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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ールグレシア王国の危機ー

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大海の支配者ー

快勝を信じていた大艦隊に、突如として警報が響き渡った。


「敵襲! 敵襲です!!」


「後方より砲撃!」


「被弾多数!」


艦橋が騒然となる。


海上司令官は顔をしかめた。


「何だと?」


次の瞬間。


轟音。


旗艦が激しく揺れた。


窓の外で巨大な火柱が上がる。


一隻の戦列艦が爆散した。


「なっ!?」


司令官が窓へ駆け寄る。


そこに広がっていたのは理解不能な光景だった。


後方。


本来いるはずのない位置から。


無数の砲弾が飛来していた。


「な……なぜだ!」


再び轟音。


また一隻沈む。


「なぜ我が艦隊が……!」


艦隊は完全に混乱していた。


敵は突然現れた。


しかも異常な速度だった。


見張りが発見した時には既に背後を取られていた。


そこから始まった一方的な砲撃。


長距離から降り注ぐ砲弾の雨。


戦列艦が沈む。


輸送艦が炎上する。


隊列が崩壊する。


数では圧倒的に勝っている。


それなのに。


勝負になっていなかった。


「第五艦隊壊滅!」


「第八艦隊応答なし!」


「左翼艦隊沈黙!」


報告が飛び交う。


司令官の顔から血の気が引いていく。


半数以上。


そう。


わずか短時間で。


艦隊の半数以上が壊滅しかけていた。


あり得ない。


海戦の常識ではあり得ない。


だが現実だった。


さらに悪い報告が飛び込む。


「敵艦隊接近!」


「何!?」


「後方の敵艦隊が分散!」


伝令が叫ぶ。


「左右へ展開しています!」


司令官が海図を見る。


そして凍りついた。


敵はただ砲撃していたわけではない。


撃ちながら移動していた。


高速で。


異常な速度で。


その結果。


気付いた時には。


四方。


前方。


左舷。


右舷。


後方。


全てに敵艦がいた。


「ば……馬鹿な……」


司令官の声が震える。


「包囲……されたのか……?」


巨大な複合艦隊が。


海軍を持たぬ国への侵攻艦隊が。


いつの間にか。


獲物のように囲まれていた。


後方から艦砲射撃と共に現れた船団は、またたくまに全方位から大艦隊を包囲している。


その正面へ回り込んだ旗艦があった。


黒と赤で彩られた巨大艦。


軍艦でありながら、どこか獰猛な海賊船を思わせる異様な船影。


そのマストには見慣れぬ旗が翻っている。


副司令が双眼鏡を覗き込んだ。


そして。


顔から血の気が引いた。


「ば……ばかな……あれは……」


司令官が怒鳴る。


「どうした!? どこの国の船団だ……ええい! 貸せ!」


双眼鏡を奪い取る。


乱暴に目へ押し当てた。


正面の旗艦を覗く。


まず目に入ったのは旗。


赤い太陽。


その瞬間。


司令官の瞳が大きく見開かれた。


「なっ……」


喉が詰まる。


呼吸が止まる。


双眼鏡を持つ手が震え始めた。


「そんな……」


副司令が呟く。


「あり得ません……」


旗艦の艦首。


そこには一人の少女が立っていた。


長い赤毛を太い三つ編みにして肩へ流している。


右目には眼帯。


肩には軍服。


海賊帽子。


腰にはサーベルと拳銃。


そして左手には大きな鉤爪。


少女は腕を組みながらこちらを見下ろしていた。


まるで逃げ場を失った獲物を見るように。


司令官の唇が震える。


「《レッド・サン》……」


艦橋が静まり返る。


「北方海軍国家プラテナス……」


誰かが呟いた。


「赤鯱……アルミナ・エン・プラテナス……」


その名が落ちた瞬間。


艦橋の空気が凍りついた。


その時。


正面へ回り込んだ旗艦が、一際大きく進み出た。


艦首を飾るのは巨大な船首像。


燃え盛る獅子。


《バーニング・ライオン》。


太陽の如き鬣は炎を思わせる意匠となり、夜の海の中でなお圧倒的な威圧感を放っている。


旗艦――


《ヘリオス・インフェルノ号》。


その船首像の上。


まるで舞台の中央に立つ役者のように、一人の少女が立っていた。


長い赤毛の三つ編みを風になびかせ。


海賊帽子を被り。


肩には軍服を引っ掛け。


右目には眼帯。


左手には鉤爪。


腰にはサーベルと拳銃。


そして今。


抜き放ったサーベルを天高く掲げる。


