第9話 必殺技
────ハウザー、あいつは、スイを気絶させた。
体当たりで説得しようとする彼を。
力で遠ざけた。
事情を話さず、訳も話さず、ただ一方的に拒絶する。
こちらに否があるのかも分からないまま、
ただただ一方的に離れようとする。
ただ訳を話すのにここまでするのか。
ただ話を聞くだけでここまでやらないといけないのか。
許せない。
許せるはずがない。
話すまで殴らなければ、私の気が済まない。
……のにッ、追いつけない。
地面をあのバナナで殴りつける度、彼は跳ねる。
ビルの上を跳ね飛び移動し、距離を離される。
凄まじい速度だ。
私が【異能】を解禁してまで全力で走ってるのに、
一向に距離を縮められない。
全力で踏み込めば、多少は近づける。
だが一定の距離まで近づくと、あいつは止まる。
止まって"砲撃"を開始する。
バナナだ。
ふざけたことに、あいつがバナナを投げると凄まじい速度で、とんでもない精度で、私の方へ飛んでくる。
それだけ聞けばタコ使いの"缶"を思い出すが、
あれなんかとは比べ物にならない。
あれが狙撃だとするならこっちは砲撃だ。
火力が違いすぎる。
既に左腕は動かなくなった。
オーラの防御を貫いて、肩に当てられ外された。
偶然なんかじゃなかった。
確かにハウザーは狙ってここに当てた。
(クソッ…身体が、言うことを、聞かなくなってきた)
追いかけてから何分経ったろうか。
オーラが大分薄くなってきた。
付かず離れずだった距離も若干開きつつある。
もう一、二度、全力を込めて動けば強化は切れる。
直感だ。
一、二度の肉薄程度で、あいつには届かない。
直感だ。
話も聞けないまま、逃げられてしまう。
何かを抱えさせたまま、逃げられてしまう。
…許せるわけがない。
そんな体たらくな自分が。
話を聞くまでに、こうまでしないといけない、自分が。
スイに話を聞いてあげるべきだと思う、
なんて抜かした手前、それを遂行できない自分が…!!!
『……ッどう、すれば…』
"───ブロロロロ………!!!"
………いよいよ幻聴が聞こえ始めたか。
後ろから、エンジンの音が聞こえた。
こんな状況で新たな人?
そんな訳はない。
こんな追いかけっこに混ざる物好きなんて…
"……ズンチャカチャッズンチャカチャッ"
……ああ、一人だけ、居たかもしれない。
こんな追いかけっこに混ざりたがる、物好きが。
「───助けに来たぞ!!霊凪!!!」
──────────────────────
────DJCのパワーは
ここに来るまでの道中で理解していた。
こいつは凄い。
悪路なんてへっちゃらこっちゃら。
その上でとんでもねぇパワーが出せる。
1分どころか30秒足らずであいつらの影を捉えられた。
……そう、悪路なんてへっちゃら。
きっとあのバナナブーメランだろう。
道路にいくつも空いた穴凹。
瓦礫の山々で思うようには進めなかった。
追いついた先で見た霊凪の容態も不味かった。
肩の服は千切れ飛び、痛々しい青痣が見えた。
多少距離がある状態でも理解ったのだ。
オーラもかなり薄い。
陽キャカー…DJCで出せる限りの速度で
ぶっ飛んできたが、それでも無理をさせちまった。
「───状況は!!!」
『……付かず離れずがずっとの状況…!!
近づきすぎたらバナナの砲撃が飛んでくる!!
凄い火力と精度だった、削られたッ。
オーラもあと一、二度の全力しか出せない!!』
なんてこったいかなりのピンチ。
危惧していた状況が早速やってきやがった。
霊凪の身体能力を満足に活かせない状況での持久戦。
どうする。
やるしかない。
最悪は最悪だが、想定していた最悪だ。
どうにかするための策は前々から考えてた。
「⋯⋯霊凪!!まず、お前に─────」
──────────────────────
(………アレは…DJC……!?
