竜の女王ー
ベルが笑う。
「リューナ!おまえの本気!見せてくれ!」
その言葉。
その意味を。
リューナは誰より理解していた。
赤と青のオッドアイが細められる。
そして。
いたずらを思いついた子供のように。
楽しそうに笑った。
「主様」
口元を吊り上げる。
「かしこまりましてよ!」
その瞬間だった。
リューナの全身から光が溢れ出す。
眩い光。
けれど暖かい。
白く。
金色にも見え。
七色にも見える光。
少女の身体が光の中へ沈んでいく。
背中の翼が広がる。
大きく。
さらに大きく。
角が伸びる。
手が前脚へ変わる。
足が後脚へ変わる。
身体そのものが膨張していく。
空間が震える。
空気が揺れる。
光はなお膨らみ続けた。
塔よりも高く。
飛空挺にも届くほどに。
やがて。
巨大な影が夜空を覆う。
光の中から現れたのは。
竜。
それも。
誰も見たことのないほど美しい竜だった。
全身を覆う鱗は真珠のように輝く。
白ではない。
銀でもない。
見る角度によって七色へ変わる。
神々しい鱗。
その隙間を埋めるように。
純白の毛並みが風に揺れている。
長く優雅な首。
巨大な翼。
空を覆うほどの体躯。
角は黄金。
爪も黄金。
そして。
瞳だけは変わらない。
赤と青。
二つの色を宿したオッドアイ。
白金の竜。
神話の中にしか存在しないような存在が。
夜空に顕現していた。
巨大な翼がゆっくりと広がる。
その一動作だけで。
周囲の雲が吹き飛ぶ。
飛竜達が怯える。
飛空挺が揺れる。
だが。
白金の竜は気にも留めない。
ただ。
塔の上の小さな主人を見下ろす。
そして。
竜の口元が。
どこか少女のまま。
不敵に笑った。
ベルがリューナの腕を駆け上がる。
白金の鱗を足場に。
まるで坂道でも走るように。
軽々と。
そして巨大な頭部へ辿り着くと。
伸びた黄金の角を掴んだ。
ぶるんっ。
リューナが身体を揺らす。
巨大な身体が揺れただけで空気が震えた。
「主様!」
不満そうな声。
「だから角を掴む時はやさしくお願いしますわ!」
ベルが笑う。
「悪い悪い!つい、な!」
「まったく、もう」
そう言いながらも。
リューナはどこか嬉しそうだった。
その光景を。
塔の上からアルティシアとアイザックが見上げている。
言葉も出ない。
白金の神竜。
その頭上に立つ少年。
あまりにも現実離れした光景だった。
ベルは角を掴んだまま前を向く。
夜空。
飛竜。
飛空挺。
侵略軍。
空を埋め尽くす大軍勢。
そして。
ニヤリと笑った。
「よし、リューナ!」
右手を前へ突き出す。
「とりあえず全部、叩き落とせ!」
その言葉に。
リューナの巨大な瞳が細められる。
次の瞬間。
純白の翼が大きく広がった。
轟音。
空気そのものが吹き飛ぶ。
白金の神竜が飛ぶ。
飛竜達を。
飛空挺艦隊を。
真正面に捉える。
そして。
リューナはゆっくりと口を開いた。
「私に断りもなく空を埋め尽くすなど」
赤と青の瞳が光る。
「言語道断!」
翼が広がる。
空が震える。
「そこになおれ!」
咆哮。
その瞬間だった。
世界が軋む。
見えない何かが。
空全体へ広がる。
まず。
飛竜が異変に気付いた。
翼が重い。
羽ばたけない。
高度が落ちる。
次に飛空挺。
船体が軋む。
浮遊術式が悲鳴を上げる。
そして。
空が落ちた。
いや。
空そのものが重くなった。
ドォォォォォォン――――ッ!!
リューナを中心に。
巨大な波紋が広がる。
目には見えない。
だが確かに存在する。
重力の波。
第一波。
飛竜の群れが一斉に落ちる。
第二波。
飛空挺が沈む。
第三波。
さらに遠方の艦隊を飲み込む。
まるで湖面へ投げ込まれた石の波紋のように。
重力波が夜空を蹂躙する。
飛竜が墜落する。
飛空挺が落下する。
空を埋め尽くしていた大軍勢が。
一瞬で。
地面へ引きずり落とされていく。
そしてその中心で。
ベルはリューナの角を掴みながら笑っていた。
一瞬だった。
空を埋め尽くしていた大艦隊。
無数の飛竜。
それら全てが地へ叩き落とされる。
そして。
残ったのは。
月だけだった。
本来あるべき夜空。
飛空挺の光は消え。
ルグレシアを昼のように照らしていた人工の光も失われる。
静かな月明かり。
銀色の夜。
ベルはその光景を見下ろし。
満足そうに頷いた。
「よし!」
そして。
リューナの角を軽く叩く。
「だめ押しだ!」
「お任せくださいまし!」
リューナが大きく息を吸う。
次の瞬間。
再び咆哮。
轟音が世界を揺らした。
そして。
重力波が放たれる。
今度は空ではない。
地面へ。
落下した飛竜達へ。
飛空挺艦隊へ。
ドォォォォォォン――――ッ!!
