる快楽物質を順次投入するという話を聞いたな、と、
そんなどうでもいいことが、最後に回った思考だった。
"ペチッ…ペチペチペチペチチチチ"
「………あで、あでっちょっいだっいだっ…???」
バナブーメランが着弾した。
確かに俺の肌に、ビチーンと張り付くように。
八発全てが着弾して、俺は生きていた。
着弾していても、俺は生きていた。
バナナで一切の手傷を負うことなく……
………な、なぜ…?
暫し考え込んで…すぐに振り返った。
『────掴まえたよ、ハウザー』
〝 ───ズドッッッォォオオオン……!!!! 〟
……考えられる可能性なんて、それだけだった。
今、目の前でハウザーの腸に拳をねじ込んだ、
そいつしか、考えられなかった。
「……ああ、ちゃんと二分、持ち堪えられたん、だな…」
セセラを背負った霊凪が、助けに来てくれていた。
そうわかると、体中に張り巡らせていた何かが千切れ、
思わず膝から…崩れ……落ちて…………
「……まだ、だ…」
……その崩壊する身体にたんまを掛けるように、
反射で右腕が地面に突き立ち、俺を支えた。
声の主を見やった。
拳を腸にめり込ませられ、突き飛ばされて、
それでもまだ立つこのアフロ野郎を。
こいつ…"落ちてない"……!?
ハウザーの意識が落ちていないッ!!!
霊凪の拳を腸で受けてッ…まだ……!!
「霊凪!!畳み掛けろッッ!!!
そいつはまだ────」
『────ごめん…スイ……』
『……さっきのが、精一杯…だった………」
「ッ…!!」
薄ち、限りなく薄い、オーラを纏っていた霊凪が崩れ落ちる。
先に限界が来たのはこっちだった。
1、2度の全力を、使い果たしたのだ。
あと半日、最早彼女はろくに動けない。
ハウザーが、立つ。
不味い。
ハウザーが、歩く。
本当に不味い。
ハウザーが、懐からバナナを、取り出す。
不味い不味い不味いッ。
「止まっ…!」
俺も咄嗟に追おうとした。
追おうとしたが、無理だった。
一度張り詰めた覚悟が切れて、
アドレナリンで抑えてた痛覚が叫び出して、
炭酸の抜けたコーラみたいな足は、動かなかった。
「ックソったれ…止まりやがれッ馬鹿野郎ッアフロ野郎ッ……!!!クソ兄貴ィッッッ……!!!!」
それでも藻掻いて、芋虫みたいに這いばって、
思いつく限りの暴言を吐き尽くす。
止まらない。
聞いてない。
あいつも限界なのだ。
俺の言葉じゃ届かない。
不味い。
雨の中で倒れる。
ろくな薬も見つけられないまま、
コムギからも距離のある状態のまま。
炎天下の中でも雨粒は体力を奪う。
ろくな薬も医者もない中、風邪を引く。
せめて俺はいい。
俺はいいから霊凪を。
霊凪と、霊凪が担いで跳んできた……
「テメェの……妹……ぐらッ…………」
「………は?」
………立っていた。
テメェの妹が。
限界をとうに超えた筈の、セセラが。
立って、歩いて、歩いて………
ハウザーの足に、しがみついていた。
「………セセ、ラ……」
止まった。ハウザーの歩みが。
「……ダメだ。おまえは…ここに居ろ。
オレが…オレがゼンブ、どうにか」
「もう、いい…もういいんだよ、アニキ」
「セセラね、アニキとやるラップが、好きなの。
だいすき。それだけでもう、まんぞくなの」
「けんこーなからだも、セセラのみらいも、
アニキがつらいおもい、しなくちゃ、ならないなら…
セセラは…いらないから…」
「だから…とまってよ……ハウ、ザ…ぁ……」
「ッセセラ…!セセラ…セセ、ラァ゙……」
……約束を果たしたセセラは、
糸の切れた人形のように倒れかけ。
それを抱き留めたハウザーは、
ただ、泣いていた。
抱いて、抱きしめて、泣いていた。
止まった。
ようやく、馬鹿野郎が、止まった。
ああ、ほんと、よかったな。
(喧嘩別れに…なら……なく………て……………)
──────────────────────
───いつの間にか瞑っていた、
クソ重たい瞼をこじ開ける。
また気絶していたらしい。
ここのとこ、本当によく"知らない天井だ…"って感想を抱きすぎな気がする。
…そう、知らない天井だ。
目の前に飛び込んできたのは、天井。
ついてない蛍光灯が下げられた、
なんとなぁく縞模様が印象に残る天井だ。
どうやら俺は壁際に倒されてたらしい。
なので横を見る。
やはり、会議室だ。細長い部屋をなぞるように置かれた
細長い机に、ちょっとお高そうな、
脚にキャスターの付いたチェアがズラッと。
だが薄暗い。電源の入ってない照明に、
ガラス壁越しの天気も雨曇だから当然か。
「……おはよ、スイ。大丈夫?」
と、そんな灰色一色な世界に、
一筋のネオンピンクの髪の毛が翻った。
霊凪だ。気怠そうにお高そうなチェアに座っている。
ろくに体を拭いてないから、水も滴るいい女って感じだ。
現状を象徴するような痛々しい左肩が無ければ思わずドキが胸胸したことだろう。
「ああ…ボス、おはようございます……ってじゃねぇ。
起きてる…ってことは半日経ったのか…!?
