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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第6章ーシスターアリスの秘密ー

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どうしてそんなこと言うの?ー

ベルはあれからずっと宿の自分の部屋で、ベッドに横になったままだった。


窓から差し込む夕暮れの光が天井を赤く染めている。


それをぼんやりと眺めながら、何度目かも分からないため息をついた。


落ち込んでいる。


誰の目にも分かるほど、はっきりと。


不意に、部屋の扉が音を立てて開いた。


ノックはない。


ベルははっと目を見開き、慌てて上半身を起こす。


しまった。


鍵を掛け忘れていた。


そんな後悔と共に視線を向けると、開いた扉の向こうには小柄な少女が立っていた。


「なんだ……ミリィか」


張り詰めていた肩から力が抜ける。


胸を撫で下ろし、小さく笑う。


ミリィは返事をせず、静かに部屋へ入ってきた。


その足取りはいつもと変わらず控えめで、扉も後ろ手にゆっくりと閉める。


かちゃり、と小さな音が部屋に響いた。


ベルはベッドの端に座り直し、少しだけ困ったように笑う。


「ごめんね。心配かけちゃった?」


ミリィは何も答えない。


ただベルの前まで歩み寄り、じっとその顔を見つめていた。


夕陽を受けた金色の髪が、静かに揺れる。


その視線に気付いたベルは、どこか照れくさそうに頬を掻いた。


「そんな顔しなくても平気だよ」


「ちょっと落ち込んでるだけだから」


部屋は静まり返っていた。


窓の外から聞こえる街の喧騒だけが、遠くに流れている。


その中で、ミリィはなおも一言も発しないまま、ベルを見つめ続けていた。


「ミリィ? どうしたの?」


ミリィは答えることなく、静かに部屋へ入ってきた。


足音も立てずにベッドの端へ腰を下ろすと、そのまま床へ視線を落とす。


重苦しい沈黙が流れた。


やがて、小さく口を開く。


「ベルさん……私、あれからいろいろ考えてみたんですけど……」


ベルは不思議そうに首を傾げた。


「?」


ミリィは膝の上で手を重ね、躊躇うように唇を結ぶ。


それでも意を決したように続けた。


「もしかしたら……シスターアリス様はベルさんが特別だと知って、育てたんじゃないかって……」


その言葉に、ベルの表情が固まる。


「え……? ちょっとミリィ、さっきと言ってることが……」


言い終わる前に、ミリィは静かに首を横へ振った。


「……実は教会でお話を聞いた時からそう思っていたんです。でもベルさんの落ち込む姿を見たら……言えなくて」


ベルは目を伏せた。


肩が小さく落ちる。


「ごめんね……気を遣わせてしまって……」


弱々しく笑おうとしたが、その笑みはすぐに消えた。


しばらく黙り込んだ末、ぽつりと呟く。


「でも」


「やっぱりそう、なのかな?」


部屋の空気がさらに重くなる。


ミリィはすぐには答えなかった。


視線を落としたまま、小さく息を吸う。


「私はシスターアリス様にお会いした事がないので確信は持てません……でも」


そこで言葉を切り、静寂が落ちる。


窓の外から聞こえる街の喧騒だけが、やけに遠く感じられた。


ベルは自分の膝を見つめたまま、小さく笑った。


その笑みは力なく、今にも崩れそうだった。


「私も少しだけ、やっぱりそうじゃないかなって気持ちがあって……」


ぽつりと零れた声は、ひどく弱々しい。


「でも、そんなわけがないって気持ちの方がまだ強かったんだけど……」


言葉の最後は、ほとんど呟きになっていた。


ミリィは静かに頷く。


「わかります」


少し間を置いて、優しく続けた。


「信じたい気持ちになりますよね」


その一言が、ベルの胸を締めつける。


ベルは唇を噛み、俯いたまま指先を握りしめた。


部屋の中は静まり返り、窓の外を吹き抜ける風の音だけが微かに聞こえてくる。


やがてベルは、ゆっくりと顔を上げた。


その瞳は迷いに揺れている。


「……でも」


「ミリィもそう思うなら……やっぱりそうなのかなって」


その言葉を口にした瞬間、自分自身で傷口を抉ってしまったように、ベルの肩が小さく震えた。


ミリィは何も否定しない。


励ますこともしない。


ただ静かにベルの隣へ座り、視線を床へ落としたまま、長い沈黙を受け入れていた。


その沈黙が、ベルの心の中に芽生えた疑念を、ゆっくりと根付かせていくようだった。


ベルは力なく笑った。


