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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第7章ー人の盾ー

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キンサシャの処遇ー

ミカゲの掌で渦巻いていた黒が、不意に静まった。


暴れることも。


膨らむこともない。


ただ一点へと凝縮され、闇そのものを切り取ったような漆黒の球となって、静かに回転を続ける。


「……二」


その声は変わらず穏やかだった。


しかし、その静けさがかえってキンサシャの心臓を締め付ける。


水晶玉へ舌を這わせる速度がさらに増す。


「抑えろ……! 押さえ込めさね!」


ぎち。


ぎちぎち。


ダンデドールの全身を縛る蔓が、さらに食い込んだ。


腕が軋む。


根が悲鳴を上げる。


自らの身体を、自らの力で押し潰す。


内側の何かを絶対に外へ出さないために。


だが。


次の瞬間だった。


ぼこり。


閉じられた胴体の中央が、不自然に膨らむ。


「なっ……」


キンサシャの喉が震える。


ぼこり。


今度は反対側。


さらに肩。


背中。


腹。


まるで内側から巨大な拳で何度も叩かれているかのように、あちこちが次々と盛り上がる。


締め付ける蔓が悲鳴を上げた。


ぎちっ。


ばきっ。


赤い光が隙間から一気に漏れ出す。


膨張は止まらない。


押さえ込めば押さえ込むほど、その力はさらに内側から膨れ上がっていく。


遠くで見守るミカゲは、ただ静かにその光景を眺めていた。


掌の上の黒い球体だけが、何かを待つようにゆっくりと回り続けていた。


ぼこり。


ぼこり。


ぼこり。


内側から何度も膨れ上がっていたダンデドールの身体が、不自然なまでに静止した。


一瞬の沈黙。


そして。


――どんっ。


腹の内側から叩きつけられたような衝撃が走る。


次の瞬間。


轟音と共に、ダンデドールの全身が内側から爆発するように弾け飛んだ。


絡みついていた蔓が千切れ。


根が四散し。


白い綿毛が吹雪となって舞い散る。


その中心から、一つの影がゆっくりと姿を現した。


銀髪の少年。


だが、先ほどまでとは違う。


両肘から伸びる黒鉄の刃だけではない。


肩から。


背中から。


手の先から。


膝から。


つま先から。


全身という全身から黒鉄の刃が突き出していた。


十数本。


いや、それ以上。


まるで人の姿をした巨大な刃物そのもの。


全身を覆う鋼の棘が、赤い光を受けて鈍く輝く。


「ひっ……」


キンサシャの喉から掠れた悲鳴が漏れた。


その姿を見た瞬間、本能が理解してしまった。


勝てない。


「あああああぁぁぁぁっ!」


悲鳴が影の世界へ響く。


その一方で。


遠く離れた場所から静かに見守っていたミカゲは、ようやく口元を綻ばせた。


先ほどまでの苛立ちは跡形もない。


慈愛に満ちた笑み。


右手に浮かべていた、闇よりなお暗い黒い塊をそっと包み込む。


掌が閉じると同時に、それは音もなく消え去った。


そしてミカゲは、穏やかな声で最後の数字を告げる。


「……一」


ゆっくりと銀髪の少年へ目を向ける。


その瞳には、絶対の信頼しか映っていなかった。


「間に合いましたね」


全身から刃を突き出したままのベルが、呆れたように肩を竦めた。


その視線の先には、穏やかな笑みを浮かべるミカゲ。


「おまえ……黒天って、街ごと消し飛ばす気かよ」


呆れ半分。


本気半分。


問いかけられたミカゲは、何の躊躇いもなくにっこりと微笑んだ。


「はい。事と次第によっては」


その返答に、ベルの眉間へ深い皺が刻まれる。


「黒天禁止!」


ぴしりと人差し指を突きつける。


その一言に。


ミカゲの表情が止まった。


ぱちり、と目を見開く。


口元の笑みが僅かに揺らぎ、まるで信じられない命令を受けた子供のように瞬きを繰り返す。


しばしの沈黙。


やがて小さく目を伏せると、静かに胸へ手を添えた。


「……仰せの、ままに」


その声には、ほんの僅かな名残惜しさが滲んでいた。


ベルは深くため息をつく。


「ったく……」


その様子を見ていたキンサシャだけが、顔を引きつらせたまま震えていた。


街ごと消し飛ばすという話が、冗談ではなかったのだと。


今さらになって理解してしまったからだ。


全身から伸びていた刃が、音もなく引いていく。