お、俺は一帯…何時間……」
「ううん、多分10分も経ってないよ。
眠ってられるような状況じゃないから、
気合でなんとか」
ふんすと疲れた顔で拳をギュッと構える霊凪。
移る彼女の視線の先に、俺も自然と目が向く。
足を組んで地面に座る巨体がいた。
ハウザーだ。
横になったセセラの前で、
縄に巻かれたハウザーが、
親父座りをしていた。
……なんでこいつ縛られてんだ…?
「えっあれボスが…?」
「まぁ、うん。ほんのちょっとだけど。
私が起きた時にはもうほとんど巻き終わってて、
最後に結ぶとこだけやってくれって」
自分から巻いていた…
つまり、あれか。
もう抵抗の意はないってことを態度で示してる…のか。
なるほどね?
子鹿の如くプルップルな足で立ち上がって、
ハウザーの元へと歩いていく。
「……よう、アフロ野郎」
「…BOY。その、HA、なんだ…すまなかった」
「謝る前に、やることあんだろ。
…訳を聞かせろ。何かあったのはもう知ってるからよ」
チグハグな言動に、セセラに行われた"手術"と、
その執刀医とも言える"謎の人物"。
何かがあった。それだけはわかってる。
だからそれを聞く。
許す許さないは、その後だ。
霊凪さんもチェアに座ったまま隣にやってきて、
それを見計らったようにハウザーが口を開く。
「元から、そのつもりさ」
「……元々、セセラは、身体の強い奴じゃなかった」
ハウザーは眠るセセラの頭を撫でながら、静かに語った。
──────────────────────
ハウザー・イーサン。
彼は一人っ子であった。
出産と同時に虚弱な母が倒れ、
男手一つで育てられていた。
ハウザーが12の頃、父が再婚した。
相手はアジア系の女性で、連れ子が居た。
鉛筆の芯のように黒く、艶のある髪を持った子。
それがセセラ・イーサンである。
そう、二人は義兄妹だったのだ。
セセラは生まれつきの難病を患っていた。
名前は知らないが、現代の医学でも不治の病に
数えられるものであると。
死ぬことはないが、それでも健康的な生活ってのは難しいものなのだと。
それでも、小児科医の父の手厚いサポートもあって、
数年は安定していた。
よそよそしい関係から、ラップを通じて仲を深め、
近所からでもニコイチのシブリングズとして広く名を馳せるぐらいには。
13の誕生日の前日。
セセラの容体が悪化した。
理由は詳しくは分からない。病気なんてそんな物だ。
緊急搬送された先の病院で14時間に及ぶ手術により、
なんとか一時を凌げたものの…成人を迎えるのは、厳しいだろうと。
余命宣告である。
それでも親父は諦めなかった。
きっと母のことで後悔があったのだろう。
何かヒントになるものがあればと、仕事を休み、
各国の医療の最先端に頼みに行く旅を計画した。
手術室で誕生日を過ごしたセセラに対する負い目もあったのだろうが、
それができるだけの地位があったのだ。我が父には。
まずはということで日本に渡来し…
そして、異変が起こった。
父が消えた。
両親が消えた。
医者が消えた。
薬はあっても何を使えばいいかは知らなかった。
自身の後ろには、守らねばならぬ妹が一人。
タイムリミットがすぐそばまで迫った、
妹が、たった一人。
それでも、いいやだからこそ、
ハウザーは努めて冷静を保っていた。
希望があった、異能があった。
妹が居たのだ、他にも人が居るかもしれない。
不治の病を治せるような、そんな異能を使える奴が。
旅に出た。
三日掛かったが、ようやく会えた。
事故った車の側に突っ立つ二人。
嬉しさのあまりラップをかましてしまった。
二人は治癒系統の異能ではないらしい。
だが何、人はいるのだ。確かにいるのだ。
なら探すべきだろう。この二人と共に。
いつかは見つかるかもしれないのだから。
あれは、そう、小さな男に稽古を終え、
最後に、眠る前に妹の様子を覗いた時だった。
彼女は咳をしていた。
