古代遺跡のその奥でー
巨大な空間を歩きながら、ベルは天井を見上げた。
どこまで続いているのか分からないほど高い。
石柱も一本一本が巨大だった。
「そういえば、私、遺跡って初めてかも」
ミリィも辺りを見回す。
「私もです。本ではたくさん読んでますが…」
実際に足を踏み入れるのは初めてだった。
壁の紋様も。
石造りの回廊も。
本の中でしか知らなかったものばかりだ。
前を歩くウルフが振り返る。
「そうない?俺は何度か経験あるぜ」
ベルは少し驚いた。
「さすが、まさかのAランク冒険者」
「…本当に意外ですよね」
ミリィも真顔で頷く。
ウルフのこめかみに青筋が浮いた。
「おい」
「どう見てもFランクですよね」
「ミリィまで!?」
「だってウルフさんですし」
「どういう意味だ」
ベルとミリィは顔を見合わせる。
そして同時に肩を竦めた。
ウルフは深々とため息をつく。
「BADだぜ」
そう言いながらも少し笑っていた。
「経験だけならいろいろ、な」
ベルは興味深そうに振り返る。
「へぇ。どんな遺跡だったの?」
「覚えてる範囲だと」
ウルフは指を折る。
「砂漠の地下神殿」
一本折る。
「海底遺跡」
もう一本。
「空飛ぶ城」
さらに一本。
「崩壊寸前の魔導都市」
ベルとミリィが揃って立ち止まった。
「え?」
「え?」
ウルフも立ち止まる。
「ん?」
「ちょっと待って」
ベルが思わず言う。
「最後の方、普通にすごくない?」
「そうです」
ミリィも頷く。
「なぜそんな経験があるんですか」
ウルフは首を傾げた。
「いや、なんか流れで?」
「流れで行く場所じゃないと思う」
三人の足音が静かな遺跡に響く。
そんな他愛ない会話を続けながら、彼らはさらに奥へと進んでいった。
ひときわ広いホールへ出た瞬間だった。
ベルとミリィは思わず足を止める。
天井はこれまでで最も高い。
無数の巨大な柱が並び立ち、壁面には壮大な彫刻が刻まれている。
中央には何かの祭壇らしき石造りの構造物。
まるで神殿だった。
「わぁ……」
ベルの目が輝く。
「すごい……」
ミリィも見上げたまま言葉を失っていた。
本でしか知らなかった古代遺跡。
それが目の前に広がっている。
しかし。
先頭を歩いていたウルフが不意に足を止めた。
ベルが首を傾げる。
「な、なに?突然どうしたの?」
ミリィも不思議そうに見る。
「トイレですか?」
ウルフは無言だった。
ゆっくりと周囲を見回す。
そして小さく呟く。
「…こいつぁBADだぜ」
その声音に、ベルとミリィの表情が引き締まった。
さっきまでの軽い空気が消える。
「何かあった?」
ベルが尋ねる。
ウルフは答えない。
代わりに祭壇の方を見つめたまま顎をしゃくる。
「見ろ」
ベルとミリィも視線を向けた。
祭壇。
その周囲。
石畳。
柱。
壁。
どこも変わった様子は――
「あれ?」
ベルが眉をひそめた。
「なんか変じゃない?」
ミリィも気付く。
「……え?」
壁に刻まれた模様。
柱の傷。
祭壇の形。
それらを見ているはずなのに。
視線を逸らした瞬間、どうだったのか思い出せない。
ベルは祭壇を見る。
目を閉じる。
思い出そうとする。
できない。
「なにこれ……」
ミリィの顔から血の気が引いた。
「今見たはずなのに……」
ウルフはサングラスの奥で目を細める。
「俺もだ」
静かなホールだった。
風もない。
音もない。
それなのに。
三人は同時に感じていた。
この場所は何かがおかしい。
静寂がホールを支配していた。
誰も動かない。
誰も喋らない。
その時だった。
コツ――
小さな音が響く。
ベルが顔を上げた。
コツ。
コツ。
規則正しい音。
石畳を叩く硬質な音だった。
「……」
ミリィも息を呑む。
耳を澄ませる。
コツ。
コツ。
コツ。
ゆっくりと。
だが確実に近付いてくる。
ヒールの音だった。
誰かが歩いている。
広いホールの奥。
薄暗い通路の向こうから。
コツ。
コツ。
コツ。
一定の速度で。
まるでこちらに向かってくるかのように。
