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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ールグレシア王国の危機ー

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今回の戦争の責をー

頭を下げたまま、アルティシアが続ける。


「私は皆様ご存知の通り、第一王女プラミス様を差し置いて、第一位王位継承者となっておりますが」


謁見室は静まり返っていた。


「今回の責を取り、継承権は第三王子サリオンへ――」


「待て」


国王の声が響く。


アルティシアは頭を下げたまま。


ディーノスは深いため息を吐いた。


「そのサリオンは既に王位継承権を放棄しておる」


謁見室のあちこちで苦笑が漏れる。


アルティシアは一瞬だけ言葉を失った。


そして。


「それでは第3王女ナリスタに――」


「ナリスタは、例の東方のファリス王国の皇太子の元へ嫁ぐ事が決まっておる」


再びディーノスが遮る。


「ナリスタの一目惚れだ」


頭を抱えるように額を押さえる。


「ああなったあやつは我の話など聞いてくれぬわ」


国王が呆れたように笑う。


謁見室にも小さな笑いが広がった。


だが。


アルティシアは笑わない。


頭を下げたまま。


沈黙を続ける。


やがて。


小さく息を吸った。


「それでは」


震える声。


「今回の責は――」


言葉が続かない。


継承権を返上しようにも後継がいない。


それでも。


何かしらの責任は取らなければならない。


そう思っていた。


だから。


顔を上げない。


上げられない。


その時だった。


玉座から立ち上がる音が響く。


衣擦れ。


重い靴音。


一歩。


また一歩。


静まり返った謁見室に響いていく。


ディーノスが階段を降りる。


そして。


頭を下げたままの娘の前で立ち止まった。


国王が立ち上がる。


衣擦れの音と足音だけが謁見の間に響く。


そして。


ゆっくりと周囲を見渡した。


「ここに集まった皆の者へ問う」


低く重い声。


誰もが姿勢を正す。


「今回の戦の責が第二王女アルティシアにあると思うものは、手を挙げよ」


その言葉に。


謁見室へ小さな動揺が走る。


アルティシアは頭を下げたまま。


微動だにしない。


「遠慮は要らぬ」


ディーノスの声が続く。


「この国の進退を決めるため、忖度のない意見を聞かせよ」


静かな波紋が広がる。


家臣達が顔を見合わせる。


騎士達が視線を交わす。


将校達も。


文官達も。


だが。


誰も声を発しない。


やがて。


再び静寂が訪れた。


アルティシアは頭を下げたまま。


きつく瞳を閉じる。


覚悟はしていた。


王位継承者。


その立場にある以上。


結果の責任は取らねばならない。


たとえ誰も責めなくとも。


自分自身が許せない。


だから。


ただ結果を待つ。


長い沈黙。


永遠にも思える時間が過ぎる。


誰も動かない。


誰も声を出さない。


ただ。


静寂だけが謁見室を支配していた。


頭を下げたままのアルティシアの頬を、一筋の汗が伝う。


握り締めた拳が震える。


それでも顔は上げない。


上げられない。


玉座の前に立つディーノスもまた何も言わない。


ただ静かに。


集まった全員を見渡していた。


「うむ。アルティシアよ」


静寂の中。


国王の声が響く。


「面を上げ、自分の目で結果を確かめよ」


その言葉に。


アルティシアの背がびくりと跳ねた。


閉じていた瞳が僅かに震える。


逃げられない。


いや。


最初から逃げるつもりなどなかった。


だから。


ゆっくりと息を吸う。


そして。


顔を上げ始めた。


最初に見えたのは自分の足元。


白い指先。


裸足のまま立つ自分の足。


次に床。


磨き上げられた石床。


そして階段。


赤い絨毯。


さらにその先。


諸侯達の靴。


騎士達の足。


家臣達の裾。


少しずつ。


少しずつ視界が上がっていく。


だが。


そこで止まった。


顔を上げるのを。


ほんの一瞬だけ。


止める。


胸が苦しい。


心臓が痛いほど鳴っている。


大きく息を吸う。


ゆっくりと吐く。


もう一度。


息を吸う。


そして。


覚悟を決める。


震えていた瞳に力が宿る。


逃げない。


受け止める。


そのために自分はここに立っている。


アルティシアは再び顔を上げた。


最初に目に入ったのは。


正面に立つベルだった。


黒髪の少女。


その顔には。


満面の笑みが浮かんでいた。


まるで。


最初から結果など分かっていたかのように。


アルティシアの胸が僅かに熱くなる。


そして。


完全に顔を上げる。


視界が開ける。


その瞬間。