共に眠る霊凪ですら気付かないような、
小さな小さな咳を。
大丈夫かと心配になって、額に手を当てた。
熱かった。
己の掌に収まりそうな小さな頭は、
火傷してしまうのではないかという程、熱かった。
ハウザーは悟った。
タイムリミットだと。
自分の身体が熱くなったのか寒くなったか、
とにかく、冷や汗が噴き出した。
どうすればいい。
どうすればよかったのだ。
自分は一体、何を、どうすればよかったのだと。
霊凪の側から妹を抱き抱えて、
とにかく走った。外へと。
もしかすれば、人が居るかも知れない。
今から走れば、見つけられるかも知れない。
この二人が見つけ損なっただけで、
まだ近くにいるのかもしれない。
不治の病を治せるような、そんな淡い希望が。
" ───何やらお困りのようね "
いた。
希望が、そこに立っていた。
黒尽くめのローブに身を包んだ、女だ。
まるで鈴の音を転がしたような声だった。
被ったフードで微笑む口元しか見えない、
月光を背に立つその存在が、
ハウザーにとっては神のようにも見えた。
助けてくれ。妹が、妹が危ういんだ。
" ええ、ええ、わかっているわ。
わたしなら、その子を救える "
" だから、助けてあげるから、
わたしのお願いも聞いてちょうだい? "
一言一句、はっきり覚えていた。
藁に縋ったら出てきた金貨だ。
忘れられるわけが、なかった。
" あの二人を、殺してちょうだい? "
恩人が、友人を、殺せと言ったのだから。
──────────────────────
「───そこから先は、YOUらの見たとおりさ。
あの人はタシかに、セセラをこうして治して、
生き永らえさせてくれている」
「……それだけさ」
───事の顛末を話し終えたハウザーは、
項垂れていた。
「……じゃあ、あの店内の荒らしは?
コムギの野菜とかをずたずたにしてた」
「ああ、ワライバナシだぜ。
ハッ、カクゴが…なかったのさ。
ヒトを殺せって言われて、はいそうですかって
なるほど、オレはクサれなかった」
「だからメシを奪って、積みきれないブンは
食えないぐらいに荒らした。ガシでも
してくれればってな」
「……ここまで追いやったのもそうだ。
トチカンがないとこまでナビって、
そこで好きなようにくたばっちまえとよ」
「───な……る、ほど、な」
話は大体わかった。
わかったが、わからんことが何倍かぐらいに増えた。
「…………スイ」
どうするか、と言った目で霊凪が見てくる。
彼女も困惑と葛藤があるのだろう、
最終的な判断は俺に委ねるつもりらしい。
う~む…
よし。
一度話を整理してみよう。
まず、セセラは元々ハウザーとは義兄妹で、
生まれつき不治の病の難病を患っていた。
それが頼れる大人の居ない今になってぶり返して、
慌てたハウザーは飛び出た先で、
不審者に出会った。
訳知り様子の不審者は、
自分ならばセセラを治せる。
だがその代わり、俺達を殺してこいと、
交換条件…即ち交渉を持ちかけた。
あからさまに怪しいやつだ、解せぬ。
そして、ハウザーはそれに乗り…遂行出来なかった。
覚悟が無くとも、覚悟が決まっても、
俺達二人はこうして生き延びた。
セセラを治してくれた奴の要求に応えられなかった。
「……ムリをショウチで、頼めねぇか。
オレは好きにしていい。だから、
セセラを、お前らの旅に…連れてって、くれ」
それが意味するところは、
ハウザーも理解していたのだろう。
項垂れたままの勢いで頭を下げた。
Japanese土下座である。
向こうは難病を治せる能力者で、
訳あって俺達を殺したいらしい。
治癒の能力で何ができるのかは知らないが、
だからって戦闘向きではない力だと慢心は出来ない。
紛いなりにもこの俺がなんとかやってるのだ、
それ以上の戦略や頭脳で足元を掬われるかもしれない。
転んだ先に杭でも置かれてるかもしれない。
単純に向こうが一人じゃない可能性もある。
俺と霊凪、ハウザーとセセラ……
