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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ールグレシア王国の危機ー

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蠢く黒い影ー

飛竜が塔の張りへ巨大な爪を食い込ませる。


石が砕ける音。


竜は翼を畳んだ。


二つの黄金色の瞳がアルティシアを見つめる。


その視線を。


アルティシアは真っ向から受け止めていた。


竜騎士が立ち上がる。


そして声を張り上げた。


「ルグレシア王国第二王女アルティシア殿下!お迎えに上がりました!どうぞ、こちらへ!」


手を差し出す。


その瞬間だった。


アルティシアの表情が変わる。


王女の顔だった。


ルグレシア王族の顔だった。


「無礼者!」


鋭い声が響く。


竜騎士が目を見開く。


アルティシアは一歩前へ出た。


風に髪を揺らしながら。


堂々と。


「騎竜したまま、名乗りも上げないとは、それでも騎士ですか!?」


竜騎士が固まる。


完全に予想外だった。


敵国の王女。


しかも降伏しようとしている少女。


怯えていると思っていた。


泣いていると思っていた。


だが違った。


目の前にいるのは王族だった。


「恥を知りなさい!」


叱責が飛ぶ。


竜騎士は思わず背筋を伸ばした。


アルティシアは容赦しない。


「私はルグレシア王国第二王女アルティシア・ヴァン・ルグレシアです!」


胸を張る。


「名も知らぬ者の手など取れませんわ!」


飛空艇の上。


望遠鏡で見ていた将校達が思わず沈黙する。


誰も予想していなかった。


降伏する側が。


連行される側が。


迎えに来た竜騎士を叱り飛ばしている。


竜騎士の顔が怒りに染まる。


ここまで来る間。


敵兵は誰も抵抗しなかった。


皆怯えていた。


皆諦めていた。


だが。


目の前の少女だけが違う。


「貴様!」


怒声が飛ぶ。


「敗国の王女が生意気な口を!」


風が吹き荒れる。


飛竜が低く唸る。


だが。


アルティシアは一歩も引かなかった。


金色の瞳が鋭く細められる。


「ルグレシアは負けておりません!」


凛とした声。


王城中へ響くほど力強く。


「撤回なさい!」


竜騎士が絶句する。


アルティシアは続けた。


「空を埋める飛空艇が何です!」


「大軍が何です!」


「まだ我が国は降伏しておりません!」


胸を張る。


誇り高く。


ルグレシア王族として。


「父も!」


「将軍達も!」


「騎士達も!」


「今この瞬間も戦う意思を失ってはおりませんわ!」


飛空艇の上から見ていた将校達も言葉を失う。


誰もが理解していた。


軍事的には終わっている。


勝敗は見えている。


それでも。


少女は認めない。


「私は講和のためにここへ来ました!」


アルティシアが竜騎士を睨む。


「ですが!」


「祖国を侮辱する言葉は許しません!」


その声に。


竜騎士は思わず息を呑んだ。


下着一枚。


武器もない。


護衛もいない。


なのに。


今この場で最も気圧されているのは。


飛竜の背に立つ自分の方だった。


竜騎士の顔が怒りで歪む。


「おのれ……言わせておけばぁ!」


手綱が強く引かれる。


飛竜が反応した。


巨大な身体がしなやかに動く。


次の瞬間。


アルティシアの目の前へ竜の頭部が迫った。


黄金色の瞳。


鋭い牙。


そして大きく開かれる顎。


アルティシアが反応するより早かった。


「あぐっ……!」


飛竜の顎がアルティシアの右腕を咥える。


挿絵(By みてみん)


