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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ールグレシア王国の危機ー

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そして少女の声が世界を暴くー

中央大陸。


西方諸国連盟本部。


巨大な通信水晶が置かれた会議室。


突然。


水晶が激しく明滅した。


「なんだ!?」


将校達が立ち上がる。


「どこからの通信だ!?」


通信士が慌てて装置を確認する。


だが。


表示されるはずの発信元がない。


「不明です!」


「馬鹿な!」


「なぜ勝手に通信が開いている!?」


同じ頃。


東大陸。


港湾都市の商業ギルド。


北方国家の軍司令部。


南方諸国の王宮。


中央教会。


大陸警察本部。


ありとあらゆる場所で。


通信装置が一斉に動き始めていた。


水晶が光る。


魔法陣が回転する。


封印されていた回線が強制的に開かれる。


「侵入か!?」


「通信術式を確認しろ!」


「無理です!」


「止まりません!」


怒号が飛び交う。


誰も原因が分からない。


そして。


通信水晶の中に映像が映り始めた。


最初は砂嵐のようなノイズ。


乱れる映像。


掠れる音声。


やがて。


徐々に輪郭を結ぶ。


「待て!」


誰かが叫ぶ。


「何か聞こえるぞ!?」


全員が息を呑む。


ノイズの向こう。


風の音。


竜の唸り声。


人々のざわめき。


そして。


かすかな少女の声。


世界中の人々が。


同じ映像を見始めていた。



王城。


最上階へ続く螺旋階段。


石造りの通路を、一人の老人が駆けていた。


速い。


あまりにも速い。


何段もの階段を飛ばしながら駆け上がる。


息は乱れない。


足も止まらない。


若き騎士ですら追いつけぬ速度だった。


白髪が揺れる。


衣服が風を切る。


アイザックだった。


宮廷侍従長。


王家に生涯を捧げた男。


その胸にあるのは怒りだった。


自分自身への怒り。


見抜けなかったことへの怒り。


そして何より。


大切な主を一人で行かせてしまった怒り。


階段を蹴る。


さらに上へ。


さらに速く。


石段を蹴る。


駆ける。


ただひたすらに。


王城最上階へ向かって。


アイザックは走っていた。


老体とは思えない速度で。


いや。


元よりただの老体などではなかった。


若き頃。


その名は大陸中に知られていた。


伝説の暗殺者。


王侯貴族。


将軍。


英雄。


幾人もの命を刈り取った影。


誰もその顔を知らず。


誰もその正体を知らない。


ただ一つ。


狙われたら終わり。


そう恐れられた男。


それがアイザックだった。


そしてある日。


若き日のディーノス・ルグレシアを殺すため王城へ潜入した。


結果。


失敗した。


何故失敗したのか。


本人にもよく分からない。


気付けば捕まり。


気付けば牢へ入れられ。


気付けば酒を飲まされ。


気付けば家臣にされていた。


あまりにも理不尽だった。


だから。


アイザックは諦めなかった。


機会を待った。


何年も。


何年も。


国王を殺す機会を。


だが。


全てが変わったのは。


ある日のことだった。


生まれたばかりの赤子。


金色の小さな髪。


小さな手。


小さな寝息。


まだ名前も与えられていない王女。


その赤子を。


何の気まぐれか。


ディーノスがアイザックへ抱かせた。


あの日。


腕の中で。


小さな指が自分の指を握った。


それだけだった。


本当に。


それだけだった。


それなのに。


ディーノスへの殺意も。


復讐心も。


過去も。


誇りも。


全部どうでもよくなった。


アイザックは理解した。


自分はもう終わったのだと。


暗殺者としてではない。


人として。


終わったのだと。


そして始まった。


アルティシアのための人生が。


国のためではない。


王のためでもない。


ルグレシアのためですらない。


アルティシア。


ただ一人のためだけの人生。


だから今。


アイザックは走る。


「殿下……!」


息は乱れない。


脚は止まらない。


「我が太陽……!」


忠義ではない。


使命でもない。


もっと単純なものだった。


ただ。


あの子に泣いて欲しくない。


あの子に傷付いて欲しくない。


それだけ。


それだけのために。


伝説の暗殺者は。


人生で最も速く階段を駆け上がっていた。




その頃ー


塔の上では通信装置の光が淡い光を放ち続け、全ての音を拾い上げていた。


飛竜の唸り声。


風の音。


そして。


塔の上で交わされる会話を。


竜騎士は下卑た笑みを浮かべていた。


「ふっ、貴様も我が国へ帰れば、聖女システムに組み込まれ、自我もなくし、ただ毎日食事をし、糞尿を垂れ流すだけの人形となるだけ!」


聖女システム。


その実態を知る者は少ない。


