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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第7章ー人の盾ー

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デッドエンド包囲網ー

ベルは苦笑しながら、一歩だけミカゲへ近付いた。


そのまま何も言わず、そっと両腕を広げる。


ミカゲは一瞬だけ目を丸くしたあと、何も迷わずその胸へ身を預けた。


「ご主人様…」


囁くような声が、服越しに吸い込まれていく。


ベルはその小さな身体を優しく抱き寄せた。


力を込めるわけでもなく、ただ安心させるように。


「あっ…ずるいです」


頬をほんのりと染めたミカゲが、ゆっくりと睫毛を閉じる。


ベルは微笑み、彼女の頭へ手を乗せた。


「ありがとよ。ミカゲのおかげでうまくいったぜ」


ぽん、ぽん、と軽く頭を叩く。


そのたびにミカゲは嬉しそうに身を寄せ、猫のように頬を擦り付けた。


「もぉーもぉもぉもぉ」


鼻を鳴らすような甘え方に、ベルは思わず吹き出しそうになる。


少し考えたあと、冗談めかして口を開いた。


「ミカゲにもキスしてやろうか?」


ミカゲはすぐに顔を上げた。


染まっていた頬はそのままに、返ってきた言葉だけはきっぱりとしている。


「何処の馬の骨ともわからない女に出し入れした口じゃ嫌です」


ぴたり、と空気が止まる。


ベルは何も言い返せず、しばらく口を開きかけては閉じるを繰り返した。


結局、肩の力を抜いて長いため息をひとつ吐く。


その様子を見て、ミカゲは再びベルの胸へ額を預けた。


腕の中で小さく口元を緩めながらも、頬だけはまだ少し膨らんだままだった。


ベルは軽く親指を立て、そのまま頭上を指し示した。


「さて、んじゃ戻ろうぜ?」


少しだけ口元を吊り上げる。


「そっからが本番だ!」


その言葉に、ミカゲは静かに頷いた。


抱きしめられた余韻を胸に残したまま、そっと右手を持ち上げる。


闇が応えるように波打った。


次の瞬間、ベルとキンサシャの身体がふわりと浮かび上がる。


重力を忘れたように、ゆっくりと。


ベルの足先が地面を離れ、気を失ったキンサシャもまた見えない力に支えられて宙へ運ばれていく。


やがてベルの腕はミカゲから離れた。


それでもミカゲは名残惜しそうに、その手だけは離すまいと指を絡める。


指先と指先。


最後の最後まで繋がっていた温もりも、少しずつ距離に引き裂かれていく。


伸ばした腕では届かなくなり、それでもミカゲは視線を逸らさない。


やがて指先がするりと離れた。


闇の底に立つミカゲは、そのまま見上げ続ける。


光へ向かって昇っていくベルとキンサシャを。


暗闇の天井に開いた穴は次第に大きくなり、眩い陽光が二人を包み込んだ。


ベルは思わず目を細め、片腕で光を遮る。


長く闇にいたせいで、太陽の日差しが痛いほど眩しかった。


その隣では、キンサシャが白目を剥いたまま力なく浮かんでいる。


何も知らぬまま、静かに眠り続けていた。


そして二人の身体は境界を越える。


闇を抜け、地上へ。


足元に広がるのは、色とりどりの花が咲き誇る公園だった。


柔らかな風が草花を揺らし、さっきまでの死闘が嘘だったかのように穏やかな空気が流れている。


その光の中で、ベルの身体に変化が訪れた。


黒が溶けるように広がり、輪郭がゆっくりと変わっていく。


気付けばそこに立っていたのは、もう先ほどまでの姿ではない。


太陽の下に現れたのは、黒髪の少女へと戻ったベルの姿だった。


眩い陽光に目を細めながら、ベルはゆっくりと周囲を見渡した。


そこに広がっていた光景に、思わず首を傾げる。


花畑の向こう。


視界を埋め尽くすように並ぶのは、無数の背中だった。


肩を寄せ合い、武器を構え、誰もが一点を見据えている。


張り詰めた空気。


誰一人として気を抜いていない。


「…えっと、今、どんな状況?」


ぽつりと漏れた呟きは、その緊張感の中でひどく場違いだった。


すると、人垣の外れから弾かれたような声が響く。


「ベルさん!?」


聞き慣れた声に、ベルははっと顔を向けた。


