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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第7章ー人の盾ー

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3度目の正直ー

 レストランを出た二人は、大通りをゆっくりと歩いていた。


 頭上には雲ひとつない青空が広がり、燦々と降り注ぐ太陽が街並みを明るく照らしている。


 石畳も建物の白い壁も光を受けて輝き、人々の笑い声が心地よく響いていた。


 ベルは思いきり伸びをして空を見上げる。


「すごい、いい天気ー」


 隣を歩くミリィも眩しそうに目を細めた。


「きっとお花も綺麗ですよー」


 その時だった。


 ふわり、と風に乗って白い小さなものが二人の前を横切る。


 ひとつ、またひとつ。


 ゆっくりと空中を漂いながら、陽の光を受けて淡く輝いていた。


 ベルは足を止め、その白い粒を目で追う。


「花粉……じゃないか、綿毛?」


 小さな綿毛は風に乗ってくるくると舞い上がり、人々の肩や街路樹の枝先をかすめながら、どこかへ流れていく。


 ミリィも空を見上げ、その行方を目で追いかけていた。


 二人は風に舞う白い綿毛を見送りながら、思わず顔を見合わせた。


 さすが花の都。


 そんな言葉が自然と頭に浮かぶほど、街全体が花と緑に包まれている。


 けれど、感心していたのも束の間だった。


 通りに並ぶ屋台から漂う甘い匂いや、色鮮やかな小物、ガラス細工、アクセサリーが次々と目に入り、二人の視線はあっという間にそちらへ引き寄せられていく。


 ベルが楽しそうに口を開いた。


「あとで買い物もしたいかも」


 その言葉に、ミリィはベルの服装をじっと見つめる。


「ベルさん、ずっと同じ服ですもんね」


 ベルは少し困ったように笑った。


「……一応、デザインは似てるけどちょくちょく買い替えてるんだけど……」


 ミリィはきょとんとした顔のまま瞬きを繰り返す。


「……うそですよね?」


 ベルは真顔で首を横に振った。


「マジで」


 しばらく沈黙が流れる。


 ミリィは改めてベルの姿を上から下まで見直した。


 何度見ても、いつもの服にしか見えない。


 結局、小さく首を傾げたまま呟く。


「全然気づきませんでした……」


 ベルは苦笑いを浮かべながら肩を落とした。


「結構ショックなんだけど、それ」


 ベルは小さくため息をついた。


「私も、早く普通になって女の子ぽい服着たいー」


 その言葉に、ミリィは思い出したように微笑む。


「こないだラインさんとデートする時はワンピースでしたもんね」


 ベルの足がぴたりと止まる。


 少しだけ頬を赤く染めながら、視線を逸らした。


「ま……まぁたまには……」


 歯切れの悪い返事に、ミリィはくすっと笑う。


 あの日、いつもの動きやすい服ではなく、淡い色のワンピースを選んでいたベルの姿は、今でも印象に残っていた。


 ベルは照れ隠しをするように前を向き直り、歩幅を少しだけ速める。


「べ、別に深い意味はなかったし」


 そう言いながらも、耳までほんのり赤い。


 ミリィはその背中を見つめながら、小さく肩をすくめた。


「そういうことにしておきます」


 ベルは何も言い返せず、むっとした顔のまま前を歩き続ける。


 けれど、どこか嬉しそうな表情だけは隠しきれていなかった。


 そんな他愛もない話をしながら歩き続けるうちに、人通りの多い大通りは次第に緑の多い並木道へと変わっていった。


 そして――。


 二人の視界が一気に開ける。


 目の前に広がっていたのは、街の中心にあるとは思えないほど広大な公園だった。


 色とりどりの花壇は丁寧に手入れされ、一輪一輪が陽の光を浴びて鮮やかに咲き誇っている。


 赤、青、黄、白、紫。


 季節ごとの花々が計算されたように植えられ、まるで一枚の絵画のような景色を作り上げていた。


 石畳の遊歩道はゆるやかに園内を巡り、その両脇では噴水の水音が涼しげに響く。


 花を眺めながら散歩する夫婦、芝生で寝転ぶ子どもたち、ベンチで本を読む老人。


 誰もが穏やかな時間を過ごしていた。


 ベルは思わず足を止め、目を輝かせる。


「わぁ……」