Why!?!?"先生"が言うには、
あと1時間は安静にって……)
「………BOYか、あのBOYが、セセラを強引に…!!」
──────────────────────
「───待ってあおいの…!
アニキの反応が止まった…!!」
……助手席でナビを務めていたセセラが反応する。
釣られて見れば、クレヨンで描いたような
ファンタジーで雑なナビゲート画面の、
今の今まで追ってきた赤い点が確かに止まって─────
「 ──セセラに何しやがったァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」
雄叫び……否、
最早絶叫とも取れる声が俺の鼓膜を殴りつけた。
全身の鳥肌がスタンディングオベーション。
怒気と殺意が明確に膨れ上がった。
んなもんに触れて日が浅い俺が確かに感じ取れる程に。
ヤバい、不味い、緊急事態。
何か想定を軽く上回るレベルの勘違いを起こされた。
「ごめん話は後だ霊凪ッ!!
ハウザー!!!聞けッ!!!!
俺は別にセセラを脅してなんか───!!!!」
窓を全開に頭を突きだし、
張り上げられるだけの声を上げたつもりだ。
違います。うちはそちらの妹さんのご所望でここまで来たんですと。
ここ1年半、まともに声を張り上げる機会のなかった陰キャ学生の声は、ろくに届かなかったらしい。
〝────ドゴゴゴォォォゥゥ!!!!!〟
「ッッなぁぁ!?!?!?」
───地面が震えた。
俺達が、DJCが今走ろうとした目の前の道が"消えた"。
陥没したのだ。いきなり急に。
何が起きた?
何をされた?
違う。
もう説明されていただろ俺。
バナナだ、バナナ砲撃。
激情に駆られたあいつが、多分、
出鱈目な量のバナナを投げたんだ。
一発でこれだけ凹むとは思えない。
だが直撃じゃなかった。
DJC…妹が乗ってるかもしれない車だからか。
激情のなかでも無意識に加減を……
(待て)
(だったら…陽キャカーに乗ってない、
走ったまんまの……霊凪は…!?)
「どうな」「れいなおねぇちゃん!!!」
瞬間、車がえげつないターンを刻んだ。
ハンドルがギュルンと回転したんだ。
助手席のセセラが俺の方に飛び込んできて、
そのまま加減無しでぶん回したのだ。
とんでもない量の…バナナの砲撃に晒された、
霊凪の元へと少しでも早く、駆けつけるべく…!!
「こッの」
飛んできたセセラを小脇に抱えて、
ドアを叩き開けた。
ああ、万が一の為に、
シートベルトをしない判断を取ってて正解だった。
「運転中のハンドルをッッ!!
子どもが触っちゃあいけませぇん!!!!!」
霊凪の前にぶっ飛ぶ車から、
更に俺達二人が飛び出したッ。
〝スドドドドドォォォォォ!!!!!!!〟
──────────────────────
「───あ……ッだぁぁ…!!
クソがッ激痛いてぇ…!!!」
爆音、爆煙、悪環境のなか、
視界がグルングルン回転して、
遅れて全身に鈍い激痛が襲い掛かる。
セセラを守るために抱きついたせいで碌な受け身を取れなかった。
抱きついてなくても同じことだったからよしとしよう。
すぐに腕のなかのセセラを見やった。
……大丈夫だ、目立った外傷はない。
「よし、まずは…じゃないッ霊凪!!霊凪ぁ!!!
無事じゃねぇなら無事じゃねぇって言えぇ!!」
……。
返事がない。
まずい。霊凪が致命傷を負ったか?
ギリギリで駆けつけた陽キャカーが盾になってくれることを祈っていたが、
まさか間に合わなかった…!?
『……そ、れで…言えたら、苦労はしないよ』
「霊凪!!」
ちょっと後ろ、ひしゃげた陽キャカーを片手で押し退けながら返事が返ってきた。
良かった、生きてた。
陽キャカーが盾になっててくれていた。
センキューフォーエバー、
陽キャカーよ永遠に。
こいつに乗ってるやつ性格悪いとか思っててごめんな…!
