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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第5章ー古代遺跡の謎ー

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いざ、ルグレシアへ!ー

マリーナは目を伏せた。


長い沈黙。


その沈黙を破るように、小さく息を吐く。


「本当は嫌なんだ…」


組んでいた腕がゆっくりと解かれる。


「困った時、彼に、彼の力を当てにするような真似は…」


その声は弱々しかった。


いつもの迷いのない口調ではない。


「でも…今回だけは」


その先を。


ベルが遮った。


「わかってる!」


強く。


迷いなく。


「何も言わないで」


そして。


右手を握り締める。


その拳を、水晶へ向けて突き出した。


「すぐに行くから!」


真っ直ぐな瞳。


揺るがない声。


「必ず助ける!」


マリーナの表情がわずかに揺れる。


「ベル…」


ベルは照れくさそうに笑った。


「だって、友達だもん!」


その一言だった。


マリーナの口元がふっと緩む。


固く張り詰めていた表情が。


ほんの少しだけ崩れた。


静かに右手を持ち上げる。


通信越しの水晶へ向けて。


拳を作る。


こつん。


画面を隔てた二人の拳が。


まるで触れ合ったかのように重なった。


誰も言葉を挟まない。


その小さな音だけが部屋に響く。


やがてマリーナは再び真剣な表情へ戻った。


「サナトリアの先行部隊はすでにルグレシアに到着している」


一拍置く。


「本隊も今夜にはー」


ベルは力強く頷いた。


迷いは一つもない。


「間に合わせるよ」


拳はまだ水晶へ向けたまま。


「必ず!」


その瞳に映る決意は揺るがない。


「約束する!」


水晶の向こうで。


マリーナは静かにその言葉を受け止めた。



大陸警察支部を後にした三人は、一度宿へ戻っていた。


部屋へ入るなり。


ベルは振り返る。


真剣な表情のまま、二人を見た。


「ルグレシアには私とあいつの2人で行くから、2人は後から来てね」


その言葉に。


ウルフが眉を上げる。


「おいおい、そうは言っても、ベルの兄ちゃんはどこなんだよ?」


腕を組み。


首を傾げる。


ベルは一瞬だけ言葉に詰まった。


それでもすぐに笑顔を作る。


「それはー…大丈夫!すぐに落ち合うから」


ウルフはじっとベルを見つめた。


何かを探るような目。


だが。


やがて肩を竦める。


「そうかい…それなら、いいんだけどよ」


今度はミリィが不安そうに口を開く。


「でも、どうやって行くんですか?」


窓の外へ目を向ける。


遥か彼方にあるルグレシアを思い浮かべるように。


「今から出ても…」


言葉は最後まで続かなかった。


馬車では一週間。


列車を使ったところで間に合わない。


それは誰もが分かっている。


ベルはそんな二人を見て。


胸の前で拳を軽く握った。


そして。


にっこりと笑う。


「それも考えがあるから、私に任せて!」


その笑顔は。


ついさっきまで戦争の話をしていたとは思えないほど明るかった。


ミリィはまだ心配そうな顔をしている。


ウルフも腕を組んだまま黙っていた。


だが二人とも、それ以上は何も聞かなかった。


ベルがそう言うなら。


きっと何かある。


そう信じるしかなかった。


街を出て。


しばらく歩いた先。


見渡す限りの草原に、ベルは一人立っていた。


風が吹く。


黄金色に染まり始めた草を揺らし。


西の空へ沈みゆく太陽を照らしている。


赤く。


赤く。


今日という日が終わろうとしていた。


ベルは空を見上げる。


両手を胸の前で固く握り締め。


唇を噛む。


焦りが止まらない。


心臓が早鐘を打つ。


一秒。


その一秒さえ惜しい。


「早く…」


震える声が漏れた。


「早く…」


太陽は何も知らないように。


ゆっくりと地平線へ近付いていく。


「早く!」