人の輪から少し離れた場所。


そこには、こちらへ駆け寄ろうと身を乗り出すミリィの姿があった。


その顔を見た瞬間、ベルの表情がぱっと明るくなる。


「ミリィ!解放されたのね!?」


声を上げながら、思わず一歩踏み出した。


その足元では、気を失ったままのキンサシャが花の上に横たわり、静かな寝息だけを立てていた。


だが、その場の誰も彼女には目を向けていない。


全員の意識はなお、人垣の向こう側――今もなお警戒を向け続けている“何か”へと注がれたままだった。


ミリィは迷うことなく駆け出した。


花びらを蹴散らし、その勢いのまま黒髪の少女の胸へ飛び込む。


ベルはよろけながらも受け止め、その小さな身体を抱き留めた。


温もりを確かめるように、ミリィの腕に力がこもる。


次の瞬間、ミリィは顔を上げ、人垣へ向かって大きく声を張り上げた。


「マリーナさん!ベルさん無事です!ここにいます!」


その声は公園中に響き渡る。


間を置かず、人垣の向こうから力強い返事が返ってきた。


「よし!了解した!」


ベルはミリィの肩越しに、人の壁を見つめる。


依然として誰一人、持ち場を離れようとはしない。


「えっと…どんな状況?怪人は?」


問われたミリィは首を横に振った。


「私たちも意識も記憶もはっきりしなくて詳細はわからないんですが…」


言葉を選びながら、ゆっくりと説明を始める。


気が付けば全員、公園に倒れていたこと。


ベルも怪人も、そしてキンサシャも姿を消していたこと。


その場にはデッドエンドだけが一人で騒ぎ続けていたこと。


目を覚ましたマリーナたちは即座に取り囲んだものの、デッドエンドは余裕の笑みを浮かべたまま、ベルは閉鎖空間へ閉じ込めた、怪人に拘束させている、危害を加えられたくなければ大人しくしていろと告げ、そのまま睨み合いが続いているのだと。


話を聞き終えたベルは、足元へ視線を落とした。


白目を剥いたまま眠り続けるキンサシャ。


その姿を見下ろしながら、ぽつりと呟く。


「…怪人は?」


ミリィも同じように視線を落とした。


「攻撃を受けていた私たちがこうして無事ということは…ベルさんが倒したんじゃないかと…」


ベルは眉を寄せ、小さく苦笑する。


「それが私も記憶が曖昧で…だから多分」


「…おそらく」


互いに断言できないまま、言葉だけが宙に浮く。


しばらく黙っていたベルは、ゆっくりと息を吐いた。


「…あいつかぁ」


そう呟いた口元には、不思議とわずかな笑みが浮かんでいた。


ベルは人垣の隙間からそっと身を乗り出した。


重なり合う肩の向こう。


無数の銃口が、一点へと向けられている。


警官隊が幾重にも包囲を敷き、そのさらに内側ではマリーナ、マークス、そしてウルフが三方向から逃げ道を塞いでいた。


その中心。


追い詰められているはずのデッドエンドだけが、いつもと何一つ変わらない笑顔を浮かべて立っている。


花畑の中に咲いた異物のように。


マリーナが一歩踏み出し、力強く宣言した。


「どうやらブラフだったようだな!ベルは無事だぞ」


その言葉を聞いたデッドエンドは、肩を落とすでもなく、ただ首を傾げる。


「ふぅん…あっちのデッドちゃんはやられちゃったかー…あーららー」


どこか他人事のような口ぶりだった。


マークスが隙なく構えたまま怒鳴る。


「いい加減に観念しろ!もう逃げ場はないぞ!」


その横で、ウルフも牙を覗かせるように笑った。


「ベルが無事なら、俺もいつでも仕掛けられるぜ」


四方を塞がれ。


銃口に狙われ。


逃げ道はどこにもない。


それでもデッドエンドだけは、まるで遊園地にでも来た子供のように楽しげだった。


「やーだー♪みんな顔がこわーい♪」


笑顔のまま、両手の拳をぎゅっと握る。


それを口元へ寄せ、頬を隠すように当てる仕草は、可愛らしさを演じているようでいて、どこか底知れない不気味さを孕んでいた。


その光景を人垣の後ろから見つめるベルは、小さく目を細める。


胸の奥に湧き上がるのは安堵でも緊張でもない。


「デッドエンド...こんな時でも変わんないわね」


そんな呆れにも似た感情だけだった。

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