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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第6章ーシスターアリスの秘密ー

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きっと私がいけなかったんだねー

ベルはふと顔を上げた。


涙で潤んだ瞳が、部屋の中を見回す。


「そういえば……ウルフは?」


その名前を聞いた瞬間、ミリィは静かにベルから身体を離した。


立ち上がると、ゆっくりと窓際へ歩いていく。


夕焼けが窓から差し込み、その横顔を朱く染めていた。


ミリィは外を眺めたまま、小さく口を開く。


「……さっき話されたんですけど……」


ベルは思わず身を乗り出す。


「ウルフから? なんて?」


少しの沈黙。


ミリィは夕陽へ視線を向けたまま、静かに答えた。


「……一緒に旅するの……やめたいって……」


その言葉は、部屋の空気を凍らせた。


ベルの表情から血の気が引く。


「うそ……なんで?……どうして……」


信じられないというように首を振る。


ミリィは振り返らない。


窓の外を見つめたまま、ぽつりと続ける。


「本当はさっきその話したかったそうなんですけど……ベルさん、落ち込んでたから言い出せなかったって……」


ベルは何も言えなかった。


唇だけが小さく震える。


やがて勢いよく立ち上がる。


「……ウルフ」


次の瞬間には部屋の出口へ向かおうとしていた。


「ウルフを探しに行かないと!」


しかし、その足は途中で止まる。


「でも……もう日が落ちますよ?」


背中越しに聞こえたミリィの声に、ベルははっと窓の外を見る。


夕陽は地平線へ沈みかけ、街には少しずつ夜の色が広がり始めていた。


「うっ……そ、そっか……そうだよね」


握り締めた拳から力が抜ける。


立ち尽くすベルへ、ミリィはゆっくりと歩み寄った。


「その話はまた明日にでも……ね?」


そう言って、そっとベルの手を包み込む。


その温もりに、ベルは視線を落とした。


細い指が震えている。


ぽつりと、自分に問いかけるように呟いた。


「なにか……私……嫌になることしたのかな?」


答えは返ってこない。


ただミリィは、その手を離さず静かに握り続けていた。


夕暮れの赤い光だけが、二人の影を長く床へ伸ばしていた。


ミリィはベルの手を両手で包み込むように握り、そのまま少しだけ力を込めた。


「いいじゃないですか、少し前までは二人で旅していたんですよ」


その言葉に、ベルははっとしたように顔を上げる。


そして寂しそうに微笑んだ。


「……そっか、そうだね」


窓の外へ目を向ける。


夕焼けに染まる街並みをぼんやりと眺めながら、小さく呟いた。


「いつの間にか、ウルフもずっと昔から一緒にいたと思ってたけど……」


半年。


決して長い年月ではない。


それでも、毎日顔を合わせ、食卓を囲み、くだらない話をして、危険を乗り越えてきた。


気付けば、それが当たり前になっていた。


ミリィは静かに頷く。


「きっとウルフさんも、何か新しい目的ができたのかもしれません」


その声は穏やかで、どこまでも優しかった。


ベルは目を閉じ、小さく息を吐く。


「うん……元々成り行きで一緒に旅するようになったんだしね」


出会いは偶然。


別れもまた、そういうものなのかもしれない。


そう思おうとする。


思い込もうとする。


ミリィはそっとベルの手を撫でた。


「そうですよ」


「邪魔したら、可哀想です」


その一言に、ベルの肩がわずかに揺れる。


引き止めることは、自分のわがままなのかもしれない。


相手の望みを縛ることなのかもしれない。


そんな考えが、静かに胸の奥へ染み込んでいく。


ベルはゆっくりと頷いた。


「うん……そっか、そうなのかもね」


どこか無理に自分を納得させるような笑みを浮かべながら。


その手はまだ、ミリィの手に握られたままだった。


窓の外で、最後の夕陽がゆっくりと地平線へ沈んでいく。


部屋の中に夜の気配が満ち始めた、その時だった。


ベルがはっとしたように身体を強張らせる。


「……ごめん。変身しそう」


慌てて身を引こうとする。


