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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ールグレシア王国の危機ー

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戦いが終わり、そしてー

ベルが胸に抱きついたままのアルティシアの顔を覗き込む。


「ほら……みんなが見てるよ?」


だがアルティシアは顔を上げない。


涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠すように、ただベルの胸へ顔を押し付けていた。


ベルは困ったように瞬きを繰り返す。


そして助けを求めるように玉座を見る。


ディーノスは静かに微笑み、ゆっくりと頷いた。


ベルはさらに視線を移す。


いつの間にか謁見室へ入ってきていたライン達。


ラインも。


マリーナも。


マークスも。


アンジュも。


リックスも。


バロムも。


誰も急かさない。


誰も笑わない。


ただ穏やかに見守っていた。


この場にいる誰もが知っている。


ベルのいない一週間。


アルティシアがどれほど無理をしていたのか。


どれほど気を張っていたのか。


どれほど自分を後回しにしていたのか。


王女として。


国を守るために。


国民を守るために。


倒れそうになりながらも立ち続けていた姿を。


ベルは小さくため息をついた。


そして。


アルティシアをぎゅっと抱きしめる。


「ごめんね、私で」


少し困ったように笑う。


「帰ってきたのが夜ならよかったんだけど」


その言葉に。


アルティシアは顔を埋めたまま首を横に振った。


ぶんぶんと。


強く。


ベルの服に額が擦れる。


「ちょ、ちょっと……」


ベルが思わず身をよじる。


「やめて!」


くすぐったそうに笑った。


「くすぐったいよ」


その笑い声に。


ようやくアルティシアの肩から力が抜けていく。


荒かった呼吸も少しずつ落ち着いていく。


謁見室は静かだった。


誰も口を挟まない。


しばらくして。


アルティシアが小さく顔を上げた。


涙で濡れた瞳。


けれどその表情は穏やかだった。


そして囁くような声で言う。


「どちらのベル様も……」


声が震える。


「私にとっては大切です」


ベルは少しだけ目を丸くした。


それから。


困ったように。


照れたように。


ふわりと微笑んだ。


国王が静かに口を開く。


「落ち着いたか、アルティシア」


その言葉にアルティシアは小さく頷いた。


そして名残惜しそうにベルから離れる。


ベルもほっとしたように息を吐いた。


アルティシアは深呼吸を一つ。


それから赤い絨毯の上を歩く。


階段を上がり。


玉座の隣へ。


そこには既に王女の席が用意されていた。


控えていた宰相が何も言わず、そっとハンカチを差し出す。


アルティシアは受け取る。


「ありがとうございます」


涙の跡を丁寧に拭う。


乱れた髪を整える。


深く息を吸う。


そして。


正面を向いた。


先程までの少女の顔はもうない。


そこにいるのはルグレシア第一王女。


アルティシア・ルグレシアだった。


謁見室も自然と静まる。


全員の視線が中央へ集まる。


アルティシアは真っ直ぐベルを見る。


「ベル・ジット様」


その声は澄んでいた。


「サナトリアからの返答を、皆に」


ベルは一瞬だけ周囲を見回した。


国王。


王女。


家臣達。


騎士達。


皆が待っている。


ベルは胸元から一通の書簡を取り出した。


サナトリア王国の紋章が刻まれた封書。


そして。


静かに口を開いた。


ベルは書簡を開く。


そして一度だけ内容を確認すると、謁見室へ向けて読み上げた。


静まり返った空間にベルの声が響く。


「まず、今回の戦争における無条件停戦を受諾するとのこと」


ざわり。


家臣達の間に安堵が広がる。


だが誰も口を挟まない。


ベルは続きを読む。


「次に、アルティシア殿下に対する非礼について、正式な謝罪を行うとあります」


アルティシアは表情を変えない。


ただ静かに聞いていた。


「また、ルグレシア国内に残る飛空挺、攻城兵器、および兵士達の即時回収と返還を要請しています」


ディーノスが小さく頷く。


想定通りだった。


ベルはさらに続ける。


「そして、負傷兵への救援活動について感謝を表明する、と」


今度は誰も驚かない。


既に各地でサナトリア兵の救助は続いていた。


それを向こうも把握していたのだろう。


ベルは一度言葉を切った。


視線を書簡へ落とす。


謁見室が静まる。


そして。