「やぁやぁ!」


その声は夜の海に響き渡った。


「我こそは!」


大仰な仕草で胸を張る。


「北の海軍国家プラテナスの誇る海軍船団!」


砲火が海を照らす。


「プラテナス特務艦隊レッド・サン!」


歓声が上がる。


「旗艦《ヘリオス・インフェルノ号》船長!」


さらにサーベルを振り上げる。


「アルミナ・エン・プラテナス!」


高らかな宣言。


まるで劇場の舞台役者だった。


敵艦隊を前にしているとは思えない。


心の底から楽しそうに。


誇らしげに。


派手に。


笑う。


「盟友ルグレシアに仇成す者達に!」


その声に応えるように、《レッド・サン》の全艦が汽笛を鳴らした。


夜の海が震える。


アルミナはサーベルの切っ先を敵艦隊へ向ける。


そして。


満面の笑みで叫んだ。


「裁きの鉄槌を!」


次の瞬間。


《レッド・サン》全艦が一斉砲撃を開始した。


轟音。


閃光。


無数の砲弾が夜空を埋め尽くす。


それはもはや海戦ではない。


北海の赤鯱による公開処刑だった。


《レッド・サン》の総攻撃は止まらない。


砲撃。


魔術砲撃。


接近砲戦。


規律正しく統率された艦隊が、包囲した敵艦隊を着実に削り取っていく。


《ヘリオス・インフェルノ号》船首。


燃え盛る獅子の上で、アルミナが鉤爪を高く掲げた。


「野郎ども!」


その声が海を渡る。


「遠慮はするな!」


サーベルを振るう。


「思い切り叩き潰せ!」


各艦から力強い返答が響いた。


「イエッサー!」


「目標敵主力艦隊!」


「砲撃継続!」


「隊列維持!」


アルミナは満足そうに笑う。


「そうだ!」


夜風に赤い三つ編みが揺れる。


「義の前に!」


各艦の甲板で兵士達が武器を掲げる。


「魂を燃やせ!」


「イエッサー!」


一斉の返答。


「心を燃やせ!」


「イエッサー!」


その声は揃っていた。


海賊の怒号ではない。


訓練された軍人達の応答だった。


アルミナはサーベルを天へ突き上げる。


魔術文字タナトスを滾らせろ!」


その瞬間。


各艦に刻まれた無数の魔術文字が輝き始める。


砲身。


装甲。


帆。


艦橋。


船体各所を走る紋様が一斉に起動した。


「全艦、《タナトス》戦闘出力へ移行!」


「魔力充填開始!」


「主砲準備完了!」


副官達の命令が飛ぶ。


青白い光が艦隊を包む。


そして。


「撃て!」


轟音。


《レッド・サン》全艦が一斉に火を噴いた。


数百の光条が夜空を裂く。


着弾。


爆発。


敵艦隊の中央で巨大な火柱が立ち上がった。


アルミナはその光景を見下ろしながら笑う。


「よしよし!」


そして鉤爪を敵旗艦へ向けた。


「盟友を襲うなら覚悟しろ!」


赤い瞳が獰猛に輝く。


「今宵、この海はレッドサンが支配する!」


その時。


慌ただしい足音が響いた。


近衛騎士が駆け込んでくる。


「報告!」


全員の視線が集まる。


「海上より侵攻していた敵大艦隊が壊滅!」


一瞬。


その場の誰もが言葉を失った。


「なに……?」


ディーノスが眉をひそめる。


騎士は興奮を抑えきれない様子で続けた。


「敵艦隊は正体不明の船団による攻撃を受け、大損害を被ったとのこと!」


「さらに残存艦隊も撤退を開始!」


アルティシアが目を見開く。


「……敵艦隊が……撤退!?」


信じられなかった。


あれほどの大艦隊が。


海軍を持たないルグレシアを攻めるために送り込まれた艦隊が。


撤退した。


ディーノスも困惑している。


「よもや……一体なぜ……」


騎士も首を横に振った。


「詳細は不明です」


「敵艦隊側も混乱している模様で……」


その時。


ラインが腕を組みながら口を開いた。


「理由はわかりませんが、ルグレシアにとっては吉報!」


いつもの調子だった。


「海からの脅威は消えましたー」


誰も反論しない。


事実だった。


最悪の一角が崩れたのだ。


ラインは続ける。


「あとはー」


その言葉に。


アルティシアが静かに視線を向けた。


ラインも頷く。


「後方の別働隊のみー」


空気が引き締まる。


十万。


山岳地帯を越えて迫る傭兵軍。


それが今、王都へ向かっている。


海は退いた。


だが戦いは終わっていない。


ディーノスが低く呟く。


「こちらも急がねばならんな」


アルティシアも真剣な表情で頷いた。


その瞳は既に次の戦場を見据えていた。

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