 その一言だけで十分だった。


 ミリィもゆっくりと周囲を見回し、小さく頷く。


「人気なのも納得ですね」


 風が吹き抜けるたび、花壇から甘く優しい香りが漂ってくる。


 その風に乗って、また白い綿毛がふわりと舞い上がり、公園の上空をゆっくりと流れていった。


 二人はその景色に見入ったまま、しばらく言葉を忘れて立ち尽くしていた。


 広大な花畑を前に、ベルは思わず息を呑んだ。


「これは……すごいね……」


 風が吹くたび、色とりどりの花々が一斉に揺れ、まるで波のように景色を染めていく。


 隣でミリィも静かに微笑んだ。


「ほんとに綺麗です」


 二人がその光景に見入っていた、その時だった。


 背後から、落ち着いた女性の声が聞こえてくる。


「本当に、心が洗われるわね」


 その声を耳にした瞬間。


 ベルとミリィの身体がぴたりと固まった。


 聞き覚えがありすぎる。


 振り返るまでもない。


 ハーブだ。


 ベルはぎこちなく首だけを動かし、ミリィも引きつった笑みを浮かべたままゆっくりと後ろを向く。


 そこには、穏やかな表情で花畑を眺めるハーブの姿があった。


 まるで偶然散歩に来ただけ、と言わんばかりに自然な佇まいで。


 花畑を背にしたハーブは、柔らかな笑みを浮かべたまま二人を見つめた。


「こんにちわ」


 その穏やかな挨拶とは裏腹に、ベルとミリィは反射的に半歩、いや一歩ほど距離を取る。


 額にはじわりと汗が滲んでいた。


 さっきまで見惚れていた花畑も、今は目に入らない。


 ベルは警戒を隠そうともせず、じっとハーブを見つめる。


「……何しに来たの?」


 ハーブは首をかしげると、周囲に広がる花畑へゆっくりと視線を向けた。


 風に揺れる花々を眺めながら、その微笑みは少しも崩れない。


 まるで本当に散歩の途中で偶然出会っただけのような、そんな自然な立ち姿だった。


 ミリィは無意識のうちに一歩下がり、ベルの背後へ身を寄せた。


 その動きを見たベルもまた、自然とミリィを庇うように前へ出る。


 二人の間に流れる緊張は、花畑の穏やかな空気とはあまりにも対照的だった。


 そんな様子を見たハーブは、くすりと笑う。


「あらあら? 警戒してる?」


 その声だけで、ミリィの肩がびくりと震えた。


 ベルは一歩も引かず、鋭い視線を向ける。


「当たり前でしょ! ミリィに何したのよ!?」


 ハーブは首を傾げ、不思議そうな顔を浮かべる。


「あらー? 話してないのかしら?」


 そのまま柔らかな笑みを崩さず、どこか残念そうに息をついた。


「楽しいことしようと思ったのに、気が付いたらいないんだもの。あれはショックだったわ」


 花の香りが風に乗って流れる。


 その穏やかな景色の中で、ハーブだけが異質だった。


 ベルは唇を強く結び、はっきりと言い放つ。


「もう私たちの前に現れないでちょうだい!」


 しかし、ハーブは困ったように肩をすくめただけだった。


「それは無理。だって連れ帰らないといけないんですもの」


 その言葉に、ミリィはベルの服の裾をぎゅっと握り締める。


 ベルもまた、一瞬たりともハーブから目を離さなかった。


 ハーブは困ったように肩を落とし、それでも笑みだけは崩さなかった。


「私もねー、二回も失敗したでしょ?」


 そう言って、どこか他人事のように小さく息をつく。


「もう後がないの。実験に失敗は必要という寛大なKeilflammeでもねー」


 そこで右手を持ち上げると、指を三本立てて二人へ見せた。


「限度は三回まで」


 白い指先が、花畑を背景にゆっくりと揺れる。


「今回失敗したら、私も終わりだからー」


 その口調は軽い。


 まるで今日の天気でも話しているかのようだった。


 しかし、その言葉の重さにベルもミリィも表情を変えない。


 ハーブは少しだけ肩をすくめ、困ったように笑った。


「なりふり構ってられないのよ。困ったわ」


 風が吹き抜け、周囲の花々が静かに揺れる。


 その穏やかな景色とは裏腹に、ベルの拳はぎゅっと握り締められていた。


 ミリィもベルの背後で息を潜め、ハーブから一瞬たりとも目を逸らさない。


 花の香りに包まれた公園は、いつの間にか張り詰めた空気に支配されていた。



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