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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第7章ー人の盾ー

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ダンデドールの能力ー

デッドエンドはベルへと向き直る。


「で、どうするか決まったー?」


その問いに、ベルは答えられなかった。


キンサシャが怯え、支配され、命令一つで動かされる様子を見ている間も必死に思考を巡らせていた。


だが、出口は見つからない。


誰も犠牲にしない方法など、どこにも見当たらなかった。


沈黙が続く。


やがてデッドエンドはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「クソザコー、やっちゃってー♪」


手にした鞭を軽く振る。


その一言だけで、キンサシャの肩がびくりと震えた。


悔しそうにデッドエンドを睨みつけながらも、逆らうことはできない。


震える手で水晶玉を持ち上げ、その表面へ静かに舌を這わせる。


妖しい光が宿る。


それに呼応するように、ダンデドールの頭を飾る巨大な綿毛がふわりと震えた。


ベルは思わず目を細める。


「……何?」


その瞬間。


腕の中のミリィが苦しそうに身じろぎし、ゆっくりとベルへ両手を伸ばした。


「ミリィ!? だいじょ――」


言葉は最後まで続かなかった。


伸ばされた小さな両手が、そのままベルの首を強く掴む。


「あっ……くっ……!」


突然の力に息が詰まる。


ベルは慌ててミリィの手首を掴み、引き剥がそうとする。


だが、十歳の少女とは思えないほど強く、指はびくともしない。


苦しさに視界が揺れる中、ベルは周囲へ目を向けた。


そこで息を呑む。


倒れていたはずのマリーナが、ゆらりと立ち上がっていた。


その隣ではマークスも。


さらにウルフも。


花畑に倒れ込んでいた警察隊の面々までもが、糸で吊られた人形のように一人、また一人と身体を起こしていく。


さっきまで響いていた激しい咳は、ぴたりと止まっていた。


その代わり。


誰の瞳にも光がない。


焦点は合わず、虚ろなまま空の一点を見つめている。


意思も、感情も、何も感じられない。


目の前で必死にベルの首を締め続けるミリィも同じだった。


空を映すだけの虚ろな瞳。


そこには、ベルの姿すら映っていなかった。


ベルは息を詰まらせた。


「こ……これは……」


ミリィの小さな両手は、なおも容赦なくベルの首を締め上げる。


引き剥がそうにも、両腕を使って押さえるだけで精一杯だった。


その間にも、足音が近づいてくる。


一歩。


また一歩。


ベルが苦しげに視線を巡らせると、立ち上がったマリーナたちが無言のまま周囲を囲んでいた。


マリーナ。


マークス。


ウルフ。


そして警察隊の面々。


誰一人として言葉を発さない。


虚ろな瞳だけが、ベルだけを見据えている。


完全に包囲されていた。


その光景を眺めながら、デッドエンドは嬉しそうに手を叩く。


「これがダンデドールの真骨頂♪」


くるりと踊るように一回転し、背後の怪人を指差した。


「種子が根付くと神経に作用して操り人形となーる♪」


人差し指を左右に揺らし、悪戯っぽく笑う。


「こわいねー♪」


その言葉に合わせるように、ダンデドールの頭部を飾る巨大な綿毛が再び震えた。


白い綿毛が昼の陽光を浴びながら、静かに空へ舞い上がる。


幻想的なほど美しい光景。


しかし、その正体を知るベルには、死神の羽根が降り注いでいるようにしか見えなかった。


首を締めるミリィの手。


逃げ場を塞ぐ仲間たち。


その全てが、自分の意思ではない。


ベルは歯を食いしばりながら、目の前で笑うデッドエンドを睨みつけた。


デッドエンドはくすくすと笑いながら、指を一本立てた。


「もーわかってると思うけどー♪」


そのまま、包囲する人々の間をすり抜けるように歩き始める。


くるり。


また、くるり。


まるで音楽に合わせて踊る舞姫のような軽やかな足取り。


その異様な光景に、ベルは歯を食いしばる。


デッドエンドは振り返りもせず、楽しげに語り続けた。


「あちきはベル達がこの街に来ると知ってからー、ずっーと待ち構えてたんだし♪」


花畑を指先でなぞる。


「種子を撒きながらねー♪」


「くっ……」


ベルの喉から悔しげな声が漏れる。


デッドエンドはぴたりと足を止め、人差し指を立てたままにやりと笑った。


「わかるー? つまりー、この街の人口約五千人ー♪」


その数字を聞いた瞬間、ベルの瞳が大きく見開かれる。


「ま……まさか!?」