お前は最高の車だよ…!!!
全員が生きているのを確認すれば、
自然と辺りの情報も分かってくる。
道路はボコボコ、辺りの建物も損害し、
瓦礫や屋上に備え付けていた広告板が無造作に散らかっている。
あのバナナ、とんでもない火力だ。
小規模の絨毯爆撃だろこれ最早…
それを全員無事でやりすごせたのは奇跡だろう。
そう、全員無事で…は、ねぇッ。
「肩、肩は大丈夫か…!?」
『外れてちょっと痣になってるだけだよ。
大丈夫…それよりもセセラちゃんは!』
「こっちも無事…だと、良いんだが……」
さっきも言った通り、セセラに外傷はない。
俺が捨て身でクッションになったのだ、今の飛び出しでダメージは負ってないはず。
だが……喘息と言うべきか、
息苦しそうな呼吸を繰り返している。
それを見て霊凪さんも心配しているのだ。
当たり前だろう。
手術終わりだと言っていた。
その手術で何をされたのかよくはわからんが、
DJCを貸し出してくれた時からも赤羅様にキツそうだった。
体力の限界が来たんだ
1分はもう疾うに過ぎたんだ。
ひしゃげたDJCも融解を始めている。
『……クソ、ハウザー、実の妹すら見えてないのか…!』
「いや、きっと見えたからこそ、ここまで加減したんだ。
殺せるならいつだって殺せた。
それは霊凪が一番よくわかってるはずだ」
左肩の打撲痕。
霊凪の異能のオーラは耐久面も向上させる。
防御力バフを乗っけた霊凪に、ここまでの痛手を負わせられるのだ。
あの地面を陥没させた多段バナナ砲撃を霊凪一点に叩き込めば、きっと霊凪でも無事じゃ済まなかった。
そうだ。
あいつは言っていた。
逃げると。
戦うでも、退けるでもなく、
"逃げる"と。
あれだけの火力を持ちながら逃走に徹している。
こちらを行動不能にするのが一番手っ取り早いだろうに。
なんなら行動不能にするためにコムギの食品群をダメにしたのだろうに。
どこかチグハグなのだ。
今のハウザーの行動は。
『…そ、か。言われてみると…そうか……』
「…霊凪、その車のナビ画面まだ付いてるか!!」
『え、あ…うん、まだついてるよ。
ここから南に一直線に、赤い点が…』
「よし、"狙い"は分かったな。ソイツがハウザーだ」
『!…これが、ハウ…ちょっと待って、狙いって?』
セセラを脇に寝かせて。
瓦礫の山を漁る。
求めるものはただ一つ。とにかく平たく、頑丈で、そこそこデカい、盾になるような…
あった。
どっから剥がれ落ちたか、
求める条件をおおよそクリアした鉄板を見つけた。
「あと一、二度なら全力で動けるんだな?」
『動け…る、けど…何その鉄板?
狙いってなんの……まさか君ッ!?』
「ああ、お察しの通りだぜ」
「俺を全力でぶん殴れ。
かっ飛んでちょっくらタイタン挑んでくる」
強化状態の霊凪の走りじゃ間に合わない。
DJCも既に無くなった。
だが、手段がないわけじゃあない。
タコ使いを星にした時のような、
霊凪渾身の一発で"何か"を殴り飛ばした速度なら、
ハウザーの移動速度を優に上回れる。
だが瓦礫を二、三発殴り飛ばしたって奴には勝てない。
そもそもこっちにハウザーを狙って叩けるような狙撃能力はない上、
遠距離合戦となれば精度も高いあのバナナに撃ち落とされるがオチだ。
…だが、その殴り飛ばした物が自分で動いて、
ハウザーを探して、止められるなら?
つまり、人を殴り飛ばして向かわせられるなら?
