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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第6章ーシスターアリスの秘密ー

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責任の取り方ー

向かいの宿の一室。


灯りもつけられていない暗い部屋の中で、キンサシャは立ったまま身動きが取れずにいた。


首から下、その全身は膨大な粘液に飲み込まれている。


粘液は生き物のように脈打ち、肩や腕へ絡みつきながら、じわりじわりと身体を締め上げていた。


その正面。


銀色の髪を静かに揺らし、ミントグリーンのワンピースを纏ったハーブが、いつもの穏やかな微笑みを浮かべて立っている。


まるで友人と世間話でもするかのような優しい表情だった。


「ダチュラドールに続いて、ミラードールまで……私の人形を壊してくれちゃって、本当に困ったわね」


その声音に怒気はない。


だからこそ、余計に恐ろしい。


キンサシャは慌てて首を振る。


「そ、それはあたしのせいじゃないさね! あんたの人形の――」


言葉は最後まで続かなかった。


身体を覆う粘液の一部がするりと伸びる。


細い触手のように口元へ這い上がり、そのまま唇を押し開いた。


「んっ――!」


抵抗する間もなく、粘液が口の中へ流れ込む。


喉を塞がれ、キンサシャは目を見開いた。


必死にもがく。


だが、身体は粘液に拘束され、一歩も動けない。


喉の奥から苦しげな音だけが漏れた。


ハーブはその様子を眺めながら、人差し指をそっと顎へ当てる。


「幻覚は失敗したけど、今回はうまくいくと思ったのだけれど……」


小首を傾げ、困ったように微笑む。


「結局はどちらもベルが規格外なのが問題なのよねー……本当困っちゃう」


くすり、と笑う声だけが暗い部屋へ響いた。


しばらく考え込むように天井へ視線を向ける。


そして何かを決めたように頷いた。


「次はそうね……」


一拍置き。


「ま、帰ってから考えましょ」


ハーブは困ったように笑ったまま、小さく首を傾げた。


「その前にー」


その一言だけ残し、ゆっくりと歩き出す。


足音ひとつ立てない。


銀色の髪が静かに揺れ、ミントグリーンのワンピースの裾が柔らかな軌跡を描く。


まるで舞踏会へ向かう貴婦人のような、優雅な足取りだった。


キンサシャの目の前で立ち止まる。


震える身体を見下ろし、ハーブは微笑んだ。


その笑顔はどこまでも穏やかで、慈愛に満ちているようにすら見える。


細い指先が伸びた。


キンサシャの顔を覆うヴェールへ触れる。


するり。


ゆっくりと。


丁寧に。


宝物でも扱うような手つきで、その布を捲り上げていく。


隠されていた素顔が暗闇の中へ晒された。


ハーブは何も言わない。


ただ静かに身を屈める。


顔と顔の距離が少しずつ縮まっていく。


吐息が触れそうなほど近くまで。


その瞬間。


粘液に拘束されたままのキンサシャの肩が、小刻みに震え始めた。


口を塞がれたまま、喉の奥からくぐもった声が漏れる。


逃げられない。


身を引くこともできない。


ただ、目の前まで迫るハーブの顔を見つめるしかなかった。


その瞳には、怒りも狂気も映っていない。


穏やかで。


優しくて。


だからこそ、キンサシャの震えは止まらなかった。


ハーブは、にこやかな微笑みを崩さない。


「この前のお仕置きは楽しかったわね。今度は何をしようかしら?」


独り言のように呟きながら、ゆっくりと腕を伸ばす。


キンサシャの身体を覆う粘液へ。


白い指先が触れた瞬間、粘液はまるで主人を迎え入れるように静かに波打った。


抵抗することもなく、その手を受け入れていく。


するり。


ぬめる音さえ立てず、ハーブの腕は肘の先まで粘液の中へ沈んでいった。


そうして粘液の中のキンサシャの身体に弄ぶ様に触れる。


拘束されたキンサシャの肩が、大きく震える。


目を見開き、息を詰まらせる。


口を塞ぐ粘液の奥から、くぐもった声だけが漏れた。


ハーブはその反応を見つめ、小さく目を細める。


「今夜も楽しみましょう」


その穏やかな声音だけが、静まり返った暗い部屋へ静かに溶けていった。


ハーブの銀髪が、さらりとほどけた。


肩を流れていた髪は高い位置で結い上げられ、左右に揺れる銀髪のツインテールへと変わっていく。


