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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第7章ー人の盾ー

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狙いはキンサシャ!ー

ベルは肩で息をしながら、公園へと飛び込んだ。


花々の向こう。


デッドエンドが、ぽかんと口を開けてこちらを見ている。


突然戻ってきた黒髪の少女に、しばらく瞬きすら忘れていた。


やがて、信じられないものを見るように首を傾げる。


「……え? ベルって、おバカなの?」


ベルは立ち止まったまま、荒い息を整えながら睨み返した。


「あなたには言われたくないわよ! 自分でもわかってるし!」


叫んだ直後、自分で少しだけ情けなくなる。


そう。


結局、何も思いつかなかった。


走って。


考えて。


悩んで。


迷って。


それでも答えは出ず、気付けば元いた場所へ戻ってきてしまっただけ。


違うことがあるとすれば。


さっきは自分が囲まれていた。


今は、自分から飛び込んできたということだけだった。


その姿を見ていたデッドエンドは、しばらく無言でベルを眺める。


そして額に手を当て、小さくため息をついた。


「……キャハッ」


笑いを堪えきれなかったように肩を震わせる。


「キャハハハハッ! なにそれー! ぐるっと一周して帰ってきただけじゃーん♪」


ベルは悔しそうに唇を噛む。


反論したくても、反論できない。


事実、その通りだった。


操り人形のように立ち尽くすミリィたちの姿が、ベルの胸を締めつけた。


虚ろな瞳。


意思のない立ち姿。


声をかけても、もう返事はない。


一刻も早く、解放しなくては。


ベルはゆっくりと視線を巡らせる。


その先。


ダンデドールの背後で、水晶玉を抱えたままぼんやりと立つキンサシャの姿があった。


震えることもなく。


喋ることもなく。


ただ命令を待つように、その場に立っている。


ベルの瞳が鋭く細められる。


――あそこだ。


キンサシャを抑えれば。


怪人は止まる。


怪人が止まれば、操られている人たちもきっと止まる。


まずは、あの人を。


まずは、操られているみんなを助ける。


ベルは静かに息を整えると、キンサシャだけを真っ直ぐ見据えた。


ベルはそっと両手を開いた。


指先に嵌められた九つの指輪が、陽の光を受けて静かに輝いている。


ミカゲ。


アカリ。


カタナ。


一つひとつへ視線を落としていく。


昼の自分では、姫神を呼び出せる保証はない。


それでも。


もし。


ほんの少しでも力を貸してくれたなら。


ほんの一瞬でも、この状況を切り開く力を与えてくれたなら。


ベルはぎゅっと拳を握り締めた。


「お願い……」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。


指輪へ。


姫神へ。


それとも、自分自身へ。


ただ、今は奇跡に縋るしかなかった。


その時だった。


ベルの足元へ伸びる影が、不意にゆらりと揺れる。


『力をお貸ししましょうか?』


耳元ではない。


頭の中でもない。


影そのものから響いてくるような静かな声に、ベルは思わず肩を震わせた。


「う、うわっ!」


『……失礼な』


どこか心外そうな声音が返ってくる。


ベルは困ったように頬を引きつらせた。


「だ、だって……いきなりだから」


その声の主は、姫神ミカゲ。


ベルはなおもキンサシャから視線を逸らさぬまま、小さく唇を動かす。


「……力になって、くれるの?」


『それが親愛なるご主人様のためならば』


一拍置いて、淡々とした声が続く。


『あなたのことはどうでもいいんですけどね。あなたに何かあれば、ご主人様にも影響しますので』


あまりにも素っ気ない物言いに、ベルは思わず苦笑を漏らした。


「……上等」


その一言だけで十分だった。


誰のためでも構わない。


理由が打算でも皮肉でも構わない。


今、この瞬間。


自分は一人ではないのだから。


ベルは小さく息を吸い込んだ。


「ミカゲ……お願い。力を貸して」


影の奥から、気怠げなため息が漏れる。


「ですからー、そう言っているではありませんか」


「う、うん。あ、そーね」


思わず頬をかく。


言われてみれば、その通りだった。


ベルは咳払いを一つして、改めて問いかける。


「で、どうするの?」


少しだけ間を置き、ミカゲが淡々と告げた。


「そうですね。1年ぶんくらいの寿命をもらえたなら、この街の全員を拘束して差し上げましょう」


ベルの顔が引きつる。


「……もっとカジュアルで」


「……寿命1ヶ月で10分なら」


「寿命削らないやつで!」


影の奥から、大きなため息が響いた。


「わがままですね」