霊凪はダメだ。こいつに殴ってもらわないと始まらない。
セセラは論外。
…だが、ここに丁度良く、
必殺技を拵えたばかりの男がいる。
『無茶だッ!!そもそもあんな距離を
飛ばせるだけの一発を鉄板一枚で
無傷で済ませられるわけない!!!』
『それに君ッ…ハウザーに近接戦で負けたばっかだろ?
見てたよ、あの動きは素人じゃない!!
君が行ったって犬死に─────』
凄まじい勢いで猛抗議する霊凪。
だろうな、こいつはそういうやつだ。
そういう自分以外が高すぎるリスクを負うことに対して素直に頷いてはくれない奴だ。
この前の囮作戦だって、あの後思い出したようにネチネチ詰められた。
ここで霊凪が反発することだって、考えていた。
「じゃあ今の霊凪であいつに追いつけんのかッ!!」
だから、ありったけ声を張り上げろ。
なるだけ怒気を詰め込め。
弱気なままじゃだめだ。
いつも通りじゃ押し負ける上に、信じてくれない。
コケ威しでもなんでもいい。
強気を演じろ。
「あいつに追いついてどうにかする手立てがあんのか!?
追いついたとして、お前なら勝てるのか!!
あと一、二度だけの拳であいつに勝てるって?!」
『……それ、は…』
「───なぁ、霊凪。霊凪さんや。
俺がいつまでもお前に助けられないと
いけないようななよっちぃチビだと思ったら………」
「大正解だぜ」
『……は?』
「俺はまだ、お前達に助けてもらわないと何もできないような奴だ」
「ちっとは頭回ったって、それが絶対正解だ、
なんて言えるような自信まではない。
助けるって言いながら助けられてばかりの、
本当に情けない奴だ」
『…急に、何を』
「だがな…頼まれたんだよ」
「泥棒と話したいって言いながら、ついつい
頭に血が登って話し合いがすっぽ抜けかけた奴と」
「お前に頼るのは癪だが、
それでも兄貴を止めさせてくれって言った奴と」
「……俺は、約束だけは守る。
どんなに泥臭くて情けなくたって、
どんな手を使ってでも必ず果たしてやる」
「これだけは世界中から人が消えたって譲れねぇ」
「…だからよ、霊凪。
俺が命に変えても留めるから、約束してくれないか」
「───命に変えちまう前に、
駆けつけて、助けてやるってさ」
『……スイ』
「話、聞かなくちゃいけねぇんだろ?」
そう。
端から俺一人で解決できるなんて思ってない。
俺にできることなんてのは命に変えてでもやってみるか、
命を捨てでもやり遂げるかの二択だ。
逃げるコマンドは最初っから搭載されてねぇ。
『…………よくそんな堂々と、格好悪いこと言えるね』
「それが俺だからな」
『痛いなんてもんじゃ、済まないよ』
「覚悟の上だぜ」
『本当に死ぬかもしれないよ』
「そうならない為のお前だろ?」
『………………二分だ』
『二分で必ず、追い付くから。
絶対絶対、追いついてみせるから』
吹っ切れたように、拳を構える霊凪。
ああ、本当に、いつも肝心なとこばかり任せちまう。
この埋め合わせはいつか、必ず返すから。
今はガキのわがまま…目瞑って聞いてくれ。
『───死んだら殴るからッ!!!』
「───おうともッッ!!!」
〝 バッゴォォォン!!!!! 〟
───拳が、繰り出されて。
瞬間、霊凪の姿が、遥か遠くに吹っ飛んだ。
『……そんなに格好悪いこと言ってるのに』
『どうしてこれほど、格好良いのさ』
──────────────────────
身体中を重力が押さえつけていた。
空気抵抗だ。
下を見やる。
俺の何十倍、何百倍とあるビル群が凄まじい速度で後ろに加速している。
飛んでいる。
飛んでいるのだ。
俺は今、風になっている。
比喩抜きのこれを言えるなんて、人生何があるかわかったもんじゃないな。
盾を構えていた量の腕がしびれる。鈍痛だ。
直撃じゃなかったとはいえ、霊凪の本気の一撃。
この豆腐ボディにしちゃよく崩れなかった方だと褒めてやるべきだろう。
痺れる腕に鞭打って、盾にした鉄板を空に広げる。
翼、グライダー代わりだ。
空気抵抗により滞空時間を伸ばしつつ、
その間になんとか捻って空中で体勢を整える。
時間もそう多くはない。
どこだ。
どこに居る。
ハウザーはどこに居る。
南の方だと霊凪は言っていた。
屋上を伝って逃げているなら空からでも見えるはずだ。
小麦色を探せ…アフロを探せ…!!
