デッドエンドの最期ー
キンサシャが引きつった笑みを浮かべる。
「……なんかあんたたち見てると……緊張感なくすよ……」
ミカゲは即座に言い放った。
「おまえ達を殺すのに、私なら秒もかからないもので」
その声音はあまりにも自然だった。
キンサシャの顔から血の気が引く。
ベルは苦笑しながらミカゲへ視線を向けた。
「ミカゲ、あんま脅かすなって」
それでもキンサシャは恐る恐る口を開く。
「……そ、それはデッドエンドでも同じ……?」
「無論です」
即答だった。
ベルも顎に手を当てる。
「まぁ……言ってもスライムだろ?」
その言葉に、キンサシャは何かを言いかける。
「だ……だったらー……」
その時だった。
「だったら? だったらなぁ〜にぃ〜?」
どこからともなく、聞き慣れた間延びした声が響く。
「ひぃっ!」
キンサシャが悲鳴を上げ、慌てて辺りを見回した。
右。
左。
背後。
どこにも姿はない。
ベルも静かに視線を巡らせる。
だが、デッドエンドの姿は見当たらない。
キンサシャが青ざめた顔で呟く。
「……気のせい?」
「ちげーし、ばぁか♪」
「もがっ……!?」
突然、キンサシャが喉を押さえて苦しみ始めた。
身体を折り曲げ、息を求めるようにもがく。
次の瞬間。
口元から透明な粘液がとろりと溢れ出した。
それは止まらない。
溢れた粘液はぶくぶくと膨らみ、キンサシャの口を無理やり押し広げていく。
やがて巨大な塊となり――。
「ばぁー♪」
ぬるり、と。
その中からデッドエンドの顔だけが飛び出した。
満面の笑み。
粘液に濡れた頬を揺らしながら、にたりと笑う。
キンサシャの目が驚愕に見開かれた。
ベルはその光景を見つめ、呆れたように呟く。
「……デッドエンド」
「おひーさー♪ デッドちゃんだよーん♪」
まるで友人に再会したかのような軽い調子。
ベルは顔をしかめた。
「なんつーとこから出てくんだよ」
デッドエンドは顔だけのまま肩を揺らすように笑う。
「こないだクソザコキンサシャの中に入る機会があったから、身体の一部をそのまま残しといたんだ〜♪ こんなこともあろーかとー♪ キャハハッ♪」
ベルはため息混じりに首を振った。
「悪趣味なやつ」
デッドエンドの顔だけが、キンサシャの口からぬるりと突き出たまま笑う。
「こんなとこで〜なぁ〜にコソコソやってんだよぉ〜」
赤い瞳がベルへ向く。
「ベールー、あちきと帰ろー?」
ベルは即答した。
「やだよ」
その返事に、デッドエンドは頬を緩める。
「やだー。本当はやさしいくせに〜。強がって、か・わ・い・い〜♪ キャハハッ♪」
隣ではミカゲが静かに右手を持ち上げていた。
その仕草を視界の端で捉えたベルが、何も言わず目だけで制する。
ミカゲは不満そうに眉を寄せながらも、ゆっくりと手を下ろした。
ベルはデッドエンドを真っ直ぐ見据える。
「おまえ……いい加減にしろよな」
「なぁ〜にが〜?」
首だけを傾げ、無邪気な声で返す。
「俺たちだけを襲ってきてたから、今までほっといたけど」
ベルの声音が低くなる。
「関係ない奴らまで巻き込むなら、もう勘弁しねぇぞ?」
その言葉を聞いたデッドエンドの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「そんなこと言っていいのかな〜?」
「なんだと?」
「ベール〜」
間延びした声が響く。
「あんまりこんなとこで引きこもってるから〜、上で何が起きてるか、わっかんないんだね〜」
ベルの表情が変わる。
眉がぴくりと動いた。
「おまえ……」
一歩、前へ出る。
「言ってるそばから、また何かしてやがんのか」
デッドエンドは答えない。
ただ、口だけを三日月のように歪める。
その笑みだけで十分だった。
何かが起きている。
しかも、ベルに見せつけるために。
