新しい街の気になる点ー
大陸横断列車がゆっくりと速度を落とし、巨大な屋根に覆われた終着ホームへと滑り込んだ。
蒸気を吐き出す車輪の音が止まると同時に、待ち構えていた乗客たちが一斉に扉へと集まり始める。
ベルは窓の外へ目を向けた。
視界いっぱいに広がるのは、幾本もの線路と、それを覆い隠すほど巨大な駅舎。荷車を押す人夫、商人、旅人、冒険者、貴族らしき一団まで、あらゆる身分の人々が行き交っている。
「すごい……」
思わず漏れた呟きに、隣のミリィも窓へ顔を近づけた。
「ここがパサシス商業都市でございます。大陸中の物流が集まる場所……本で何度も読みましたが、実際に見ると規模が違いますね」
扉が開く。
二人は人の流れに乗ってホームへ降り立った。
石畳は磨き上げられ、天井近くには巨大な時計が吊るされている。各方面行きの列車案内板が並び、駅員たちは笛を鳴らしながら忙しなく走り回っていた。
鼻をくすぐるのは炭の匂いだけではない。
焼きたてのパン、香辛料、燻製肉、果実酒、花束――無数の香りが入り混じり、この街そのものが巨大な市場であることを感じさせる。
「まずは宿を探しますか?」
ミリィが尋ねる。
ベルは改札の向こうへ目を向けた。
そこには高さの違う建物が果てしなく並び、色鮮やかな看板が林立していた。荷馬車が何列も行き交い、空には飛行船のような大型輸送船まで浮かんでいる。
教会しか知らなかった少女には、まるで別世界だった。
「うん。でも、その前に少しだけ歩いてみたい」
「かしこまりました。駅前広場だけでも十分に見応えがございますから」
二人は駅舎の大きな扉をくぐる。
瞬間、視界が一気に開けた。
中央には噴水広場。その周囲を取り囲むように銀行、商会、本店、宿屋、高級百貨店、露店街が幾重にも広がり、数え切れない人波が渦を巻いている。
大道芸人の火吹きに歓声が上がり、楽団の演奏が響き、異国の衣装を着た商人が客を呼び込む声が飛び交う。
まさに、大陸中の富と人が集う商業都市。
ベルはその光景に目を輝かせ、ゆっくりと一歩を踏み出した。
駅前広場を抜けると、石畳の大通りが真っ直ぐ遠くまで続いていた。
道の両側には大きな商館や宿屋が並び、その一階には様々な店が軒を連ねている。
色鮮やかな果物を積み上げた露店、焼きたてのパンを並べる店、香辛料の香りが漂う屋台。
人の流れは途切れることなく、旅人や商人が忙しそうに行き交っていた。
ベルはきょろきょろと辺りを見回しながら歩く。
「すごいね……見たことのないものばっかり」
店先には細かな細工が施された食器や、異国の布地、見慣れない楽器まで並んでいる。
ミリィも隣で足を止め、並べられた商品を眺めた。
「本で読んだことはありましたけど、実際に見ると全然違いますね。こんなにお店が集まってるなんて」
二人の少し後ろを歩くウルフは、肩の力を抜いたまま周囲を見渡していた。
「すごいな。活気のある街なんだな」
大道芸人の前に人だかりができれば何気なく足を止め、荷馬車が近づけば自然と進路を変える。
三人は急ぐこともなく、人混みに紛れながら通りを歩き続けた。
通りの角では楽団が軽快な演奏を披露し、その近くでは子どもたちが笑いながら走り回っている。
ベルは焼き菓子の並ぶ店先で立ち止まり、甘い香りに目を細めた。
「おいしそう……」
その様子を見たミリィが小さく笑う。
「あとで買ってみますか?」
「うん。でも、もう少し見てからにしよう」
三人はまた歩き出す。
高く積み上がった建物の間から青空がのぞき、色とりどりの看板が風に揺れていた。
初めて訪れる巨大な商業都市は、歩くだけで次々と新しい景色を見せてくれる。
ベルも、ミリィも、ウルフも、それぞれの目で街の賑わいを楽しみながら、ゆっくりと大通りを進んでいった。
宿を決めた三人は、荷物を部屋に置いてから再び街へ出た。
夕暮れが近づき始めた大通りは昼間とは違う活気に包まれ、建物の窓から漏れる灯りが石畳を柔らかく照らしている。
行き交う人々の話を聞いていると、何度も同じ店の名前が耳に入った。
「人気のお店みたいですね」
ミリィが通りの先を指さす。
そこには大きな木製の看板を掲げたレストランがあり、入口には順番を待つ客まで並んでいた。
少し待って店内へ案内されると、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
焼き上げられた肉の音、皿を運ぶ店員の足音、客たちの笑い声が広い店内に満ちていた。
席へ腰を下ろしたウルフが、メニューを開きながら口を開く。
「気分は肉だな」
ベルは思わず笑みを浮かべる。
「ウルフらしいね」
ミリィもメニューを眺めながら小さく頷いた。
「このお店、お肉料理が有名みたいですよ。いろんな部位が食べられるみたいです」
テーブルいっぱいに並んだ料理名を見比べながら、ベルは目を輝かせる。
炭火焼き、香草焼き、煮込み料理、厚切りステーキ。
どれも写真代わりの絵が添えられていて、見ているだけでお腹が空いてくる。
「じゃあ、今日はお肉にしようか」
その言葉に、ウルフが上機嫌で頷いた。
店員が注文を取りに来るまでの間、三人はどの料理にするか相談しながら、賑やかな店内の雰囲気を楽しんでいた。
料理を待つ間、テーブルにはゆったりとした空気が流れていた。
店内は客で賑わっているが、三人の席は窓際ということもあり、不思議と落ち着いている。
メニューを閉じたウルフが、ふと思い出したように二人を見た。
「それで? この街には何しに来たんだっけ?」
ベルとミリィは顔を見合わせる。
一拍置いて、ベルが頭をかいた。
「特に理由はないんだけどー」
続けてミリィが少し照れたように笑う。
「この時期、観光で人気らしくて」
再び顔を見合わせた二人は、同時に小さく笑った。
「てへへ」
「えへへ」
あまりにも気の抜けた返事に、ウルフはしばらく黙ったまま二人を見つめる。
やがて、小さく息をついて椅子の背にもたれかかった。
「まあ、そういうのもだにはいいか」
その言葉にベルとミリィは嬉しそうに笑い、ちょうどそのタイミングで香ばしい匂いを漂わせた肉料理がテーブルへ運ばれてきた。
注文した料理がテーブルいっぱいに並び、ウェイトレスは慣れた手つきで最後の皿を置いていく。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言って身を引いた彼女は、口元を押さえて小さく咳をした。
「コホッ……」
ウルフが気にかけるように声をかける。
「風邪か? 大丈夫かい?」
ウェイトレスは少し驚いたように振り返り、小さく会釈を返しただけで、次の客のもとへ忙しそうに歩いていった。
その後ろ姿を見送りながら、ミリィがぽつりと口を開く。
「そう言えば、咳してる人多いですよね」
ベルも思い返すように周囲へ目を向けた。
店内のあちこちから、ときおり咳払いが聞こえてくる。
「流行ってるのかな? 気をつけないと」
三人は顔を見合わせ、それ以上は深く考えずに運ばれてきた料理へ視線を戻した。
焼きたての肉から立ち上る香ばしい匂いが、いつの間にかそんな小さな違和感をかき消していた。




