ベルの気になっていることー
食事を終えた三人は、それぞれ食後のドリンクを口にしていた。
店内の喧騒も少し落ち着き、ゆったりとした時間が流れる。
そんな中、ベルがストローを指先でいじりながら、おずおずと口を開いた。
「と、ところで……次はルグレシアに行かない?」
ウルフは飲み物をテーブルへ置き、不思議そうに首を傾げる。
「ベルはこないだ行ったばかりじゃなかったか?」
「それはそう、なんだけど……」
言葉を濁したベルに、ミリィも考えるような表情を浮かべた。
「……ルグレシアだと、ここからだと少し遠いですね」
「それも……そうなんだけど」
それきりベルは視線を泳がせ、グラスの縁を見つめたまま、もじもじと指先を動かしている。
そんな様子を見ていたミリィが、ふと何かに気づいたように目を丸くした。
「あ……ラインさんですか?」
ベルは肩をびくりと震わせる。
「えっ……あ……うん」
耳まで赤く染めながら、小さく頷く。
その反応だけで十分だった。
ミリィはくすっと笑い、ウルフも事情を察したように口元を緩めた。
ベルは恥ずかしそうに俯いたまま、グラスを両手で包み込んでいた。
ウルフは頬杖をつきながら、口元ににやりと笑みを浮かべた。
「この街に着いた途端に次の行き先の話するなんて、変だと思ったんだよ」
ベルは目を逸らし、居心地が悪そうにもじもじと指先を動かす。
そんな様子を見て、ミリィも口元を緩めた。
「そういえば、結局約束してたのに会えなかったって落ち込んでましたもんねー」
その顔には隠しきれないにやにやが浮かんでいる。
ベルは慌てて首を振った。
「べ、別に落ち込んでは……」
すかさずウルフが言葉を重ねる。
「落ち込んでたろ」
ミリィも間髪入れず頷いた。
「落ち込んでましたね」
二人に挟まれたベルの顔はみるみる真っ赤になっていく。
言い返す言葉も見つからず、目の前のグラスを両手で持ち上げると、そのままストローを口にくわえた。
「ぶくぶくぶくぶく……」
飲み物の表面に細かな泡が次々と浮かび、静かな音だけがテーブルに響く。
ウルフとミリィは顔を見合わせると、とうとう堪えきれずに吹き出した。
ベルは抗議するように二人を見上げたが、頬を膨らませたまま、再びストローで「ぶくぶく」と泡を立てるしかなかった。
ウルフは少しだけ笑うと、迷うことなく頷いた。
「いいよ。行こうぜ! ルグレシア!」
その返事に続いて、ミリィも肩をすくめる。
「そうですね。特に目的地もありませんし」
二人の言葉を聞いた瞬間、ベルの表情がぱっと明るくなった。
「本当!? ありがとう!」
満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに何度も頷く。
その様子を見たミリィは苦笑しながら息をついた。
「ほんと……わかりやすいです」
ウルフも呆れたように笑い、腕を組む。
「もう付き合っちゃえよ」
その一言で、ベルの動きがぴたりと止まった。
数秒の沈黙。
みるみるうちに耳まで真っ赤になったベルは、勢いよく首を振る。
「ち、違うよ!? そ、そういうんじゃなくて!」
慌てて否定する声はどこか上ずっていて、説得力はあまりない。
ミリィはそんなベルを見ながら、にやにやと笑みを深くした。
ベルは恥ずかしさをごまかすように再びグラスへ顔を近づけ、ストローをくわえる。
「ぶくぶくぶく……」
静かな店内に、小さな泡の音だけが響いた。
店内には笑い声が響き、ベルはようやく落ち着きを取り戻したのか、照れ笑いを浮かべながら二人と言葉を交わしていた。
ウルフも冗談を返し、ミリィもくすくすと笑う。
三人だけの穏やかな時間が流れていく。
その一方で、周囲からは時折、小さな咳が聞こえていた。
「コホッ」
「ゴホ……」
少し離れた席でも、入口近くでも、料理を運ぶ店員の間でも。
気づけば、先ほどより咳をする人は増えているように思えた。
それでも、楽しげに会話を続ける三人の耳にはほとんど残らない。
目の前には温かな飲み物と笑顔があり、次の旅の話題で頭がいっぱいだった。
誰も、その小さな異変を深く気に留めることはなかった。
食後のドリンクを飲みながら、三人の話題は自然と次の旅先へ移っていく。
ミリィが思い出したように口を開いた。
「ルグレシアもまだまだ落ち着いてないみたいですけど」
ベルも頷く。
「復興作業ね。やっぱり大変みたい」
その言葉に、ウルフは苦笑いを浮かべた。
「誰かさんがアホみたいに飛空挺叩き落としたもんなぁ」
ベルはぴくりと肩を震わせる。
「……あれはね。ほんと、仕方ないとは言え……」
言葉の勢いは次第に小さくなり、最後には申し訳なさそうに視線を落とした。
あの時の光景を思い出したのか、ベルはストローをくるくると回しながら、どこか複雑そうな表情を浮かべる。
ウルフはそんな様子を見て肩をすくめた。
「まあ、結果的には助かった奴も多かったんだ。今さら気にしてもしょうがないさ」
ミリィも静かに頷く。
「復興は時間がかかっても、少しずつ進んでるみたいですよ」
ベルは小さく「うん」と返事をし、グラスを手に取った。
テーブルには再び穏やかな空気が戻り、三人はこれから向かうかもしれない街へ思いを巡らせながら、ゆっくりと残りの飲み物を口に運んでいた。
ウルフは飲み干したグラスをテーブルへ置くと、ゆっくりと立ち上がった。
「俺はちょっと探索してくるからよ」
ベルは心配そうな目で見上げる。
「ギャンブルはダメよ?」
ミリィもすかさず付け加えた。
「お酒もほどほどに」
ウルフは何も言わず、肩をすくめる仕草だけを返す。
そのまま背中を向け、手をひらひらと振りながら店を出ていった。
扉が閉まる音を聞いてから、ベルはミリィの方へ向き直る。
「私たちはどうしよっか?」
ミリィは少し考えるように窓の外へ目を向けたあと、にこりと笑った。
「そうですね……やはり名物の公園に行きませんか?」
ベルも思い当たったように目を丸くする。
「花ね?」
ミリィは静かに頷いた。
「花です」
その一言に、ベルも嬉しそうに笑みを浮かべる。
「じゃあ決まり!」
二人は席を立ち、会計を済ませると、昼の陽射しが降り注ぐパサシスの街へと歩き出した。