ここまで基本ニコイチで行動してたのだ。
人間は、群れる。向こうも俺達全員なぶり殺せる奴をスタンバイさせてるのかもしれない。
リスクが分からない。
想定しきれないというのは何よりも鮮烈な恐怖だ。
……というところでだ。
ここで俺達が取れる選択肢は三つ。
1つ。お願いを無視して二人共々ここに置いていく。
メリットは……恐らく、ない。
その黒尽くめの怪しいお姉さんからのパイプが切れるかと思い考えたが、よくよく考えれば仮拠点としていたコムギを既に割り出されている。
縛られたハウザーと眠ったセセラを殺ってから、
その後を追われて寝首をグサリ…なんてのは嫌だ。
それに折角見繕った手数が消えるのも惜しい。
2つ。お願いを聞き入れ、セセラだけを連れて行く。
メリットとしては、ハウザーにどのような対価条件でも突き立てられる。
見たとこ、こいつはセセラが第一条件だ。
そりゃそうだ。ただ一人の家族なのだから。
そいつを紛いなりに守ってやると言えば、
どんなことだろうとやってのけるだろう。
例えば、その黒尽くめの女と戦え、とか。
霊凪を押し退けるバナナのパワーだ、
向こうも未知数とは言えきっと出来ないことはない。
が、その戦闘の結果までは観測出来ないだろう。
それを待ってちゃハウザーが負けた場合取り返しがつかない。
俺も霊凪も疲弊してる、この状態で戦闘は出来ない。
というかハウザーも消耗しているしな。
俺達を殺したい…明確な敵だ。
そんな奴の生死が分からないままビクビクと過ごすのも精神衛生上よくないだろう。
となれば、どうするか。
「……なぁ、ハウザー。
一つだけ教えてくれねぇか」
「なんで、俺に、川割を教えたんだ」
「セワになろうって奴の手伝いするのに、
そんなBIGなリユウはないさ」
「だが、まぁ……ジャパンじゃ、
こう言うんだったか……
"キノマヨイ"って奴もあったろうな」
「弱かった妹をイジめてたワルBOY共に勝てるよう、
必死にキタえてたガキが過ったから」
「……言うんだったら、そういうことだ」
……ハウザー。この男は義理堅い。
親の再婚相手の連れ子を、数年の付き合いがあったとは言えここまで大切にし、守ろうとしているのだ。
その妹を守る為に、身を粉にして逃げて、
最後には自らの手を染める覚悟も決めたのだ。
この身を通して痛いほど理解した。
「なら、わかった。セセラは預かる。
代わりにこっちの頼みも聞け。対価条件だ」
「……ああ、なんでも言え」
対価条件、きっといい思い入れはないだろう。
それでも嫌な顔せず、噛み締めるように頷いた。
いい目をしている。
「お前も来い。以上だ」
「ああ………あぁ………?」
「………ハァ!?!?」
「叫ぶなよ、セセラが起きたらどーすんだ」
「い、いや…いいのか…!?オレは、YOUらを本気で…
というか、今の話がブラフだとか考えて……」
「あの話が嘘だってんなら、
お前俳優かクリエイター目指せるよ」
いそいそと困惑するハウザーの縛りを解く。
ぶっちゃけ、俺はこいつは悪くないと思ってる。
要はあれだ、知らず知らずの内に闇バイトに応募しちまいましたってことと一緒だ。
確かにハウザーは俺と霊凪に傷をつけたが、
セセラを助けるにはそうせざるを得なかった訳だ。
つまり、道具にされたのだ。
この傷にハウザーの意思はない。
事件で使われたナイフを恨むか?
いいや、犯人の方を恨むね。
なんならそのナイフで刺し返してやる。
「言ったろ、俺達の旅にセセラの車は不可欠だ。
明確な敵がいるなら力も…とにかく、戦力が欲しい。
霊凪と同程度か、それ以上のな」
「───必殺技の時の借り、返させてくれよ」
「……………」
……暫く口を空けて呆けていたハウザーだったが、
何かが決壊したように、グラサンの目尻から、
大粒の涙が溢れかえった。
また土下座するように倒れ込んで、
しゃくりあげて泣いていた。
「……ありがとう。ありッ…がとう………!!
