キンサシャの受難ー
デッドエンドはにやにやと笑いながら、隣に立つキンサシャへ顔を向けた。
「クソザコキンサシャー♪ 今日ミスったら、今度はまともに歩けない身体にしてやっから♪ がんばってー♪」
その一言で。
キンサシャの表情が凍りつく。
思わず一歩、後ずさった。
抱えるように持っていた水晶玉を胸元へ引き寄せ、そのまま震える両手で下腹部を押さえる。
褐色の頬を、一筋の汗が静かに伝った。
薄いヴェール越しにも、唇が小刻みに震えているのが分かる。
「あ、あたしゃ……あんなのはもう、ごめんさねぇ……」
澄んだ声は掠れ、老婆のような口調にも怯えが滲んでいた。
デッドエンドはそんな様子を見ても慰めるどころか、ますます楽しそうに笑う。
「キャハハッ♪ そうそう♪ その顔ー♪」
口元から七色の粘液を滴らせながら、満足げに頷いた。
「また朝まで気持ちよーくよがらせてあげちゃうからねー♪」
キンサシャは返事もできない。
ただ水晶玉を強く抱きしめ、震える指先でその表面を撫でることしかできなかった。
その様子を見つめるベルは、胸の奥に別の寒気を覚える。
デッドエンドが支配しているのは敵だけではない。
味方ですら、恐怖で縛りつけているのだ。
デッドエンドは右手をゆっくりと掲げた。
すると、その白い指先から七色の粘液がじわりと滲み出す。
粘液は重力に逆らうように右腕へまとわりつき、脈打ちながら形を変えていく。
ぐにゃり。
ぐにゃり。
やがて一本の巨大な棍棒のような形状へと固まり、その表面には無数の小さな突起がびっしりと浮かび上がった。
まるで生き物の皮膚のように、ぶくぶくと脈動している。
デッドエンドは完成した異形の武器を満足そうに眺め、口元を大きく吊り上げた。
「キャハハッ♪」
その笑い声とともに、棍棒の表面からは七色の粘液がぽたり、ぽたりと花畑へ滴り落ちる。
触れた草花は瞬く間に色を失い、しおれるように萎れていった。
それを見届けたデッドエンドは、にんまりと笑みを深くする。
まるで新しい玩具を手に入れた子供のように。
デッドエンドが舌をぐるりと回し
「またこれで身体ん中掻き回されたくなかったら、がんばってー♪キャハハッ」
キンサシャは水晶玉を抱えたまま、その場に崩れ落ちた。
震える両手で下腹部を押さえ込み、小さく身を丸める。
肩が細かく震え、呼吸は浅く乱れていた。
褐色の頬を汗が流れ落ち、ヴェールの奥で唇がかすかに震える。
「あ、あたしゃ……」
声にならない声を漏らしながら、視線だけが恐る恐るデッドエンドへ向けられる。
その瞳に浮かんでいるのは反抗心ではない。
ただ純粋な恐怖。
叱責されることでも、任務に失敗することでもない。
もっと根源的な、身体の芯から湧き上がる怯えだった。
花畑の真ん中でうずくまるその姿は、まるで捕食者を前にした小動物そのものだった。
ベルは思わず叫んだ。
「あんた……一体、仲間をなんだと思ってるのよ!?」
その声にも、デッドエンドは眉一つ動かさない。
真顔のまま、うずくまるキンサシャの頭へ右手をぽんと乗せた。
「なかーまー? なにそれー? おいしーのー? キャハハッ♪」
乾いた笑いが花畑に響く。
次の瞬間、異形へと変化した棒状の右腕を、ゆっくりとキンサシャの頬へ押し当てた。
冷たい粘液が肌へ触れる。
びくり、とキンサシャの肩が跳ねた。
「あ……あぁ……」
声にならない息が漏れ、全身がさらに小さく縮こまる。
抵抗することも、顔を背けることもできない。
ただ震えながら、その場で身を固くするだけだった。
デッドエンドはその反応を見下ろし、満足そうに口角を吊り上げる。
「ほらほらー♪ いい子じゃーん♪」
ベルは唇を噛み締めた。
目の前にいるのは、敵ではない。
他人の恐怖を娯楽のように弄び、支配することに何の躊躇も抱かない怪物だった。
「クソザコキンサシャだってーひぃーひぃー鳴いてよろこんでたもんねー?気持ちいいーて♪」
キンサシャがビクリと肩を揺らす、
「あーね?言うてあちきの薬液のおかげなんだけどーキャハハッ♪」
ベルの肩が怒りに震えた。
その視線の先にいるのは、花畑にうずくまり、恐怖で身体を縮こませるキンサシャ。
仲間と呼ばれるはずの相手を怯えさせ、玩具のように扱い、笑いものにするその姿に、胸の奥から怒りが込み上げる。
「あんた……いい加減にしなさいよ!」
叫びは真っすぐデッドエンドへ突き刺さった。
デッドエンドはぽかんと目を丸くする。
「え?」
心底不思議そうな顔で首を傾げた。
「やだ、怒ってる?」
そのままキンサシャの頭へ手を置いたまま、もう一度首を反対へ傾ける。
「なんで?」
きょとんとした表情のまま、ベルを見つめる。
「なんでなんでー!?」
まるで本当に分からないと言わんばかりだった。
ベルはキンサシャを指差す。
「その子を見なさいよ!」
震えながらうずくまる姿。
恐怖で顔色を失い、まともに立つことすらできない姿。
それでもデッドエンドは一瞬だけ視線を向けただけで、またベルへ顔を戻した。
「見てるよー?」
あっけらかんと言う。
「クソザコキンサシャだしー♪」
その返答に、ベルの怒りはさらに燃え上がった。
目の前の女には、怯える仲間を守ろうという感情も、傷つけたことへの罪悪感もない。
ただ、自分の思い通りに動く駒を眺めているだけだった。
デッドエンドは深いため息を一つ吐いた。
「ま、いいや♪」
興味を失ったように肩をすくめる。
「なんかわかんないけどー、仕事して?」
その一言だけだった。
命令とも呼べないほど軽い口調。
それでも、うずくまっていたキンサシャの身体がぴくりと震える。
恐る恐る顔を上げ、よろめきながら立ち上がった。
膝は笑い、今にも倒れそうな足取り。
それでも逃げることはできない。
震える指先で水晶玉を持ち直すと、ゆっくりとその表面へ舌を這わせた。
透明だった球体が淡く妖しい光を帯びる。
それに呼応するように。
静止していたダンデドールの首が、ぎぎ、と音を立てるような不自然さで動いた。
腕が持ち上がる。
背中から伸びる蔓が波打ち、巨大な綿毛がふわりと揺れる。
次の瞬間、また無数の白い綿毛が空へ舞い上がった。
花畑の上を、風に乗ってゆっくりと広がっていく。
ベルはミリィを抱えたまま、その光景を睨みつけた。
デッドエンドは隣で満足そうに頷く。
「それでいーの♪ キャハハッ♪」
恐怖で支配された操り手と、操られる怪人。
その異様な光景だけが、昼の陽射しの下で静かに続いていた。