だが今。


その一端が公然と語られていた。


アルティシアは苦痛に顔を歪めながらも睨み返した。


「くっ……やはり……」


竜騎士は嘲笑う。


「これまでの聖女には世話係とかいう鬱陶しい奴が張り付いていたが……貴様にはおるまい!」


竜騎士はなおも笑う。


勝者の顔で。


敗者を見下す顔で。


「どうれ、貴様が聖女となった暁には、私が毎日その身体を拭い、世話をしてやろうじゃないか!」


飛竜の背で笑う。


「そしてついでに、たっぷり可愛がってやろう!」


下卑た笑い声。


誰も止められない。


誰も遮れない。


だが。


宙吊りにされたアルティシアだけは違った。


苦痛に震えながら。


腕を噛み締められながら。


それでも。


その瞳だけは揺るがない。


怒りに燃えていた。


「……最低ですわ」


掠れた声。


しかし、


「貴方達は」


アルティシアが竜騎士を睨む。


「人を何だと思っているのですか」


その言葉に。


竜騎士の笑みが僅かに止まった。


そして世界中の人々もまた。


黙って耳を傾けていた。


飛竜の背で。


竜騎士は高らかに笑った。


「ふははっ!」


その笑い声は通信を通じ。


世界中へ流れていく。


「聖女などもはや人ではない!」


アルティシアの身体が揺れる。


右腕へ食い込む圧力。


苦痛。


それでも彼女は睨み続ける。


竜騎士は続けた。


「言葉を出力するだけのただの歯車にすぎぬわ!」


アルティシアは震える声で叫んだ。


「それが……!」


息を吸う。


「それが人の、国家のすることですか!」


竜騎士は鼻で笑う。


「知らぬわ!」


即答だった。


何の迷いもない。


何の罪悪感もない。


「我ら魔導王国サナトリアの繁栄が!」


飛竜の背で胸を張る。


「たった一人の女の生贄で成り立つのだ!」


狂信にも似た声。


「素晴らしいではないか!」


アルティシアの瞳が揺れる。


怒りと。


悲しみと。


信じられないという感情で。


「ひどい……」


唇が震える。


「そんな事を何年も……何十年も……」


そして。


ようやく絞り出す。


「あなた達は……」


竜騎士は笑った。


勝ち誇るように。


「違うね!」


飛竜の首を叩く。


「二千年に渡り続けてきた!」


あまりにも長い年月。


竜騎士はなおも叫ぶ。


「だから我が国は繁栄してきたのだ!」


誇らしげに。


胸を張って。


「それを……」


顔が歪む。


怒りに。


憎悪に。


「その聖女を奪うなど!」


アルティシアを指差す。


「不届ものめが!」


その叫びが。


世界中へ響き渡った。


そして。


通信の向こうで聞いていた者達は。


ようやく理解し始めていた。


この戦争が。


本当に何を巡って起きているのかを。


飛竜の顎に咥えられた右腕。


白磁のようだった肌は、既に紫色へ変色していた。


血流が止まっている。


指先は力なく垂れ下がり。


感覚も薄れ始めていた。


アルティシアの顔からも血の気が失せている。


もともと白かった顔色はさらに青白くなり。


唇も僅かに震えていた。


だが。


その瞳だけは違った。


決して折れていない。


決して逸らさない。


竜騎士を真っ直ぐ見据えていた。


やがて。


アルティシアが口を開く。


「……ようやく」


掠れた声。


だが。


不思議なほど落ち着いていた。


「ようやく、確信が持てました」


竜騎士が眉をひそめる。


「あん?」


アルティシアはゆっくりと息を吸う。


痛みで肩が震える。


それでも言葉を続けた。


「これでも……私はこの戦争の責任を感じておりました」


風が吹く。


金色の髪が揺れる。


「父に、皆になんと言われても」


「やはり私が招いた災厄なのだと……」


「けれど」


アルティシアが顔を上げる。


その瞳に宿る光が強くなる。


「貴方の話を聞いて」


竜騎士を見据える。


「やはり私は間違ってなどいないと確信しましたわ!」


竜騎士の顔が歪む。


「きさまっ……!」


だが。


アルティシアは止まらない。


「正義などとは言いませんが!」


声を張る。


痛みも。


恐怖も。


押し殺して。


「そのような歪なシステム!」


「私が終わらせますわ!」


アルティシアの喉が裂け、口の端から血が滲む。


それでもー


「この私の、命に懸けて!」


世界が聞いていた。


一人の王女の言葉を。


アルティシアは震える左手を持ち上げた。


力は入らない。


それでも。


必死に。


竜騎士へ向ける。


「例え今日!」


「ルグレシアが滅びようとも!」


声が響く。


「私の姉が!」


「妹が!」


「弟が!」


そして。


涙を滲ませながら。


「我が兵が!」


「国民が!」


左手の指先を真っ直ぐ突き付けた。


「必ず!」


「いつの日か!」


「魔導王国サナトリアの非道を白日の下に!」


風が吹き抜ける。


飛竜が低く唸る。


それでもアルティシアは叫ぶ。


「そして断罪することを!」

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