ベルは最後の一文を読み上げた。


「聖女返還要求を取り下げる」


一瞬。


誰も反応できなかった。


理解が追いつかない。


返還要求の取り下げ。


それは。


今回の戦争そのものが失われたという意味だった。


マリーナが目を見開く。


マークスも息を呑む。


アンジュが静かに目を伏せた。


リックスも言葉を失う。


ディーノスは腕を組んだまま目を閉じる。


アルティシアもまた黙っていた。


長かった。


あまりにも長かった。


聖女を巡る争い。


圧力。


外交問題。


そして戦争。


その全ての始まりだった要求が。


今。


サナトリア自身の手で撤回された。


ベルは書簡を閉じる。


謁見室に沈黙が落ちた。


やがて。


国王ディーノスが静かに口を開く。


「そうか」


短い一言だった。


だが。


その声には確かな安堵が滲んでいた。


宰相が静かに階段を降りる。


ベルの前まで来ると、恭しく書簡を受け取った。


ベルはそれを手渡しながら一歩下がる。


その様子を見ていたディーノスがふと口を開いた。


「時に」


謁見室の視線が王へ集まる。


ディーノスは玉座に座ったままベルを見ていた。


「交渉はそなたが?」


ベルの肩がぴくりと動く。


そして。


なんとも言えない苦笑を浮かべた。


「えっと……」


頬をかく。


困ったように視線を泳がせる。


そしてゆっくりと首を横に振った。


「私ではなくて……」


ベルは小さく息を吐く。


「あいつ……魔王殺しのベル・ジットが……」


どよめきが広がった。


家臣達が顔を見合わせる。


騎士達もざわつく。


マリーナは額を押さえた。


マークスも苦笑する。


アンジュは肩を震わせる。


リックスは呆れたように天井を見上げた。


アルティシアはハンカチで口元を隠くす。


だが隠しきれていない。


その瞳は愉快そうに細められていた。


ラインも苦笑している。


バロムも鼻を鳴らした。


ディーノスはしばらくベルを見つめる。


やがて。


口元を歪めた。


身体を少し前へ乗り出す。


「娘の婚約者として」


王の声が響く。


「けじめは取ってきたのであろうな?」


ニヤリと笑う。


ベルは思わず視線を逸らした。


頬をぽりぽりとかく。


「そ、そりゃもう……」


乾いた笑いが漏れる。


「そこまでするか!ってくらい...徹底的に」


謁見室のあちこちで笑いを堪える気配がした。


ベルはさらに気まずそうに続ける。


「きっともう……」


遠い目になる。


「サナトリアの王様」


「……」


「あいつにも、ルグレシアにも何も言えなくなってるんじゃないかなー……なんて」


言い終えたベルは、露骨に目を逸らした。


その様子に。


ついにディーノスが声を上げて笑う。


「はっはっはっはっ!」


豪快な笑い声が謁見室に響いた。


そしてそれは瞬く間に広がる。


誰もが笑った。


戦争が終わった。


ようやく。


本当に終わったのだと。


誰もが実感していた。


笑い声と和やかな空気に包まれていた謁見室。


その中で。


アルティシアが静かに立ち上がった。


二歩前へ出る。


それだけで空気が変わる。


宰相が前へ出て手を上げた。


家臣達が口を閉じる。


騎士達も姿勢を正す。


やがて。


謁見室は静寂に包まれた。


アルティシアは全員を見渡す。


そしてゆっくりと口を開いた。


「この度は」


静かな声だった。


だが謁見室の隅々まで届く。


「私の軽率な判断で、ルグレシアに関わる全ての方々へご迷惑をおかけしたこと」


誰も口を挟まない。


「また、結果として解決したとはいえ、一度はルグレシア壊滅の危機にまで陥ったこと」


アルティシアは拳を握る。


「謝罪の言葉もございません」


その言葉に。


ベルが思わず口を開きかけた。


だが。


玉座のディーノスが静かに目を向ける。


ベルは言葉を飲み込んだ。


アルティシアは続ける。


「想定外の戦力」


「想定外の兵器」


「そして想定外の侵攻規模」


瞳が伏せられる。


「私の稚拙な策など何の役にも立たず」


苦い笑みが浮かぶ。


「結局は西大陸の皆様」


「北大陸の皆様」


「大陸警察の皆様」


「中央教会の皆様」


そして。


アルティシアはベルを見る。


「何よりベル・ジット様に解決していただいた次第です」


謁見室は静まり返っていた。


誰も視線を逸らさない。


アルティシアはゆっくりと頭を下げる。


深く。


深く。


王女としてではなく。


一人の人間として。


「誠に申し訳ございません」


長い沈黙が落ちた。



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