(運動神経のずば抜けた霊凪が外すとは思えない。
いくらぶっつけ本番だったとは言え、大まかな狙いさえ分かっているんなら………)
「!!」
「ハッ…ナイスショットだ!!」
居た。
見つけた。
というか、視線に入ってきた。
一直線、俺が飛ぶ先に走るハウザーの背が見えた。
ふぅ、
ふぅぅぅ、
落ち着け。
ここからが一番大事だ。
着地をミスったら死ぬ。
着地をミスったら死ぬ。
着地をミスったら、死ぬ。
おらッ三回言ったぞ!!
神でも何でも良いからッ!
上手くいくよう見守ってろ!!!
──────────────────────
「ハァッ…!ハァッ…!!」
───ハウザー、彼は走っていた。
降り出してきた雨に打たれながら、走っていた。
己がしでかした悪事に苛まれ、どうしようもなく走ることしかできなかった。
あの時、DJCを見た時、激情が沸き立った。
己が愛妹を、あいつらは利用したのだと。
手術により衰弱した我が家族を。
その激情に駆られ、バナナを投げたまではよかった。
狙い通り、DJCの手前の道路を陥没させたまではよかった。
だが、誤算があった。
霊凪へ繰り出した、数多の砲撃だ。
あれに、あの攻撃に、進む道がなくなったDJCが、迷うことなく軌道を変え、剰え盾になろうと突っ込んできたのだ。
何故だ。
何故あんな奴らの身代わりに…
いや、冷静になればわかったことだ。
DJCを運転しているのが何も妹な訳はない。
あの男も荒々しい運転で病院に駆けつけていたんだ。
DJCさえ顕現させればあいつが運転したっていい。
仮に、もし仮に、あれを妹が運転していたとして、
あいつはやけに霊凪に懐いていた。
きっと母さんの面影を見たんだろう。
そんな母を被せていた奴がピンチ。
俺でも身代わりになろうとする。
どちらにせよ、あの瞬間に身代わりに出るのはそう不思議なことでもなかった。
迂闊だった。
怒りで判断が鈍った。
もしあの車に、妹が乗っていたら。
もしあの攻撃で、妹が、妹が………
「ッックソォォォ…!!!!」
そうでない可能性を信じたくて、
きっと病院で安静にしてると信じたくて、
ただ、走っていた、
瞬間だった。
〝────バギィィィィィ!!!!!〟
目の前に、雷が落ちたのかと思った。
耳をつんざく弾かれたような音が鳴った。
目の前から。
落ちてきた。
何かが。
そいつは鉄板を持っていた。
落下と同時、鉄板を振り抜き、
弾かれるように跳ね返って。
そのままろくな受け身もクソも取れないまま数回バウンドして、転がって…
動かない。
そいつは動かない。
ブラックブルーのとんがった髪を持ち、
俺からしてみればまぁダサい青のSの字が刻まれたパーカーを羽織った男。
出てきて早々、死にやがったのか…?
なんて眺めていると──────────
──────────────────────
「──ぁぁぁああああ〜〜……!!!!!