その笑みは今にも崩れそうで、瞳の奥には消えない迷いが残っている。


「……愛されてたと……思ってたんだけどな……」


ぽつりと零れた言葉は、静かな部屋の中へ沈んでいった。


ミリィはゆっくりとベルの方へ身体を向ける。


そして何も言わず、両手をそっとベルの肩へ置いた。


その温もりに、ベルは顔を上げる。


「ベルさん……私がいます」


真っ直ぐな瞳で見つめながら、静かに言葉を紡ぐ。


「ベルさんのこと、誰も愛さなかったとしても、私は愛してますから」


ベルは目を瞬かせた。


「……誰もって……それはさすがに――」


言葉が最後まで続くことはなかった。


不意にミリィの腕が伸び、そのままベルの身体を強く抱き締める。


予想もしなかった行動に、ベルの目が大きく見開かれた。


「ちょ……ミリィ」


耳元で、小さな声が囁く。


「私がいますから……私を信じてください」


ベルの身体から少しずつ力が抜けていく。


震えていた指先も、ゆっくりと動きを止めた。


「……ミリィ」


抱き締める腕は離れない。


その代わり、さらに少しだけ力が込められる。


「私じゃ……だめですか?」


その問いに、ベルは静かに首を横へ振った。


「ううん……そんなことない」


震える声のまま、小さく笑う。


「ありがとう」


そして、おずおずとミリィの背中へ腕を回した。


抱き返す力は弱い。


それでも確かに、そこには縋るような温もりがあった。


「そうだよね……」


ベルは目を閉じ、肩に顔を預ける。


「私にはミリィがいるから」


その言葉を聞いたミリィは、何も答えなかった。


ただ静かにベルを抱き締め続け、誰にも見えない位置で、その瞳だけがゆっくりと細められた。


ミリィはベルを抱きしめたまま、ぽつりと呟いた。


「こんなこと考えたくもないのですが……」


ベルはゆっくりと顔を上げる。


涙の跡が残る瞳で、隣の少女を見つめた。


「なに?」


ミリィは少しだけ言い淀む。


迷うように唇を結び、それから静かに口を開いた。


「以前、アルティシア様がシスターアリス様の事、話していたじゃないですか……」


ベルはその言葉に記憶を辿る。


そして小さく頷いた。


「あー……結局あの話、聞かずじまいだったもんね」


あの時、アルティシアは何かを知っているような口ぶりだった。


けれど最後まで聞くことはできなかった。


ミリィは俯いたまま、声をさらに落とす。


「もしかしたら……アルティシアさんも本当は……」


その先を聞いた瞬間、ベルは反射的に首を振った。


「え……そんな……それはさすがに」


否定したかった。


否定しなければ、自分の中の何かが壊れてしまいそうだった。


しかしミリィは静かに続ける。


「だって……それならどうして、何も言ってくれなかったんでしょう」


その問いに、ベルの言葉が詰まる。


「……それは……でも……」


口を開いては閉じる。


理由を探そうとしても、思い当たるものが見つからない。


アルティシアなら知っていたのかもしれない。


知っていて、それでも何も言わなかったのかもしれない。


そんな考えが、一度胸に浮かぶと消えてくれない。


ベルは俯き、ぎゅっとシーツを握りしめた。


部屋には重たい沈黙だけが落ちる。


その隣でミリィは何も急かさず、ただ静かにベルの答えを待っていた。


ベルは震える唇をゆっくりと動かした。


「もし……もしそうだとしたら……」


その先の言葉が続かない。


考えたくない。


けれど、一度浮かんでしまった疑念は、頭の中から離れてくれなかった。


ミリィも静かに目を伏せる。


「……もしそうなら……」


短い言葉だけが部屋に落ちる。


その続きを、二人とも口にできない。


長い沈黙の末、ベルは力なく呟いた。


「もう……もう誰を信じたら、いいのか……」


声は震えていた。


今にも泣き出しそうなほど細く、弱々しい。


ミリィは何も言わず、抱きしめる腕にそっと力を込める。


ベルの身体は小さく震え、その温もりに縋るように額を預けた。


その時。


ベルからは見えない位置で、ミリィの口元がゆっくりと緩む。


誰にも気付かれないほど僅かな笑み。


すぐにその表情は消え、穏やかな声音だけが耳元へ落ちた。


「ベルさん、私がいます」


優しく、繰り返す。


「私がいますから」


ベルは何度も小さく頷いた。


「うん……」


喉の奥から絞り出すような声。


「うん……」


その返事だけが、静かな部屋に何度も響いていた。


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