同時に、ミントグリーンのワンピースが水面のようにぐにゃりと波打った。


柔らかな布地は色を失い、やがてカラフルで毒々しいゴスロリボンテージへと姿を変える。


細い脚には左右色違いのボーダーニーハイ。


腰には派手な鞭が揺れていた。


顔だけは変わらない。


けれど、その表情だけはまるで別人だった。


鋭く細められた瞳。


舌を覗かせ、にんまりと歪む笑み。


そこにいたのは、もはやハーブではない。


「この前はハーブがかわいがってあげたみたいだからー」


「今夜はデッドちゃんの番だよー♪」


そう言って、粘液の外に残っていたもう片方の手をゆっくりと持ち上げる。


そして何のためらいもなく、その腕もまたキンサシャの身体を包む粘液の中へ沈めていった。


その瞬間。


キンサシャの目が大きく見開かれる。


身体を震わせ、逃れようともがく。


だが、首から下を覆う粘液は容赦なくその動きを封じ込めていた。


部屋の中には、デッドエンドの愉快そうな笑い声だけが静かに響いていた。


デッドエンドが声を上げて笑う。


楽しそうに。


「ほらほら〜♪ ここ〜? ここかな〜? どこがいーのかなー? キャハハッ」


粘液の中へ沈んだ両腕が、ゆっくりと動く。


そのたびに、拘束されたキンサシャの身体がびくりと震えた。


目は限界まで見開かれ、呼吸は乱れ、口を塞ぐ粘液の奥から押し殺したような声が漏れる。


デッドエンドはその反応を見るたびに、子供がおもちゃを見つけたような笑顔を浮かべた。


「やっぱりキンサシャちゃんは面白いねー♪」


首を傾げ、ツインテールを揺らす。


左右色違いのボーダーニーハイが小さく揺れ、腰の派手な鞭がかちゃりと音を立てた。


キンサシャは必死にもがく。


だが、首から下を包む粘液は逃げ道を一切与えない。


暗い部屋の中に響くのは、デッドエンドの無邪気な笑い声と、拘束された怪人の荒い息遣いだけだった。


キンサシャの口を塞いでいた粘液が、ずるりと音を立てて離れた。


空気を求めるように大きく息を吸い込み、そのまま激しく咳き込む。


何度も何度も。


肩を震わせ、涙を滲ませながら。


やがて咳も収まる。


だが、その瞳はどこにも焦点を結んでいなかった。


力なく開かれたままの目は虚空を見つめ、頬を伝う涙だけが静かに零れ落ちる。


その様子を見下ろしたデッドエンドは、心底嬉しそうに目を細めた。


「いーぃ顔してるしー♪ キャハハッ」


甲高い笑い声が部屋に響く。


粘液の中から両手をゆっくりと引き抜く。


糸を引くように滴が垂れ、床へ落ちて小さな音を立てた。


粘液まみれの両手でキンサシャの顔を撫でまわし、口の中を指で掻き回す。


そうして舌を伸ばして、キンサシャの唇に唇を重ねる。そうしてゆっくりと味わった後に顔を離す。


怯えも抵抗も見せられなくなったキンサシャの顔を覗き込み、満足そうに頷いた。


まるで自分の作品の出来栄えを確かめる芸術家のように。


「キャハハッ♪まだまだ夜はながーいからねー♪」


その笑みだけが、暗い部屋の中で不気味なほど明るく浮かび上がっていた。


デッドエンドが顎に指を当て、じっと考え込む。


鋭い瞳が宙を泳ぎ、やがて何かを思いついたようにぱっと顔を輝かせた。


「そっかぁ〜♪」


右手を高く掲げる。


その掌から、とろりと粘液が溢れ出した。


糸を引きながら滴り落ちるそれは、空中で絡み合い、幾重にも重なり合って一つの塊へと変わっていく。


やがて粘液は形を保ち始め、腕よりも太い棒状の異形へと姿を変えた。


表面には不規則な突起がいくつも浮かび上がり、生き物のようにゆっくりと脈打っている。


まるで誰かの悪夢を、そのまま形にしたような代物だった。


デッドエンドは完成したそれを眺め、満足そうに頷く。


「こんなの? どぉかなぁ〜? キャハハッ♪」


甲高い笑い声が部屋中に響く。


拘束されたキンサシャは、その異様な造形から目を離せない。


虚ろだった瞳に再び恐怖の色が宿り、肩が小刻みに震え始める。


逃げようにも、身体は粘液に絡め取られたまま微動だにしない。


デッドエンドはそんな反応さえ面白がるように、異形の塊をくるくると弄びながら首を傾げた。


「簡単に壊れたりしないでねー?キャハハッ♪」


その言葉だけで、キンサシャの喉がひくりと震えた。


暗い部屋の中で、笑い声だけがいつまでも軽やかに響き続けていた。

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