だが、その前にミリィがそっとベルを抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫ですよ」


優しく背中を撫でる手は、どこまでも穏やかだった。


ベルは困ったように眉を下げる。


「え……ちょっと、それは全然大丈夫じゃ……」


言葉は途中で止まる。


抱きしめられたまま、その身体が静かに変化を始めた。


長く伸びた黒髪がするすると縮み、銀色へと染まりながら耳にもかからないほど短く整っていく。


華奢な肩は少しずつ幅を増し、細い腕にはしなやかな筋肉が浮かび上がる。


頬の線が変わり、背丈もゆっくりと伸びていく。


服越しに伝わる身体つきまでも、少女のものから少年のものへと自然に置き換わっていった。


変身は音もなく終わる。


ミリィの腕の中には、もう黒髪の少女はいない。


銀髪の少年が、静かに目を瞬かせた。


それでもミリィは腕を離さない。


まるで最初からその姿であったかのように、静かに抱きしめ続ける。


「……ミリィ、おまえ、何してんだ?」


ミリィは何も答えない。


ただ、抱きしめる力をほんの少しだけ強くする。


窓の外では、完全に日が落ちていた。


部屋を包む静寂の中、二人の影だけが寄り添うように重なっていた。


ベルは腕の中の少女を見下ろし、小さく首を傾げた。


「なんかまた、あいつ落ち込んでたのか?」


ミリィは答えず、そっとベルの胸へ顔を埋める。


まるでその温もりを確かめるように。


「いいんです。大丈夫、大丈夫」


囁きながら、抱きしめる腕にさらに力を込めた。


その様子にベルは困ったように眉を下げる。


ゆっくりとミリィの肩へ手を添え、無理のないよう身体を押し離した。


「俺も大丈夫だ。変な真似はやめろって」


引き剥がされたミリィは、不満そうに頬を膨らませる。


じっとベルを見上げ、その瞳を覗き込んだ。


「嫌なんですか? うれしくないんですか?」


一拍置いて、静かに続ける。


「私に抱きつかれて」


その言葉に、ベルは怪訝そうに眉を寄せた。


目の前の少女をじっと見つめる。


いつものミリィなら、こんなことは言わない。


「なんだお前?」


短く呟き、さらに首を傾げる。


「今日ヘンだぞ?」


ベルは眉をひそめたまま、ミリィの顔を覗き込む。


「なんか変なもんでも食ったのか?」


その言葉に、ミリィはくすりと笑った。


どこか楽しそうな、小さな笑み。


「本当はうれしいんでしょう?」


一歩だけ距離を詰める。


「照れてるんですか?」


そう言いながら、そっとベルの頬へ手を伸ばした。


しかし、その手が触れる前に。


ベルは伸ばされた手首を静かに掴み取る。


強くはない。


だが、逃がさないという意思だけははっきりと伝わる力だった。


ミリィは驚いた様子もなく、ただベルを見つめ返す。


ベルはその瞳を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「本当にヘンだぞ? おまえなんか――」


そこで言葉が止まる。


何かが胸の奥で引っかかった。


違和感。


小さな、けれど見過ごせない棘のような感覚。


ベルは眉間に皺を寄せたまま、掴んだ手を離さない。


そして低い声で問いかける。


「なんかヘンだな、おまえ本当にミリィか?」


ミリィの表情が一瞬だけ歪む。


「痛ぃっ!」


その小さな悲鳴に、ベルははっと目を見開いた。


「あっ、わ、悪ぃっ! そんな強く握ったつもりは……」


慌てて手を離す。


自由になったミリィは、掴まれていた手首をもう片方の手でそっと包み込み、そのまま胸元へ引き寄せた。


細い指先で手首をさすりながら、少しだけ眉を下げる。


「痛かった……です」


その声を聞いたベルは、申し訳なさそうに頭を掻いた。


「悪りぃって、ごめんな」


ミリィは視線を落としたまま、小さく首を振る。


「ベルさんは……力が強いんですから」


責めるような口調ではない。


むしろ、自分に言い聞かせるような穏やかな声音だった。


ベルは居心地が悪そうに肩をすくめる。


「すまねぇ」


短い謝罪だけが、静かな部屋にぽつりと落ちた。





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