クッッッッソいてぇぇぇ…!!!!!」
───なんて眺められながら、
芋虫のように這ってモゾって立ち上がった。
着地の間際鉄板を地面に叩きつけて落下ダメージの削減を狙い、そして失敗した。
地面を鉄板でなんとか弾き返したまでは良かった。
が、その後思ってたより身体に回転が掛かってゴミのように転がり跳ねた。
コンクリ製の屋上の上で。
降り始めた雨に打たれながら。
全身が痛い。
死ぬほど痛い。
死んでも多分痛い。
だが、生きてる。
四肢は繋がってる。
奇跡的に折れてすらない。
ヒビはいくつか入ったかもしれないが。
「おっらぁ…どしたよ……!
死人、が、生き返ってみてぇな、顔…しやがって…!」
「…YOU、オレのあのアッパーを受けて、
このジカンで復帰できた奴はそう居ねぇよ」
「はっ!そりゃあ…!
誇る、べき、こと、だろうな……!!」
背中に差し込んでたバットを抜き取る。
前回は勢い余ってこいつを使う余裕すらなかった。
武器さえあれば…なんて考えちゃねぇが、
武器があれば近接の牽制にはなる。
妹を勝手に使って憎たらしいのか、
はたまたぶっ飛んできたことに恐れてるのか、
あるいはそのどっちも感じて一周回って気まずさでも感じてんのか……
そのグラサンの奥の真意は、計り知れない。
「……BO」「へい、ぶらざー」
だがどういう心持ちだろうと、
きっとコイツはまた逃げる。
霊凪の強化が切れてもずっと。
俺たちが追いつけなくなるまで。
だから先手を打つんだ。
こいつをここに釘刺しにする為のそれを。
「テメェ、言ったよな…
話聞きたきゃ、殴ってでも吐かせてみろってよ」
「じゃあ逆に言ってやる」
「───セセラを助けたきゃ、俺を倒してみろよ」
" ズ ン ッ "
殺意が膨れ上がった。
近接戦のレベルが違うってとこから理解ってたが、
やっぱコイツ、やる側だ。
素の霊凪と同じぐらい。
つまり俺じゃ敵いっこないぐらい。
明確に人を殺す意思を持てる。
これが銃国家が生み出した男か。
いや、いいぞ。いい。
これで良いんだ、隼海 彗。
タゲ取り120点。
あとはあのバナナ砲撃に耐えるだけ。
クソッ足を震わすな。
1秒1瞬が命取りなんだぞ。
「……そうか、やっぱりYOUがセセラを……」
「カクゴは、出来てんだろうな?」
ああ、出来てる。
出来てるつもりだ。
出来てなきゃこんな無謀な策には挑まねぇ。
バットを正眼に構える。
ハウザーが懐からバナナを取り出す。
一本二本なんてもんじゃない、
十指の間に一本ずつ、八本一気だ。
集中しろ。
集中だ。
早押しだ。
早押し感覚で身体を動かせ。
少し先の未来を見るつもりで、
最善の判断で避け続けろ。
「────行くぜ」
「────来いやぁ!!!」
右腕が振り抜かれる。
襲撃してくる。4本の砲弾が。
凄まじい速度で、集中していてもギリッギリの速度で、霊凪の言ってたとおり、神懸かり的な精度で、集中的に胸を狙い飛んでくるバナナが見えた。
話に聞いたとおりだ。
そして……まずは賭けには勝った。
わざわざ"下半身"を潰しにはこなかったッ。
「せええええ!!!」
瞬間…否、バナナが投げられる寸前から既に、
俺は上半身を後ろへぶっ倒していた。
賭けだ。文字通り、上半身にのみ攻撃を当てられる賭け。
こいつの心にある何らかの引っ掛かりを信じ抜いた賭け。
鼻っ柱をバナナが掠める。
多少ひりつくが、関係無い。
倒した上半身を跳ねっ返して突っ走る!!!