残ったのは、銀髪の少年の姿だけだった。


その右手には、赤く脈打つ魔王核が一つ。


まだ微かに鼓動を刻きながら、血のような光を放っている。


ベルは何の躊躇いもなく、それを軽く放り投げた。


「ほら」


弧を描いた魔王核を、ミカゲが片手で受け止める。


掌の上で一度だけ眺めると。


そのまま、ごく自然な仕草で口元へ運んだ。


ぱくり。


そして。


ごくり。


喉が小さく上下し、魔王核は跡形もなく飲み込まれる。


その一部始終を見ていたキンサシャの顔が青ざめた。


震える指でミカゲを指差す。


「ま……魔王核を……?」


言葉にならない。


口をぱくぱくと開閉させたあと、ようやく叫ぶ。


「のののののの、飲んだ!?」


ベルはそんな様子を横目に見ながら、呆れたようにミカゲへ視線を向けた。


「慣れたもんだな」


ミカゲは頬へそっと手を添える。


どこか物憂げに目を伏せ、小さく吐息を漏らした。


「さんざん飲まされましたから」


その声音には、わずかな恨み節が滲んでいる。


ベルは苦笑して肩を竦めた。


「まぁそう言うなって」


そのやり取りを前に。


キンサシャだけが、理解の追いつかない光景を見つめたまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。


いつの間にか。


あれほど巨大だったダンデドールの残骸は、どこにも残っていなかった。


砕け散った蔓も。


舞い散った綿毛も。


根も。


何もかもが影へ溶けるように消え失せている。


静寂の中に残るのは、銀髪の少年と黒衣の姫神、そして震えるキンサシャだけだった。


ベルがゆっくりと視線を向ける。


「ひぃっ……」


キンサシャの肩が跳ねた。


一歩後ずさり、喉を鳴らす。


ベルは構えを解いたまま問いかける。


「これで? みんなは元に戻ったんだよな?」


キンサシャは首がもげそうな勢いで何度も頷いた。


こくこくこくこく。


「そっか……」


ベルは短く息を吐く。


そして隣のミカゲへ目を向けた。


「なら、どうする?」


ミカゲは何の迷いもなく答えた。


「殺しましょう。それで全て解決します」


「ひぃっ……」


キンサシャの顔が引き攣る。


ベルは頭を掻きながら空を仰いだ。


「んー、できたら殺したくはないんだけどなぁー」


その言葉に、キンサシャは再び必死に頷いた。


こくこくこく。


ミカゲは淡々と続ける。


「おそらく彼女を殺せば、もう怪人を操る術はありません」


するとキンサシャが慌てて口を挟んだ。


「あ、操れるのはあたしだけだけど、あたしがいなくても怪人は来るよ!」


ベルの眉が寄る。


「どういうことだよ?」


「元々は怪人は拘束状態であんたらにぶつける予定だったらしいよ。ただあたしがいたから……操る方向にシフトしたってだけで」


「なるほど……」


ミカゲが静かに頷く。


その反応に安堵したのか、キンサシャは慌てて言葉を重ねた。


「だからあたしを殺したって……」


だが。


ミカゲは一切表情を変えない。


「でも殺しましょう」


「はっ……!?」


キンサシャの思考が止まる。


理屈を並べても。


状況を説明しても。


結論だけは、微塵も揺らいでいなかった。


ベルは腕を組み、しばらく黙って考え込んでいた。


やがて顔を上げる。


「なぁ、おまえはなんであいつらに従ってんだ?」


問いかけられたキンサシャは、びくりと肩を震わせた。


「そ……それは……いろいろあって……」


視線が泳ぐ。


口ごもり、指先をもじもじと絡めるばかりで、その先を続けようとしない。


ベルはため息混じりに肩を竦めた。


「いろいろじゃわかんねーな」


その横で、ミカゲが一歩前へ出る。


「殺しま――」


最後まで言わせなかった。


ベルが素早く歩み寄り、そのまま片手でミカゲの口を塞ぐ。


「むぐっ」


突然のことにミカゲの瞳が大きく見開かれる。


そして次の瞬間。


白い頬が、じわりと赤く染まっていった。


耳までほんのり色づき、伏せられた睫毛が小さく震える。


その反応を見たベルは、呆れたように眉を顰めた。


「……変なとこで喜ぶなよ」


ミカゲは口を塞がれたまま、こくりと小さく頷く。


だが、その表情だけはどこか満ち足りていて。


それを見ていたキンサシャは、目の前のやり取りについていけず、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。

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