そのまま。


ひょいと。


あまりにも容易く。


少女の身体を持ち上げた。


アルティシアの身体が宙へ浮く。


右腕一本で。


細い身体がぶら下がる。


風が吹き抜ける。


足が虚空を掻く。


顔に苦悶が浮かぶ。


歯は立てられていない。


だが。


圧倒的な力だった。


人など玩具同然だと言わんばかりの力。


塔の下から悲鳴が上がる。


王城の兵達。


騎士達。


誰もが息を呑んだ。


それでも。


アルティシアは叫ばなかった。


泣かなかった。


竜騎士を睨む。


苦痛に顔を歪めながらも。


その瞳だけは折れない。


竜騎士が吐き捨てる。


「これで分かったか!」


風が吹く。


飛竜の瞳が少女を映す。


アルティシアは荒い呼吸のまま。


それでも言葉を返した。


「……それが」


震える声。


だが。


確かな怒りが宿っていた。


「サナトリアの……騎士道ですの……?」


竜騎士の眉が動く。


アルティシアは苦しげに笑った。


「王女一人に……竜を向けて……」


息を吸う。


「ずいぶんと……立派な武勇伝ですこと……」


飛空艇の上で。


それを見ていた兵士達が顔を見合わせる。


誰もが理解していた。


今。


追い詰められているのは。


宙吊りにされている王女ではない。


怒りに任せている竜騎士の方だった。


その時だった。


塔の床に脱ぎ捨てられた侍女服。


飛竜の翼が生み出す風に煽られ。


白い布がばたばたと揺れる。


その胸元に留められていた小さなブローチ。


誰にも気付かれないまま。


淡い光を放っていた。


一度。


また一度。


まるで脈打つように。


静かに。


規則正しく。


光り続ける。


王城の兵達は気付かない。


飛空艇の将校達も気付かない。


竜騎士も気付かない。


飛竜すら気付かない。


そして。


右腕一本で宙吊りにされたアルティシアも。


当然ながら気付いていなかった。


ただ。


戦場の喧騒の中で。


その小さな光だけが。


誰にも知られることなく。


静かに明滅を繰り返していた。


塔の下。


王城の外壁が作る影。


飛空艇の光が王都全体を照らしているにも関わらず、その場所だけは死角になっていた。


そこに。


五つの人影が蠢いていた。


全員が頭からつま先まで真っ黒なローブを纏っている。


顔も。


体格も。


分からない。


その中央では、奇妙な魔導装置らしき器具が組み上げられていた。


幾つもの水晶。


金属製の円盤。


複雑な術式。


それらを前に、一人の黒マントが必死に操作を続けている。


その背後。


真っ直ぐに立つ黒いマント。


足元から覗く赤いハイヒールだけが異様に目立っていた。


「まだか!もう始まってしまうぞ!急げ!」


叱咤が飛ぶ。


装置を弄る黒マントの肩が跳ねた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


焦った声。


指先が慌ただしく動く。


「急かさないでくださいって!」


魔導装置の水晶が明滅する。


術式が何度も書き換わる。


だが思うように動かない。


黒マントは額の汗を拭う暇もなく操作を続けた。


「あと少しなんですから!」


「ちょ、急かさないでくださいよ!警部!」


その背後。


凛と立つ黒マント。


裾から覗く赤いハイヒール。


「今は警部と呼ぶな!バカモノ!」


ゴッ。


赤いハイヒールの主の拳が黒マントの頭へ落ちる。


「いてっ!」


頭を押さえる。


「もう、集中させてくださいよ!初めて使うんですから!」


その様子を三人の黒マントが見守っていた。


二メートルはあろうかという巨体。


細身の影。


そして。


仁王立ちする一人。


ローブの隙間から赤い装甲が覗いている。


「壊さないでくださいまし」


赤い装甲が言った。


「教会でも二つとない装置なのですから」


細身の黒マントが即座に反応する。


「リーダー、教会も今日はNGワードです」


巨体の黒マントも大きく頷いた。


赤い装甲が両手で口を押さえる。


「あら」


「そうでした!」


「いけませんわ!」


胸を張る。


「今日は中央教会でも大陸警察でもなく、プライベートなのでしたわ!」


細身の黒マントが頭を抱えた。


「リーダー……」


赤いハイヒールが一歩前へ出る。


空を見上げる。


塔の上。


飛竜。


宙吊りの王女。


状況は最悪だった。


「それにしても」


低い声。


「本当に大丈夫なのだろうな?」


細身の黒マントが頷く。


「首尾は問題ありません」


「通信装置はアルティシア殿下が変装する際、その衣装に間違いなく」


「すでに作動しているはずです」


装置を操作する黒マントが勢いよく顔を上げた。


「そっす!」


「通信は来ています!」


そして装置へ指を走らせる。


魔法陣が回転する。


水晶が光る。


「あと、この装置から発信さえ出来れば――」


突然。


装置全体が眩く光った。


黒マントが飛び上がる。


「きたぁっ!」


全員が前へ乗り出す。


水晶の内部に光が流れ始める。


複雑な術式が次々と起動する。


赤いハイヒールが拳を握った。


「よし!」


「でかした!」


そして即座に命令する。


「回線は開いているな!?」


「はい!」


「すぐに繋げ!」


赤いハイヒールの主が空を見上げた。


塔の上で宙吊りにされた王女を。


そして叫ぶ。


「世界に公開しろ!」

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