大地そのものが沈み込む。
飛空挺の船体が悲鳴を上げる。
木材が砕ける。
金属が歪む。
マストが折れる。
船底が潰れる。
飛竜達も耐えられない。
地面へ押し付けられる。
翼が広がらない。
身体が持ち上がらない。
悲鳴が夜に響く。
さらに。
第二波。
第三波。
重力の津波が大地を這う。
飛空挺は完全に沈黙した。
飛竜達も動きを止める。
そして。
ベルは腕を組みながら頷く。
「よし」
満足そうに。
「これでしばらく飛べねぇだろ」
頭上では。
白金の神竜が誇らしげに胸を張っていた。
墜落した飛空挺が大地を埋め尽くしていた。
飛竜もまた同じ。
森に。
平原に。
街道に。
巨大な身体を横たえている。
そのほとんどは気絶していた。
竜騎士達も同様だった。
意識がある者もいる。
だが立ち上がれない。
重力波の余波に身体を押さえ付けられ。
まともに動ける者などほとんどいなかった。
そして。
ルグレシア軍が駆け回る。
騎士達が負傷者を運ぶ。
兵士達が飛竜の下敷きになった者を助け出す。
将校達が指示を飛ばす。
それはもはや戦争ではない。
救助だった。
つい先程まで滅亡寸前だった王国が。
今は敵味方関係なく人命救助に追われている。
国王ディーノスはそんな光景を見渡し。
豪快に笑った。
「これは……さすがは魔王殺し」
そして。
塔の上へ視線を向ける。
白金の神竜。
その頭上に立つ銀髪の少年。
「いや」
笑みが深くなる。
「アルティシアの婿殿」
大きく頷く。
「とんでもないわ!」
周囲の騎士達も苦笑するしかなかった。
誰も否定できない。
たった一人で。
空を埋め尽くしていた侵略軍を叩き落としたのだから。
一方。
ラインもまた救助に当たりながら空を見上げる。
月明かり。
白金の竜。
その頭上の少年。
ラインは微笑んだ。
「まったく」
肩をすくめる。
「君には本当に驚かされてばかりだよ」
そして。
どこか嬉しそうに。
親友を見るように。
「ベルくん」
マリーナが塔の最上階へ飛び出してくる。
その直後。
膝に手をついた。
「はぁっ……はぁっ……」
さすがのマリーナも息が上がっている。
少し遅れてマークスが到着する。
さらに。
アンジュ。
リックス。
バロム。
三人もようやく塔の上へ辿り着いた。
だが。
全員が限界だった。
アイザックだけがおかしい。
そうとしか言えない。
五人は到着するなりその場へへたり込む。
肩で大きく息をする。
そして。
誰もが同じ方向を見上げた。
夜空。
白金の神竜。
その頭上に立つ銀髪の少年。
そして。
飛び立つ姿。
マリーナが呆然と呟く。
「……ベル……」
切れ長の瞳が見開かれる。
「やはり先ほどの轟音はおまえの仕業か……」
しばらく沈黙。
そして。
「好き」
マークスが頭を抱えた。
「……だ、ダメだ……」
息を切らしながら。
「久々に見て警部の感情がバグってる」
マリーナは聞いていない。
完全に聞いていない。
ただ空を見ていた。
アンジュもその場に座り込んでいる。
顔色が悪い。
「……し、心臓が飛び出そうですわ……」
胸を押さえる。
「うぷっ」
「こんなところでやめてくださいよリーダー!」
リックスが慌てて背中をさする。
「本当にやめてください!」
アンジュは返事をする余裕もない。
ただ白竜を見上げる。
そして。
バロムがゆっくり頷いた。
皆が見上げる先で。
白金の神竜が翼を広げる。
その頭上にはベル。
まるで神話の一場面だった。
アルティシアだけが。
少しだけ誇らしそうに。
その姿を見上げていた。




