表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第5章ー古代遺跡の謎ー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

614/657

そしてふたたび絶望するー

女神は黙った。


赤い瞳が揺れる。


その言葉は予想していなかったのだろう。


何千年も。


誰からも言われなかった言葉だったのかもしれない。


「…私は何も見てない。そう言いたいの?」


女神は静かに問う。


少年は迷わなかった。


「そうだよ!」


即答だった。


「ここから見てるだけで、何も経験してない!」


「そんなの見てるなんて言えるかよ」


女神の表情が僅かに曇る。


だが少年は止まらない。


「泣いたことあるのか?」


「飢えたことあるのか?」


「大切な奴を失ったことあるのか?」


「誰かを好きになったことあるのか?」


女神は答えない。


答えられない。


少年は拳を握る。


「人間を見てきた?」


「世界を見てきた?」


「違うだろ」


真っ直ぐ女神を見る。


「眺めてただけだ」


その言葉に。


女神の肩が小さく震えた。


少年は続ける。


「世界を嫌いになるのは勝手だよ」


「人を嫌いになるのも勝手だ」


「でもさ」


一歩前へ出る。


「その前に一回くらい降りてこいよ」


女神の瞳が大きく開かれる。


少年は真顔だった。


怒っている。


けれど。


その怒りは自分のためだけではなかった。


「自分で歩け」


「自分で転べ」


「自分で笑え」


「自分で泣け」


「その上で嫌いになったなら仕方ない」


少年は腕を組む。


「でも今のあんたは違う」


女神は何も言えない。


ただ見つめている。


少年を。


自分を否定する少年を。


けれど。


何故だか目を逸らせなかった。


「俺は認めない」


少年は言った。


「そんな中途半端な理由で死にたいなんて」


静寂が落ちる。


女神は呆然としていた。


何千年も生きてきた。


何千年も世界を見てきた。


それなのに。


目の前の少年の言葉一つに。


心が揺れていた。


女神は俯いた。


白銀の長い髪が頬を隠す。


その肩が小さく震えている。


「だって…今更そんな…どうしろって言うの」


ぽたり。


一粒の涙が零れ落ちた。


静かな空間に、小さな雫だけが音を立てる。


少年はその涙を見た。


そして力強く首を振る。


「今更じゃない!」


その声に女神が顔を上げる。


少年は一歩踏み出した。


「まだ間に合う!」


「え…?」


戸惑う女神に、少年は真っ直ぐ指を向ける。


「今からでも!世界を見に行こう!」


女神は目を瞬かせた。


その発想自体がなかったように。


「…そんなの無理」


「無理じゃない!」


少年は腕を組む。


眉間に皺を寄せ、真剣な顔で考え込む。


「あー……そうだな……」


しばらく唸った後。


突然、顔を上げた。


「そうだ!」


満面の笑みを浮かべる。


「俺の時間の半分をあげるよ!」


女神の瞳が揺れた。


「え…?それは…?」


「方法は任せるけどさ!」


少年は笑う。


「女神ならなんとかできるだろ!?」


勢いのまま両手を広げた。


「俺と一緒に世界を見に行こう!」


女神は呆然と立ち尽くす。


「世界を…?私が…?」


「そうだよ!」


迷いのない声だった。


「自分の目で見て!」


「感じて!」


「知って、それでも嫌になるなら…」


少年は胸を叩く。


「そん時は俺が責任とってなんとかする!」


「約束だ!」


その言葉に。


女神は初めて笑った。


涙を残したまま。


頬を緩める。


「なんとかって…あなた無茶苦茶ね」


少年は肩を竦めた。


「こんなとこまで呼ぶ方が無茶苦茶だろ」


一瞬。


女神はぽかんとした顔をして。


それから小さく吹き出した。


「そうね、たしかに」


笑い声が零れる。


何千年ぶりなのか。


本人にも分からないほど自然な笑顔だった。


少年は照れくさそうに鼻を掻く。


「あんたのわがまま聞いてやるから」


少しだけ真面目な顔になる。


「俺のわがままも聞いてくれよ」


女神は静かに少年を見つめた。


その黒い瞳を。


真っ直ぐな言葉を。


そして。


ゆっくりと頷いた。


女神は静かに頷いた。


涙はもう止まっていた。


その代わりに。


穏やかな笑みが浮かんでいる。


「わかりました。では、私はこれからあなたと共に世界を見に行きます」


少年はぱっと表情を明るくした。


「そうこなくっちゃ!」


女神は少しだけ首を傾げる。


悪戯を思いついた子供のように。


「でも方法は私が決めるわ」


少年は迷わず頷く。