ホントに、ホッントに……ずまなかったッ…!!!」
「謝るんだったら、行動で示してくれや」
拳を突き出す。
無粋な言葉は必要ない。
見上げたハウザーも理解したように、
腕で涙を拭って立ち上がった。
「───お゙ぅ…!!マカせろッ!!!」
俺の拳に突き返された"二つの"拳は、
思わず尻持ちをついちまいかねないほど重かった。
「……ありがと、スイ」
「セセラ…お前、いつから」
「ハウザーが泣いた瞬間だろ」
「お、オレは別に泣いたワケじゃ……」
「……」
「「「ふっ」」」
───イーサンシブリングスと、和解した。
問題はある。なんならむしろ増えた。
だが、きっと、俺達ならば。
──────────────────────
ハウザーが付近の偵察に、
セセラが車の用意に先に出掛け、
さぁ俺達も外に行こうかって時。
くいっと裾を引っ張られた。
振り返れば……ムスッとした霊凪が一人。
「……れ、霊凪…さん……?」
「……何か言うこと、ある?」
怒っている。
多分初めて、霊凪が怒っている。
何故だ?
何かをミスった?
ミスるような要素が……
ハウザーの処置の判断だ。
あっまずい。
霊凪は赦してなかったのか。
あの視線は言ってやれよ子分スイってことだったか。
そりゃそうか、女の肌は宝より高いって母さん言ってた。
傷物にされた恨み……
下手したらこれから一緒に旅する中で
血祭りがフェスティボーするかもしれない。
まずい。それはまずい。
今からでも逃げろと二人に伝え…
いやっそれよりも。
「す、すまん……でも
敵がいるって言われちゃあ
戦力は欲しいしさぁ…!!」
「そうじゃないよ。二人が
来てくれるのは私としても嬉しいし」
「……?じゃあ、何にそんな怒髪天を…」
「…女の子に殴らせといて、
ごめんの一言も無し?」
「───あーね!!!」
俺は可能な限り、素早く動いた。
後ろ足を滑り出し、膝を付いて、
可能な限り素早く黄金比を描いて頭を地面に叩きつけた。
見よ、ハウザーよ。
これが真の日本人の奥義。
これこそが真なる…ジャパニーズDO・GE・ZAである!!
「誠にッ申し訳ありませんでした……ッ!!!」
「……ふぅ、生きてるなら別に良いんだけどね。
スイは私の大切な友達なんだからさ」
「もうちょっとだけ、
身体を大切にしてくれたら嬉しいな」
「………はぁ…」
「それじゃね、スイも早く降りてきなよ」
……壁にもたれ掛かって、
霊凪も階下に降りていった。
トモ、ダチ。
ともだち。
友達。
この俺が。
万年ぼっちだった俺が。
友達認定。
霊凪さんから。
大切な、友達……
「────ッしゃおらぁ!!!!!!」
俺は…歓喜したッ……!!!
さらばッ数年単位のぼっち人生!!!
よろしくッ非ぼっち人生!!!!
危うくコケそうになる程の勢いで
俺も階段を駆け下りてった。
──────────────────────
───あの異変から5日目、朝。
「───改めて確認を取る」
DJCの上によじ登った霊凪は、
眼下に立つ三人をそれぞれ見やる。
「これから私達が向かうのは長い長い旅。
世界を救う旅路だ。きっと辛いことや、
怖いこともある。敵だって居るかもしれない」
麦色の肌の大男。
ボンバーヘッドにツリ目のグラサンを掛ける
ハウザーが肩を鳴らした。
「好きなものも食べられないかもしれない。
食うに困ることだってあるかもしれない。
でもそれを乗り越えて一緒に食べる釜の飯は、
きっと何物も代えがたいものだと思う」
黒鉛の髪に黒のパーカー。
ハンディファンを片手に涼む、
朝飯を済ませたばかりのセセラの腹の虫が声を上げた。
「……もしかしたら、命を失うかもしれない。
そのぐらい、過酷で、辛くて、怖い旅」
「それでも、ついてきてくれるかな」
最後に、霊凪は見た。
黒く、青みがかかった、剣山のような髪を持つ、
無茶をしがちなこの少年を。
恐らくここ最近で久しぶりに、
自分から友達だと言った彗を。
「……へっ!」
満足そうに、笑っていた。
彗だけじゃない。セセラもハウザーも。
皆が一様に、任せろと言わんばかりに笑っていた。
心の奥に何かが灯った。
きっと、大丈夫だ。
この皆なら、何があっても、きっと。
「……でもスイ、これ慣れないよ」
「でも様になってたぜボス。
なぁハウザー」
「あぁ、正しくコミックのHeroだな」
「なんでもいいからはやくいくの。
もうおなかすいてきたの」
「早いなぁ…でもそうだね、
それじゃあ────」
「──────いこっか!!」
───少年少女の旅は、始まった。
「───ようやく、見つけたでござるよ」
屋上に潜み立つ、小さき躰の影を見落として。