ベルは一歩前へ踏み出した。


祈るように。


叫ぶように。


西の空へ手を伸ばす。


「沈め…」


声が震える。


涙が滲む。


「沈め…」


風だけが答える。


太陽は変わらず。


ゆっくりと。


あまりにもゆっくりと。


地平線へ沈んでいく。


ベルは歯を食いしばった。


両拳を握り。


空へ向かって叫ぶ。


「早く…早く…早く!沈め…沈め…早く沈んでぇっ!!」


その悲鳴にも似た声が。


夕焼けに染まる草原へ響き渡った。


そして。


地平線の向こうへ。


太陽の最後の光が、静かに消えた。


そして。


ベルの身体が内側からざわりと揺れる感覚。


「来た!」


胸の奥で何かが脈打つ。


全身を駆け巡る熱とともに、腰まで伸びた黒髪がふわりと浮き上がる。


さらさらと揺れながら。


その長い髪は見る間に縮み。


肩を過ぎ。


首筋まで。


そして耳にかかるほどの短い長さへと変わっていく。


同時に色も黒から銀へ。


夕暮れの残光を受けて淡く輝いた。


瞳も静かに赤く染まる。


華奢だった身体はすらりと伸び。


少女の輪郭は青年のものへ。


骨格が変わり。


筋肉が付き。


服の中で自然と体格が変化していく。


やがて変化は止まった。


銀髪の短い髪を風になびかせた青年が、静かに夜空を見上げる。


「よし」


短く呟く。


次の瞬間。


大地を蹴った。


轟音とともに土が爆ぜ。


銀色の影は一直線に空へ舞い上がる。


目指すはルグレシア。


夜の空を切り裂きながら、その姿は瞬く間に彼方へ消えていった。


ベルは大地を蹴った。


轟音とともに土が爆ぜ。


その身体は矢のように夜空へ跳び上がる。


猛烈な風が銀髪を揺らす。


眼下では草原が瞬く間に遠ざかっていく。


上昇の勢いが頂点へ達した、その瞬間。


ベルは両手を前へ掲げた。


十本の指を広げる。


そこにはめられた九つの指輪が、月明かりを受けて静かに輝いた。


「カレン!出てこい!」


呼び声が夜空に響く。


次の瞬間。


轟音。


空の上から一本の稲妻が真っ直ぐ落ちてきた。


白く眩い閃光が天地を貫く。


その光の柱の中から、一人の少女が姿を現す。


白金色のさらさらとした長い髪。


額には七色に輝く一本角。


和装をまとい。


金色の瞳を細めながら、いたずらっぽく笑みを浮かべる。


「妾を呼んだな?主様よ」


稲妻は一瞬で消え去る。


残された鬼の姫神は、落下を始めたベルのすぐ傍らで口元を緩めた。


「こんなに急いでおるとは珍しいのう。何ぞ面白いことでもあるのかえ?」


ベルがニヤリと笑う。


そして遥か彼方を指差した。


ルグレシアのある方角へ。


「カレン!何も言わず、俺をあっちに思いっきり投げてくれ!」


カレンはその指先をちらりと見やると。


すぐにベルの両手を掴んだ。


「あいわかった!思い切りやるから、舌を噛まれるな」


そう言って強く引き寄せる。


互いの距離が一気に縮まる。


そのまま。


近づいたベルの唇へ、そっと口づけた。


ベルが目を見開く。


ゆっくりと唇を離したカレンは、満足そうに微笑んだ。


「褒美は先にいただいたぞ」


ベルは苦笑する。


「まったく…」


その返事を聞くや否や。


カレンはベルの身体を大きく振り始めた。


「それではいくぞ!」


ぐるり。


ぐるり。


夜空を切るように。


数度、勢いよく振り回し。


だんだんと回転が加速して行く。


そうしでベルの姿が残像でも捉えきれない速度になった。


最後の一回で。


全身の力を込めて放つ。


「ルグレシアまで!ぶっとべ!主人様ぁっ!!」


ベルの身体が夜空へ弾丸のように射出された。


「うおっ!うおぉぉぉぁぉぉぉーーーーーーーっ!!」


悲鳴はみるみる遠ざかり。


やがて小さく。


さらに小さく。


銀色の点となって夜空の彼方へ消えていく。


カレンは右手を額にかざし。


その姿を見送った。


「うむ、いい感じじゃ」


満足げな笑みを浮かべたまま。


静かな夜空をいつまでも眺めていた。


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