「うん」


女神は続けた。


「どうなっても文句言わないでね?」


少年は笑った。


「いいよ!」


「任せる!」


その返事を聞いた女神は、静かに目を閉じた。


そして。


胸の前で両手を合わせる。


白く細い指先が重なる。


その瞬間。


掌の隙間から淡い光が漏れ始めた。


最初は小さく。


蝋燭の火ほどの光。


だが次の瞬間には。


眩い輝きへ変わる。


白銀の光。


優しく。


暖かく。


全てを包み込むような光。


女神の髪が揺れる。


衣が風もないのにたなびく。


少年は思わず目を細めた。


光は止まらない。


女神の身体から溢れ。


足元へ。


空へ。


どこまでも広がっていく。


暗闇が後退する。


闇は光に触れた瞬間、音もなく消えていく。


黒は白へ。


静寂は温もりへ。


何もなかった空間が、光だけで満たされていく。


少年はその中心で立ち尽くしていた。


女神は目を開く。


赤い瞳が優しく細められる。


その視線は少年へ向けられていた。


何も言わない。


ただ微笑む。


そして。


光はさらに広がる。


世界の果てまで。


空を越え。


大地を越え。


海を越え。


ありとあらゆる場所へ。


白銀の輝きが染み渡っていく。


そうして――


世界を光が覆う。




次にベルが見たのは草原だった。


風が吹く。


青々とした草が波のように揺れる。


どこまでも続く緑。


空には雲がゆっくりと流れていた。


何の変哲もない景色。


けれど。


ベルの胸が強く鳴る。


「え?ジット村…?」


見間違えるはずがない。


子供の頃から見慣れた場所。


毎日のように駆け回った草原。


教会から少し離れた丘。


そして。


シスターマリアと出会った場所。


ベルは辺りを見回す。


風の匂い。


土の感触。


草の揺れる音。


どれも記憶そのままだった。


「なんで…どういうこと…?」


戸惑いだけが募る。


その時。


遠くから人の声が聞こえた。


挿絵(By みてみん)


自分を呼んでいる。


女性の声。


凛とした。


どこまでも澄んだ声。


聞き慣れた声。


忘れるはずのない声。


ベルの瞳が大きく開かれる。


「この声は…シスター…マリア」


声はゆっくりと近付いてくる。


草を踏む音。


風に乗って届く呼吸。


すぐそこまで。


あと少し。


あと一歩で姿が見える。


ベルは思わず顔を上げた。


挿絵(By みてみん)


そこにはシスターマリアの優しい笑顔があった。


名を呼ぼうと、声を出そうとすらも声が出ない。


そうしてシスターマリアは彼女を立たせると、その手を繋ぎ、村へと向かい、歩き出す。


そして、ベルがシスターを見上げようとした時、


挿絵(By みてみん)


その瞬間。


世界が揺らいだ。


草原が溶ける。


空が砕ける。


光も風も音も。


全てが渦を巻いて崩れていく。


シスターマリアの顔を見ることは叶わなかった。


景色は音もなく引き裂かれ。


ベルの意識は再び、別の世界へと呑み込まれていった。


次にベルが見たのは。


遺跡の中だった。


見覚えのある石壁。


広いホール。


砕けた瓦礫。


ついさっきまでいた場所。


その中心に。


デッドエンドが立っている。


銀髪のツインテールを揺らし。


派手なゴスロリ姿のまま。


楽しそうに笑っていた。


そして。


その足元には。


二つの人影。


「ウルフ……?」


「ミリィ……?」


二人は動かない。


うつ伏せに倒れたまま。


背中には。


深々とナイフが突き立てられていた。


赤黒い染みが床へ広がっている。


ベルの頭が真っ白になる。


呼吸が止まる。


足が震える。


「いや....いやあああああっ!」


悲鳴が遺跡中へ響き渡った。


ベルはその場に崩れ落ちる。


両手で顔を覆い。


肩を震わせる。


何も考えられない。


涙だけが止まらない。


その様子を見て。


デッドエンドは腹を抱えて笑った。


「キャハッ♪」


「あー泣いちゃったー」


「ごめーんねー♪」


鞭をくるくると回す。


嬉しそうに。


面白い玩具を見つけた子供のように。


「あちき、クソザコウルフとクソザコミリィのこと、やっちゃったー」


舌を出す。


目を細める。


「キャハハッ」


笑い声だけが響く。


ベルは顔を覆ったまま。


震えながら首を横へ振る。


信じたくない。


信じられない。


そんなはずがない。


けれど。


目の前には。


倒れた二人がいた。


ぴくりとも動かず。


静かなまま。


ただ。


そこに倒れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