待っていましたと言わんばかりに、デッドエンドは両腕を広げた。


「そーぉ♪」


その笑みは無邪気で、残酷だった。


「この街の全員が、今やデッドちゃんのお人形さーん♪」


風が吹く。


白い綿毛が花畑を越え、街の方角へと流れていく。


ベルの脳裏に、宿の主人の顔が浮かぶ。


レストランのウェイトレス。


道ですれ違った観光客。


屋台の店員。


笑い声を上げていた子どもたち。


そして、公園へ向かう途中に見かけた、何気ない人々。


その全員が。


今、この瞬間も。


「さーベルちゃーん♪」


デッドエンドは両手をいっぱいに広げ、歓迎するように微笑んだ。


「お人形さん遊びちーまーちょーぉねぇー♪」


「キャハハッ♪」


その笑い声に応えるように。


ベルを取り囲むマリーナたちが、一歩。


また一歩と距離を詰める。


虚ろな瞳のまま。


操り糸に引かれた人形のようなぎこちない足取りで。


そして公園の外、街のあちこちからも。


無数の足音が、ゆっくりとこちらへ近づき始めていた。


ベルはミリィの手を必死に押さえ込みながら、震える視線を巡らせた。


逃げ場はない。


前にも。


後ろにも。


左右にも。


虚ろな瞳の人々が立ち塞がっている。


その中心で、デッドエンドだけが楽しそうに笑っていた。


「さー♪どうするのー?」


その瞬間だった。


ベルの視線が、震えながら水晶玉を抱えるキンサシャとぶつかる。


怯え。


恐怖。


そして、諦め。


その瞳はベルよりもずっと弱々しかった。


ベルは小さく息を吸う。


そして、叫んだ。


「キンサシャ!」


突然名前を呼ばれ、キンサシャの肩が跳ねる。


「あなた、このままでいいの!?」


水晶玉を持つ指先がぴくりと震えた。


デッドエンドは首を傾げる。


「なーに言ってんのー?」


ベルは構わず続けた。


「あなたは道具じゃない!」


その言葉に、キンサシャの瞳が揺れる。


「あたしゃは……」


喉が震える。


言葉にならない。


「失敗したら罰を受けて、怯えて、命令されるだけの人生でいいの!?」


握り締めた水晶玉へ、一滴の汗が落ちた。


そのほんの一瞬。


舌が止まる。


妖しい光が、わずかに揺らいだ。


ダンデドールの動きも止まる。


ベルの首を締め上げていたミリィの指先から、力がふっと抜けた。


「今っ!」


ベルはミリィの身体をそっと花畑へ寝かせ、その場から一気に駆け出す。


「え?」


デッドエンドが目を丸くした。


「ちょ、逃げるのー!?」


ベルは振り返らない。


花畑を蹴り、公園の出口へ向かって全力で走る。


その背中を見送り、デッドエンドは慌てて腕を振り回した。


「お人形さーん♪追えー♪追え追えー♪」


静止していた住民たちが、一斉に動き出す。


マリーナ。


マークス。


ウルフ。


警察隊。


そして、公園の外からも次々と人影が駆け寄ってくる。


まるで街そのものがベルを捕まえようとしているかのようだった。


だが、ベルは止まらない。


息が切れる。


胸が痛む。


足は悲鳴を上げている。


それでも走る。


生き延びるために。


夜まで。


ただ、夜まで。


背後ではデッドエンドも慌てて追い始めるが、その足取りは決して速くない。


「まっ、待て待て待てー!ベルー!」


叫び声だけが近づいたり離れたりを繰り返す。


ベルと大差ない運動能力では、その距離はなかなか縮まらない。


代わりに、無数の操り人形たちが街路へと溢れ出す。


曲がり角から。


建物の窓から。


路地裏から。


虚ろな瞳の住民たちが、ゆっくりと、しかし確実にベルの行く手を塞ぎ始めていた。


昼の少女に残された勝利条件は、ただ一つ。


――日が沈むまで、生き延びることだけだった。


デッドエンドはベルの背中を追いかけ、必死に足を動かしていた。


「まっ、待てぇー!」


数歩。


また数歩。


花畑を抜け、公園の石畳を駆ける。


だが、その速度はみるみる落ちていく。


やがて肩が大きく上下し始めた。


「はっ……はっ……はっ……」


呼吸は乱れ、額から汗が滴る。


足がもつれ、ついにはその場でよろけると、ぺたんと地面へ座り込んだ。


「む、むりぃ……」


両膝に手をつき、前かがみになって荒い息を繰り返す。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


追いかけるどころか、立ち上がる余力すら残っていない。


頬を膨らませ、不満そうに逃げていくベルの背中を睨みながら、地面を軽く叩く。


「ベルのくせにぃ……速いしぃ……」


その場に座り込んだまま、息を整えることしかできなかった。

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