キンサシャの喉から生えたその顔は、愉快そうに肩を揺らすように笑った。
「キャハハッ♪」
デッドエンドは相変わらず、キンサシャの口から生えた顔だけで楽しそうに笑っていた。
「ほぉら〜ベル〜♪ キスしてよ〜♪ そしたら〜助けてあげるから♪ キャハハッ♪」
ベルは眉一つ動かさない。
「誰がおまえなんかと」
その返答を聞いたデッドエンドは、さらに頬を緩める。
「照れてるの〜? か〜わ〜い〜い〜♪」
満面の笑み。
心の底から面白がっている顔だった。
その一方で、土台にされているキンサシャは限界だった。
白目を剥き、口を大きく開けたまま、意識があるのかないのかも分からない。
ミカゲが静かに一歩前へ出る。
「……殺しませんか?」
冷え切った声だった。
ベルは即座に首を横へ振る。
「外がどうなってるか見てからだ!」
その瞬間。
デッドエンドの笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「おっとー!」
わざとらしく大声を上げた。
「ちょい待つし!」
ベルの足が止まる。
デッドエンドは赤い瞳を細め、にたりと笑った。
「外に出たら全員殺すよ?」
その一言だけで。
場の空気が凍りついた。
さっきまでのふざけた調子はそのままなのに、言葉だけが異様に重い。
脅しではない。
本気だ。
そう理解できる笑顔だった。
ベルは黙ったまま、デッドエンドを見据える。
ミカゲもまた、静かに瞳を細める。
影の世界に、誰も口を開かない沈黙だけが落ちた。
ベルはデッドエンドを見据えたまま、ゆっくりと息を吐いた。
怒りを押し殺すような静けさが、その場を満たしていく。
その沈黙を楽しむように、デッドエンドはにたぁ、と口元を歪めた。
「…外はどういう状況だ?正直に答えろ」
問いかけは短く、それでいて鋭い。
まるで逃げ道を許さない刃のようだった。
だが、デッドエンドは肩を揺らして笑うばかりだった。
「あちき1人で暇だったからー♪全員が解放される前に、デッドちゃんの身体の一部を全員にぶみこんじゃった〜♪このクソザコキンサシャみたいにーねー♪キャハハッ♪」
その軽薄な声が響くたび、キンサシャの肩がびくりと震える。
ベルは何も言わない。
ただ、その赤い瞳だけが細く細く絞られていく。
「てめぇはまた…」
低く漏れた声は、怒鳴り声よりもずっと重かった。
それを聞いたデッドエンドは、むしろ嬉しそうに身を乗り出す。
「あれ?怒ってる?怒ってるのー?怒らないでー愛して?デッドちゃんだけを」
甘えるような声音。
けれど、その奥にあるのは人の命すら玩具にする狂気だった。
キンサシャは唇を震わせ、思わず一歩後ずさる。
対照的に、ミカゲはぴくりとも動かない。
ただ静かにベルの横顔を見つめ、その判断を待っていた。
影の世界は静まり返っている。
響くのは、デッドエンドの笑い声だけだった。
デッドエンドは両手を頬に添え、唇を尖らせた。
身体を小さく揺らしながら、ベルへと顔を寄せていく。
「だからーはーやーくー♪キスしてよ♪」
その仕草は恋する乙女そのものだった。
だが、その場にいる誰もが知っている。
その中身が、どこまでも狂っていることを。
ベルはしばらく何も言わなかった。
デッドエンドの笑顔を見つめ、やがて静かに口を開く。
「…本当にキスしたら、全員解放するんだろうな?」
その言葉に、デッドエンドの表情がぱっと花開く。
目を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
「もちろーん♪デッドちゃん嘘つかないよー♪」
その無邪気な返事だけが、影の空間に軽やかに響いた。
隣で聞いていたキンサシャは、信じられないものを見るようにベルへ視線を向ける。
ミカゲもまた何も言わない。
ただ静かに、ベルの横顔だけを見つめていた。