ぼそりと呟くと、ミカゲは面倒そうに続ける。


「ならば半分の体力で、この場にいる全員を5分拘束……」


「のった!」


食い気味だった。


迷う暇もない。


半分の体力くらい、くれてやる。


五分あればいい。


その五分でキンサシャまで辿り着き、止める。


ベルは真っ直ぐ前を見据えた。


もう迷いはなかった。


ミリィ。


ウルフ。


マリーナ。


マークス。


そして警察隊の面々。


ざっと数えて二十人弱。


さらにデッドエンド。


キンサシャ。


ダンデドール。


合わせて二十五人ほど。


ベルは静かにその顔ぶれを見回した。


五分。


たった五分。


だが、その全員を拘束してもらえるなら。


キンサシャまで一直線に走れる。


邪魔をされない。


ミリィを傷つけることもない。


マリーナとも戦わずに済む。


ウルフの拳を避ける必要もない。


警察隊を押しのける必要もない。


ただ、キンサシャだけを目指せばいい。


ベルは深く息を吸い込んだ。


「……いける」


五分あれば足りる。


いや。


足りなくても、足らせるしかない。


その瞳はもう迷っていなかった。


デッドエンドが首を傾げる。


「大丈夫〜? ぶつぶつぶつぶつ、頭おかしくなっちゃったの〜?」


その口元がゆっくりと吊り上がった。


「それともー姫神と話をしてるのかな〜? キャハハッ♪」


ベルの肩がぴくりと揺れる。


図星だった。


その僅かな反応を、デッドエンドは見逃さない。


背後ではキンサシャが静かに水晶玉へ舌を這わせた。


それに呼応するように、ダンデドールの頭を飾る綿毛がふわりと震える。


直後、虚ろな瞳のマリーナが一歩前へ出た。


続いてウルフ。


マークス。


ミリィ。


さらに警察隊の面々が無言のまま位置を変え、ゆっくりとキンサシャを取り囲むように壁を作っていく。


まるで最初からベルの狙いを読んでいたかのように。


その光景を眺めながら、デッドエンドは満足げににんまりと笑った。


「させないよ〜♪」


ベルは奥歯を噛み締める。


「くっ……」


最短の道は、最初から塞がれていた。


ベルは奥歯を噛み締めた。


「ミカゲ……読まれてる!」


焦りを滲ませた声が漏れる。


だが、影の奥から返ってきた声はどこまでも冷静だった。


「次第ありません」


その一言と同時に、ベルの足元の影がゆらりと揺れる。


まるで風もない水面へ小石が落ちたかのように、静かな波紋が広がった。


そして影は輪郭を失いながら、じわり、じわりと周囲へ浸食していく。


走るほど速くはない。


歩く程度の、ゆっくりとした速度。


それでも確実に。


黒い水たまりが大地を飲み込むように、少しずつ範囲を広げていった。


その異変に最初に気付いたのはデッドエンドだった。


楽しげだった笑みが消え、眉が僅かに寄る。


警戒するように一歩だけ後退り、足元へ視線を落とした。


人垣の隙間。


その向こうでは、キンサシャが何かを察したように慌てて身を引いている。


抱えた水晶玉を強く握り締め、落ち着きなく辺りを見回す姿が見えた。


ベルはその様子を見逃さなかった。


影は今もなお、静かに、確実に広がり続けていた。


やがて、ゆっくりと広がっていた影の先端が、一人の警察隊員の足元へ辿り着く。


次の瞬間。


まるで深い池へ足を踏み外したかのように、男の身体が音もなく沈み始めた。


「なっ……!?」


抵抗する間もなく膝まで。


腰まで。


そして胸元まで影へ飲み込まれていく。


デッドエンドの目が見開かれた。


「!?」


それを合図にしたかのように、周囲でも次々と異変が起こる。


マリーナが。


ウルフが。


マークスが。


警察隊の面々が。


まるで足元の地面そのものが底なし沼へ変わったかのように、次々と影へ沈み込んでいく。


完全に飲み込まれるわけではない。


胸の辺りで止まり、それ以上は沈まない。


だが、抜け出すこともできない。


もがき、腕を振り回し、必死に身体を引き上げようとしても、掴むべき地面はどこにもなく、影は水のように揺れるだけだった。


その光景を見つめながら、デッドエンドが低く呟く。


「べ〜ル〜……」


ベルは思わず拳を握り締めた。


「よし!」


小さくガッツポーズを作る。


だが、その喜びも一瞬だった。


視界が急激に白く霞む。


身体から力が抜け、足元が大きく揺らいだ。


「っ……!」


倒れる寸前で片足を踏ん張る。


しかし支え切れず、その場へ膝をついた。


息が上がる。


心臓が暴れる。


全身から一気に体力を引き剥がされたような虚脱感が襲ってきた。


「き……きたー……思ったより、きつい...」


ベルは苦しげに呟きながら、それでも顔だけは上げた。


五分。


残された時間は、もう動き始めていた。


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