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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第7章ー人の盾ー

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デッドエンドの罠ー

ベルの頬から血の気が引く。


「……デッド……エンド」


「は〜い♪ デッドちゃんだよ〜ん♪」


その声と同時に、両サイドへ編み込まれていた銀髪がするりと解けた。


長い髪は揺れながら高い位置で二つに結ばれ、鋭いツインテールへと変わる。


同時に、ミントグリーンのワンピースが水面のように波打った。


白いレース手袋も、ショートブーツも、そのまま液体のように形を変え、身体を流れるように再構築されていく。


気品ある令嬢の装いは、毒々しい色彩のゴスロリボンテージへ。


脚には左右色違いのボーダーニーハイが現れ、右手にはいつの間にか派手な鞭が握られていた。


変わったのは髪型と装いだけ。


だが、目つきと笑みだけで、まるで別人のようだった。


そこにいたのは、穏やかなハーブではない。


舌を出して笑う、狂気の少女――デッドエンドだった。


マリーナが眉をひそめる。


「これか……二重人格」


デッドエンドは一瞬きょとんとした後、盛大に顔をしかめた。


「はーっ!? 二重人格!? んなつまんねーもんと一緒にすんなし!」


吐き捨てるように叫び、舌を出したまま肩を揺らして笑う。


ベルは困惑した表情で首を傾げた。


「……二重人格じゃ、ないの?」


するとデッドエンドは一転して、にこりと微笑む。


「ううんー♪ 二重人格とも言えなくもないー♪」


「キャハハッ♪」


「……どっちなのよ」


ベルが呆れたように漏らした、その時。


背後からウルフの声が飛ぶ。


「HEY! もう10分経った! いつでもいけるぜ!」


咳き込みながらも、左手の砂時計を掲げて叫ぶ。


ベルとマリーナは短く視線を交わし、互いに頷いた。


ベルが大きく息を吸う。


「ウルフ! それじゃー……」


その言葉を遮るように。


ビシィッ――!