ウルフが一歩前へ出た。
長い腕を少し広げる。
自然な動作だった。
だがその位置は、ベルとミリィを背中で庇う形になっている。
ベルは思わずウルフを見る。
いつもの軽い雰囲気はない。
サングラスの奥の視線が暗闇へ向けられていた。
コツ。
コツ。
コツ。
音はさらに近付く。
やがて。
暗闇の奥に人影が見えた。
細いシルエット。
長い髪。
ゆっくりと歩いてくる女性だった。
コツ。
コツ。
コツ。
ヒールの音だけがホールに反響する。
その姿が少しずつ明瞭になっていく。
銀色の長い髪。
上品なワンピース。
白い手袋。
まるで貴族令嬢のような優雅な佇まい。
女は三人から少し離れた場所で立ち止まった。
そして穏やかに微笑む。
「あらあら」
静かな声がホールに響いた。
ベルの表情が険しくなる。
眉間に皺を寄せ、目の前の女を睨みつけた。
「なんで…あんたがここに…」
ミリィも息を呑む。
「ハーヴェスト・アンセン……」
穏やかな笑みを浮かべる女。
Keilflamme幹部。
デッドエンド。
その姿を見間違えるはずがなかった。
ウルフは口元を緩めた。
どこか獰猛な笑みだった。
「…こいつぁ…BADだね」
女はくすくすと笑う。
「あらあら」
銀髪を揺らしながら優雅に一礼する。
「久しぶりね」
ホールの空気が張り詰めた。
ベルは剣の柄に手を添える。
ミリィも警戒を解かない。
しかしハーブだけは穏やかなままだった。
まるで旧友に会ったかのように。
「あらあら。そんなに怖い顔をしないで」
「するよ」
ベルは即答した。
「敵なんだから」
「悲しいわ」
ハーブは小さく肩を落とす。
だが口元には笑みが残っていた。
「せっかく招待したのに」
その言葉にベルの眉が動く。
「招待?」
「ええ」
ハーブは楽しそうに頷いた。
「今回の遺跡調査よ」
ミリィの表情が険しくなる。
「まさか……」
「そのまさか」
くすくすと笑う声が広いホールへ響いた。
「依頼を出したのは私」
ベルとミリィが顔を見合わせる。
ハーブは祭壇へ軽く腰掛けた。
まるで自分の庭にでもいるかのようだった。
「ちゃんと来てくれて嬉しいわ」
「ふざけないで」
ベルの声は鋭い。
「何が目的?」
ハーブは少し考える素振りを見せる。
そして微笑んだ。
「お話」
数秒の沈黙。
ウルフが煙草を咥え直した。
「そいつぁ一番信用できねぇ答えだな」
「ひどいわ」
ハーブはくすくすと笑う。
「本当なのに」
ウルフは煙草を指で回しながら肩を竦めた。
「アンタの狙いはベルを連れ帰る事なんだろ?」
「またそうやって油断させてー」
ハーブは少し困ったような顔で首を傾げた。
「うーん…それはそうなんだけど」
くすくすと笑う。
そしてベルへ視線を向けた。
「以前、そっちのベルには告白したじゃない?」
その言葉に。
ウルフとミリィが同時にベルを見た。
ベルは視線を逸らした。
「…はい。実は..そんなことあって」
数秒。
沈黙。
ウルフが瞬きをする。
ミリィも固まっていた。
ベルはますます気まずそうになる。
ハーブは楽しそうに微笑んだ。
「ところがー、あっちのベル?魔王殺しの」
「どうやら彼のことも好きになっちゃって」
ウルフは眉をひそめる。
「待て待て待て!待てって!」
ミリィも混乱していた。
「今の話の流れ、大事なのはそこじゃなくないですか?」
「そうだよな?」
ベルは両手で顔を覆った。
「そんなに食いつかないでよ!」
「いや、だって女同士だろ!?」
ウルフは即答した。
ミリィも何度も頷く。
ハーブはそんな三人を見ながら、くすくすと笑う。
穏やかに。
優しく。
どこか本当に楽しそうに。
「だからーどうしようかと思ってー」
そう言って頬に指を当てた。
「私としてはどっちも好きだから」
「ちょっと悩んでるの」
まるで今日の夕食でも考えているかのような口調だった。
ベルは頭を抱える。
ミリィはまだ混乱している。
ウルフは煙草を咥え直した。
その頬を一筋の汗が流れた。
「こいつぁ想像以上にHOTな1日になりそうだぜ」