「───ワッツァ!?」
俺が4歩踏み出してようやく、
一歩、奴は後退る。
ああだろうな。
俺だってあれを鼻頭の痛みだけで済ませられるとは思わなかった。
そりゃあ狼狽るのも仕方ねぇさ。
同時に残った左手のバナナ4本を投げつけられる。
だが半分破れかぶれだ。
さっき程の精度は出せていない。
扇状に広がった。
俺に当たりかねないのはたった一本。
だからって、
それを的確に避けれる程、俺は動けない。
「ぜぇぇぇ!!!!!」
故にこっちも脊髄反射だった。
正眼に構えたままのバットを薙ぎ払う。
打撃を置きに行った。
バナナを横から殴って軌道をズラシに行ったのだ。
瞬間、感じた。
ミスったと。
掛かった手応えは余りに重かった。
霊凪の異能の上から肩を外すパワーだ。
打ち返せない。
早計だった、もやしっ子が打ち返せる訳がない。
バナナ砲撃というギャグみたいなパワーフレーズから無意識下で舐めちまってた。
諸に喰らえば死ぬ。
今度こそ死ぬ。
何も果たせないまま死ぬ。
あいつの夢を叶えられないまま死ぬ。
世界を救えないまま死ぬ。
俺は、死ぬ。
霊凪を遺したまま……死ぬ。
────そんな。
─────道半ばで。
(死ねるかよッッ!!!)
そう思った瞬間、雨が、止まって見えた。
直感的に理解した。
脳のリミッターが、外れたと。
「───がああああ!!!!!!!」
万力が宿った腕を、一閃、振り抜いた。
バナナ砲撃を弾き返す…というよりも、
バナナ砲撃"から"弾き返されたという形でだが、
まぁなんだっていい。
俺が横にぶっ飛ぶ形で、なんとか避けれた。
死から避けれた。
火事場の馬鹿力という言葉がある。
今のはそれだ。完全にそれだった。
確かに雨粒が止まって見えた。
ゾーンだった。
"ミシッパリッッ"
(ッ゛ッ゛が゛ぁ゙゛…゛!゛?゛)
瞬間、異音がなった。
バットから、それを握る腕から。
脂汗が噴き出た。
さっきまでとは比べ物にならない激痛が走っていた。
折れた?
わからない。
今度こそ本当にヒビが入った?
わからない。
ただ、痛かった。
咽び泣きそうになるぐらい、痛かった。
痛かった、だけだ。
まだ、手は、バットを、握れる。
自然と駆け出していた。
即座にもう片方の手で握った手ごとバットを持った。
ヒビだらけのバットを上段に構えて。
痛いさ。ああ、本当に痛い。
だが今はそんなもんどうだっていい。
ここで倒れるわけには行かない。
ハウザーが逃げる。
セセラの約束を果たせない。
霊凪の信頼を裏切ってしまう。
「戻りやがれぇ゙!!!
ハァウゥザアアアアア!!!!!」
「ッッ……戻れねぇんだよ……!!!
クソBOYッッッ!!!!!!」
バットの間合いに捉えた。
瞬間、ハウザーが消えた。
いいや、消えてない。
今度は目で追えた。
下段、俺の懐の下に、上半身を横に倒して、
拳を下に構えて、潜り込んでいた。
一撃食らって理解した。
このアッパーを撃つまでには、溜めがいる。
ほんの少しだが、潜ってから放つまでの間に1秒のラグが掛かるのだ。
だからこそ、フッと急に姿を消して、
困惑させる間で本来は潰すんだろう。その隙を。
よく考えられている。が、
今度は逃しはしない。
バットを無遠慮に振り下ろした。
潜り込んだハウザーへと向けて。
型もへったくれもなく、上半身ごと。
その一振りが、ハウザーには届かないことを理解して、
それでも俺は、振るい抜いた。
──────────────────────
潜拳。
そう命名したのは、己の師匠なのか、
それよりもっと前の、由緒ある拳法の長なのか。
ハウザーは知らない。
知らないまま、この必殺技を十八番とした。
路地で大人を叩きのめしている時に見込まれ、
半ば勝手に教え込まれた一手である。
相手の視覚から上半身を消し、
懐へ潜り込み、生まれた隙で、
溜めた力を顎へと穿つ。
顎を弾き、顎から最も遠い脳を揺らし、
致命的な"脳震盪"を起こして相手を気絶させる。
これを使い、倒れなかった奴はいない。
初見は無論、少なくとも3度は叩き込まれなければろくな対応は取られなかった。
ハウザーが最も使い込み、最も信頼した一手である。
それ故に、使った。
砲撃の如き己がバナナを八発も凌いだ強敵を打倒すべく、
最後の切り札を切ったのだ。
己が知る中で最も強く、最も錬磨されたこの一撃を。
拳を放つ寸前、その軌道上にバットが現れた。
が、遅い。錬磨もクソもない、素人の素振り。
砕いた上で顎も吹っ飛ばしてやる。
"ビュッッッ───バガァァアン!!!"
