デッドエンド、最期の微笑みー
左肩を失ったまま。
それでもデッドエンドは口元をゆっくりと吊り上げた。
驚愕は一瞬。
次の瞬間には、もういつもの笑顔へ戻っている。
「…ふぅん…クソザコにしては、考えたじゃーん♪」
その軽い声音に、逆に場の空気が張り詰めた。
マリーナは一切気を緩めない。
視線を逸らすことなく、低く呟く。
「随分と余裕だな…」
横でマークスの指先が引き金へ力を込める。
「まだ何かあるのか!?」
その問いに答える者はいない。
ただ、デッドエンドだけがくすくすと肩を震わせて笑っていた。
その姿を人垣の向こうから見ていたベルは、反射的に声を張り上げる。
「油断しないで!」
公園に響いたその一言に、マリーナもマークスも、警官隊までもが僅かに構えを強めた。
マリーナは拳銃を真っ直ぐデッドエンドへ向けた。
揺らぎのない視線のまま、静かに告げる。
「大人しく投降しろ」
花畑を吹き抜ける風だけが、その言葉のあとを埋めた。
デッドエンドは首を傾げる。
そして、ふにゃりと笑った。
「んー…やーだーよーん♪」
両手の手のひらを開き、指先をわきわきと動かす。
そのまま舌をべろりと垂らし、子供がふざけるような仕草を見せた。
マリーナは一切表情を変えない。
「そうか…」
短く呟き、左手をゆっくりと持ち上げる。
その合図だけで十分だった。
マークスが構えを整え、警官隊も一斉に銃口を揃える。
ウルフは静かに後退し、警官隊の後方へ下がった。
射線を空けるために。
マリーナの左手は、なおも高く掲げられたまま。
「言い残すことは?」
その問いに、デッドエンドはゆっくりと顔を巡らせた。
真っ直ぐに。
ベルだけを見つめる。
「ベル、愛してる♪キャハハッ」
その笑顔を見た瞬間。
ベルの背筋を、冷たいものが走った。
嫌な予感。
理屈ではない、本能が鳴らす警鐘。
しかし次の瞬間、その声は銃声に飲み込まれる。
「撃て!」
合図と同時に、ベルとミリィは反射的に両手で耳を塞いだ。
轟音。
一発ではない。
何十、何百という発砲音が重なり、公園中を揺らす。
マリーナ。
マークス。
そして警官隊。
無数の弾丸が雨のように降り注ぎ、デッドエンドの身体へ突き刺さった。
限定結界弾が命中するたび、小さな魔法陣が咲く。
花びらのように展開し、その周囲の空間ごと削り取っていく。
肩が消える。
腕が消える。
腹が、脚が、顔が。
抉り取られた場所には傷すら残らない。
世界そのものが穴だらけになったような光景だけが広がっていく。
「撃ち方やめっ!」
マリーナが声を上げ、銃声が止んだ。
硝煙がゆっくりと花畑の上を流れ、白く視界を霞ませる。
風が吹く。
煙が少しずつ晴れていく。
その先に立っていたのは。
頭も。
顔も。
胴も。
身体中を無数の欠落に削られ、残された部分だけで辛うじて形を保つデッドエンドだった。
左右の揃わない顔。
崩れた輪郭。
それでも残った口元だけは、いつもと変わらず。
にたりと。
笑っていた。
「全員、再装填!削り切るぞ!」
マリーナの命令が飛ぶ。
その一声で、警官隊が一斉に動いた。
空になった薬莢が次々と排出され、乾いた金属音を立てながら地面へ転がる。
新たな弾倉が装填され、ボルトが引かれる。
再び、無数の銃口が一点へ集まった。
その先。
花畑の中央には、もはや人の形を保つことすら難しくなったデッドエンドが立っていた。
肩は消え。
腕はなく。
胴も半ば以上が抉り取られている。
残された僅かな部分だけで、奇跡のように立ち続けていた。
ベルはその姿を黙って見つめる。
デッドエンドもまた、残された左目だけでベルを見返した。
半分も残っていない口元が、ゆっくりと吊り上がる。
笑った。
その異様な笑みに、花畑を吹く風さえ止まったようだった。
そして。
マリーナの腕が振り下ろされる。
「撃てー!」
再び轟音。
銃火が一斉に火を噴いた。
限定結界弾が雨のように降り注ぎ、命中するたび小さな魔法陣が展開される。
展開された結界は容赦なく周囲の空間ごと削り取り、デッドエンドの残された身体を少しずつ、確実に消していく。