乾いた衝撃音が公園中へ響き渡った。


デッドエンドが鞭を軽く振るっただけだった。


にやりと口角を吊り上げ、舌を覗かせる。


「こっちも準備かーんりょ♪」


「?」


ベルの表情に、わずかな困惑が浮かんだ。


その瞬間。


デッドエンドの背後で、ウルフが大きく身体を折った。


「ごほっ……!」


激しい咳と共に、その場へ両手をつく。


砂時計を握る左手が震え、肩が大きく上下した。


「ウルフ!?」


ベルが叫ぶ。


だが、それだけでは終わらなかった。


目の前でマリーナが膝をつく。


「……っ、ごほっ!」


続けてマークスも苦しげに胸を押さえ、そのまま地面へ倒れ込んだ。


「マリーナさん!?マークスさん!……!」


周囲を包囲していた警察隊も、一人、また一人と咳き込み始める。


拳銃を取り落とす音。


膝をつく音。


身体を支えきれず倒れる音。


次々と公園に響き渡っていく。


ベルだけが立ち尽くしていた。


その時だった。


背後から、どさりと鈍い音が聞こえる。


嫌な予感に振り返る。


そこには、小さな身体を丸めて倒れ込むミリィの姿があった。


「ごほっ……ごほっ……!」


「ミリィ!」


ベルは慌てて駆け寄り、その身体を抱き起こす。


ミリィは何度も激しく咳き込み、息を吸おうとしても吸えない。


肩が震え、胸が大きく上下し、呼吸は浅く速く乱れていた。


過呼吸を起こしかけている。


苦しそうに口を開け、必死に空気を求めるミリィを前に、ベルの表情から余裕は完全に消え失せた。


周囲では、なおも咳が止まらない。


ウルフが地面に膝をつき、肩を震わせる。


マリーナはトンファーを杖代わりに身体を支え、それでも激しく咳き込んでいた。


マークスも、警察隊の面々も、次々と力を失って倒れていく。


その中心で、デッドエンドだけが愉快そうに笑っていた。


そしてベルは、苦しむミリィを必死に抱き起こしながら、その顔を見上げる。


怒りと焦りを滲ませ、デッドエンドを鋭く睨みつけた。


「何をしたの!?」


デッドエンドは舌を覗かせたまま、くすくすと肩を揺らす。


まるで、その問いを待っていたと言わんばかりに。


デッドエンドは胸を張ると、得意げに舌をべろりと出した。


「ベールー、罠ってのはー、ちゃーんと仕掛けないと意味ないんだよー? キャハハッ♪」


ミリィを抱き起こえたまま、ベルは鋭く睨み返す。


デッドエンドはその視線さえ愉快そうに受け止め、両手の人差し指で自分の頭をとんとんと叩いた。


「あちきがー、どーんだけ調べて仕掛けてると思ってんのー?」


にやりと笑う。


「何より情報がだいじなんだしー♪ 戦いはー、戦う前にー始まってんのー♪」


一拍置いて、口角を大きく吊り上げる。


「そしてー、終わってんのー♪ キャハハッ♪」


その笑い声だけが、咳き込む者たちで埋め尽くされた公園に、不気味なくらい軽やかに響き渡った。


ベルはミリィを支えたまま、静かにデッドエンドを見つめる。


怒りは胸の奥で煮えたぎっていた。


だが、それを表に出さない。


これ以上刺激してはいけない。


そう本能が告げていた。


「みんなに……何をしたの……答えなさい」


声は驚くほど冷静だった。


デッドエンドはその様子を眺めると、舌をぺろりと出して首を傾げる。


「んー♪ キスしてくれたらー教えちゃおっかなー?」


人差し指を唇へ当て、ぱちりとウインクした。


ベルの頬が引きつる。


「ふ、ふざけないでっ!」


その一言で。


デッドエンドの笑顔が、音を立てて崩れた。


「はーっ!? ふざけてねぇーし! 教えて欲しいならキスしろし!」


怒鳴り声が公園に響く。


さっきまで軽薄に笑っていた少女とは別人のような激昂。


目を吊り上げ、顔を真っ赤にして睨みつけてくる。


あまりの変わりように、ベルは思わず息を呑んだ。


その勢いに気圧され、返す言葉を失う。


ベルは息を呑む。


「そ……そんなことになんの意味が――」


言いかけた、その時だった。


デッドエンドが何も言わず、ゆっくりと口を開く。


ごぽっ。


ごぽごぽっ。


喉の奥から不気味な音が響き、口内にカラフルな粘液が溢れ出した。


紫。


紅。


翠。


青。


虹色の毒々しい液体が舌の上で揺れ、糸を引いて零れ落ちる。


ベルの瞳が大きく見開かれる。


「……まさか……!?」


デッドエンドは口元いっぱいに粘液を湛えたまま、にたりと笑った。


「そほだよー♪ ほの毒の液にキスしはよー♪」


粘液越しのくぐもった声が、公園に不気味に響いた。


デッドエンドは口を開いたまま、まるで水の中で喋っているかのように声を漏らした。


ごぽ、ごぽ、ごぽっ。


言葉を発するたび、喉の奥から不気味な音が鳴り、口いっぱいに溜まった七色の粘液が溢れ出していく。


紫、紅、翠、青、黄、桃。


虹色に揺らめく毒の液体は顎を伝い、糸を引きながらぽたぽたと零れ落ちた。


デッドエンドは慌てるどころか、両手を差し出してその粘液を受け止める。


手のひらに溜まった七色の液体を、宝物でも見せびらかすようにベルへ掲げた。


「ほれへー♪ ひすふるなはー♪ はすへてあーへーふー♪ キャハハッ♪」


ごぽごぽと音を立てながら笑うその姿は、もはや人間のそれではない。


粘液は指の隙間からとろりと零れ落ち、陽の光を受けて不気味な虹色の輝きを放つ。


ベルはミリィを抱えたまま、その光景から目を離せなかった。


ベルの視線が、デッドエンドの手の中で揺れる七色の粘液へ吸い寄せられる。


恐る恐る唇を動かした。


「そ……それ……触れても大丈夫……なわけ、ないよね……」


デッドエンドはごぽりと喉を鳴らし、嬉しそうに笑う。


「あーね♪ 大丈夫、死なんし♪」

挿絵(By みてみん)


受け止めた粘液を指先でくるくると弄びながら、さらりと言い放つ。


「ただ死ぬほどいたくてー♪ くるしくってー♪ 意識は数日戻ってこないー感じ? キャハハッ♪」


ごぽ、ごぽっ。


笑うたびに口元から新たな七色の粘液が溢れ、手のひらへと滴り落ちていく。


その無邪気な口調とは裏腹に、告げられた内容はあまりにも残酷だった。


ベルは思わずミリィを抱く腕に力を込める。


その腕の中で、ミリィはなおも苦しそうに咳き込み続けていた。


挿絵(By みてみん)


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