風切り音と共に、拳が飛んだ。
大の大人すら十分は気絶させる拳が。
体躯の小さな、この男に。
躊躇いも何もない、全力の一撃が。
さして苦労もなく、バットを砕いた。
終わりだ。
たった一晩にすら満たない付き合いだが、
いい奴らではあった。
それだけだ。
「───Bye」
〝 ゴォンッッッッ 〟
───妙な手応えがした。
柔らかく、しかし硬い…
鉄柱をグローブで覆ったものを殴ったかのような、
そんな手応え。
それと同時に。
必殺の拳が、"弾かれた"。
四肢での、ろくな防御が取れないまま。
弾き返され、目の前の男の前傾姿勢も弾き崩れた。
「────ハァッ!?」
現実を飲み込むにコンマ数秒掛かった。
なんだ。
何が起きた。
一体どうして─────
額が赤い。
目の前の男の額が、
赤い。まるでぶたれたかのように。
まさか、まさかこいつ。
あの必殺を、潜拳を──────
("ヒタイ"で、受けやがった!?!?)
──────────────────────
〝 ゴォンッッッッ 〟
「───っはっはっはぁぁ!!!!」
バットを砕き、威力が削減され。
上体を下に振り下ろしたおかげで"加速し切る前"の拳を、額を打ち付けられた。
満足な威力を伴えなかった拳は、
顎を弾けなかった拳は、
さして脳を揺らさず、
俺の上体を弾くと同時に、弾かれたッ!!!
人体で最も硬い部位たる"頭蓋骨"で受けた。
脳から最も近い地点であの拳を受け止めたのだ。
揺らしようがない、震えようがない、その位置で。
視界がブレる。
目に映る全ての輪郭が僅かにズレた。
賭けには8割方は勝ったがッ
アッパーよかマシだったが…!!
鍛え上げられた成人男性級の体躯からの一撃。
少なからず脳に影響は入った。
一度だ。
きっと俺はこれから、一度しか満足に動けない。
(だからこそ、その一度っきりに────)
「全部込めてやらぁ゙ッッ!!!!!」
前傾姿勢から額を弾かれたことで奇跡的に体勢を整えられた状況から、一歩、雨に濡れた地面に足を滑らせ、間合いを詰める。
止める為に、
叩き込む為に。
全身の関節をフルに活かし、
身体を活かし、
コシを入れ、
構えた右手…その"掌底"に、全ての加速を叩き込む。
重力加速を得た滝の水が岩を削ぐパワーを得るように、
着弾と同時に《水鉄砲》を発動することで
掌底の加速を放水に乗せ、共に叩きつける。
ただ拳で殴る以上の破壊力を発揮し、
鍛え上げればいずれリバーをブレイクすることすら可能となり得るかもしれない、必殺技。
授けた名は、水掌─────
「 川 割 ぁ ぁ ッ ッ !!!! !!!! 」
相撲好きな妖から取った、
水のグローブを纏う渾身の張り手は、
正確無比に、ハウザーの胸ぐらへと叩き込まれ───
〝 ズドォォォォォォォ!!!!!!! 〟
ハウザーを、突き飛ばした……!!!