左腕の付け根が消える。
腰が消える。
首元が消える。
残された頭部へ弾丸が届いた瞬間、小さな魔法陣が閃き――そのまま頭そのものが空間ごと抉り飛ばされた。
さらに胴体も消える。
上半身は完全に失われた。
それでも射撃は止まらない。
硝煙が幾重にも立ち込め、花びらを白く霞ませていく。
やがて最後の銃声が止み、静寂が戻った。
煙の向こう。
そこに残っていたのは。
両足の足首から下だけ。
花畑の上に、ぽつんと取り残された二つの足先だけだった。
花畑に残されたものは、両足の足首から下だけ。
それすらも長くは続かなかった。
マークスは何も言わず、静かに照準を合わせる。
引き金を一度。
そして、もう一度。
乾いた発砲音が連続して響いた。
展開した小さな魔法陣が最後の残骸を包み込み、空間ごと削り取る。
次の瞬間には、そこに何も残っていなかった。
血も。
肉片も。
痕跡さえも。
風に揺れる花だけが、何事もなかったように咲いている。
マリーナはしばらくその場所を見つめ続けた。
そしてゆっくりと銃口を下ろす。
「撃ち方やめっ!」
号令と同時に、公園を満たしていた緊張が一斉に解けた。
警官隊は順次銃を下げ、周囲の警戒を維持しながらも呼吸を整える。
マリーナは視線を前へ据えたまま、静かに宣言した。
「Keilflamme幹部デッドエンドことハーヴェスト・アンセン、消失を確認」
その声は花畑に響き、誰も異を唱えなかった。
続けて、隣に立つマークスへ視線を送る。
「事後処理に移れ」
マークスは背筋を伸ばし、迷いなく敬礼した。
「はっ!」
その返答と同時に、止まっていた時間が再び動き始める。
警官たちは持ち場を離れ、現場保存や周辺確認へ散っていく。
花の香りの漂う公園に、ようやく戦いの終わりだけが静かに広がっていった。
ベルは何もない花畑を見つめた。
さっきまで、あれほど騒がしく笑っていた存在はもうどこにもいない。
風が花を揺らし、硝煙の残り香だけが静かに流れていく。
「デッドエンド…」
ぽつりと漏れたその名前は、誰にも届くことなく風へ溶けた。
隣でミリィがそっと微笑む。
「やっと、終わりましたね」
その声には安堵が滲んでいた。
長かった戦い。
何度倒しても立ち上がり、何度絶望させられたかわからない相手。
その終わりを、ようやく目の前で迎えたのだ。
いつの間にか、ウルフもベルの隣へ歩み寄ってきていた。
肩を並べ、同じ景色を見つめる。
そして、口元を緩める。
「ベル、やったな」
その言葉にベルはすぐには答えなかった。
花畑の中央。
もう何も残っていない場所をじっと見つめ続ける。
本当に終わったのか。
本当に、もう笑いながら現れることはないのか。
胸の奥に残る得体の知れないざわめきは消えない。
それでも、ゆっくりと息を吐き出した。
「…うん」
短い返事だけが、穏やかな風に乗って流れていった。
警官隊が慌ただしく現場を駆け回る。
規制線が張られ、無線の声が飛び交い、さっきまでの銃声に代わって忙しない足音だけが公園を満たしていた。
その喧騒の中を、ベルとミリィ、そしてウルフの三人はマリーナに促されるまま静かに歩き出す。
これ以上ここにいる必要はない。
その判断だった。
花畑を抜け、公園の出口へ辿り着く。
ベルはふと足を止めた。
何かに引かれるように、ゆっくりと振り返る。
そこにはもう誰もいない。
硝煙も薄れ、花だけが風に揺れている。
静かな景色だった。
ベルはその光景をしばらく見つめたあと、小さく口を開く。
「ご飯…おいしかったよ。ハーブ」
届く相手は、もういない。
返事もない。
それでも、その言葉だけは風に乗って花畑の向こうへ流れていった。
隣にいたミリィは何も聞かず、何も言わない。
ただベルの横顔を静かに見つめるだけだった。
ウルフも腕を組んだまま、前を向いて立っている。
誰も急かさない。
短い沈黙のあと、ベルはゆっくりと前を向き直った。
そしてもう一度だけ、公園へ背を向ける。
今度は振り返らず、そのまま歩き出した。