アルティシアは息を呑んだ。


左右に並ぶ騎士達。


その全員が剣を顔の前に立てていた。


騎士が示す最上級の敬意。


王への忠誠にも等しい礼。


誰一人欠けることなく。


全員がアルティシアを見つめている。


さらにその後ろ。


文官達は拳を胸へ当てていた。


深く。


静かに。


敬意を示す姿勢。


そして。


大陸警察のマリーナとマークス。


二人は背筋を伸ばし。


完璧な敬礼を捧げていた。


アンジュ。


リックス。


バロム。


三人は教会式の礼を取っている。


頭を垂れ。


両手を胸の前で組み。


深い敬意を示していた。


誰も言葉を発しない。


誰も笑わない。


ただ。


それぞれが。


それぞれのやり方で。


最敬礼をもってアルティシアを見つめていた。


その光景に。


アルティシアの瞳が大きく揺れる。


理解が追いつかない。


なぜ。


どうして。


自分は謝罪される側ではない。


敬意を向けられる側でもない。


なのに。


誰もが。


ただ真っ直ぐに。


彼女を見ていた。


その中心で。


ベルだけが変わらず笑っていた。


その時だった。


沈黙を破るように。


ベルがぽつりと口を開いた。


「みんな、アルティシアがいいんだって」


謁見室の視線が集まる。


ベルはいつものように笑っていた。


肩の力の抜けた。


気負いのない笑顔。


「ほら」


ベルは周囲へ視線を向ける。


騎士達。


文官達。


将校達。


そして友人達。


「みんながそう言ってるんだよ」


アルティシアは何も言えない。


ベルは続けた。


「だからさ」


少しだけ首を傾げる。


「もう許してあげなよ」


そう言って。


自分の胸を指差した。


「アルティシア自身が」


静かな声だった。


けれど。


その言葉だけは。


不思議なくらい真っ直ぐに届いた。


アルティシアが瞳を閉じる。


張り詰めていた何かが切れたように。


一筋。


涙が頬を伝った。


ベルが困ったように笑う。


「ほら、泣かないで。みんなが見てるよ」


アルティシアは小さく頷く。


宰相から受け取ったハンカチで涙を拭う。


深呼吸を一つ。


そして再び顔を上げた。


「ここにいる皆様のお気持ち、この胸にしかと」


右手を胸へ当てる。


「このアルティシア・ヴァン・ルグレシア。皆様のご期待に応え、これから――」


そこまでだった。


堪えきれなかった。


ぽろぽろと涙が溢れる。


唇が震える。


声にならない。


やがて。


アルティシアは両手で顔を覆った。


そしてその場にしゃがみ込む。


肩を震わせながら泣き出した。


謁見室は静かだった。


誰も笑わない。


誰も呆れない。


ただ優しく見守っていた。


まだ十五歳の少女。


その小さな肩に国を背負い。


王位継承者として立ち続けた。


責任を負おうとした。


自らを罰しようとした。


そんな姿を見て。


誰が笑えるというのか。


ベルも。


ラインも。


マリーナも。


マークスも。


アンジュも。


リックスも。


バロムも。


皆が静かに微笑んでいた。


やがて。


ディーノスが階段を上がる。


重い足音が響く。


玉座へ辿り着くと。


ゆっくりと腰を下ろした。


その隣には。


しゃがみ込み、泣き続けるアルティシア。


国王は謁見室を見渡す。


そして静かに告げた。


「ご覧の通り」


穏やかな声だった。


「まだまだ未熟な王女ではあるが、ルグレシアの未来に、皆の力を貸してほしい」


誰もが耳を傾ける。


「王女がこうなってしまっては、本日はこれまで」


その言葉に。


謁見室へ穏やかな空気が広がった。


ベルが壇上へ視線を向ける。


玉座に座るディーノス。


二人の視線が合う。


国王は何も言わない。


ただ。


静かに頷いた。


ベルも小さく微笑む。


そして階段を上がった。


足音だけが静かな謁見室に響く。


やがて。


しゃがみ込んだまま泣いているアルティシアの前で足を止める。


ベルは何も言わない。


ただ。


そっと抱きしめた。


アルティシアの身体が震える。


そして次の瞬間。


アルティシアはベルへ抱きついた。


まるで子供のように。


堪えていたものを全て吐き出すように。


ベルの服を握り締める。


ベルは何も言わない。


ただ優しく背中を撫でていた。


その様子を。


謁見室の全員が見つめていた。


暖かく。


穏やかに。


誰も声を上げない。


誰も邪魔をしない。


ただ静かに。


その光景を胸に刻む。


戦争が終わった。


王女は救われた。


そして。


国もまた救われた。


長い沈黙の中。


誰ともなく呟く。


「……聖女とは、これこそを言うのだ」


その言葉に。


誰も異を唱えなかった。

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