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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第7章ー人の盾ー

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キンサシャの受難ー

デッドエンドはにやにやと笑いながら、隣に立つキンサシャへ顔を向けた。


「クソザコキンサシャー♪ 今日ミスったら、今度はまともに歩けない身体にしてやっから♪ がんばってー♪」


その一言で。


キンサシャの表情が凍りつく。


思わず一歩、後ずさった。


抱えるように持っていた水晶玉を胸元へ引き寄せ、そのまま震える両手で下腹部を押さえる。


褐色の頬を、一筋の汗が静かに伝った。


薄いヴェール越しにも、唇が小刻みに震えているのが分かる。


「あ、あたしゃ……あんなのはもう、ごめんさねぇ……」


澄んだ声は掠れ、老婆のような口調にも怯えが滲んでいた。


デッドエンドはそんな様子を見ても慰めるどころか、ますます楽しそうに笑う。


「キャハハッ♪ そうそう♪ その顔ー♪」


口元から七色の粘液を滴らせながら、満足げに頷いた。


「また朝まで気持ちよーくよがらせてあげちゃうからねー♪」


キンサシャは返事もできない。


ただ水晶玉を強く抱きしめ、震える指先でその表面を撫でることしかできなかった。


その様子を見つめるベルは、胸の奥に別の寒気を覚える。


デッドエンドが支配しているのは敵だけではない。


味方ですら、恐怖で縛りつけているのだ。


デッドエンドは右手をゆっくりと掲げた。


すると、その白い指先から七色の粘液がじわりと滲み出す。


粘液は重力に逆らうように右腕へまとわりつき、脈打ちながら形を変えていく。


ぐにゃり。


ぐにゃり。


やがて一本の巨大な棍棒のような形状へと固まり、その表面には無数の小さな突起がびっしりと浮かび上がった。


まるで生き物の皮膚のように、ぶくぶくと脈動している。


デッドエンドは完成した異形の武器を満足そうに眺め、口元を大きく吊り上げた。


「キャハハッ♪」


その笑い声とともに、棍棒の表面からは七色の粘液がぽたり、ぽたりと花畑へ滴り落ちる。


触れた草花は瞬く間に色を失い、しおれるように萎れていった。


それを見届けたデッドエンドは、にんまりと笑みを深くする。


まるで新しい玩具を手に入れた子供のように。


デッドエンドが舌をぐるりと回し


「またこれで身体ん中掻き回されたくなかったら、がんばってー♪キャハハッ」


キンサシャは水晶玉を抱えたまま、その場に崩れ落ちた。


震える両手で下腹部を押さえ込み、小さく身を丸める。


肩が細かく震え、呼吸は浅く乱れていた。


褐色の頬を汗が流れ落ち、ヴェールの奥で唇がかすかに震える。


「あ、あたしゃ……」


声にならない声を漏らしながら、視線だけが恐る恐るデッドエンドへ向けられる。


その瞳に浮かんでいるのは反抗心ではない。


ただ純粋な恐怖。


叱責されることでも、任務に失敗することでもない。


もっと根源的な、身体の芯から湧き上がる怯えだった。


花畑の真ん中でうずくまるその姿は、まるで捕食者を前にした小動物そのものだった。


ベルは思わず叫んだ。


「あんた……一体、仲間をなんだと思ってるのよ!?」


その声にも、デッドエンドは眉一つ動かさない。


真顔のまま、うずくまるキンサシャの頭へ右手をぽんと乗せた。


「なかーまー? なにそれー? おいしーのー? キャハハッ♪」


乾いた笑いが花畑に響く。


次の瞬間、異形へと変化した棒状の右腕を、ゆっくりとキンサシャの頬へ押し当てた。


冷たい粘液が肌へ触れる。


びくり、とキンサシャの肩が跳ねた。


「あ……あぁ……」


声にならない息が漏れ、全身がさらに小さく縮こまる。


抵抗することも、顔を背けることもできない。


ただ震えながら、その場で身を固くするだけだった。


デッドエンドはその反応を見下ろし、満足そうに口角を吊り上げる。


「ほらほらー♪ いい子じゃーん♪」


ベルは唇を噛み締めた。


目の前にいるのは、敵ではない。


他人の恐怖を娯楽のように弄び、支配することに何の躊躇も抱かない怪物だった。


「クソザコキンサシャだってーひぃーひぃー鳴いてよろこんでたもんねー?気持ちいいーて♪」


キンサシャがビクリと肩を揺らす、


「あーね?言うてあちきの薬液のおかげなんだけどーキャハハッ♪」


ベルの肩が怒りに震えた。


その視線の先にいるのは、花畑にうずくまり、恐怖で身体を縮こませるキンサシャ。


仲間と呼ばれるはずの相手を怯えさせ、玩具のように扱い、笑いものにするその姿に、胸の奥から怒りが込み上げる。


「あんた……いい加減にしなさいよ!」


叫びは真っすぐデッドエンドへ突き刺さった。


デッドエンドはぽかんと目を丸くする。


「え?」


心底不思議そうな顔で首を傾げた。


「やだ、怒ってる?」


そのままキンサシャの頭へ手を置いたまま、もう一度首を反対へ傾ける。


「なんで?」


きょとんとした表情のまま、ベルを見つめる。


「なんでなんでー!?」


まるで本当に分からないと言わんばかりだった。


ベルはキンサシャを指差す。


「その子を見なさいよ!」


震えながらうずくまる姿。


恐怖で顔色を失い、まともに立つことすらできない姿。


それでもデッドエンドは一瞬だけ視線を向けただけで、またベルへ顔を戻した。


「見てるよー?」


あっけらかんと言う。


「クソザコキンサシャだしー♪」


その返答に、ベルの怒りはさらに燃え上がった。


目の前の女には、怯える仲間を守ろうという感情も、傷つけたことへの罪悪感もない。


ただ、自分の思い通りに動く駒を眺めているだけだった。


デッドエンドは深いため息を一つ吐いた。


「ま、いいや♪」


興味を失ったように肩をすくめる。


「なんかわかんないけどー、仕事して?」


その一言だけだった。


命令とも呼べないほど軽い口調。


それでも、うずくまっていたキンサシャの身体がぴくりと震える。


恐る恐る顔を上げ、よろめきながら立ち上がった。


膝は笑い、今にも倒れそうな足取り。


それでも逃げることはできない。


震える指先で水晶玉を持ち直すと、ゆっくりとその表面へ舌を這わせた。


透明だった球体が淡く妖しい光を帯びる。


それに呼応するように。


静止していたダンデドールの首が、ぎぎ、と音を立てるような不自然さで動いた。


腕が持ち上がる。


背中から伸びる蔓が波打ち、巨大な綿毛がふわりと揺れる。


次の瞬間、また無数の白い綿毛が空へ舞い上がった。


花畑の上を、風に乗ってゆっくりと広がっていく。


ベルはミリィを抱えたまま、その光景を睨みつけた。


デッドエンドは隣で満足そうに頷く。


「それでいーの♪ キャハハッ♪」


恐怖で支配された操り手と、操られる怪人。


その異様な光景だけが、昼の陽射しの下で静かに続いていた。


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